学位論文要旨



No 115254
著者(漢字) 内田,佳奈子
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,カナコ
標題(和) 多彩な生物活性を有する芳香族ラクトン類の合成研究
標題(洋)
報告番号 115254
報告番号 甲15254
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2099号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 イソクマリン類やフタリド類は、糸状菌の代表的な生産物であり、古くから単離・構造決定・合成などの研究が行われてきた。また最近では海洋由来のものなど、広く天然資源より単離されてきている。筆者は、ベンゾピラノン、ベンゾフラノンという極めて単純な構造でありながら様々な生物活性を示すこれらの化合物に興味を持ち、合成研究を行った。その結果、これまでに3,4-ジヒドロイソクマリン骨格を持つHiburipyranoneのラセミ体および両鏡像体、フタリド骨格を持つAcetophthalidinの両鏡像体、テトラヒドロイソクマリン類である(3R,4S,4aR)-4,8-Dihydroxy-3-methyl-3,4,4a,5-tetrahydro-1H-2-benzopyran-1-oneのラセミ体および光学活性体合成に成功したので以下に示す。

(1)Hiburipyranoneのラセミ体および両鏡像体の合成

 Hiburipyranone(1)は1991年、海綿(Mycale adhaerens)から単離された物質で、マウス白血病細胞P388に対し強い細胞毒性を示す(IC50=0.19g/mL)。単離文献によると比旋光度は[]D-2.30(c0.028,CHCl3)となっているが、C-3位における絶対立体配置は決定されていない。筆者はまず、ラセミ体の合成を行った後、絶対立体配置を決定すべく両鏡像体の合成に着手した。

 ラセミ体合成はScheme 1に示す通り、3,5-ジメトキシ安息香酸メチル(2)を出発原料とし、炭素鎖延長、分子内Friedel-Crafts反応などを用いて全14工程8%の収率で合成することができた。

Scheme 1.(±)-Hiburipyranoneの合成

 続いて(R)-体の合成であるが、Scheme 2に示すように、3,5-ジメトキシベンズアルデヒド(7)より出発し、炭素鎖延長、Sharplessの不斉ジヒドロキシル化など3工程で光学活性なジオール(R)-9を得た後、選択的にベンジル位の酸素官能基を還元除去し(R)-10とした。続いて位置選択的にブロム化を行い(R)-11をほぼ100% e.e.で得た後、4工程を経て3,4-ジヒドロイソクマリン骨格を持つ(R)-12へと導いた。段階的な脱保護、ブロム化により(R)-1の合成に成功した。全13工程、総収率は30%であり、比旋光度は []D20-30(c 0.60,CHCl3)であった。

Scheme 2.(R)-Hiburipyranoneの合成

 (S)-体はAD-mix-を用いて同様な手法で合成し、比旋光度は[]D20+29.5(c 1.10,CHCl3)であった。

 天然物の比旋光度の符号は筆者が合成した(R)-体と一致したものの、絶対値の差がかなり大きく絶対立体配置決定には不十分であった。そのため、キラルな固定相を用いたHPLC分析で天然物と合成品との比較を行った結果、天然のHiburipyranoneの絶対立体配置はRであることを決定することができた。

(2)Acetophthalidinの両鏡像体およびその誘導体の合成と活性

 Acetophthalidin(13)は、Penicillium sp.BM923株が生産し、マウス由來tsFT210細胞の細胞周期を阻害するが、培養液からの分離精製過程で14のようなトリヒドロキシメレインへと容易に異性化し単離が困難であった。そのため、天然物は活性の消失した14を酸性下加熱処理することで得ているため、ラセミ体であった。筆者は、果たしてAcetophthalidinの両鏡像体間で活性に差があるかどうかに興味を持ち、13の光学活性体の合成を行った。同時に数種の誘導体も合成し、活性試験に供与した。

 フロログルシンカルボン酸メチル(15)より導いたトリフラート(16)に対し、Stilleカップリング、Sharplessの不斉ジヒドロキシル化を用いて光学活性なヒドロキシラクトン(18)をほぼ100%e.e.で調製した後、水酸基の酸化、脱ベンジル化により光学活性な13の合成に成功した。酸化の際一部ラセミ化し、光学純度は(R)-体で89.6%e.e.、(S)-体で92.7%e.e.であった。

