学位論文要旨



No 115255
著者(漢字) 小林,誠司
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,セイジ
標題(和) Streptomyces wedmorensisによるホスホマイシンの生合成研究
標題(洋)
報告番号 115255
報告番号 甲15255
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2100号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 早川,洋一
内容要旨

 ホスホマイシン(FM)は、放線菌Streptomyces wedmorensisなどによって生産される抗生物質で、一次代謝産物のホスホエノールピルビン酸からわずか4段階の反応で生合成されることがわかっている.当研究室では、S.wedmorensisからFM生合成遺伝子クラスターをクローニングしており、FM生合成反応の各段階を触媒する酵素をコードしている遺伝子fom1からfom4の機能が明らかになっている.これらの遺伝子の他にもS.wedmorensisのFM生合成遺伝子クラスター中には、機能未知のopen reading frame(ORF)が存在している.本研究は、これらの遺伝子の機能を明らかにするものである。

図表(1)HPPエポキシダーゼ反応とorfDの機能の解析

 fom4はFM生合成の第4段階目の反応を触媒する酵素である2-hydroxypropylphosphonic acid(HPP)エポキシダーゼをコードしている。自然界で見られるエポキシド生成反応は、二重結合への酸素原子の付加が一般的であるが、本酵素は2級アルコールの脱水素反応を行う他に例のないものである。当研究室ではこれまでに、この酵素がFe2+イオンを要求することを明らかにしているが、詳細な反応機構の解明には至っていない。そこで、fom4遺伝子産物によるHPPエポキシダーゼの反応機構を解析する目的で以下の実験を行った。

 他のFM生産菌であるPseudomonas syringaeから当研究室でクローニングされていたHPPエポキシダーゼ、Psf4とFom4との間には、高度に保存されたアミノ酸配列(77DLDDGV82)が存在する。この領域に多く含まれているAspがエポキシダーゼ反応に重要であると考え、これらに点変異を導入した改変体HPPエポキシダーゼのKm値、Vmax値を測定した。その結果、Asp77に変異を導入したものは全く活性が見られなかったことから、Asp77は反応に必須であることが明らかとなった。また、Asp79、Asp80をそれぞれAsnに変異させた場合はKm値に大きな変化はなくVmax値のみが約20分の1に減少したことから、Asp79、Asp80の負電荷が触媒反応に関与していることが示唆された。

 また、FM生合成遺伝子クラスター上でfom4のすぐ下流に位置するorfDが、HPPエポキシダーゼ反応に関与していると予想した。そこで、OrfDの存在下でHPPエポキシダーゼ反応の解析を行ったところ、活性の上昇が観察されたことからorfDのHPPエポキシダーゼとの共役が示唆された。

(2)FM耐性遺伝子の同定と解析

 抗生物質を生産する多くの放線菌は、その生合成遺伝子クラスター内に自己耐性遺伝子を含んでいる。S.wedmorensisにおいてもFM生合成遺伝子クラスター中にFM耐性遺伝子が存在すると予想し,Escherichia coliにFM耐性を付与する遺伝子を探索した。その結果、FM生合成遺伝子クラスターを含むプラスミドから作成した様々なデリーションプラスミドのうち、orfAとorfBの全長を含むプラスミド、pFBG1204がE.coliにFM耐性を付与することが明らかとなった。さらに、pFBG1204を保持するE.coliから調製した無細胞抽出液によりATPの存在下でFMが不活化されることが判明した。この不活化物を精製し、構造決定をしたところ、FM monophosphateとFM diphosphateであることが明らかとなった。OrfA、OrfBの個々の機能を詳細に解析するため、それぞれの遺伝子の大量発現系を構築し、精製タンパクを用いて反応生成物の解析を行ったところ、OrfAはFMをリン酸化してFM monophosphateを生成し、OrfBはFM monophosphateをリン酸化してFM diphosphateを生成する酵素であることが明らかとなったので、orfA、orfBをFM耐性遺伝子fomA、fomBと命名した。さらにこの精製酵素を用いて詳細な酵素学的性質を明らかにした。

 

(3)既知のFM生合成遺伝子クラスターの下流領域のDNA塩基配列の解析

 二次代謝産物を生産する多くの放線菌は、その生合成遺伝子クラスター内に生合成調節遺伝子を含んでいるが、現在までに判明しているS.wedmorensisのFM生合成遺伝子クラスター内には、調節遺伝子と考えられる遺伝子は見出されていない。そこで、FM生合成調節遺伝子を探索する目的で、既知のFM生合成遺伝子クラスターの下流領域のDNA塩基配列の解析を行った。orfCの下流約6.7kbpの塩基配列を解析したところ、新たに5個のORFが見出され、これらをorfGHIJKと命名した。これらがコードしているタンパクのアミノ酸配列について相同性検索を行ったところ、OrfGと有意な相同性を示すタンパクはデータベース中に見出されなかったが、OrfHはS.hygroscopicusの生産するC-P結合を持つ除草剤ビアラホスの生合成調節タンパクBrpAと、OrfI、OrfJ、OrfKはE.coliのホスホン酸の取り込みを担うABCトランスポーターのサブユニットPhnD、PhnC、PhnEとそれぞれ相同性を示した。

図表
(3)orfHの機能の解析

 上記の相同性検索の結果から、orfHはFM生合成調節遺伝子であると予想し、まずorfHの破壊株を作成した。orfHの遺伝子破壊用のプラスミドはorfH内に存在するNruIサイトにチオストレプトン耐性遺伝子tsrを挿入し、pBR327にクローニングして作成した。このプラスミドをFM生産株S.wedmorensis 209-97株に導入し、相同組み替えによりorfHが破壊された株をネオマイシン感受性かつチオストレプトン耐性を指標に選択した。次にこの破壊株をFM生産培地で27℃、4日間培養し、その培養上清のFM濃度を測定した。その結果、orfH破壊株のFM生産量は、親株の約2分の1に減少していることが判明した。さらにOrfHとBrpAとの間で特に相同性の高い部分が、DNA結合モチーフであったので、このorfHはFM生合成遺伝子クラスター中のいずれかのDNAに直接結合して、FM生合成遺伝子の発現を調節していると考えられた。そこで、FM生合成遺伝子の発現の様子をノーザンブロッティング法により、orfHの破壊株とその親株との間で比較しすることにした。現在、この実験を遂行中である。

(4)orfI、orfJ、orfKの機能の解析

 上記の相同性検索の結果から、OrfI、OrfJ、OrfKは菌体内にホスホン酸を取り入れるためのABCトランスポーターの各サブユニットをコードしていると考えられる。このトランスポーターがFMの生合成に関与しているかどうかを調べる目的で、ホスホン酸化合物を生産する放線菌の全ゲノムに対してorfI遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、FM生産菌のみにハイブリダイゼーションするバンドが観察されたことから、OrfI、OrfJ、OrfKから構成されるトランスポーターはS.wedmorensisにおいてFM生合成への関与が強く示唆された。

 次にorfI、orfJ、orfKの各破壊株を作成し、それらのFM生合成への影響を調べた。マーカーとしてネオマイシン耐性遺伝子aphIIを含むpBR327のHindIIIサイトにorfI内部のNotI-NotI断片をクローニングしたプラスミドをS.wedmorensisに導入し、相同組み替えによりorfI遺伝子が破壊された株をネオマイシン耐性を指標に選択した。orfJとorfKの遺伝子破壊用のプラスミドはそれぞれのORF内に存在するPstIサイト、SphIサイトにチオストレプトン耐性遺伝子tsrを挿入し、pBR327にクローニングして作成した。これらのプラスミドをS.wedmorensisに導入し,相同組み替えによりorfJ、orfKそれぞれの遺伝子が破壊された株をネオマイシン感受性かつチオストレプトン耐性を指標に選択した。

 まず、FM生産株であるS.wedmorensis209-97株を親株としてorfI、orfJ、orfKの破壊株を作成した。これらの破壊株をFM生産培地で27℃、4日間培養し、生産されたFM量を測定したところ、各破壊株のFM生産量に親株と有意な差はみられなかった。

 次にOrfIJKからなるトランスポーターがFM生合成中間体の取り込みに関与していると予想した。これを検証するために、FM非生産株であるS.wedmorensis NP-7株を親株としてorfI、orfJ、orfKの破壊株の作成を行った。S.wedmorensis NP-7株はFM生合成の第2段階の反応を触媒する酵素をコードしているfom2が変異しているために、通常の培地ではFMを生産することができないが、2-aminoethylphosphonic acid(AEP)あるいはFM生合成中間体であるHPPを培地に添加することにより、これを菌体内に取り込んでFMに変換することができることが明らかになっている(下図)。AEPを添加したFM生産培地で各破壊株を27℃、4日間培養した場合の培養上清中のFM濃度は、親株と有意な差はみられなかった。しかし、HPPを添加した培地で培養した場合には、破壊株の培養上清中のFM濃度は親株に比べて約10分の1程度に減少していた。以上の結果から、orfI、orfJ、orfKの遺伝子産物から成るABCトランスポーターはFMの生合成中間体であるHPPを菌体内に取り込む役目を担っていると考えられる。

 

 本研究を通して、これまでに例のないFMのリン酸化・ジリン酸化という自己耐性機構を解明し、FMの生合成に関与していると考えられる新たな5個の遺伝子を見出した。また、FM生合成に特異的なHPPエポキシダーゼ反応の反応機構や、新たに見出された遺伝子の機能を解明する手掛かりを得ることができたので、他の未同定の遺伝子の機能の解析も含めて、FM生合成の全貌が明らかになることが期待される。

審査要旨

 近年,コンビナトリアルバイオケミストリーなどの研究が大きく発展し、微生物にあける物質生産のメカニズムを解明することは、今まで以上に大きな意義を持つようになってきている。したがって放線菌の二次代謝産物生合成の研究は、基礎研究、応用研究の両面から重要な知見となることが期待される。

 本論文はこのような背景に基づき、構造及び生合成経路が単純なホスホマイシンに注目し、Streptomyces wedmorensisを用いてその生合成を研究した結果、生合成反応の未知の部分を解明し、生合成遺伝子クラスター内のいくつかの遺伝子の機能を明らかにしたものであり、5章よりなる。

 第1章は、ホスホマイシン生合成の最終段階を触媒する酵素、Fom4の反応機構について解析しており、Fom4の反応に重要なアミノ酸を見出し、またOrfDタンパクの関与についても述べている。

図表

 第2章では、ホスホマイシン生合成遺伝子クラスターからホスホマイシン耐性遺伝子を探索、同定し、その機能の解析について説明している。大腸菌を用いて探索を行った結果、orfAとorfBのどちらか、あるいは両方がホスホマイシン耐性遺伝子であることを明らかにした。orfA、orfBの両方を含むプラスミドを保持する大腸菌の無細胞抽出液中に、ATP存在下でホスホマイシンを不活化する活性を見出し、さらにその不活化物はアルカリフォスファターゼ処理により再びホスホマイシンに変換可能な物質であることを明らかとした。その不活化物をイオン交換、ゲル濾過クロマトグラフィーにより単離、精製し、核磁気共鳴スペクトル、質量分析スペクトルを用いて構造決定を行った結果、図に示したホスホマイシン一リン酸、ホスホマイシン二リン酸、c-FMであることが明らかとなった。

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 これら3種類の不活化物のうち、ホスホマイシン一リン酸、ホスホマイシン二リン酸のみがアルカリフォスファターゼ処理によりホスホマイシンに変換されることを示し、これらが真の不活化物であると説明した。続いて、精製OrfA、OrfBタンパクを用いてそれぞれの機能を解析した結果,OrfAがホスホマイシンをリン酸化するホスホマイシンホスホトランスフェラーゼ、OrfBがホスホマイシシ一リン酸をリン酸化するホスホマイシシ一リン酸ホスホトランスフェラーゼであることを明らかにし、さらにそれぞれの酵素学的性質を明らかにした。

 第3章はホスホマイシン生合成遺伝子クラスターの下流領域の塩基配列の解析に関するものである。生合成調節遺伝子やホスホマイシンの排出を担う遺伝子の探索を目的として約6.7kbの塩基配列の解析を行った結果、orfG、orfH、orfI、orfJ、orfKの5個の新たな読み枠を見出した。これらの遺伝子がコードしているタンパクの相同性検索を行い、OrfHは生合成調節遺伝子、OrfIJKは大腸菌のホスホン酸トランスポーターと相同性を示すことを明らかにした。

 第4章ではorfHの機能について論じている。ビアラホスの生合成調節遺伝子と相同性を示すorfHの破壊株を作成し、そのホスホマイシン生産性を親株と比較した結果、orfHの破壊株ではホスホマイシンの生産量が約半分に減少してことを明らかにした。この結果から、orfHがホスホマイシン生合成調節遺伝子である可能性があると論じている。

 第5章ではorfI、orfJ、orfKの機能について論じている。ホスホマイシン生合成閉鎖株を用いてorfI、orfJ、orfKの破壊株を作成し、培地にヒドロキシプロピルホスホン酸を添加した場合、親株に比べて生産量が約10分の1に減少していることを明らかにした。この結果から、orfI、orfJ、orfKによってコードされているトランスポーターが、ヒドロキシプロピルホスホン酸の取り込みを担うものであると論じている。

 以上本論文は、ホスホマイシン生合成において、生合成反応、自己耐性機構、生合成調節機構,生合成中間体の取り込み機構と多岐にわたる研究の結果、それぞれの役割を担う遺伝子とその機能を明らかにしたものであって,学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本諭文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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