紙の表面ラフニング(surface roughening)は紙の表面が水または水を含む液体などで濡れた際に、表面の粗さが増加し、光沢が失われる現象を指す。親水性の材料である紙には避けられない現象であり、実用においては印刷適性の低下をきたし、解決すべき大きな課題である。表面ラフニング現象が起きる要因として、繊維壁内に水が拡散していくことによる膨潤、繊維間結合の破壊、繊維の形状の復元、内部応力の解放などが提唱されている。 そこで本研究では内部応力の解放による表面ラフニング現象の発生機構の解明、およびプレスドライング、塗工、パルプの混合による表面ラフニング現象の制御の可能性の検討などを目的として実験を行った。 第1章は緒言であり、紙の表面ラフニングの意味と、過去の文献から問題の総括を行い、本研究の必要性についての問題提起を行っている。 第2章から第6章までは本論文の内容であり、5章より成り立っている、第2章はラフニングに及ぼす面内内部応力の影響について記述している。面内、すなわち平面方向の内部応力はシートの乾燥時に面方向に張力を加えたときに貯えられ、湿潤時に解放されるが、Kubatの提唱した引張り応力緩和速度に基づく内部応力測定法によって求めた。水への浸漬やカレンダリング処理による影響を調べた結果、面内の内部応力の解放は印刷に影響を及ぼすミクロな平滑性のレベルでは表面ラフニングとは無関係で、シート全体の大きな変形を誘引する原因となっていることが示唆された。 第3章は面外、すなわち厚さ方向に生成する内部応力の影響とその評優について記述している。前章で乾燥応力に由来する面内内部応力の解放がラフニングには結び付かないことが示されたので、本章では厚さ方向に作用する工程で貯えられる面外内部応力の解放の影響を考え、Kubat法を圧縮モードに適用してカレンダリング、ウェットプレス、叩解、および填料配合が面外内部応力に及ぼす影響について調べた。その結果、面外内部応力の解放量は紙の表面ラフニングと関係があったが、そのレベルは抄紙工程にも依存するものであった。さらに紙の見かけ密度や繊維の潰れの度合いや粘弾性が面外内部応力に密接に関係することが示唆された。 第4章はパルプ組成が表面ラフニングに及ぼす影響について記述している。実際の紙製品では異種のパルプが混合して用いられているので、化学パルプと機械パルプの混合比率の影響を調べた結果、混合率に対して表面ラフニングの発生レベルは直線関係にはならず、各々のパルプの膨潤や毛羽立ち、更に混合による紙面の不均一さの上昇が紙面全体のラフニングを支配することが明らかとなり、混合比率の選択の重要性が示唆された。 第5章では塗工が表面ラフニングに及ぼす影響について記述している。塗工は一種の吸水工程であり、塗工紙は塗工工程ですでにラフニングを起こしている可能性があるが、塗工紙の吸水や塗工層の吸水の抑制については未知の点が多い。塗工は浸漬処理による原紙の平滑度、光沢、厚さの変化を減少させたが、塗工層が原紙内部の空気の排出を抑制し、原紙の繊維の膨潤を抑え、全体としてラフニングが減少したと思われる。またラテックス粒子の原紙層での挙動と接着との関係から塗工層形成とラフニング抑制との関係を明らかにした。 第6章ではプレスドライングによる紙の表面ラフニング抑制効果について記述している。繊維間結合を強化してラフニングを抑制する方法として乾燥工程中で圧力を保持するプレスドライングという方法があるが、カレンダリングと比較して吸水量が低く抑えられ、ラフニング抑制効果が確認された。この理由として熱と圧力の及んだ表層付近では繊維が角質化したために繊維壁が膨潤し難くなり、繊維が管状の形状を回復しなかったためのラフニング抑制効果と思われる。 第7章は本論文の総括を行っており、面内内部応力および面外内部応力という二つの観点から紙の表面ラフニング現象の発生機構を明らかにし、更にその知見に基づき塗工やプレスドライングなど各種の表面ラフニングの抑制方法を試み、その抑制機構の解明からその効果を明らかにした。 以上、本論文は多様な条件下における紙の表面ラフニングの発生機構を明らかにし、その抑制方法を提案し、今後の紙の品質向上および印刷適性向上を目的とした製紙工程および印刷工程の改良のための基礎的課題を明らかにした。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論論文として価値あるものと認めた。 |