内容要旨 | | 熱帯地域における人間活動の拡大によって,熱帯林面積が年0.7%の割合で減少し,原生林は劣化した二次林へと変貌している。その結果,熱帯地域の二次林面積は6億haに達し,全閉鎖林の31%を占めるに至っている。熱帯林の更なる減少や原生林の開発を抑えるためには,二次林を森林として維持しながら有効に利用していくことが求められる。しかし,これまでの熱帯林研究の関心は人為の影響が少ない森林に向けられ,人為撹乱の影響を強く受けている二次林はほとんど調べられていない。そのため,二次林の管理や資源利用に必要な更新特性や生産力といった生態に関する基本的な知見が非常に乏しい。 アフリカや中南米に比べて,熱帯アジアは森林の減少率が最も大きい。熱帯アジアにおける森林減少・劣化の主要な原因の一つに焼畑耕作がある。焼畑耕作は,森林を焼き払って耕作を行い,地力が低下すると別の場所に移って同じように耕作を行う移動耕作である。通常,数年〜十数年の休閑期をあけて再び同じ場所で焼畑耕作が行われる。休閑期には二次林が形成され,その様な森林は焼畑休閑林と呼ばれる。一方,充分な休閑期をあけずに焼畑耕作を繰り返すと,土地の養分収奪,シードバンクの枯渇等によって森林とはならず草地化すると言われている。熱帯アジアではこの様な焼畑耕作が森林減少面積の49%に何らかの関係があると言われている。 そこで,本研究では,インドネシア共和国東カリマンタン州スブル村を調査地とし,人為撹乱によって形成される二次林として焼畑休閑林を取り上げ,その発達過程を遷移および物質生産の観点から明らかにすることを目的とした。調査地は,元々は低地フタバガキ林が発達していたが,1982〜83年の大規模な山火事とその後の過伐,焼畑などによって劣化し,現在は二次林が広がっている場所である。 本調査地での休閑期は10年程度であった。その休閑期全体を通しての焼畑休閑林の発達過程を概観するために。焼畑放棄後の年数(これを林齢とする)の異なる焼畑休閑林15カ所に小区画(10m×10m)を設けて,種組成と地上部バイオマスを調べた。いずれの小区画においても木本種が優占種となっていた。同じ林齢の小区画でも,小区画によって優占種は異なっていたが,3年生まではHomalanthus populneus(以下,Hpと略記),Trema tomentosa(Tt),Mdllotus macrostachyusの優占度が高く,それ以降はFicus sp.1(Fs),Geunsia pentandra(Gp),Piper aduncum(Pa)が優占する傾向が見られた。後者の3種は3年生以前の林分でも見られたが,前者の3種は4年生以降の林分では見られなかった。焼畑終了後数年での優占種の交代が推測された。 地上部バイオマスは,1年生林分で8〜10t/ha,5年生林分で23〜27t/ha,10〜12年生林分で44〜55t/haであった。インドネシアの天然林の地上部バイオマスの平均が203t/haと言われており,焼畑跡地では焼畑休閑林の発達によって急速にバイオマスが増加することが明らかになった。この結果とFAOの1981〜1990年の休閑林面積に関するデータを用いて,この10年間にインドネシアでの焼畑休閑林が吸収した炭素量を推定すると6.9×1013gとなる。同じ10年間にインドネシアの熱帯雨林の破壊によって大気中に放出された炭素量の推定が93×1013gであり,焼畑休閑林はその7.4%を再固定していると言える。焼畑休閑林は,大気中二酸化炭素の吸収源として無視できない能力があることが明らかになった。 次に,焼畑休閑林の組成・構造をより詳しく知るための調査を,焼畑が行われる直前の林分で行った。林齢10年生程度の焼畑休閑林内に10m×10mの小区画を50カ所(全体で0.5ha)配置し,全ての小区画で1.3m高の幹周囲長10cm以上の個体について種名と幹周囲長を記録した。その結果,0.5haの調査区全体で86種,2481個体を確認した。PaとFs,Gpの優占度が高く,この3種が全体に占める割合は個体数の70%,胸高断面積割合の60%であった。Shannon-Wiener関数の種多様度指数H’は3.01bitと小さく,焼畑休閑林は,突出した優占種を持つ単純な種組成という特徴を有することが明らかになった。平均林冠高は約12m,胸高断面積合計は7.32m2/0.5haであり,大規模な山火事以前に同じ地域に成立していたフタバガキ林に関する調査報告の結果と比べて林冠高が非常に低く,胸高断面積合計も小さかった。種組成についても,今回調べた焼畑休閑林と以前のフタバガキ林とでは,主要優占種10種は全く一致せず,種多様性も焼畑休閑林の方が非常に低かった。現在の焼畑休閑林は以前の低地フタバガキ林とサイズも種組成も大きく異なることが明らかになった。 優占種3種の胸高直径階分布を比較すると,PaとFsは3〜9cmの直径階に全ての個体が含まれるのに対して,Gpは3〜23cmの幅広い直径階に分布するという違いが見られ,優占種の間でも種によってサイズ構造に違いがあることがわかった。 さらに,焼畑放棄後の初期遷移過程を明らかにするために,林齢10年生程度の焼畑休閑林を伐開し,実際に模擬的な焼畑耕作を行い,その後の種組成の変化や侵入個体の成長経過を追跡した。イネを栽培した区域(除草1回)に10カ所,栽培しなかった区域(除草無し)に2カ所の小区画(2m×2m)を設置し,イネ収穫から3カ月後〜20カ月(除草から7カ月後〜24カ月後)にかけて,小区画内に出現した胸高直径1cm以上の全個体の種名と胸高直径,幹長を5回記録した。イネ栽培区において,イネ収穫から3カ月後の個体密度及び胸高断面積合計は78本/100m2,0.013m2/100m2であった。それが,20カ月後には,それぞれ410本/100m2,0.102m2/100m2にまで増加し,植生高は3〜4mに達し,焼畑休閑林の初期成長が大きいことが確認された。 イネ栽培区に比べて,イネ非栽培区の方が個体数が多く,萌芽能力のあるFsやPaの萌芽個体の割合が高い傾向が認められた。イネ栽培区ではHpが優占していたのに対し,イネ非栽培区に設置した二つの小区画の一方では,通常は4年生以上の焼畑休閑林で優占種となるFsが優占していた。この様な優占種の違いは,除草作業によって萌芽個体や発芽時期の早い種を取り除くことによって生じたと考えられる。焼畑耕作に伴う除草という人為撹乱は,その後の個体数や種組成,ひいては発達過程にも影響を与えると推測される。 イネ栽培区では,4〜5年生以上の焼畑休閑林で優占種となるFsとGp,Paの個体数が調査期間を通じて増加し続けたのに対して,HpとTt,多年生草本のBlumea balsamifera(Bb)の個体数は調査期間の途中から減少する傾向を示した。最初の毎木調査の時点ではHp,Tt,Bbの3種が全個体数の61.3%を占めていたが,5回目の測定時にはその割合は17.9%に減少していた。これらの結果は,焼畑放棄後数年で優占種の交代が起きることを示唆しており,焼畑休閑林の発達過程に関する概況調査で推測された焼畑後数年未満の林分とそれ以上の林分では優占種が異なるとした考察を支持するものである。 焼畑休閑林の発達過程の初期段階における優占種の交代が,光に対する競合によって起きているのかを知るために,焼畑休閑林の主要樹種であるHpとTt,Fs,Gp,Paおよび極相林構成種とされるフタバガキ科2種を全天下と林床で育成して,光環境の違いに対する反応を比較した。焼畑休閑林の5種はいずれも,光-光合成曲線に光環境に適応した変化が認められたが,フタバガキ科樹種では認められなかった。形態的反応では,分枝様式に種間差が見られ,全天下でTtはよりたくさん分枝し,Paは萌芽幹を出すというように,異なる光環境に対して枝数と分枝様式を大きく変化させていた。焼畑休閑林の5種は,フタバガキ科の2種に比べて光環境に対する可塑性が大きかったが,休閑期の早い時期に優占種となる樹種(Hp,Tt)と遅い時期に優占種となる樹種(Fs,Gp,Pa)で光環境に対する可塑性に違いは認められなった。焼畑休閑林の発達過程の初期段階での優占種の交代は,光に対する反応の違いによるものではなく,それ以外の要因,例えば寿命など,に依っていると考えられる。 以上の結果から,焼畑跡地は,放棄後急速に木本種が更新・侵入して二次林(焼畑休閑林)が形成され,バイオマスが急激に増大することが明らかになり,大気中二酸化炭素の吸収源としても高い能力を持つことが明らかになった。また,焼畑休閑林の発達過程の初期段階で優占種の交代が起きていることなど,焼畑休閑林の遷移動態が明らかになった。 |