学位論文要旨



No 115249
著者(漢字) ボロロム,ロイ
著者(英字) Balaram,Roy
著者(カナ) ボロロム,ロイ
標題(和) 生物活性を持つ複素環化合物の合成研究
標題(洋) Studies on the synthesis of some biologically active heterocyclic compounds
報告番号 115249
報告番号 甲15249
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2094号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 有機合成は、様々な天然有機化合物の特性を明らかにするための最も効率のよい方法の一つである。それ故に、筆者は上に記した研究題目を選択し、以下に述べる生理活性複素環化合物の合成研究を行った。

第1章Epibatidine類の合成研究第1章-1:Epibatidine(1)の合成研究

 両生類のアルカロイドの新しい種に属するEpibatidine(1)は1992年、Dailyらによってエクアドル産の毒ガエル、ヤドクガエル科のEpipedobates tricolorの皮膚エキスから微量(750匹のカエルから1mg)単離され、モルヒネの200〜500倍以上の高い鎮痛活性を示すことが報告された。そのユニークな構造、際だった薬理活性、さらに関連した生物学的な興味から、全合成研究への興味を引き、既に幾つかのラセミ体、そして光学活性体の合成が報告されている。

 

 本研究において筆者は出発原料として2-chloro-5-cyanopyridine(2)を用い、Robinson成環反応を鍵反応として、(±)-Epibatidine(1)の新しくかつ効率の良い合成ルートの開発を目指した。

 まず、2-chloro-5-cyanopyridine(2)をDIBAL-H還元し、アルデヒド(3)とした。アルデヒド(3)とethyl bromoacetate(4)のReformatsky反応によりヒドロキシエステルを得、続いてPCC酸化して望むエステル(5)を得た。

 

 -ケトエステル(5)は、メチルビニルケトン(6)とMichael付加させることによってジケトン(7)を与えた。続いてベンゼン中ピロリジン存在下加熱還流すると分子内アルドール反応が円滑に進行し、収率良く望む骨格構造を有するエノン(8)が得られた。

 

 エノン(8)と5%Rh/Al2O3触媒を用いた接触還元によりケトンを得、その後K-Selectrideによる還元では望むトランスアルコール(9)と分離可能なシスアルコールを4:1の割合で得た。そのアルコールを65℃で3M H2SO4により加水分解して、ヒドロキシカルボン酸を定量的な収率で得た。次いでメシル化、Curtius転位を経てメシルオキシメチルカーバマート(11)とメシルオキシベンジルカーバマート(12)をそれぞれ与えた。メシルオキシメチルカーバマートの環化は上手く進行しなかったので、メシルオキシベンジルカーバマート(12)の触媒による水素化によりアミノメシラートとし、環化を検討中である。

 

第1章-2Epibatidine類縁体の合成研究

 マウスを用いた生物試験において観察されたepibatidineの毒性の高さ故に、このものの臨床応用が妨げられてきた。今日の興味はepibatidine(1)の構造に関連し、より毒性が少なく同様な生理活性を示す薬物の開発に向けられている。この節において筆者は、前節と同じ出発原料を使い、Diels-Alder反応を鍵反応とし、メトキシ類縁体の新規な短工程の合成ルートの開発を試みた。

 ニトロエチレン(14)は3段階でアルデヒド(3)から得られた。それをDanishefskyジエンとベンゼン中加熱還流することによりDiels-Alder反応を行った後酸処理し、望むケトン(16)を得た。

 

 ケトン(16)をL-Selectrideにより還元することによりアルコールの混合物が定量的な収率で得られ、その後メシル化して及び-メシル化物を得た。続いて、ニトロ基を還元することでアミノメシル化物(17)を与えた。現在、筆者は下のスキームによりepibatidineの類縁体の合成を行うために化合物(17)の環化を検討している。

 

第2章Allosamidin類縁体の合成研究

 Allosamidin(19a)とその類縁体(19b-f)はエンドーキチナーゼ阻害剤の最初の例である。これらは、1987年、Streptomyces sp.No 1713及び関連放線菌から単離された。興味深いことに、部分加水分解産物である擬似二糖類は阻害活性を有しており、生理活性に欠かせない構造を含んでいる。その優れた生理活性故に、19aの合成が幾つかの研究グループによって既に報告されている。本研究において筆者はallosamidinの骨格成分の効率の良い合成ルートの開発だけでなく、このユニークな生理活性の正確な生物学的な評価を行うべく擬似二糖類縁体、GluNAc-allosamizoline(20)とGalNAc-allosamizolineの合成を試みることにした。

 

