T細胞レセプター(TCR)は、特異的な抗原ペプチドとMHC分子の複合体(リガンド)と結合し、免疫応答を誘導する。抗原ペプチドのアミノ酸残基置換アナログが、T細胞応答の修飾を引き起こすことが報告されているが、その分子機構は未だに明らかにされていない。 本研究では,ウシ-ラクトグロブリンの119-133残基(p119-133)とMHCクラスII分子の複合体を特異的に認識する4種のマウスCD4+T細胞クローンのTCRの一次構造、特に各クローンのTCRがリガンドを認識する際に重要と考えられる部位の構造と,抗原アナログに対して各クローンが示す各々の反応の特異性の相関について考察を行った。 さらに、TCRとリガンドとの相互作用を物理化学的に解析するためには可溶化型TCR(sTCR)が有用であることから、上述の4種のT細胞クローンのうち、G1.19由来のSTCRの発現系を構築した。本論文は、緒言を含めた3章より成る。 第2章では、p119-133特異的な4種のT細胞クローンが選択している可変(V)領域遺伝子について比較を行った。特に、TCRの抗原認識に直接関与していることが明らかになっているCDR3の一次構造を比較し、そこから推測される各クローン間での立体構造の相違と抗原アナログに対する反応性の相違との相関について考察を行った。その結果、TCRの特定の抗原認識に必要なV遺伝子は互いに相同性の高いものであるが、抗原認識に関与する配列が異なっており、このことが各クローン間での抗原アナログに対するT細胞応答の差を生み出す原因となっていることが示唆された。 第3章では、抗原アナログに対する応答性の解析が進んでいる、T細胞クローンG1.19由来のsTCRの発現系を構築した。G1.19のTCR鎖、鎖各々から、膜貫通ドメインをコードしている遺伝子を欠損させることで、細胞外への分泌を期待した。また、定常領域下流に、ヘテロ二量体化を促進するため、ロイシンジッパー構造をコードするDNAを各々導入し、sTCR鎖、鎖遺伝子とした。さらにsTCR鎖のC末端には、抗ヒトc-mycモノクローナル抗体が認識するエピトープ配列を接続し、発現タンパク質の検出が可能となるよう設計した。第1節においては、哺乳動物細胞を用いたsTCRの発現系を構築した。sTCR、鎖遺伝子を各々、動物細胞発現ベクターpME-18SのSRプロモーター下流に導入し、得られた各発現プラスミドを、COS7細胞に同時にトランスフェクトすることで、一過的に発現させた。各発現プラスミドを導入した細胞培養上清を、TCR鎖に特異的なモノクローナル抗体固定化カラムを用いてアフィニティー精製した後、SDS-PAGEを行い、精製されたタンパク質を銀染色したところ、62kDaのバンドが検出された。sTCRの期待分子量が61kDaであり、このバンドが抗c-myc抗体を用いたウエスタンブロット解析でも検出されたことから、sTCRの分泌発現を確認した。発現量は培地1mlあたり約50ngであった。 第2節では、より大量のsTCRを作製するためバキュロウイルスを用いた昆虫細胞でのsTCRの発現系の構築を行った。ポリヘドリン、p10の各プロモーター下流に、sTCR鎖、鎖遺伝子を各々導入し、組み換え型バキュロウイルスを作製した。得られた組み換え型バキュロウイルスをシャクトリムシ卵由来細胞Tn5に感染させた細胞培養上清を、上記と同様にアフィニティー精製した後、非還元条件下で精製されたタンパク質のSDS-PAGEを行い、銀染色したところ、82kDaに相当するバンドが検出された。還元条件下では、45kDaに相当する位置にバンドが検出され、ともに抗c-myc抗体を用いた抗体染色でも検出されたことから、検出された80kDa、40kDaのバンドは、各々、sTCR鎖ヘテロ二量体、sTCR鎖の単量体であると考えられ、sTCRの分泌発現を確認した。発現量は、培地1mlあたり約1g程度と考えられ、大量発現と精製により、立体構造解析や、各種のリガンドとTCRとの相互作用の物理化学的な解析に利用できる。また、本研究において作製したsTCRを、抗原提示部位の同定に用いることにより、これまでに明らかにされていない免疫メカニズムの解明や、各種免疫疾患への治療・予防法の開発に貢献するものと期待される。 以上、本研究で得られた知見は、TCRの一次構造と反応性の相関について解析し得られたものであり、さらに可溶化型TCRの発現系の構築にも成功したことから、免疫学上基礎的な研究として重要な意味を持つのはもちろんのこと、応用面でも貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。 |