学位論文要旨



No 115288
著者(漢字) 舛廣,善和
著者(英字)
著者(カナ) マスヒロ,ヨシカズ
標題(和) 女性ホルモンレセプターに相互作用する転写共役因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 115288
報告番号 甲15288
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2133号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 序論

 主要な女性ステロイドホルモンであるエストロゲンは、雌性生殖器官の発育、維持に必須な因子であることが古くから知られている。更に最近では、骨代謝、脂質代謝や精子形成にも重要なホルモンであることが示されるなど、性別を越え幅広い生命現象に深く関わることが知られている。

 これらエストロゲンの主な作用は、その特異的な核内レセプター群(エストロゲンレセプター:ER、ER)を介した標的遺伝子の転写制御を行なうことで発揮される。ERの機能領域は、他の核内レセプターと同様に、N末端側からA〜F領域に分割される。このうち、転写活性化能はN末端側のA/B領域(Activation function-1;AF-1)とC末端側のE領域(AF-2)の2箇所に存在する。核内レセプターの転写活性には、これらAF-1とAF-2の協調的な作用が必要である。AF-1の転写活性化能は構成的かつ組織特異的であるが、AF-2の転写活性化能はリガンド結合依存的である。また、AF-1領域は一般に各レセプター間でホモロジーが低く、かつ転写活性化能の強さが異なることが証明されている。このためAF-1の転写活性化能は各レセプターの特徴を担うものと考えられている。近年我々は、ヒトエストロゲンレセプター(hER)のAF-1の転写活性化能が、この領域のSer118がMAPキナーゼによりリン酸化されることにより増強することを明らかにした(1)。このことから、エストロゲンとMAPキナーゼ上流のEGFなどの成長因子群のシグナル伝達系がクロストークすることが示唆された。

 一方、近年核内レセプターによる転写開始には、RNAポリメラーゼIIを中核とした基本転写装置を橋渡しするような複合体の相互作用が必要であることが示されてきた。これまでに、リガンド結合に伴いAF-2領域に直接結合する転写共役因子群として、ヒストンアセチル化活性を持つCBP/p 300、SRC-1/TIF2/AIB1、PCAFなどの因子群及びヒストンアセチル化活性を持たずRNAポリメラーゼIIホロ酵素の構成サブユニットを含むTRAP/DRIPなどが明らかになってきた。現在、核内レセプターが仲介する転写系においては、まずレセプターのリガンド結合に伴いHAT複合体が相互作用しクロマチン構造を緩め、TRAP/DRIP複合体と共に相互作用することで転写開始複合体が形成されるモデルが提唱されている。

 我々は、既知AF-2転写共役因子のhERAF-1機能に対する効果を検討した結果、p300がAF-1と相互作用することを見い出した。しかし、p300とAF-1領域の相互作用はMAPキナーゼによるSer118のリン酸化依存的ではなかった。このことから、hERのSer118のリン酸化依存的に相互作用する未知なる転写共役因子群の存在が示唆された。実際当研究室ではRNA helicase p68がSer118のリン酸化依存的に相互作用し、AF-1の転写共役因子として働くことを報告した(2)。しかしながら、詳細な解析の結果、組織特異的な他のAF-1転写共役因子群の存在が示唆された。

 そこで、本研究ではhERのSer118のリン酸化依存的に直接相互作用する転写共役因子群の単離を目的とし最初に相互作用因子を検索するFar Western法を確立した。次に、この方法を用いることで腎臓cDNAライブラリーから単離した候補因子群の機能解析を行なった。

I,hERSer118のMAPキナーゼによるリン酸化依存的に相互作用する転写共役因子のスクリーニング系の確立

 はじめに、プローブタンパクとして用いるSer118リン酸化型hER(A/B)領域タンパク発現系の確立を試みた。

I-1.hER(A/B)領域タンパクの産生

 hER(A/B)領域タンパクの発現系には、大腸菌におけるビオチン化タグ融合タンパク発現システムを用いた。これはビオチンとストレプトアビジンの特異的な結合を利用し、プローブタンパクの精製並びに検出を簡易にするためである。この発現系によりhER(A/B)領域タンパクを発現後精製したところ、純度約90%の精製タンパクが約5g/l(LB培地)の収量で得られた。この蛋白をストレプトアビジン-アルカリフォスファターゼを用いたWestern法で検出したところ、特異的に反応したため、この蛋白のビオチン化を検出するシステムが確立できた。