Scheme 3.(R)-Acetophthalidinの合成

 生物活性試験によると、天然物由来のラセミ体と(R)-体および(S)-体の3者の間に活性差は見られなかった。Acetophthalidinは極性溶媒中で非常に不安定なため、活性発現以前にラセミ化が起きていることがこの原因かもしれない。誘導体に関しては、ケトン部分がアルコールである場合、どの立体異性体にも細胞周期阻害活性が無いこと、すなわち活性発現にはケトンカルボニル基が必須であることが判明した。また少しでも安定性が増すことを期待し、側鎖アセチル基をブチリル基に変換したものを調製したが、安定性はあまり変化せず、細胞の生育自体を阻害することが判明した。

(3)(3R,4S,4aR)-4,8-Dihydroxy-3-methyl-3,4,4a,5-tetrahydro-1H-2-benzopyran-1-oneの合成

 (3R,4S,4aR)-4,8-Dihydroxy-3-methyl-3,4,4a,5-tetrahydro-1H-2-benzopyran-1-one(19)は、針葉樹の内生糸状菌Canoplea elegantulaより単離されたテトラヒドロイソクマリン系化合物で、カナダをはじめとする北米の針葉樹害虫であるハマキガChoristoneura fumiferana Clem.に対し毒性を持つ。3-メチル-3,4-ジヒドロイソクマリン類で昆虫毒性を持つものは現在までのところ本例のみという点に注目し、またこの様なテトラヒドロイソクマリン骨格の効率的合成法の開発を目指して、合成研究を行った。

 ラセミ体合成により合成経路を検討した(Scheme 4)。ソルビン酸エチルより導いたアルデヒド21に対し、ジケテンを用いてエステル化を行い22を得た。これを室温で炭酸カリウム処理するとMichael付加後分子内でヘミアセタールを形成し23となるが、単離せずそのまま加熱還流することによりヘミアセタール開環に続きアルドール反応が起こり、24を73%で得ることができた。このエステル化-Michael付加-アルドール反応をone-potで行う方法を検討した結果、21より61%で24を得る条件を見い出した。24からは3工程で脱水・脱メチル化し(±)-19を合成することに成功した。

Scheme 4.テトラヒドロイソクマリン19のラセミ体合成

 合成経路がほぼ確立したので、光学活性体合成を行った(Scheme 5)。下記の既知の不斉エポキシ化反応を用いて調製した93.4%e.e.のエポキシド26より出発し、ラセミ体合成法と同様の反応で光学活性アルデヒド21を得た。One-pot反応では炭酸セシウムを用いると収率が向上・安定化することが分かり、続く3段階で目的化合物19の光学活性体を得ることに成功した。最終段階で再結晶により精製を行った後の比旋光度の値は、[a]24D+151°(c0.550,CHCl3)であり、天然物の値[]20D+164゜(c0.014,CHCl3)よりわずかに低かった。現在、HPLC分析により光学純度を検定中である。

Scheme 5.テトラヒドロイソクマリン19の光学活性体合成

 以上、数種の芳香族ラクトンおよび類縁体の合成に成功し、絶対立体配置の決定や生物活性についての新しい知見を得ることが出来た。

審査要旨

 本論文は、イソクマリン類やフタリド類の合成研究に関するもので、3章より成る。申請者は、ベンゾピラノン、ベンゾフラノンという極めて単純な構造でありながら様々な生物活性を示すこれらの化合物に興味を持ち、合成研究を行った。その結果、これまでに、3,4-ジヒドロイソクマリン骨格を持つHiburipyranoneのラセミ体および両鏡像体、フタリド骨格を持つAcetophthalidinの両鏡像体、テトラヒドロイソクマリン類である(3R,4S,4aR)-4,8-Dihydroxy-3-methyl-3,4,4a,5-tetrahydro-1H-2-benzopyran-1-oneのラセミ体および光学活性体の合成に成功している。

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 第1章ではHiburipyranoneのラセミ体および両鏡像体の合成について述べている。Hiburipyranoneは海綿(Mycale adhaerens)から単離され、マウス白血病細胞P388に対し強い細胞毒性を示すが、絶対立体配置は不明であった。申請者はこの化合物の強い生物活性に興味を持ち、まずラセミ体の合成を行い、その後絶対立体配置を決定すべく両鏡像体の合成を行っている。

 ラセミ体は、3,5-ジメトキシ安息香酸メチルを出発原料とし、分子内Friedel-Crafts反応などを用いて合成した。

 (R)-体は、3,5-ジメトキシベンズアルデヒドより出発し、Sharplessの不斉ジヒドロキシル化などを用いてほぼ100%e.e.の光学純度で合成に成功している。また、(S)-体はAD-mix-を用いて同様な手法で合成した。

 天然物と合成品の比旋光度を比較すると、絶対値の差が大きく絶対立体配置決定には不十分であったため、キラルな固定相を用いたHPLC分析により天然物の絶対立体配置はRであることを決定している。

 第2章では、Acetophthalidinの両鏡像体およびその誘導体の合成と活性について述べている。Acetophthalidinは、Penicillium sp.BM923株が生産し、マウス由来tsFT210細胞の細胞周期を阻害するが、培養液からの分離精製過程でトリヒドロキシメレイン型へと容易に異性化し単離が困難であった。そのため天然物は活性の消失した異性化物を酸性下加熱処理することで得ており、ラセミ体であった。申請者は、この両鏡像体間で活性に差があるかどうかに興味を持ち、光学活性体合成を行った。同時に数種の誘導体も合成し、活性試験に供与している。

 フロログルシンカルボン酸メチルより出発し、Stilleカップリング、Sharplessの不斉ジヒドロキシル化などによりほぼ100%e.e.の中間体を調製した後、2工程で光学活性なAcetophthalidinの合成に成功した。途中一部ラセミ化し、光学純度は(R)-体で89.6%e.e.、(S)-体で92.7%e.e.であった。

 生物活性試験によると、天然物、(R)-体および(S)-体の3者の間に活性差は見られなかった。Acetophthalidinは極性溶媒中で非常に不安定なため、活性発現以前にラセミ化が起きていることがこの原因かもしれないと予想している。誘導体に関しては、ケトン部分が水酸基である場合、どの立体異性体にも細胞周期阻害活性が無いことが判明した。また側鎖アセチル基をブチリル基に変換したものは、細胞の生育自体を阻害することが判明した。

 第3章では、(3R,4S,4aR)-4,8-Dihydroxy-3-methyl-3,4,4a,5-tetrahydro-1H-2-benzopyran-1-oneの合成について述べている。このテトラヒドロイソクマリンは、針葉樹の内生糸状菌Canoplea elegantulaより単離された化合物で、カナダをはじめとする北米の針葉樹害虫であるハマキガChoristoneura fumiferana Clem.に対し毒性を持つ。3-メチル-3,4-ジヒドロイソクマリン類で昆虫毒性を持つものは現在までのところ本例のみという点に注目し、またこの様なテトラヒドロイソクマリン骨格の効率的合成法の開発を目指して、合成研究を行っている。

 最初に、ラセミ体合成により合成経路を検討している。ソルビン酸エチルより導いた-ヒドロキシ-,-不飽和アルデヒドに対し、ジケテンを用いてエステル化-Michael付加-アルドール反応をone-potで行う方法を検討した結果、61%で環化体を得る条件を見い出した。その後3工程で目的化合物のラセミ体を合成することに成功した。

 次に、確立した合成経路を基に光学活性体合成を行っている。既知の93.4%e.e.のエポキシドより出発し、ラセミ体合成法と同様の反応で光学活性アルデヒドを得た。その後のone-pot反応では炭酸セシウムを用いると収率が向上・安定化することが分かり、続く3段階で目的化合物の光学活性体を得ることに成功した。比旋光度の値より、予想されていた天然物の絶対立体配置が正しい事を確認する事が出来た。また最終物はMosherエステル化しHPLC分析する事により98%e.e.以上であることが分かり、光学的にほぼ純粋な形でテトラヒドロイソクマリン合成を達成した事を確認している。

 以上、本論文は、数種の芳香族ラクトンおよび類縁体の合成に成功し、絶対立体配置の決定や生物活性についての新しい知見を得ており、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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