学位論文要旨



No 115257
著者(漢字) 橋口,昌章
著者(英字)
著者(カナ) ハシグチ,マサアキ
標題(和) パイエル板細胞の免疫応答特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 115257
報告番号 甲15257
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2102号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨

 腸管を含む粘膜組織は生体と外界の界面のかなり大きな部分を占め,その面積は皮膚の約200倍といわれている.また,粘膜組織を介した抗原の投与はそうではない投与法と異なる免疫応答を誘導することが知られている.したがって,粘膜組織を介した免疫応答はその独自性から生体防御やアレルギー制御において重要である.抗原を経口的に投与した場合,末梢での不応答現象と腸管でのIgA応答が誘導される.これらの応答にはパイエル板が誘導部位であることが考えられており,パイエル板に存在する免疫担当細胞の解析はその機構を解明する上で非常に重要である.特に,IgAなど特定のタイプの抗体の産生にはサイトカインおよびT細胞の介助が重要である.IgA産生は,まず,B細胞がtransforming growth factor(TGF)-およびCD40からの刺激を受け,その後,IL-5あるいはIL-6の効果によりIgA産生細胞へと分化することにより誘導される.抗原の経口投与後,パイエル板においてTGF-を産生するT細胞が出現すること,および,CD4+T細胞でIL-5の分泌が上昇することなどがパイエル板のIgA産生応答誘導への強い関与を物語っている.しかしながら、これらのサイトカイン分泌誘導機構をはじめとするパイエル板における免疫応答誘導機構についてはほとんど明らかとなっていない.

 本研究では,パイエル板に焦点を当て,その応答を脾臓細胞と比較し,パイエル板細胞においてIL-5およびIL-6の分泌が高いことを示した.その後,それらの特徴的なサイトカインであるIL-5およびIL-6分泌についてT細胞および抗原提示細胞に注目し解析を行った.

1.パイエル板細胞と脾臓細胞のサイトカイン分泌応答の比較

 まず,パイエル板細胞のサイトカイン分泌応答を観察し,全身免疫系の主要な器官である脾臓細胞の応答と比較した.実験には抗原特異的T細胞の頻度が高いT細胞抗原レセプター(TCR)トランスジェニック(tg)マウスを用いた.通常のマウスでは,観察が困難である現象も,TCRtgマウスは抗原特異的T細胞の頻度が高く,既知の抗原に応答するT細胞の調製が容易であるだけでなく,抗原特異的なT細胞の応答が大きく,観察が容易になる.そこで,オバルブミシ(OVA)特異的T細胞クローン7-3-7のTCRを導入したマウス(7-3-7TCRtgマウス)よりパイエル板細胞および脾臓細胞を調製し,in vitroにおいて特異的な抗原であるOVAで刺激し,それに対するサイトカイン分泌応答をELISAにより観察した.その結果,脾臓細胞においてIL-4分泌が認められたのに対し,パイエル板細胞では認められなかった.逆に,パイエル板細胞ではIL-5分泌が認められたのに対し,脾臓細胞では認められなかった.また,IL-6は両方より認められるものの,パイエル板細胞の方が分泌が高かった.これらの結果より,パイエル板細胞と脾臓細胞では,異なるサイトカイン分泌応答を示すことが明らかとなった.この結果は,パイエル板細胞,脾臓細胞がそれぞれ腸管免疫,全身免疫のそれぞれ,IgA産生応答,IgG1およびIgE産生応答の誘導に関与していることを示唆している.

 さらに,それらの産生において,どの細胞群が重要であるかを検討するため,CD4+細胞を7-3-7TCRtgマウスのパイエル板あるいは脾臓より,また,抗原提示細胞として遺伝的背景の類似したBALB/cマウスのパイエル板細胞あるいは脾臓細胞を調製し.CD4+細胞,抗原提示細胞を抗原と共に混合培養した.その結果,IL-5分泌は抗原提示細胞がパイエル板由来の場合が高く、その分泌にT細胞の由来は影響しなかった.また,IL-6分泌はCD4+T細胞がパイエル板由来の場合が高く,抗原提示細胞の由来はほとんど影響しなかった.

 これらの結果より,パイエル板細胞におけるIL-5の分泌には抗原提示細胞が重要であり,IL-6の分泌にはCD4+T細胞が重要であることが示された.以上の結果より,パイエル板はCD4+T細胞も抗原提示細胞も脾臓それらとは異なることが明らかとなった.

