外生菌根菌は、樹木との間に共生関係を築き森林生態系における物質循環に大きく寄与している。このような外生菌根菌の機能が実際の森林生態系で働くには、機能の主体である外生菌根菌の量や分布、さらにはそれを支える繁殖様式が重要になってくる。しかし、個体群間・個体群内の遺伝子フロー,地上部(子実体)および地下部(根外菌糸体と菌根)におけるジェネットの広がり等、繁殖様式に関わる菌の特性は、これまで殆ど解析されていない。従って、森林生態系における外生菌根菌の寄与を理解する上では、繁殖に関する独創的かつ詳細な研究が極めて重要である。 本論文は序論と本文4章および結語からなっている。富士山麓にあるカラマツ林での外生菌根菌ハナイグチのジェネット構造をマイクロサテライトに関連したDNA多型マーカーを用いて解析したもので、外生菌根菌の繁殖様式に関し新しい方法と知見を多数得ている。 序論では、これまでの外生菌根菌の繁殖様式に関する生態学的研究をサーベイし、本論文の目的について述べている。 第1章では、多型性、再現性が高いInter-Simple Sequence Repeat(ISSR)マーカーを開発し、次いでこれらのマーカーにより、東京大学富士演習林内のカラマツ林分Aで1997年9月から10月にかけて発生したハナイグチ子実体についてISSR多型解析を行い、ジェネットの分布とサイズを決定している。また、その結果に基づいて、(1)林分Aのハナイグチジェネットは、これまでのイグチ属のジェネットの報告例に較べ小さいこと、(2)近傍に発生した子実体でも異なるジェネットに属する場合が多いこと、(3)ISSRバンドパターンが類似する子実体が比較的集まって発生する傾向があることを見出し、(1)ハナイグチの繁殖が胞子散布に大きく依存すること、(2)胞子散布は近い距離ほど多いこと、を明らかにしている。 第2章では、ハナイグチジェネットの年変動と場所毎の違いを探るため、林分Aに加えて同じく富士演習林内に設定したカラマツ林分Bで、1997年と1998年の9月から10月にかけて、ハナイグチ子実体のジェネット構造を調べている。また、分析の結果に基づいて、(1)ジェネットサイズは、林分Aに較べて林分Bの方が大きいこと、(2)林分Aでは、群生して発生した子実体は複数のジェネットに属する場合が多いが,林分Bでは同一のジェネットに属す場合が多いこと、(3)さらに、両年に渡って発生したジェネットではそれぞれの年に発生した子実体の位置は多くの場合2m以上離れていることを見出し、(1)ハナイグチジェネットのサイズが、環境条件によって大きく左右される可能性、(2)子実体発生の基盤となる地下部でのジェネットの共存状態が林分AとBとで異なる可能性、(3)また、地下部でのジェネットの存在状態が年毎に大きく変動する可能性を明らかにしている。なお、第1、2章のようなDNA多型マーカーによる詳細なジェネット解析は、他に類を見ないものである。 第3章では、単一座の対立遺伝子を多数持つマイクロサテライト(SSR)共優性多型マーカーを3種と優性多型マーカーを2種得ている。さらに、開発した共優性マーカーを用いて、ハナイグチ集団における対立遺伝子の頻度分布を調べ、一シーズンでのハナイグチの胞子飛散距離はさほど長くはないものも、長期間に渡った場合、それぞれの林分内での遺伝子ブローと林分AB間での遺伝子フローとは、ともに極めて大きいことを明らかにしている。なお、外生菌根菌のSSR共優性マーカーの開発およびそれを用いた遺伝子フローの解析は、世界で初めて行なわれたものである。 第4章では、マイクロサテライトマーカーを用いて、同一ジェネットに属するハナイグチの菌糸体および菌根の地下における空間分布を解析している。まず、(1)既に開発したSSRマーカーについて検討し、そのうちの一つが種特異性も多型性も高く、菌糸体や菌根の分布に基づいた地下部でのハナイグチジェネットの解析に有効であることを明らかにしている.さらに、(2)このマーカーを使ってハナイグチ子実体直下の土壌断面中にある菌糸体と、菌根からジェネット分布を調べ、子実体の下には、同一のジェネットに属する菌糸体と菌根が存在するが、その範囲は場所毎に大きな差があること、(3)ハナイグチ子実体の発生を支える地下部の菌糸体および菌根の消長は比較的速いことを見出している。なお、外生菌根菌の地下部のジェネット解析は世界で初めて行なわれたものである。 以上のように、本研究は極めて独創性に富み、学術的に価値が高い成果を得ている。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。 |