本論文は、生理活性を有するヘテロ環化合物の合成に関するもので二章よりなる。ヘテロ環化合物には、極めて多種多様な構造があり、天然からも数多く見いだされている。またその生物活性も実に多様で、医薬、農薬などに応用されているものも数えきれない。有機合成は、この様々な含ヘテロ環有機化合物の特性を明らかにするための最も効率のよい方法の一つであるといえる。筆者はこの点に注目し、種々の生物学的研究や応用研究に役立てるべく、以下に述べる生理活性複素環化合物の合成研究を行っている。 まず序論にて天然物合成の歴史、意義について概説した後、第1章ではエクアドル産のヤドクガエルの皮膚エキスから単離されたEpibatidine(1)及びその類縁体合成について述べている。Epibatidine(1)は、モルヒネの200〜500倍以上の高い鎮痛活性を示す上に習慣性がないために鎮痛薬としての応用が期待されている化合物である。これまでにEpibatidine(1)合成は多数報告されているが、合成の効率、立体選択性に問題のあるものが多い。筆者は本研究において、効率が良く、かつ高立体選択的なEpibatidine(1)の新規合成法の開発を目指した。 筆者は2-chloro-5-cyanopyridine(2)より出発し、まず二炭素増炭して-ケトエステル(3)とした。このものとメチルビニルケトンとのRobinson成環反応によって目的化合物と同様の6員環を有するエノンエステル(4)とした。これに対して水素添加とケトンの還元をいずれも立体選択的に行うことによって、望む全ての立体化学を制御し、酸加水分解後、ヒドロキシカルボン酸(5)とした。化合物5の水酸基のメタンスルホニル化とCurtius転位を同時に効率よく行って6とした後、脱保護、分子内環化反応にょりepibatidine(1)のラセミ体合成に成功している。また筆者は、より毒性が少なく同様の生理活性を示す類縁体開発を目指し、7から8へのDiels-Alder反応を鍵反応として9の様な化合物の新規な短工程の合成ルートの開発も試みている。 第2章ではAllosamidin類縁体の合成研究に関して述べている。Allosamidin(10)は強力なエンド-キチナーゼ阻害剤として放線菌から単離された化合物であるが、興味深いことに、部分加水分解産物である右側二つの擬似二糖部分も阻害活性を有しており、これが生理活性に欠かせない構造である。本論文において筆者は、擬似糖であるAllosamizoline部分の効率の良い合成ルートの開発に加え、正確な生理活性評価を行うべく、擬似二糖化合物の類縁体であるGluNAc-allosamizoline(11)の合成を試みている。 筆者は、D-Glucosamineから出発し、位置選択的にモノベンジル化されたallosamizolineの合成の効率の良い新しいルートを確立した。D-Glucosamineから15工程経てbis-TBS化されたカーバマート(13)を得、それを酸触媒によるベンジル化を行って、化合物(14)とした。さらに、脱保護の脱着や既知の方法を改良した高収率でのジメチルアミノ化を行ってmonobenzylallosamizoline(15)を得た。糖供与体(16)もD-Glucosamineから4工程で調製した。最後に、受容体(15)と供与体(16)とのグリコシル化を行って、保護されたGluNAc-allosamizoline(17)を得た。 これにより、糖受容体として用いる擬似糖類の効率の良い手法が確立し、今後各種二糖類の合成を行う基盤ができた。 以上のように本論文は、複素環を持つ生物活性天然物及び類縁体の合成研究を行い、目的とした化合物の合成に成功すると同時に、種々の生物学的研究、応用研究を行う上で必要な類縁体合成の簡便な合成経路を開発したもので,学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |