木質構造の耐震性能を評価する上で、その力学的性状を明らかにする事は非常に重要である。しかし、機械的接合法による木質構造においては木材の機械的性質に起因する粘弾性に加え、比較的小さな応力下においても弾性変形と塑性変形が混在することなどによって、構造体の復元力特性のモデル化が非常に困難となっている。木質構造の復元力特性の特徴として、一度変形を受けることによって構造体の見かけの剛性が低下するということが挙げられる。構造体が受ける外力が地震を主とする繰返し荷重である事から、この点を適切に評価することは極めて重要である。これまで、繰返し荷重による剛性低下を考慮した木質構造の復元力特性のモデル化は、一度の地震に対する応答を求めることを目的としており、繰返し回数の影響よりもむしろ、経験最大変位を考慮したモデル化が行われてきた。しかし、構造物はその耐用年数の間に多数回の地震を受けるのが一般的であり、耐震性能の経年変化を評価するためにも、繰返し荷重の影響を詳細に評価することは極めて重要である。本論文では繰返し荷重による見かけの剛性の低下に着目し、ボックス金物を用いた1P筋かい耐力壁を取り上げ、繰返し荷重の影響を実験的に精査するとともに、繰返し加力試験結果を反映した復元力特性モデルの構築手法を提案している。以下に論文内容の概要を示す。 第3章では実大の木造軸組躯体の振動台実験および筋かい耐力壁の静的繰返し加力試験を行い、実際の筋かい耐力壁の繰返し荷重下における挙動を検討した。 振動台実験の結果、動的繰返し荷重による筋かい耐力壁の剛性低下は筋かい圧縮時に比べて筋かい引張時に顕著であり、剛性低下は耐力壁の変形が大きいほど大きいことが分かった。また、小変形領域において剛性低下がほとんど起こらない領域があり、耐力壁の見かけのせん断変形角にしておよそ1/240radを境に、それより大きな変形が加わる場合に剛性低下が顕著に起こることが分かった。また、復元力特性のモデル化において重要な情報である残留変形および残留荷重の検討を行ったところ、残留変位、残留荷重と折り返し点変位には有意な相関が認められた。 静的加力試験においては、振動台実験における耐力壁の変位履歴を同仕様の筋かい耐力壁に対して静的に与え、繰返し荷重による剛性低下挙動を振動台実験の結果と比較したところ、両者は良く一致し、振動による繰返し荷重下の筋かい耐力壁の剛性低下が静的加力試験によって定量的に評価しうることが示唆された。また、耐力壁の復元力は筋かい軸力の水平分力にほぼ一致し、筋かい耐力壁の剛性低下挙動は筋かい軸力に着目することによって精度良く評価できることが分かった。つまり繰返し荷重下での筋かい耐力壁の復元力特性は、筋かい接合部の復元力特性からモデル化できることが示されたといえる。 第4章では、筋かい耐力壁が水平力を受けてせん断変形する際の筋かい接合部の変形挙動を精査し、筋かい接合部の部分試験を行った。筋かい接合部の変形は回転変形を伴うが、接合部付近において筋かい上に標点を定め、その軌跡についてみればほぼ直線と見なすことができ、標点の変位を筋かい接合部の変位と見なせば、耐力壁の変位は筋かい接合部変位の比較的簡単な関数で表すことができた。 筋かい接合部の部分引張試験を様々な変位スケジュールで行い、繰返し荷重による一定変位時の荷重の低下を検討した。繰返し荷重による荷重の低下量は初回の荷重が大きいほど大きくなることが分かった(1)。また、任意の変位において、経験最大変位に依存する荷重の低下量(2)、および大変位での繰返し荷重によるそれより小さな変位での荷重低下量(3)は、経験最大変位との変位の比に依存し、変位が大きいほど荷重の低下は大きいことが分かった。繰返し荷重の影響として一定変位におけるこれらの3種類の荷重低下をそれぞれモデル化する事が出来た。 第5章では得られた実験結果に基づいて作成した筋かい耐力壁の復元力特性モデルに対して、時刻歴応答解析を行い、作成したモデルの実用性を確認した。作成したモデルにおいては、任意の変位における復元力が、繰返し試験結果に基づいて決定されるため、繰返し荷重の影響の定量的評価に適しているといえ、今後のデータ蓄積によって地震を受ける木造住宅の耐久性評価にも適用可能であることが示唆された。本研究で提案されたモデル化手法は筋かい耐力壁以外にも適用可能であり、本研究が学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |