本論文は、世界の外洋に広く分布し莫大な生物量をもち、サケ・マス類、イカ類、タラ類、イルカ・オットセイ類などの有用水族の主餌料として重要なハダカイワシ科魚類の生態研究を、西部北太平洋亜寒帯域を対象として展開したものである。 第1章で既知見の総括を行い、第2章では、当研究海域で最も優占する8種の日周鉛直移動様式を明らかにし、各種がそれぞれ固有の適水温をもち、狭温性種の夜間の浮上深度は生息域の水温の鉛直分布構造と密接に関係していることを示した。各種の生息層を時空間的に明らかにすることにより、各種の生物量の定量が可能となった。 第3章では、トドハダカの初期成長と産卵生態について述べ、日周輪を用いてトドハダカ仔魚の標準体長(Ll)および稚魚の標準体長(Lj)と日周輪形成開始からの日数(D)の関係はそれぞれ直線式、 で表されることを明らかにした。稚魚の成長速度は遅く、これまで報告されている熱帯・亜熱帯種の値の1/2程度であった。さらに周年にわたる広範な採集に基づきトドハダカの主産卵場は移行域であることを明らかにした。仔魚の日齢組成から産卵は5月上旬に始まり、6月にはピークを迎え、9月下旬には終わっているものと推定した。稚魚および成魚の体長組成を海域毎に比較し、本種は産卵場である移行域で仔稚魚期を過ごし、その後、亜寒帯域へ生息域を広げていくことを明らかにした。 第4章では、優占した3種の摂餌活動とその日周性を鉛直移動の様式に関連づけて明らかにしている。日周鉛直移動種のトドハダカと半日周鉛直移動種のコヒレハダカの主な餌生物はオキアミ類、カイアシ類、端脚類であった。非移動種のセッキハダカの餌生物は、カイアシ類がその大半を占めた。胃内における各餌生物の消化度の日周変化を解析して、トドハダカは夜間だけでなく昼間も活発な摂餌活動を行っていること、コヒレハダカは、夜間表層に浮上してから活発に摂餌活動を行うものと推測した。一方、セッキハダカは終日空胃率が高く、胃の中に保持している餌生物の量は湿重量で体重の0.1%前後と他の2種の場合と比べ極端に少なかった。また、本種では胃内容物の消化度に終日変化が見られず、終日散発的に餌を捕食していることを明らかにした。トドハダカの日間摂餌量は湿重量で体重の約5%、夜間表層に浮上するコヒレハダカで1.4%、セッキハダカで0.2%と見積もられた。さらに優占3種の胃内容物を種レベルで解析することにより、食性の季節変化と成長に伴う変化を明らかにし、それが餌となる各種動物プランクトンの現場での鉛直分布や生物量の季節変化と密接に関係していることを示した。また優占3種の魚体長と餌との関係を検討し、餌生物の組成およびサイズは魚体の成長と共に変化することを明らかにした。 第5章では、優占した3種の雌の生殖腺重量指数と体長の関係から、トドハダカは標準体長55mm以上、コヒレハダカでは60mm以上、セッキハダカでは90mm以上の雌個体が再生産に関与すると推定した。また、トドハダカの産卵期は5-8月、コヒレハダカでは1-4月、セッキハダカでは10月前後であることを明らかにしている。さらにこれら3種の1回当たりの産卵数は、トドハダカで2100-6100個、コヒレハダカで1300-5800個、セッキハダカで3000-4400個であり、1回当たりの産卵数(F)と標準体長(L)との関係は、 で表され、一回当たりの産卵数は体長と共に直線的に増加することを明らかにした。 以上本論文は、西部北太平洋亜寒帯城、移行域に1億トンオーダーの生物量をもち、一方では多獲性小型浮魚類および大型魚の幼稚魚の餌を巡る競合者として、他方では大型有用水族の主餌料として重要な位置を占めるハダカイワシ科魚類の日周鉛直移動様式、摂餌生態、産卵生態の概要を明らかにしたものである。これらの結果は、当研究海域の生態系モデルの中で、ブラックボックスとなっていた重要な部分を埋めるものであり、亜寒帯外洋生態系の理解を深めるとともに当該海域の資源管理モデルの精度を著しく高めるものと期待できる。よってこれらの成果は学術上、応用上十分価値のあるものと認め、審査委員一同は申請者が博士(農学)に値するものと判断した。 |