I-2.hER(A/B)領域タンパクのMAPキナーゼによるリン酸化

 MAPキナーゼによるhERSer118の特異的リン酸化をhER(A/B)領域タンパクおよび同領域のSer118→Ala118変異体タンパクにより検討したところ、hER(A/B)領域タンパクのみがリン酸化された。以上のことから、プローブとして利用可能なSer118リン酸化型のhER(A/B)領域タンパクの発現系が確立できた。

I-3.リン酸化型hER(A/B)領域タンパク相互作用因子の検出

 スクリーニングを行うにあたり、核内の相互作用因子候補群を検出する目的で、リン酸化型hER(A/B)領域タンパクをプローブとしたFar Western法を行った。検出はAF-1活性が認められるCOS-1、MCF7、HeLa細胞の核抽出液より行った。この結果、全ての細胞の核抽出液に、発現が異なるものの分子量約120,68,65kDaの相互作用因子が確認された。そこで、これら120,65kDaの因子の取得を目標に、以下のFar Western法を用いたスクリーニングを行った。

I-4.リン酸化型hER(A/B)領域タンパク相互作用因子のスクリーニング

 ライブラリーにはAF-1活性の比較的高い組織である腎臓のライブラリー( ZAP II)を用いた。約800万クローンのファージライブラリーよりスクリーニングを行い、72クローンのポジティブクローンを得た。シークエンスの結果、pre-mRNA splicing factor SF3 120kDa subunit 1クローン、TFIIS 1クローン、未知因子23クローン、既知因子およびフレームずれなどで有望ではない因子28クローン、ミトコンドリアゲノムDNA 19クローンが取得された。この中から有望なクローンとして未知因子8クローンとpre-mRNA splicing factor SF3 120kDa subunit(以下SF3と省略する)、TFIISを選出し、更に詳細な解析を行なうことにした。

II,hER相互作用因子群の解析II-1.hERAF-1に対する転写活性化の検討

 取得した相互作用因子については、hERAF-1の転写活性化能に対する効果を検討した。方法としては、GAL4結合配列である17Mをレポーター遺伝子(ルシフエラーゼ)のプロモーターに持つレポータープラスミドと、GAL4融合hER(A/B)領域タンパク発現ベクター及び取得した相互作用因子の発現ベクターを293T細胞に導入したルシフェラーゼアッセイを用いた。この結果、SF3と未知因子の1つであるKIAA0847のみがAF-1の転写活性を上昇させた。SF3は、核内低分子リボ核タンパク群U2 sn RNPを構成するSF3aの構成サブユニットとして知られている。

II-2.細胞内局在の検討

 KIAA0847については、GFP融合蛋白を発現させ細胞内局在を検討した結果、細胞質に局在したため更なる解析は行なわなかった。一方、SF3は核内に局在した。

III,hERAF-1に対するSF3の機能解析III-1.核内レセプターの転写活性化能に対するSF3の効果

 SF3のhERの転写活性化能に与える影響を、エストロゲン応答配列をプロモーターに持つレポーターを用いたルシフェラーゼアッセイにより検討した。その結果、SF3はhERの転写活性化能を約4倍上昇させたが、hERの転写活性化能には影響しなかった。更に、SF3はhERAF-1活性を亢進したが、AF-2には効果がなかった。またこの亢進が、Ser118のMAPキナーゼによるリン酸化に依存的なものであるか否かを、Ser118→Ala118変異体タンパク用い検討したところ、Ser118のリン酸化依存的であることが判明した。以上の結果より、SF3はhERAF-1の転写活性化能をSer118のMAPキナーゼによるリン酸化依存的に増強させる転写共役因子であることが強く示唆された。

 次に、SF3の様々な核内レセプターの転写系に対する影響を検討した。その結果、SF3はRAR、RXR、VDR、TR、PPARなどの核内レセプターの転写活性化能を亢進したが、AR、MR、GRなどの核内レセプターの転写活性化能にはほとんど影響を与えなかった。このことから、SF3が核内レセプターの転写共役因子のいずれかと相互作用している可能性が示唆された。

III-2.SF3とhERの相互作用の検討

 SF3とhERのAF-1、AF-2領域との相互作用をGST pull-down法により検討した結果、SF3はhERのAF-1領域とのみ相互作用し、hERのAF-2領域およびhERのいずれの領域とも相互作用しなかった。このことから、SF3はhERのAF-1領域に特異的に相互作用する因子であることが判明した。

III-3.SF3とhERの細胞内局在の検討

 E2存在下、非存在下におけるSF3とhERの核内局在について検討した。SF3はGFP融合タンパクを発現させ検出し、hERはB領域を特異的に認識するB10抗体を用いて染色し検出した。この結果、両者とも核小体を除く核内に存在したが、E2非存在下においては両者の局在は完全には重複せず、E2存在下において局在はほぼ一致した。このことから、SF3とhERはin vivoにおいてE2存在下では同一の複合体に含まれることが示唆された。

III-4.SF3の既知転写共役因子に対する相互作用と転写活性化の検討

 SF3と既知AF-2転写共役因子p300、TIF2、SRC-1、p68との相互作用をGST pull-down法により検討した結果、SF3はp300とのみ相互作用した。また、SF3がhERの転写系においてこれらの既知転写共役因子群と協調的に作用するか、または競合的に作用するかを検討した結果、SF3はp300とのみ協調的に働いた。このことから、SF3はhERの転写系において、p300と協調的に働く転写共役因子であることが示唆された。

IV,まとめ

 以上、本研究においては、hERSer118のMAPキナーゼによるリン酸化依存的に相互作用する転写共役因子のスクリーニング系を確立し、その候補因子としてSF3を見い出した。

 SF3はhERのみならず、他の一群の核内レセプター(RAR、RXR、VDR、TR、PPAR)の転写活性化能を特異的に上昇させた。このことから、これらの核内レセプターに対しSF3は他の既知転写共役因子と協調的に働く可能性が考えられた。実際、hERの転写活性化能にSF3がp300と協調的に働くことを見い出した。今後、この協調効果が他の核内レセプター群の転写活性化能に対し、同様のメカニズムによるか否かを検討する必要があると考えられた。

 一方、本研究ではSF3の転写共役因子としての機能をtransient expression assayにより検討したが、SF3のようなsplicingに関与する因子を一過性で細胞内に発現させた場合、転写後制御のみならず他の核内生物反応への影響を排除することは困難である。よって、転写共役因子としてSF3の真の機能を分子レベルで解明するためには、転写の個々の反応を詳細に解析できるin vitro転写系を用ることが必須である。このような解析によりはじめて、SF3が転写共役因子として転写開始複合体内で機能するのか、スプライソソーム内の一員として機能するか、両者の可能性を明確にできるものと期待される。

 一方、SF3遺伝子の発現が普遍的であったため、AF-1活性の組織特異性を説明する未知なる因子の存在が明らかとなった。今後は、これら組織特異的因子群の同定を目的に、MAPキナーゼによりリン酸化されたhERAF-1に相互作用する転写共役因子複合体の精製を細胞核抽出液より進める予定である。

参考文献(1)Kato S,Endoh H,Masuhiro Y,Kitamoto T,Uchiyama S,Sasaki H,Masushige S,Gotoh Y,Nishida E,Kawashima H,Metzger D,Chambon P.(1995).Science 270:1491-4.(2)Endoh H,Maruyama K,Masuhiro Y,Kobayashi Y,Goto M,Tai H,Yanagisawa J,Metzger D,Hashimoto S,Kato S.(1999).Mol.Cell.Biol.8:5363-72.
審査要旨

 主要な女性ステロイドホルモンであるエストロゲンは、雌性生殖器官の発育、維持に必須な因子である。更に最近では、骨代謝、脂質代謝や精子形成にも重要なホルモンであることが示されるなど、性別を越え幅広い生命現象に深く関わることが知られている。これらエストロゲンの主な作用は、エストロゲンレセプター(ER、ER)を介した標的遺伝子の転写制御を行なうことで発揮される。ERの転写活性化能はN末端側のA/B領域(Activation function-1;AF-1)とC末端側のE領域(AF-2)の2箇所に存在する。AF-1の転写活性化能は構成的かつ組織特異的であるが、AF-2の転写活性化能はリガンド結合依存的である。これらの転写活性化能の発揮には、RNAポリメラーゼIIを中核とした基本転写装置を橋渡しするような転写共役因子の相互作用が必要である。近年、AF-2の転写活性化能を担う転写共役因子群は次々に見い出され、その機能が明らかにされてきたが、AF-1の組織特異性な転写活性化能を担う転写共役因子は未だ不明である。またhERAF-1の転写活性化能は、この領域のSer118がMAPキナーゼによりリン酸化されることにより増強することが知られている。そこで本論文では、hERSer118のリン酸化依存的に直接相互作用する転写共役因子群の単離を目的としたFar Western法を確立した。更に、この方法を用い腎臓cDNAライブラリーから単離した候補因子群の機能解析を行なった。本文は5章より構成されている

 第1章は本研究の背景および目的と意義について述べた序論から構成される。

 第2章では、hERSer118のMAPキナーゼによるリン酸化依存的に相互作用する転写共役因子のスクリーニング系の確立を述べている。スクリーニングには、Far Western法による発現クローニング法を用いた。はじめに、プローブ蛋白として用いるSer118リン酸化型hER(A/B)領域蛋白発現系の確立を試みている。プローブ蛋白はビオチン化タグ融合蛋白として発現させた、この蛋白はMAPキナーゼによりリン酸化されたことから、プローブとして利用可能なSer118リン酸化型hER(A/B)領域蛋白の発現系が確立できた。更にこのプローブ蛋白を用い、COS-1、MCF-7、HeLa細胞核内の相互作用因子候補群を検出した結果、全ての細胞核抽出液に発現が異なるものの分子量約120,68,65kDaの相互作用因子が確認された。これらの因子の取得を目標に、約800万クローンのファージライブラリーよりスクリーニングを行い、72クローンの陽性クローンを得た。この中から有望なクローンとして未知因子8クローンとpre-mRNA splicing factor SF3 120kDa subunit(以下SF3と省略する)、TFIISを選出した。

 第3章では、このスクリーニング法により取得した候補因子群のhERAF-1の転写活性化能に対する効果と細胞内局在を検討した結果が述べられている。ルシフェラーゼアッセイにより候補因子群のhERAF-1の転写活性化能に対する効果を検討した結果、SF3と未知因子の1つであるKIAA0847のみがAF-1の転写活性を上昇させた。そこで、これらの細胞内局在をGFP融合蛋白を用い検討した結果、KIAA0847は細胞質に局在したため更なる解析は行なわなかった。一方、SF3は核内に局在した。SF3は、核内低分子リボ核蛋白群U2 snRNPを構成するSF3aの構成サブユニットとして知られている。

 第4章では、第3章で行った機能解析によりhERAF-1の転写共役因子の候補として選出したSF3の機能解析をさらに詳細に検討した結果が述べられている。SF3のhERの転写活性化能に対するSF3の効果を検討した結果、SF3はhERの転写活性化能を亢進させたが、hERの転写活性化能には影響しなかった。更に、SF3はhERAF-1活性を亢進したが、AF-2には効果がなかった。また、この亢進はSer118のMAPキナーゼによるリン酸化依存的なものであった。更に、この結果はin vitroの相互作用実験においても確認された。また、SF3がhERの転写系において既知転写共役因子群と協調的に作用するか否かを検討した結果、SF3はp300とのみ協調的に働いた。このことから、SF3はp300と協調的に働く転写共役因子であることが示唆された。

 第5章の総合討論では、論文全体を総括し、hERの転写共役因子として機能するSF3の今後の展望について考察されている。

 以上、本論文はhERSer118のリン酸化依存的に直接相互作用する転写共役因子群のスクリーニング系を確立し、新たな転写共役因子として見い出したSF3の転写共役因子としての機能を分子レベルで解析したものである。この知見は不明であったhERAF-1の転写活性化機構の一端を明らかにしたもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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