2.パイエル板細胞におけるIL-5分泌応答の解析

 1.で得られた結果から,パイエル板細胞のIL-5分泌にはT細胞以外の細胞が重要であることが明らかとなった.一方,サイトカインの存在が他のサイトカインの分泌に影響を与えることが知られている.そこでサイトカインの影響を検討した.7-3-7TCRtgマウスおよびBALB/cマウスよりパイエル板細胞,脾臓細胞を調製し,サイトカインを加えることによるIL-5分泌への影響を観察した.その結果,IL-4およびIL-6の添加による影響は認められず,パイエル板細胞においてIL-2の添加により濃度依存的にIL-5の分泌が認められた.また,TCR刺激により誘導されるIL-5の分泌は,抗IL-2抗体の添加により抑制され,抗原刺激によるパイエル板細胞のIL-5分泌にIL-2が関与すると考えられた.しかしながら,T細胞にIL-2刺激を施してもIL-5分泌は認められず,やはり,T細胞以外の細胞が重要であることが考えられた,次に,T細胞を除去した細胞にIL-2を加えたところIL-5の分泌が認められた.これらの結果より,T細胞以外のおそらく抗原提示細胞自身がT細胞の分泌するIL-2に対して応答し,IL-5を分泌していることが考えられた.以上より,抗原提示細胞がIL-5を通じIgA産生に関与することが示唆された.このようなIL-5増強機構を見いだしたのは本研究がはじめてである.

3.パイエル板細胞によるIL-6分泌応答の解析

 これまでの実験で、パイエル板CD4+T細胞は抗原刺激に対し脾臓細胞と比較してIL-6をより多量に分泌することが明らかとなった.腸管では感作型T細胞が他の末梢リンパ組織よりも多く存在することが知られている.未感作型T細胞は表現型として,CD62Lhigh,CD45RBhigh,CD44low,CD69lowであり,感作・活性化型T細胞はCD62Llow,CD45RBlow,CD44high,CD69highである.感作を受けたT細胞は未感作T細胞と異なる応答を示すことが明らかとなっている,まず,このパイエル板には未感作型,感作・活性化型がどのような割合で存在するかを検討した.7-3-7TCRtgマウス,BALB/cマウスよりパイエル板細胞、脾臓細胞を調製し,フローサイトメトリーにより,CD4+T細胞のこれらの分子の発現を解析したところ,脾臓CD4+T細胞においては,多くの細胞が未感作型の発現パターンを示したのに対し,パイエル板CD4+T細胞はそれぞれのマーカーにおいて末感作型の発現パターンを示す細胞と感作・活性化型の発現パターンを示す細胞が存在した.また,OVA特異的TCRを導入した別のTCRtgマウスであるDO11.10TCRtgマウスのパイエル板CD4+細胞において導入遺伝子産物であるTCRを認識する抗クロノタイプ抗体を用いてフローサイトメトリーにより解析した結果,抗クロノタイプ陽性細胞はほとんどが未感作型の表現型を示し,その陰性細胞は多くが感作・活性化型の表現型を示した.したがって,感作,活性化型表現型のCD4+T細胞はOVA特異的でなく,他の抗原に応答する細胞群であることが示唆された.

 そこで,これらの細胞のサイトカイン発現能を検討すべくTCR刺激に対するサイトカイン発現を検討した.7-3-7TCRtgよりパイエル板CD4+細胞を調製し,セルソーターを用いてCD62Lの発現により未感作および感作・活性化型を分離し,それらの細胞のTCR刺激によるサイトカイン分泌応答をELISAにより解析した.CD4+/CD62Lhigh細胞はTCR刺激に対し,IL-2,IL-6を分泌した.これに対しCD4+/CD62Llow細胞はTCR刺激に対し,IFN-,IL-4,IL-5,IL-6を分泌した.これらの結果より,腸管における感作型の表現型を示すT細胞は,腸管内の抗原に応答しIgA産生応答に関与している可能性がある.

 次に,未感作なT細胞が抗原刺激に対して組織により異なる応答を示すのかどうかを検討するため,パイエル板末感作CD4+T細胞と脾臓未感作CD4+T細胞の抗原刺激に対する応答を比較した.7-3-7TCRtgマウスよりパイエル板CD4+T細胞,脾臓CD4+T細胞を調製し,さらにセルソーターを用いて先と同様に未感作型細胞を調製し,抗原刺激に対するサイトカイン分泌応答を観察した.その結果,IL-6以外のサイトカインについては分泌に差が認められなかったのに対し,IL-6においてはパイエル板未感作CD4+T細胞により多量の分泌が認められた.

 これらの結果より,パイエル板には脾臓とは異なるIL-6分泌能の高い未感作なCD4+T細胞が存在することが明らかとなり,それらが腸管でのIgA産生に関与している可能性が示唆された.

 以上の研究より,パイエル板はT細胞もT細胞以外も脾臓のそれらとは異なり,それぞれIL-6,IL-5分泌に重要であることが示された.得られた結果は,パイエル板特有のサイトカイン分泌応答機構,腸管の特有の応答の一つであるIgA産生応答誘導機構に関する重要な知見である.

審査要旨

 腸管を含む粘膜組織は.生体が外界と接する表皮のかなり大きな部分を占め,非自己を排除する中心的な役割を果たしている.粘膜組織を介した抗原の投与は,粘膜組織を介さない投与とは異なる免疫応答を誘導することが知られている.特に抗体産生において,産生される抗体のアイソタイプが異なっており,粘膜組織を除く末梢では,投与された抗原に対して,IgG,IgE抗体が誘導されるのに対し,粘膜組織では,IgA抗体が優位に産生され,粘膜組織は独特の免疫特性を有している.粘膜組織におけるIgA産生応答は誘導組織と実行組織の機能的に異なる二つの組織により担われている,腸管の場合,抗原が経口的に投与されると誘導組織であるパイエル板において免疫応答が誘起され,結果として,将来的にIgAを産生する細胞が誘導される.その細胞は,実行組織である粘膜固有層に移動しIgA産生細胞へと分化する.このように,パイエル板においてIgA産生が誘導されるが,抗体産生には,T細胞が深く関与し,また,サイトカインが大きな影響を与えることが知られているものの,パイエル板においてどのような細胞のどのような相互作用をもってIgA産生応答が誘導されるのかは明らかとなっていない.

 また,抗原の経粘膜投与は粘膜部と粘膜組織以外の末梢において異なる応答を誘導することが知られている.さらに,その投与量により,異なる応答が誘導されることが知られている.しかしながら,その投与量と誘導される抗体産生応答については明らかとなっていない.

 また,通常のマウスにおいては抗原特異的リンパ球の頻度は低く,抗原特異的な細胞に注目し,応答を観察することが困難であった.一方,T細胞抗原レセプター(TCR)トランスジェニック(tg)マウスは,T細胞の大部分が単一の抗原に応答し,また,既知の抗原に応答するT細胞を調製することが容易であり,これらのマウスを用いた場合,抗原特異的応答が観察しやすい.

 本論文は,四章からなる.

 第一章では,TCRtgマウスを用いて,異なる量の経口抗原により誘導される免疫応答を観察した.より多量の抗原を投与することにより,脾臓細胞におけるTh2型サイトカイン分泌応答を誘導すると同時に,抗原の経口投与後,同抗原を非経口的に免疫することにより誘導される抗体のアイソタイプも,より多量の抗原により脾臓細胞のサイトカイン分泌応答と相関したTh2型応答が誘導された.これらの結果より,異なる量の抗原の経口投与により,抗体産生においても,サイトカイン分泌においても異なる免疫応答が誘導されることが示された.

 第二章では,パイエル板細胞の抗原刺激に対するサイトカイン分泌応答を観察し,パイエル板細胞は脾臓細胞と比較して,インターロイキン(IL)5.およびIL-6の分泌が高いことが示された.また,T細胞と抗原提示細胞のそれらの分泌への関与を検討し,抗原提示細胞はIL-5分泌,T細胞はIL-6分泌に関与することが示唆された.これらのIL-5分泌,およびIL-6分泌に注目し,それぞれの分泌について解析を進めた.

 第三章では,IL-5分泌に注目し解析した.パイエル板細胞はIL-2に応答してIL-5を分泌することが示された.また,T細胞を除去した細胞をIL-2存在下培養することにより,IL-5分泌が認められ,そのパイエル板における高いIL-5分泌はこれまで考えられていたT細胞によるものではなく,T細胞以外のおそらく抗原提示細胞によるものであることが示唆された.T細胞以外の細胞がIgA産生応答に関与する因子を発現することは例がなく,本研究が初めてである.また.これまで,T細胞以外の細胞によりIL-5分泌を示した例はほとんどなく,その点においても注目に値すると考えられる.

 第四章では,パイエル板T細胞に注目し解析を行い,パイエル板CD4+細胞は感作型表現型を示す細胞と感作・活性化型表現型を示す細胞が高頻度で存在した.また,それらの細胞はTCR刺激に対しIL-6を分泌した.さらに,パイエル板未感作型CD4+細胞の応答を脾臓未感作型CD4+細胞と比較し,パイエル板未感作型CD4+細胞は高いIL-6分泌能力を有すことが示された.これらの結果より,パイエル板未感作CD4+T細胞は初めて感作を受ける抗原に対しても効率よくIgA産生応答を誘導することが考えられた.

 本研究により,パイエル板はT細胞においても,T細胞以外においても異なることが示され,これらがIgA産生応答に関与していることが示唆された.

 以上,本論文は,パイエル板細胞の免疫特性に関する研究をまとめたものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた.

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