 筆者は、D-Glucosamineから始めるmonobenzylallosamizolineの合成の効率の良い新しいルートを確立した。D-Glucosamineから15工程経てbis-TBS-カーバマート(22)を得、それを酸触媒によるベンジル化を行って、化合物(23)とした。さらに、TBSの脱保護、続くアセチル化によりアセチル化合物を得た。このものに、塩化メチレン中でtriethyloxonium tetrafluoroborateを作用させ続いてMe2NH、最後にナトリウムメトキシドを作用させることでmonobenzylallosamizoline(24)を得た。

 糖供与体glycosyltrichloroimidate(25)は下に示した様にD-Glucosamineから4工程で得られた。

 

 最後に、受容体monobenzylallosamizoline(24)を供与体イミダート(25)と反応促進剤としてTMSOTfを用いグリコシル化して、保護されたGluNAc-allosamizoline(26)を得た。

 

 これにより、糖受容体として用いる擬似糖類の効率の良い手法が確立し、今後各種二糖類の合成を行う基盤ができた。

 以上、複素環を持つ生物活性天然物の合成研究を行い、より簡便な合成経路の開発に関する新しい知見を得た。

審査要旨

 本論文は、生理活性を有するヘテロ環化合物の合成に関するもので二章よりなる。ヘテロ環化合物には、極めて多種多様な構造があり、天然からも数多く見いだされている。またその生物活性も実に多様で、医薬、農薬などに応用されているものも数えきれない。有機合成は、この様々な含ヘテロ環有機化合物の特性を明らかにするための最も効率のよい方法の一つであるといえる。筆者はこの点に注目し、種々の生物学的研究や応用研究に役立てるべく、以下に述べる生理活性複素環化合物の合成研究を行っている。

 まず序論にて天然物合成の歴史、意義について概説した後、第1章ではエクアドル産のヤドクガエルの皮膚エキスから単離されたEpibatidine(1)及びその類縁体合成について述べている。Epibatidine(1)は、モルヒネの200〜500倍以上の高い鎮痛活性を示す上に習慣性がないために鎮痛薬としての応用が期待されている化合物である。これまでにEpibatidine(1)合成は多数報告されているが、合成の効率、立体選択性に問題のあるものが多い。筆者は本研究において、効率が良く、かつ高立体選択的なEpibatidine(1)の新規合成法の開発を目指した。

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 筆者は2-chloro-5-cyanopyridine(2)より出発し、まず二炭素増炭して-ケトエステル(3)とした。このものとメチルビニルケトンとのRobinson成環反応によって目的化合物と同様の6員環を有するエノンエステル(4)とした。これに対して水素添加とケトンの還元をいずれも立体選択的に行うことによって、望む全ての立体化学を制御し、酸加水分解後、ヒドロキシカルボン酸(5)とした。化合物5の水酸基のメタンスルホニル化とCurtius転位を同時に効率よく行って6とした後、脱保護、分子内環化反応にょりepibatidine(1)のラセミ体合成に成功している。また筆者は、より毒性が少なく同様の生理活性を示す類縁体開発を目指し、7から8へのDiels-Alder反応を鍵反応として9の様な化合物の新規な短工程の合成ルートの開発も試みている。

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 第2章ではAllosamidin類縁体の合成研究に関して述べている。Allosamidin(10)は強力なエンド-キチナーゼ阻害剤として放線菌から単離された化合物であるが、興味深いことに、部分加水分解産物である右側二つの擬似二糖部分も阻害活性を有しており、これが生理活性に欠かせない構造である。本論文において筆者は、擬似糖であるAllosamizoline部分の効率の良い合成ルートの開発に加え、正確な生理活性評価を行うべく、擬似二糖化合物の類縁体であるGluNAc-allosamizoline(11)の合成を試みている。

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 筆者は、D-Glucosamineから出発し、位置選択的にモノベンジル化されたallosamizolineの合成の効率の良い新しいルートを確立した。D-Glucosamineから15工程経てbis-TBS化されたカーバマート(13)を得、それを酸触媒によるベンジル化を行って、化合物(14)とした。さらに、脱保護の脱着や既知の方法を改良した高収率でのジメチルアミノ化を行ってmonobenzylallosamizoline(15)を得た。糖供与体(16)もD-Glucosamineから4工程で調製した。最後に、受容体(15)と供与体(16)とのグリコシル化を行って、保護されたGluNAc-allosamizoline(17)を得た。

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 これにより、糖受容体として用いる擬似糖類の効率の良い手法が確立し、今後各種二糖類の合成を行う基盤ができた。

 以上のように本論文は、複素環を持つ生物活性天然物及び類縁体の合成研究を行い、目的とした化合物の合成に成功すると同時に、種々の生物学的研究、応用研究を行う上で必要な類縁体合成の簡便な合成経路を開発したもので,学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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