3.解析に用いた流出モデル及び解析過程について 流出モデルとしては、福嶌(1988)によって提案された応答モデル(conceptual model)であるHYCYMODELを用いる。このモデルは日本や外国の多くの流域で、降雨から流出量を算定することに成功している。本モデルはモデル内の各パラメーターの変化によって流出の応答の変化を記述することが可能で、流出特性を推定するにあたって効果的な手法である。
流出モデルのパラメータの変化によって、流出特性の変化と論ずるためには、良好にハイドログラフを再現することが前提となる。そのため、以下のような手順で解析を行った。
(1)観測データのquality check 流出観測データと、福嶌自身が同定したパラメーターを用いたHYCYMODELへの降雨データ入力によって得られた流出データとの比較を通じて、欠測やデータ入力時におけるエラーを抽出し、今後の解析対象から取り除く。
(2)水収支の検討 HYCYMODELによって得られる流出量を、蒸発散量に関する新たなパラメーターを操作することによって手順(1)を経て得られる流出量の観測値と等しくなるよう調節する。
(3)Error indexを用いた適合度の検討 (2)の手順によって、水収支を調整した後、さらにモデルパラメータを変化させ、ハイドログラフの上昇、逓減等の形を合わせる。適合度の判定にあたってはError indexを導入し、定量的に評価する。
(4)モデルの時間依存性に対する検討 より詳細な流出特性の変化をモデルから抽出するためには、細かな時間分解能の観測データが必要であると考えられる。桐生試験地においては、1時間単位の観測データが整備されているのに対し、白坂流域では時間単位のデータは完成しておらず、日単位のデータが整備されているのみである。そこで、日単位のデータから得られる出力結果の精度を、時間単位データから得られる結果の精度に近づけることを目的として、桐生試験地を対象としてモデル計算の出力結果に対する時間依存性について検討する。
4.解析結果 本研究で行われた検討は以下の3つの部分から構成される。
I.時間データを用いた桐生試験地の流出特性の検討
II.桐生試験地における時間データと日データのHYCYMODELによる計算結果の比較
III.日データによる白坂流域における流出特性の解析
Iに関して、福嶌(1988)は桐生試験地において10年分の日データと時間データを用いて短期及び長期ハイドログラフを計算しているが、ここでは20年分の時間データを用い、再度解析を行う。福嶌のパラメータセットを用いた場合、1972年から1981年までの観測期間では、水収支誤差は少ない範囲にあるが、その後1991年までの観測データに当てはめた場合、水収支誤差は増大する傾向にあることが確認された。従って水収支誤差を減少させるために、蒸散量に関連する新たなモデルパラメータPEを導入した。ここでPEとは、月平均蒸散量に対してある一定の比率を乗ずることによって、水収支誤差を減少させるものである。PEの与え方には、20年間をとおして一定の値を与える手法と、各年毎に値を与えて単年毎の水収支誤差を最小にする手法の2通りを用いた。この2つの手法によるPEの与え方による水収支誤差の違いは同程度あり、水収支を適合させる操作が流出応答の検討に大きい影響を与えないことが確認された。またPEの導入後、最適化された各モデルパラメータによって、従来の福嶌モデルによる計算結果より適合度の高いパラメータセットが得られた。
さらに厳密な適合度判定のために、ハイドログラフの再現性を検討する手法として新たに「Discharge range separation error index method」の提案を行う。まず、流出量の観測値について3つの領域(Qob<0.1,0.1<Qob<1.0,Qob>1.0mm/hr)に分け、各々の領域について流出が増大中か逓減中かで分けた。さらに、これらを計算流量が過少か(Qob>Qcal)、過大か(Qob<Qcal)で分類して誤差指標について検討を行う。結果として、Qob>1.0で流出増大中の領域において誤差指標が大きくなることを除いて、PE一定とPE各年を用いた場合の方が従来のパラメーターセットによる計算結果より誤差指標が小さな値を取ることが明らかになった。
20年間の桐生試験地の流出特性は、各10年毎に区分して求めたHYCYMODELのパラメーターの変化からは、明瞭な変化傾向が示されていないことが判明した。
IIにおいて、HYCYMODELの時間依存性について検討した。理論的にはHYCYMODEL内の各パラメータは時間間隔に対して独立であるが、樹幹通過雨量及び降雨強度の部分に関しては、入力降雨の時間間隔の影響をうける。
1時間単位の降雨を入力として樹幹通過雨量を計算する場合においては、降雨の継続期間が特定できるのに対して、日単位のデータを入力として計算する場合には、降雨の継続期間の特定ができず、日降水量の総量に対して樹幹通過雨量が計算されることとなる。その結果、時間単位の降雨を入力として計算をおこなった場合と比較して、過大に樹幹通過雨量が計算されることが確認された。これら2つの差を無くすために日データの計算によって得られる樹幹通過雨量に0.9615を乗じる必要があった。
入力降雨強度に関しては、日単位の降雨データを時間単位雨量に換算して与える場合、時間単位の降雨を入力する場合と比較して、降雨の継続時間についての検討が必要となる。そこで桐生試験地において、降雨の継続時間を1時間から12時間まで変化させて、実時間データから得られる結果と比較することによって、検討を行った。その結果、降雨継続期間が、4時間から12時間の範囲においては、誤差が減少するが、それ以外の継続時間間隔においては誤差が増大する傾向が確認された。すなわち日単位のデータから得られる出力結果の精度を、時間単位データから得られる結果の精度に近づける際には、1日の中で降雨時間を決める必要があり、本研究では、流出モデルの評価からこれを求めた。
IIIでは、日データを用いた白坂流域の流出特性を、桐生時間データに基づいた解析結果を踏まえて、時間単位に換算した降雨を入力として与えて検討した。白坂日データは10年毎に区分して、モデルパラメータの最適化を行った。その結果いずれの期間においても、モデル計算結果は実測データと良く適合し、モデルパラメータの変化によって流出特性の変化を論じることが可能であることが確認された。得られた各パラメーターのうち雨水の地中への浸透に関連するパラメータD50は、1930年代から1990年代にかけて明確な増大傾向(52-63mm)を示しているに対して、他のパラメータは明瞭な変化傾向が確認されなかった。
そこで1930-1996にかけてのパラメータD50の変化が白坂流域における流出特性に与える影響を検討することを目的として、HYCYMODELに一定降雨強度の雨を入力し計算を行った。その結果、降雨対直接流出量の割合は1930年代から1990年代まで次第に減少していることが分かった。この変化は植生の変化の影響と考えられる。一方、基底流出の特性については、どの期間も緩やかであり、大きい変化は認められないが、詳細に見ると1990年代で最も低い値を取り、1940年代で最も高い値を取っている。
5.まとめ 本研究における、植生変化にともなう流出特性の変化に関して、
(1)本研究が対象とした桐生試験地と白坂試験地の流出比較において、直接流出の特性と逓減曲線は共に基岩が風化花崗岩であるために類似の傾向を取る。両試験地は水収支におけて差異があるが、その差は、蒸発散量によるものである
(2)桐生試験地の20年の流出記録による流出特性に明瞭な経時変化は検出されなかった。
(3)HYCYMODELで直接流出量は、雨水の地中への浸透特性を代表するモデルパラメータによって決定される。白坂流域でそのパラメータは森林植生の変化に対応して変る結果を得た。白坂流域の森林植生の長期変化は、流出成分の内、直接流出量に最も大きく影響し、これを減少させている。
(4)貧弱な植生地に森林植生が回復していく過程が、流域からの流出特性に与える影響は、長時間かけて現れる。この変化は、従来対照流域法で調べられている植生変化が蒸発散に与える影響と比較して遅れて生ずる。
以上のことが明らかになった。