シアノバクテリア(藍色細菌)は酸素発生型の光合成を行う独立栄養細菌であるが、従来、植物界の一門として取り扱われてきため、その分類は主として形態の情報のみに基づいて行われてきた。しかしその形態は他の細菌と同様に比較的単純であるため、形態学的特徴のみによってまとめられたシアノバクテリアの分類体系は多くの問題を含んでいる.現在シアノバクテリアは、光合成色素としてクロロフィルaとフィコビリンを有する5目、すなわち単細胞性で内生胞子を有さないChroococcales、単細胞性で内生胞子を有するPleurocapsales、糸状性で異質細胞を有さないOscillatoriales、糸状性で異質細胞を有し分岐しないNostocales、糸状性で異質細胞を有し分岐するStigonematales、および光合成色素としてクロロフィルa、bを有するProchloralesの計6目に分類されている。近年、シアノバクテリアに関しても16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析が行われるようになり、既にいくつか報告されている。それによると内生胞子を有するPleurocapsales、異質細胞を有するNostocalesとStigonematales目の菌種はそれぞれ単系統であるが、ChroococcalesとOscillatoriales目は多系統であることが示されている。しかし、これまで系統解析の行われたのはシアノバクテリアの既知種のごく一部であり、またその決定された塩基配列も短いものが多く、シアノバクテリア全体の系統を知るためには、これまでに行われてきたものでは不十分であった。このような背景のもと、本研究ではシアノバクテリア全体の系統を調べ、その系統関係と現在の分類体系との比較を試みたもので、6章より構成されている。 第1章では研究の背景と意義について概説した後、第2章では材料と方法について述べている。 第3章では16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析について述べている。OscillatorialesとPleurocapsales目を中心に、新たにシアノバクテリア22株の16S rRNA遺伝子塩基配列を決定し、系統解析を行った。その結果、Oscillatoriales目は7つの系統群に、Pleurocapsalesは3つの系統群に分かれること、Chroococcalesも多系統であることを明らかにした。その他のNostocales、Stigonematalesについては従来の解析結果と同様単系統であることを確認した。このように多くのシアノバクテリアが多系統性を示すことから、分類体系に問題があることが明らかとなり、今後分類体系を再編する必要があることを指摘した。 第4章ではシアノバクテリアの系統関係についてより信頼度を高めるために、16S rRNA遺伝子以外の遺伝子としてgroELに基づく系統解析を行った。groELはタンパク質のフォールディングに関与する遺伝子であり、シヤペロニンの一つであるGroEを構成するサブユニットの一つGroELをコードしている。シアノバクテリア30株のgroEL相同塩基配列を決定し、系統解析を行った。その結果、Chroococcales、Pleurocapsales、Oscillatoialesの3目はそれぞれ多系統を示し、特にPleurocapsalesについては同様に3つの系統群に分かれ、Nostocales、Stigonematalesの異質細胞を有する2目については単系統を示すなど、おおよそ16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく解析結果と一致した。16S rRNA遺伝子とgroEL遺伝子では、系統樹上での分岐の順序は異なっていたが、それぞれの系統群内の菌株についてはほぼ一致していた。 第5章では光学顕微鏡、電子顕微鏡による形態観察を行い、系統解析の結果と形態観察の結果を比較した。Pleurocapsalesについては異なる系統群に位置した菌株間に形態の違いは認められなかった。一方Oscillatorialesについては系統群ごとに細胞形態、細胞間の連接部の構造について違いが認められた。Oscillatorialesの菌種は細胞が連なり糸状の形態をしているが、走査型電子頭微鏡により細胞形態の観察を行った結果、本目の各系統群は、細胞間の連接部のくびれの有無、細胞形態、細胞のサイズなどでグルーピングできることを明らかにした。 第6章はすべての章を踏まえて、総合考察、結論にあてられている。 以上本論文は、遺伝子の塩基配列および形態観察に基づいてシアノバクテリア全体の系統関係を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |