1996年以来、九州各地で養殖されていたトラフグが異常にやせる病気が流行している。罹病魚は目が落ち窪み、脊椎骨が浮き立ってみえ、次第に活力を失って死に至る。病魚の腸管は従来未知の数種の粘液胞子虫と微胞子虫が感染していることから、これら寄生虫の重篤感染が「やせ病」の発症に関与していることが疑われる。本研究は養殖トラフグの腸管に寄生する粘液胞子虫と微胞子虫に関して、それぞれの種の形態、分類、発育、寄生様式を記載し、かつ、寄生の季節的変動を定期的に調査することによって、これら寄生虫の特徴を明らかにし、また、感染した魚の病理組織学的検査によってこれら寄生虫の「やせ病」への関与の可能性を検討したものである。
1.養殖トラフグの腸管における粘液胞子虫と微胞子虫の寄生 1996年11月から1999年7月まで熊本、長崎、宮崎各県内の養殖場で0歳および1歳の養殖トラフグの腸管にみられた粘液胞子虫と微胞子虫の形態と発育および寄生様式を観察した。また、長崎県内の養殖場では1997年7月から1998年10月まで定期的にほぼ隔月20尾ずつ採材して、寄生の季節的変動を調べた。供試魚は腸管上皮のスタンプ標本を作製し、Diff-Quik染色(粘液胞子虫観察用)または蛍光色素Uvitex2B染色(微胞子虫観察用)を施し、光顕または蛍光顕微鏡で観察した。腸管組織は10%ホルマリンまたはブアン液で固定し、組織切片(5m)をUvitex2B&H&E三重染色またはギムザ染色を施して観察に供した。
1)Leptotheca sp. Leptotheca属粘液胞子虫の胞子と多核の栄養体が主に直腸を含む腸管上皮組織内に観察された。重篤寄生の場合は胃と胆嚢の上皮にもみられたが、その他の組織、器官には寄生は認められなかった。胞子は台形状で後端が少し湾曲しており、2つの丸い極嚢が胞子の前端に位置した。胞子の測定値は、長さ8.3-9.5(平均9.0)m、厚さ13-15(平均14.0)m、極嚢径2.5-3(平均2.8)mであった。発育ステージ(10.25m)には増員生殖期と胞子形成期が観察され、12の核を有する一次細胞から12個の二次細胞が分裂産生されて最終的に2つの胞子が形成された。Diff-Quik染色により、栄養体の核は濃い紫から赤に、原形質は青に染色された。今までに記載されたLeptotheca属の中では、L.chromisに最も似ているが形態的に異なり、新種と考えられる。
2)Myxidium sp.1 Myxidium属粘液胞子虫の胞子と多核の栄養体が、主に直腸を含む腸管管腔内で上皮組織に付着した状態で観察された。その他の組織、器官には寄生は認められなかった。胞子は両端がやや尖っており、2つの棒状の極嚢が胞子の両端に位置した。胞子の測定値は、長さ13.5-15.5(平均14.0)m、幅8-10(9.0)m、極嚢長5-7.5(6.1)m、極嚢幅2-3(2.2)mであった。増員生殖期の一次細胞の中に多核の二次細胞ができ、胞子形成期に移行すると考えられた。一次細胞(15-40m)の原形質は淡い青またはピンク、二次細胞の原形質は濃い青、核は紫または赤に染色された。今までに記載されたMyxidium属の中ではM.leeiに似ているが形態的に区別され、新種と考えられる。
3)Myxidium sp.2 Myxidium属粘液胞子虫と考えられる未成熟胞子と多核の栄養体が、主に直腸を含む腸管上皮組織内に観察された。重篤寄生の場合は胃上皮にもみられた。その他の組織、器官には寄生は認められなかった。胞子は紡錘形で、発育が不完全な2つの極嚢を胞子の両端に有していた。栄養体の発育様式は異常であり、増員生殖期と胞子形成期が混在してみられた。
これら3種類の粘液胞子虫において成熟胞子は稀にしか観察されなかったが、栄養体の染色性や形態的特徴、寄生様式の違いなどによって、識別が可能であった。
4)超寄生微胞子虫 Leptotheca sp.とMyxidium sp.1の栄養体内に超寄生する微胞子虫が観察された。これら2種の粘液胞子虫に寄生する微胞子虫は、胞子の形態に若干の違いがあったことから、別種の可能性もある。この超寄生微胞子虫は、宿主である粘液胞子虫の発育を阻害している可能性が考えられた。
5)寄生の季節的変動 Leptotheca sp.とMyxidium sp.1の寄生率は高い時期で100%に達した。栄養体は周年観察されたが、胞子形成は稀にしか起こらず、発育に季節性は認められなかった。Myxidium sp.2の栄養体も周年みられたが、胞子は未成熟で、しかも非常に稀であった。Leptotheca sp.とMyxidium sp.1に超寄生する微胞子虫についても、季節性は特にみられなかった。
2.寄生を受けた養殖トラフグの病理組織学的検査 多くの場合、トラフグが複数の粘液胞子虫に感染していたので、個々の粘液胞子虫の病理を明らかにする目的で、1996年から99年にかけて、熊本県、宮崎県および長崎県で養殖されていたトラフグのうち、単独の粘液胞子虫に感染していることを確認した魚を選んで組織学的検査に供した。
1)Myxidium sp.1 寄生体を含まない消化管上皮層は核が中央に位置した単層立方円柱上皮細胞の他に、粘液細胞とリンパ球が散在していた。微胞子虫の超寄生の有無を含め、軽度から重度の感染魚18例を調べた。いずれの場合も寄生体の上皮細胞への付着の結果、上皮細胞表面がわずかに凹んでみえる以外、目立った病変は確認されなかった。したがって、M.sp.1による宿主への影響はほとんどないものと考えられた。
2)Myxidium sp.2 中度から重度に感染した18例を調べた。いずれの個体でも消化管上皮細胞が顕著に増殖していた。その結果、一部で上皮層が波状に起伏していたり、細胞配列の乱れて上皮が重層しているところが観察された。寄生体は上皮層の基部付近に比較的多く存在していた。上皮は剥離的になり、それによって基底膜と上皮層の間に生じた空隙には崩壊した上皮細胞が集積していた。上皮が広範に剥離し、脱落した絨毛もみられた。こうした例では腸管腔内に寄生体が大量に存在した。粘膜固有層にはリンパ球とマクロファージを主体とした細胞浸潤がみられた。マクロファージは上皮基部にも浸潤し、寄生体に付着している像もしばしばみられたが、炎症反応は顕著ではなかった。M.sp.2の寄生においては、回復像は確認されなかった。
3)Lepthotheca sp. L.sp.単独感染7例、微胞子虫の超寄生を受けたL.sp.感染魚16例を調べた。寄生体および消化管上皮細胞の分裂増殖によって上皮層は不規則に肥厚していた。M.sp.2の場合と同様、細胞配列が乱れ、上皮が重層している部分も観察された。寄生体は上皮層の基部に比較的多く存在していた。感染初期には重篤な寄生でも宿主反応は軽微であったが、感染が進むと粘膜固有層には炎症性細胞が大量に浸潤し、固有層は肥厚していた。マクロファージは上皮内にも観察されたが、軽度の場合はパッチ状に、著しい場合は上皮全体に、寄生体を囲繞するように浸潤していた。マクロファージとともに集塊となって上皮の下層に移動した寄生体もみられた。粘膜固有層と粘膜下織に大小の肉芽腫が形成されていたことから、一部の寄生体は上皮を離脱して基底膜を通り、粘膜固有層や粘膜下織に運ばれて処理されると考えられた。肉芽腫は、特に微胞子虫の超寄生を受けた個体に多くみられた。寄生の著しい場合は、マクロファージの浸潤にもかかわらず上皮基部組織が広範に崩壊していて、上皮の脱落した絨毛も観察された。M.sp.2で顕著であった上皮層の波状の起伏はほとんどみられなかった。代わりに、腸絨毛の短縮化が目立った。M.sp.2の場合と同様に、L.sp.寄生においても回復像は確認されなかった。