学位論文要旨



No 115284
著者(漢字) 佐々木,潔
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,キヨシ
標題(和) 紙の表面ラフニング現象の解析とその制御
標題(洋)
報告番号 115284
報告番号 甲15284
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2129号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
内容要旨 1.緒言

 紙の表面ラフニング(surface roughening)は、紙の表面が水または水を含む液体などで濡れた際に、表面の粗さが増加し、光沢が失われる現象を指す。親水性材料である紙には避けられない現象であり、産業的観点から見ても、印刷適性を損なうなど重要性が大きい問題である。

 紙の表面ラフニング現象が起きる要因として繊維壁内に水が拡散していくことによる膨潤、繊維間結合の破断、繊維の形状の復元、内部応力の解放がある。本章では、内部応力の解放、プレスドライング、塗工、パルプの混合による表面ラフニングへの効果を検討した。

2.ラフニングに及ぼす面内内部応力の影響

 紙の表面ラフニングが起きる要因として、内部応力の解放が指摘されている。紙の内部応力は、面内応力と面外(厚さ)応力の二つに分けることができる。面内内部応力はシートの乾燥時に面方向に張力を加えたときに蓄えられ、湿潤時に解放されると定義される。本章では、面内内部応力の大きさと表面ラフニングとの関連について明らかにした。面内内部応力は、Kubatの提唱した引張応力緩和速度に基づく内部応力測定法によって求めた。

 機械ずき紙を用い、水への浸漬処理およびカレンダリング処理を繰り返し行い、カレンダリング条件および水への浸漬処理が内部応力と平滑度に及ぼす影響を調べた。面内内部応力は水への浸漬処理により著しく減少したが、カレンダリングによる変化はなかった。また、浸漬処理前の平滑度が高い紙の方が、浸漬処理による平滑度の低下が大きかった。浸漬処理後の平滑度は処理前の平滑度だけによって決定され、面内内部応力の減少量には依存しなかった。面内の内部応力の解放は印刷に影響を及ぼすミクロな平滑性のレベルでは表面ラフニングとは無関係で、シート全体の大きな変形を引き起こす原因になっていることが推測された。

3.面外(厚さ)方向に生成する内部応力の影響とその評価

 内部応力の解放は紙の表面ラフニングの原因の一つであるといわれてきた。しかし、乾燥応力に由来する面内内部応力の解放がラフニングに結びつかないことが第2章で示された。本章ではこのような面内の内部応力ではなく、カレンダリングやウェットプレスなどの厚さ方向に作用する工程で蓄えられる面外内部応力の解放がラフニングに関係しているのではないかとの仮説を立てた。Kubat法を圧縮モードに適用して面外内部応力を求め、カレンダリング、ウェットプレス、叩解および填料配合が面外内部応力に及ぼす影響について調べた。

 カレンダリング、ウェットプレスおよび叩解を強くすると面外内部応力は増加したが、炭酸カルシウムの内添配合量は影響しなかった。面外内部応力の解放量は紙の表面ラフニングと関係があったが、その関係は抄紙工程にも依存するものであった。また、紙の見かけ密度と関係があった。繊維の潰れの度合いや粘弾性が面外内部応力に密接に関係すると考えられた。

4.パルプ組成が表面ラフニングに及ぼす影響

 市場では異種の混合パルプから作られた紙が新聞紙などで使われているが、パルプの混合による表面ラフニング特性への影響そのものは研究されていない。パルプの混合はラフニングを助長することも考えられる。そこで、本章ではパルプの混合の割合によって表面ラフニングへの影響がどのように変化するかを調べた。広葉樹さらしクラフトパルプ(LBKP)とサーモメカニカルパルプ(TMP)をさまざまな比率で混合して手すき紙を調製して、混合比率が表面ラフニングに及ぼす影響を調べた。

 各物性値の浸漬処理による減少率はいずれもTMP混合率に対して直線関係にならず、パルプを混合した紙についてはそれぞれのパルプを単独で使用した値から直線関係を仮定して予測される値よりやや大きな値を示した。毛羽立ちの小さいLBKPと大きいTMPが混在しているので紙面全体での凹凸の差が大きくなり、TMPの含有率が低い割には、大きなラフニングが起きたと考えられる。

5.塗工が表面ラフニングに及ぼす影響

 塗工は一種の吸水工程である。塗工紙は塗工工程ですでにラフニングを起こしていることが知られているが、再度吸水または吸湿した際のラフニングや、塗工層の吸水の抑制については未知の点が多い。本章では塗工が紙のラフニングに及ぼす影響、塗工によるラフニングの抑制効果について検討した。

 塗工は浸漬処理によって生じる原紙の平滑度、光沢、厚さの変化を減少させた。塗工層が原紙内部の空気の追い出しを抑制し、原紙の繊維の膨潤が不十分になりラフニングの程度が減少した可能性もある。しかし、原紙表面に浸透した微小なラテックス粒子が原紙に浸透した状態で塗工層が形成され、塗工層に近い原紙の繊維は塗工層と強く接着され、原紙に膨潤の応力が発現したにもかかわらず原紙の膨張が抑えられたのではないかと考えられる。

6.プレスドライングの表面ラフニング抑制効果

 表面ラフニングを引き起こしやすい紙の要素として、繊維間結合の弱さが指摘されている。繊維間結合を強くしてラフニングを抑える手段の一つとして、本章ではプレスドライングに着目した。乾燥工程中に同時に圧力を保持することにより、繊維間結合を増加させる方法である。手すき紙を調製して、プレスドライングによる紙の表面ラフニング抑制効果、カレンダリングとの違いを検討した。

 プレスドライング処理はカレシダリング処理に比べて吸水量が低く抑えられた。吸水量を同一にした場合でもプレスドライング処理のラフニング抑制効果が確認された。試料の断面写真を見ると、表面層(加熱側)が強く潰されて融けたような状態になっており、ルーメンは完全に潰れていた。試料の面内内部応力は水への浸漬により大きく解放されたが、ラフニングの程度は小さかった。表面ラフニングの抑制は面内内部応力の解放とは相関がないことになる。熱と圧力の効果が及んだ表層付近では繊維が角質化したために繊維壁が膨潤しにくくなり、繊維が管状の形態を回復しなかったための効果であると考えられる。また吸水した水は主に繊維間の空隙を通ってゆっくりと浸透していくと考えられる。

7.結論

 面内内部応力の解放はミクロな平滑性のレベルでは表面ラフニングとは無関係で、面外内部応力の解放量は紙の表面ラフニングと関係があった。LBKPとTMPを混合した紙は、TMPの含有率が低い割には大きな表面ラフニングを生じた。塗工は浸漬処理によって生じる原紙の表面ラフニングの程度を減少させた。プレスドライング処理は表面ラフニングを抑制する効果があった。

審査要旨

 紙の表面ラフニング(surface roughening)は紙の表面が水または水を含む液体などで濡れた際に、表面の粗さが増加し、光沢が失われる現象を指す。親水性の材料である紙には避けられない現象であり、実用においては印刷適性の低下をきたし、解決すべき大きな課題である。表面ラフニング現象が起きる要因として、繊維壁内に水が拡散していくことによる膨潤、繊維間結合の破壊、繊維の形状の復元、内部応力の解放などが提唱されている。

 そこで本研究では内部応力の解放による表面ラフニング現象の発生機構の解明、およびプレスドライング、塗工、パルプの混合による表面ラフニング現象の制御の可能性の検討などを目的として実験を行った。

 第1章は緒言であり、紙の表面ラフニングの意味と、過去の文献から問題の総括を行い、本研究の必要性についての問題提起を行っている。

 第2章から第6章までは本論文の内容であり、5章より成り立っている、第2章はラフニングに及ぼす面内内部応力の影響について記述している。面内、すなわち平面方向の内部応力はシートの乾燥時に面方向に張力を加えたときに貯えられ、湿潤時に解放されるが、Kubatの提唱した引張り応力緩和速度に基づく内部応力測定法によって求めた。水への浸漬やカレンダリング処理による影響を調べた結果、面内の内部応力の解放は印刷に影響を及ぼすミクロな平滑性のレベルでは表面ラフニングとは無関係で、シート全体の大きな変形を誘引する原因となっていることが示唆された。

 第3章は面外、すなわち厚さ方向に生成する内部応力の影響とその評優について記述している。前章で乾燥応力に由来する面内内部応力の解放がラフニングには結び付かないことが示されたので、本章では厚さ方向に作用する工程で貯えられる面外内部応力の解放の影響を考え、Kubat法を圧縮モードに適用してカレンダリング、ウェットプレス、叩解、および填料配合が面外内部応力に及ぼす影響について調べた。その結果、面外内部応力の解放量は紙の表面ラフニングと関係があったが、そのレベルは抄紙工程にも依存するものであった。さらに紙の見かけ密度や繊維の潰れの度合いや粘弾性が面外内部応力に密接に関係することが示唆された。

 第4章はパルプ組成が表面ラフニングに及ぼす影響について記述している。実際の紙製品では異種のパルプが混合して用いられているので、化学パルプと機械パルプの混合比率の影響を調べた結果、混合率に対して表面ラフニングの発生レベルは直線関係にはならず、各々のパルプの膨潤や毛羽立ち、更に混合による紙面の不均一さの上昇が紙面全体のラフニングを支配することが明らかとなり、混合比率の選択の重要性が示唆された。

 第5章では塗工が表面ラフニングに及ぼす影響について記述している。塗工は一種の吸水工程であり、塗工紙は塗工工程ですでにラフニングを起こしている可能性があるが、塗工紙の吸水や塗工層の吸水の抑制については未知の点が多い。塗工は浸漬処理による原紙の平滑度、光沢、厚さの変化を減少させたが、塗工層が原紙内部の空気の排出を抑制し、原紙の繊維の膨潤を抑え、全体としてラフニングが減少したと思われる。またラテックス粒子の原紙層での挙動と接着との関係から塗工層形成とラフニング抑制との関係を明らかにした。

 第6章ではプレスドライングによる紙の表面ラフニング抑制効果について記述している。繊維間結合を強化してラフニングを抑制する方法として乾燥工程中で圧力を保持するプレスドライングという方法があるが、カレンダリングと比較して吸水量が低く抑えられ、ラフニング抑制効果が確認された。この理由として熱と圧力の及んだ表層付近では繊維が角質化したために繊維壁が膨潤し難くなり、繊維が管状の形状を回復しなかったためのラフニング抑制効果と思われる。

 第7章は本論文の総括を行っており、面内内部応力および面外内部応力という二つの観点から紙の表面ラフニング現象の発生機構を明らかにし、更にその知見に基づき塗工やプレスドライングなど各種の表面ラフニングの抑制方法を試み、その抑制機構の解明からその効果を明らかにした。

 以上、本論文は多様な条件下における紙の表面ラフニングの発生機構を明らかにし、その抑制方法を提案し、今後の紙の品質向上および印刷適性向上を目的とした製紙工程および印刷工程の改良のための基礎的課題を明らかにした。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論論文として価値あるものと認めた。

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