チトクロムP-450アロマターゼ(P-450arom)は、主に卵巣と脳に存在し、アンドロゲンからエストロゲンへの生合成を触媒する酵素である。哺乳類では、単一のP-450arom遺伝子から組織特異的プロモータを介して各組織で同一分子が産生される。一方、魚類では卵巣由来のP-450arom分子の構造が一部の魚種で明らかにされているが、脳および他の組織で発現しているP-450arom分子が、哺乳類と同様に、卵巣由来のものと同一であるか否かは不明である。本研究は、コイ科魚、メダカ、ウナギおよびアロワナを用い、脳および卵巣からP-450arom cDNAを単離し、その一次構造を解析し、組織特異的発現を明らかにすることにより魚類におけるP-450arom分子の進化について考察したものである。 1.コイ科魚類におけるチトクロムP-450アロマターゼcDNAのクローニングと組織特異的発現 まずキンギョ卵巣および脳のcDNAライブラリーのそれぞれから異なる構造を持つP-450aromをコードするcDNAを得た。両者ともに、P-450aromの機能的な領域をよく保存していたが、両者間のアミノ酸配列には、約40%の相異が認められた。ホモロジー解析の結果、キンギョの卵巣由来のP-450aromは、既知の魚類卵巣由来のP-450aromと相同のものであるが、本研究で脳から得られたP-450aromは、既知の魚類卵巣由来P-450aromと異なる新しいタイプのP-450arom分子であった。そこで本論文では、この2つのP-450arom分子をそれぞれ卵巣型および脳型P-450aromと命名した。また、サザンブロット解析の結果から、一個体のキンギョのゲノムに少なくともこの2種類のP-450arom遺伝子が存在することが示された。これらのことから、哺乳類とは異なり、キンギョでは脳と卵巣で異なった遺伝子にコードされたP-450aromが発現していることが明らかとなった。 キンギョの卵巣では卵巣型P-450aromのみが発現し、一方脳においては両方のP-450aromが発現していたが、優勢に発現していたのは脳型であった。さらに、これら2種類のP-450arom遺伝子の組織特異的発現パターンが異なることから、それぞれの遺伝子は異なる発現調節を受けていることが示された。 さらにコイ(四倍体性)とタナゴ(二倍体性)について、2種類のP-450arom cDNAのクローニングを行ったところ、キンギョの脳型および卵巣型に相同な2種類のP-450arom分子が存在することが明らかとなった。この結果、このP-450arom分子の二元性は、コイ科魚類における染色体の倍数化に起因するものではないことが判明した。 2.メダカにおけるチトクロムP-450アロマターゼcDNAのクローニングと組織特異的発現 P-450arom分子の二元性が系統的に異なる他の魚類にも認められる現象であるか否かを明らかにするため、卵巣由来(卵巣型)のP-450aromの構造がすでに明らかにされている二倍体性魚類のメダカを用い、脳型P-450aromのcDNAクローニングを試みた。その結果,メダカの脳から既知のメダカ卵巣型P-450aromと異なる構造を持つP-450aromをコードするcDNAが得られた。この遺伝子は、脳と下垂体のみで発現し、卵巣での発現は認められなかった。この演繹アミノ酸配列は、魚類の卵巣型よりも脳型P-450aromと類似性が認められたことから、得られたcDNAはメダカの脳型P-450aromをコードするものであると判断した。すなわち、メダカにおいても、コイ科魚類と同様にP-450arom分子の二元性が存在することが明らかとなった。 3.原始的真骨魚類におけるチトクロムP-450アロマターゼcDNAのクローニングと組織特異的発現 上述のP-450arom分子の二元性が魚類進化の過程のどの時点において、獲得されたかは不明である。そこで、原始的真骨魚類であるウナギおよびアロワナを用い、P-450aromのcDNAクローニングを試みた。その結果、ウナギの脳および卵巣からそれぞれP-450arom cDNAが得られたが、それらは同一分子であった。さらにアロワナのP-450aromはウナギで同定された分子と構造が類似していた。またウナギのP-450arom遺伝子の発現状況を調べたところ、脳と卵巣で同一のP-450arom遺伝子が発現していた。これらの結果から原始的な真骨魚類では、P-450aromは一元性であることが示唆された。 以上、本研究は、魚類のP-450aromが原始的な真骨魚類では哺乳類と同様に一元性であったが、その後の魚類進化の過程で分子が多重化し、哺乳類とは異なるP-450aromシステムを獲得したことを示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)として価値あるものと認めた。 |