主要な女性ステロイドホルモンであるエストロゲンは、雌性生殖器官の発育、維持に必須な因子である。更に最近では、骨代謝、脂質代謝や精子形成にも重要なホルモンであることが示されるなど、性別を越え幅広い生命現象に深く関わることが知られている。これらエストロゲンの主な作用は、エストロゲンレセプター(ER、ER)を介した標的遺伝子の転写制御を行なうことで発揮される。ERの転写活性化能はN末端側のA/B領域(Activation function-1;AF-1)とC末端側のE領域(AF-2)の2箇所に存在する。AF-1の転写活性化能は構成的かつ組織特異的であるが、AF-2の転写活性化能はリガンド結合依存的である。これらの転写活性化能の発揮には、RNAポリメラーゼIIを中核とした基本転写装置を橋渡しするような転写共役因子の相互作用が必要である。近年、AF-2の転写活性化能を担う転写共役因子群は次々に見い出され、その機能が明らかにされてきたが、AF-1の組織特異性な転写活性化能を担う転写共役因子は未だ不明である。またhERAF-1の転写活性化能は、この領域のSer118がMAPキナーゼによりリン酸化されることにより増強することが知られている。そこで本論文では、hERSer118のリン酸化依存的に直接相互作用する転写共役因子群の単離を目的としたFar Western法を確立した。更に、この方法を用い腎臓cDNAライブラリーから単離した候補因子群の機能解析を行なった。本文は5章より構成されている 第1章は本研究の背景および目的と意義について述べた序論から構成される。 第2章では、hERSer118のMAPキナーゼによるリン酸化依存的に相互作用する転写共役因子のスクリーニング系の確立を述べている。スクリーニングには、Far Western法による発現クローニング法を用いた。はじめに、プローブ蛋白として用いるSer118リン酸化型hER(A/B)領域蛋白発現系の確立を試みている。プローブ蛋白はビオチン化タグ融合蛋白として発現させた、この蛋白はMAPキナーゼによりリン酸化されたことから、プローブとして利用可能なSer118リン酸化型hER(A/B)領域蛋白の発現系が確立できた。更にこのプローブ蛋白を用い、COS-1、MCF-7、HeLa細胞核内の相互作用因子候補群を検出した結果、全ての細胞核抽出液に発現が異なるものの分子量約120,68,65kDaの相互作用因子が確認された。これらの因子の取得を目標に、約800万クローンのファージライブラリーよりスクリーニングを行い、72クローンの陽性クローンを得た。この中から有望なクローンとして未知因子8クローンとpre-mRNA splicing factor SF3 120kDa subunit(以下SF3と省略する)、TFIISを選出した。 第3章では、このスクリーニング法により取得した候補因子群のhERAF-1の転写活性化能に対する効果と細胞内局在を検討した結果が述べられている。ルシフェラーゼアッセイにより候補因子群のhERAF-1の転写活性化能に対する効果を検討した結果、SF3と未知因子の1つであるKIAA0847のみがAF-1の転写活性を上昇させた。そこで、これらの細胞内局在をGFP融合蛋白を用い検討した結果、KIAA0847は細胞質に局在したため更なる解析は行なわなかった。一方、SF3は核内に局在した。SF3は、核内低分子リボ核蛋白群U2 snRNPを構成するSF3aの構成サブユニットとして知られている。 第4章では、第3章で行った機能解析によりhERAF-1の転写共役因子の候補として選出したSF3の機能解析をさらに詳細に検討した結果が述べられている。SF3のhER、の転写活性化能に対するSF3の効果を検討した結果、SF3はhERの転写活性化能を亢進させたが、hERの転写活性化能には影響しなかった。更に、SF3はhERAF-1活性を亢進したが、AF-2には効果がなかった。また、この亢進はSer118のMAPキナーゼによるリン酸化依存的なものであった。更に、この結果はin vitroの相互作用実験においても確認された。また、SF3がhERの転写系において既知転写共役因子群と協調的に作用するか否かを検討した結果、SF3はp300とのみ協調的に働いた。このことから、SF3はp300と協調的に働く転写共役因子であることが示唆された。 第5章の総合討論では、論文全体を総括し、hERの転写共役因子として機能するSF3の今後の展望について考察されている。 以上、本論文はhERSer118のリン酸化依存的に直接相互作用する転写共役因子群のスクリーニング系を確立し、新たな転写共役因子として見い出したSF3の転写共役因子としての機能を分子レベルで解析したものである。この知見は不明であったhERAF-1の転写活性化機構の一端を明らかにしたもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |