審査要旨 | | ペプシンを代表とするアスパラギン酸プロテアーゼ・ファミリーとは全く異なる一群の酸性プロテアーゼ(非ペプシン型酸性プロテアーゼ)の存在が微生物を中心に知られているが,これらの酵素の触媒残基ならびに反応機構は不明である.本論文は,非ペプシン型酸性プロテアーゼの触媒機構を解明することを目的に,Aspergillus niger由来のアスペルギロペプシンIIをモデルとして,部位特異的変異法による活性中心残基の同定を行った結果を述べている. 第一章で,研究の背景と意義及び酸性プロテアーゼについて概説した後,第二章では,アスペルギロペプシンIIの異宿主発現系により調製した本酵素前駆体を用いて,最適リフォールディング条件及び自己触媒的活性化の検討を行った結果を述べている.MALDI-TOF Mass測定とN末端アミノ酸配列分析の結果から,調製した組換え体前駆体は,酸性条件下ではいくつかの中間体を経て成熟体に変換することが判明した.また,本組換え体前駆体は天然の酵素の約90%の活性を示し,さらに,組換え体酵素の成熟体と天然酵素のCDスペクトルが一致することから,正しい立体構造が形成されていると考えられた.これらの結果から,組換え体アスペルギロペプシンIIの酵素学的な性質は,天然の酵素と同等であると判断された.そこで,この発現系を用いて活性部位の同定がなされた. 第三章では,本酵素とアミノ酸配列が45〜65%一致するCryphonectria parasitica由来のEap B,Eap C,Scytalidium lignicolum由来のスキタリドペプシンBの間で保存されている全てのAsp(7個)とGlu(5個)をそれぞれAsnとGlnに置換している.各変異体を大腸菌により発現させ,リフォールディングを行った.これらの変異体の中で活性が著しく低下したものはD123N,E215QとE219Q変異体だけであった.次に,これらの残基をそれぞれAlaに置換した.E215A変異体では,野生型の約80%の活性が見られたが,D123AとE219A変異体では,活性が見られなかった.また,本酵素は,前駆体として生合成され,酸性条件下で活性型成熟体に変換すると考えられるが,D123AとE219Aでは活性化が見られなかった.一方,両変異体は天然の酵素によるプロテオリシスに耐性であり,なおかつ野生型と同じCDスペクトルを与えることから,正しい立体構造を形成していると考えられた.以上の結果から,Asp123とGlu219はアスペルギロペプシンIIの触媒活性に必要であり,アスペルギロペプシンIIで代表されるファミリーA4酸性プロテアーゼでは,AspとGluが触媒部位を形成していると推定された. 第四章では,プロ配列の機能について検討がなされた.プロ体は中性条件下で不活性であるが,酸性条件下では自己触媒的にプロ配列が切断され活性型酵素になる.活性化した酵素は,中性以上になると不可逆的に失活する.従って,プロ配列の役割は中性条件下での前駆体の活性化を抑えると共に,立体構造の形成にも関与している可能性が示唆される.しかし,精製した変性状態のプロ体をリフォールディングさせると,わずか一時間後で,大部分のプロ体でプロペプチドのN未端側12残基部分が切断されることがMassとN末端アミノ酸配列分析により判明した.この結果にもとづき,プロペプチドのN末端側12残基を含まない変異体を作製し,大腸菌発現系により発現させ,精製後最適リフォールディング条件を検討した.このプロ体中間体のリフォールディングは野生型と同様のpH依存性を示し,野生型の99%の活性が検出された.また,プロ体中間体及びその成熟体のCDスペクトルが野生型とよく似ていることから,プロペプチドのN未端側12残基部分は立体構造の形成には関与していないものと判断された.第五章は,本論文の要旨としてまとめられている. 以上本論文は,従来のアスパラギン酸プロテアーゼとは異なり本酵素が活性中心にGluを持ち,グルタミン酸プロテアーゼ,または,グルタミン酸-アスパラギン酸プロテアーゼと呼びうる酵素であることを示している.この種の酵素が初めて同定されたことは,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた. |