学位論文要旨



No 115291
著者(漢字) 石田,達也
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,タツヤ
標題(和) シアノバクテリア(藍色細菌)の系統分類に関する研究
標題(洋)
報告番号 115291
報告番号 甲15291
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2136号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 国立環境研究所 生物圏環境部長 渡邊,信
内容要旨

 シアノバクテリア(藍色細菌)は酸素発生型の光合成を行う独立栄養細菌であり、植物の葉緑体の起源と考えられている。現在シアノバクテリアは、光合成色素としてクロロフィルaとフィコビリンを有する5目、すなわち単細胞性で内生胞子を有さないChroococcales、単細胞性で内生胞子を有するPleurocapsales、糸状性で異質細胞を有さないOscillatoriales、糸状性で異質細胞を有し分岐しないNostocales、糸状性で異質細胞を有し分岐するStigonematalesと、光合成色素としてクロロフィルaとクロロフィルbを有するProchlorales目の計6目に分類されている(表1)。従来、藍色植物門(Cyanophyta)に位置づけられてきたようにシアノバクテリアは植物の仲間として取り扱われてきため、細菌であるにも関わらずその分類は主として形態の情報のみに基づいて行われてきたが、その形態は他の細菌と同様に比較的単純である。そのため形態学的特徴のみによってまとめられたシアノバクテリアの分類体系は多くの問題を含んでいる。

表1 シアノバクテリアの分類体系

 近年、遺伝子解析技術と系統樹推定法が大きく進歩したことによりシアノバクテリアに関してもその系統解析が行われるようになった。16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析の結果、シアノバクテリアは真正細菌のプロテオバクテリアと近縁であることが示された。16S rRNA遺伝子に基づく系統解析についていくつか報告されているが、それによると、内生胞子を有するPleurocapsales、異質細胞を有するNostocales、およびStigonematales目の菌種はそれぞれ単系統を示すが、ChroococcalesとOscillatoriales目に関してはそれぞれまとまったクラスターを形成していないことが示されている。しかしながら、これまでに16S rRNA遺伝子塩基配列の決定された株数はシアノバクテリアの既知種のごく一部であり、またその決定された塩基配列も短いものが多い。すなわち、シアノバクテリア全体の系統解析については、これまでに行われてきたものでは不十分であり、その信頼度も低いと考えられる。そこで本研究ではシアノバクテリア全体の系統を調べ、その系統と現在の分類体系との比較を試みた。

(1)16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析

 特に多系統であると考えられるOscillatorialesと、これまで決定された株数が少なかったPleurocapsales目を中心に、新たにシアノバクテリア22株の16S rRNA遺伝子塩基配列を決定し、近隣結合法、最尤法を用いて系統解析を行った。その結果、Oscillatorialesは7つの系統群に分かれることが示唆された(図1)。またその系統群で、Leptolyngbya、Oscillatoria、Phormidiumの3属については複数の系統群にわたっていた。Pseudanabaenaは単系統性を示し、これは高いブートストラップ値で支持された。他の目についてはChroococcalesは多系統、Nostocales、Stigonematalesについては単系統と、従来の解析結果と同様であった。しかしながら、これまで解析された株数がわずかではあったが単系統と考えられてきたPleurocapsalesについて解析を進めていった結果、3つの系統群に分かれ、この目も多系統である事が判明した。

図1.最尤法による16SrRNA遺伝子塩基配列に基づくシアノバクテリアの系統樹枝上の数値はブットストラップ確率の推定値で百分率に表し、50%以下は省略した。

 バクテリアでは分類指標として16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統が重要視されているが、同じバクテリアであるにも関わらず、形態のみに基づいて行われているシアノバクテリアの分類体系に問題があることは、分子系統と多くの部分で一致していないことからも明らかであり、今後分類体系を再編する必要があることが示唆された。また、Pleurocapsalesで示されたように新たに数株追加して解析した結果、これまで単系統と考えられてきたものが多系統性を示すという興味深い結果が得られた。これはシアノバクテリアの多様性に比べ、これまで解析された株はごく一部であるということに基づく。

(2)16S rRNA遺伝子以外の遺伝子に基づく系統解析

 シアノバクテリアの系統関係について、より信頼度を高めるために他の遺伝子、groELに基づいて系統解析を行った。groELはタンパク質のフォールディングに関与する遺伝子であり、シャペロニンの一つであるGroEを構成するサブユニットの一つGroELをコードしている。一般的にある遺伝子に基づく系統解析を行う際、複数のコピーが存在し、そのコピー間の違いが大きく、また区別せずに系統解析を行うと誤った結果を導く場合がある。これまで本遺伝子に基づくシアノバクテリアの系統解析は全く行われていなかった。しかしながら現在まで、シアノバクテリアでは本遺伝子はコピーが2つしか検出されず、またその区別も可能であるため系統解析に適していると考えられた。シアノバクテリア30株のgroEL相同塩基配列を決定し、16S rRNA遺伝子の場合と同様に近隣結合法、最尤法で系統解析を行った。その結果、Chroococcales、Pleurocapsales、Oscillatorialesの3目はそれぞれ多系統を示し、特にPleurocapsalesについては同様に3つの系統群に分かれ、Nostocales、Stigonematalesの異質細胞を有する2目については単系統を示すなど、おおよそ16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく解析結果と一致した。16S rRNA遺伝子とgroEL遺伝子では、系統樹上での分岐の順序は異なっていたが、それぞれの系統群内の菌株についてはほぼ一致していた。

(3)光学顕微鏡、電子顕微鏡による形態観察

 シアノバクテリアはその形態が培養条件によって変化しやすく、時には属の定義を越える変化を行うものもあるため、誤同定されている菌種もある。光学顕微鏡による形態観察の結果、本研究で塩基配列を決定した株については目レベルでの誤同定は確認されず、文献通りの形態を示していた。また、系統解析の結果と形態観察の結果を比較したところ、Pleurocapsalesについては系統群間における違いは認められなかったが、Oscillatorialesについては系統群ごとに細胞形態、細胞間の連接部の構造について違いが認められた。前述のとおり、Oscillatorialesの菌種は細胞が連なり糸状の形態をしている。光学顕微鏡下では限界があるため、さらに走査型電子顕微鏡により観察を行った。その結果、(1)で示された系統群ごとに、細胞間の連接部でくびれが認められるもの、認められないもの、明らかに連接部が離れているもの、また細胞形態、細胞のサイズなどでまとめられた。

(4)結論

 シアノバクテリアの分類を行う際、培養条件によって形態が変化する場合があることが知られており、形態のみに基づいて行うことは危険であり、今後は系統解析の結果も考慮されて分類する必要が出てきている。シアノバクテリアは地球上に出現したのは30数億年前と非常に過去であるため、既に塩基の多重置換が数多く起こっており、また多くの系統樹で示されているとおり、短期間の間に多くの系統へ分岐したと考えられるため、その系統解析、特に分岐の順序、進化の道筋を明らかにすることは非常に難しい。本研究の結果からも、系統解析に用いる遺伝子によって分岐の順序が異なることが示された。しかしながら16S rRNA遺伝子、groELのどちらの遺伝子を用いてもChroococcales、Pleurocapsales、Oscillatorialesの多系統性、Nostocales、Stigonematalesの単系統性は支持され、今回新たに用いたgroELはシアノバクテリアの系統解析に有効であることが示された。Nostocales、Stigonematalesの2目のみが単系統を示したことは、目レベルの分類指標としては単に異質細胞の有無のみが問題であり、単細胞性か糸状性か、また内生胞子の有無は目レベルの分類指標にはなり得ないと考えられた。ただし、(1)でのPseudanabaenaの例にもあるように、異質細胞以外の形態学的特徴が分類学的に全く意味を成さないわけではなく、属レベルでは形態との相関性が得られるものもあり、またOscillatorialesの系統群間と形態との相関性も得られた。すなわち、系統を反映していない形質の数多くが分類指標として使われてきたため、シアノバクテリアの分類が混乱しているものだと考えられる。また、解析に用いられてきた菌株がシアノバクテリア全体の一部でしかなくまだまだ解析株数が不十分であると考えられ、今後の課題として残された。

審査要旨

 シアノバクテリア(藍色細菌)は酸素発生型の光合成を行う独立栄養細菌であるが、従来、植物界の一門として取り扱われてきため、その分類は主として形態の情報のみに基づいて行われてきた。しかしその形態は他の細菌と同様に比較的単純であるため、形態学的特徴のみによってまとめられたシアノバクテリアの分類体系は多くの問題を含んでいる.現在シアノバクテリアは、光合成色素としてクロロフィルaとフィコビリンを有する5目、すなわち単細胞性で内生胞子を有さないChroococcales、単細胞性で内生胞子を有するPleurocapsales、糸状性で異質細胞を有さないOscillatoriales、糸状性で異質細胞を有し分岐しないNostocales、糸状性で異質細胞を有し分岐するStigonematales、および光合成色素としてクロロフィルa、bを有するProchloralesの計6目に分類されている。近年、シアノバクテリアに関しても16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析が行われるようになり、既にいくつか報告されている。それによると内生胞子を有するPleurocapsales、異質細胞を有するNostocalesとStigonematales目の菌種はそれぞれ単系統であるが、ChroococcalesとOscillatoriales目は多系統であることが示されている。しかし、これまで系統解析の行われたのはシアノバクテリアの既知種のごく一部であり、またその決定された塩基配列も短いものが多く、シアノバクテリア全体の系統を知るためには、これまでに行われてきたものでは不十分であった。このような背景のもと、本研究ではシアノバクテリア全体の系統を調べ、その系統関係と現在の分類体系との比較を試みたもので、6章より構成されている。

 第1章では研究の背景と意義について概説した後、第2章では材料と方法について述べている。

 第3章では16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析について述べている。OscillatorialesとPleurocapsales目を中心に、新たにシアノバクテリア22株の16S rRNA遺伝子塩基配列を決定し、系統解析を行った。その結果、Oscillatoriales目は7つの系統群に、Pleurocapsalesは3つの系統群に分かれること、Chroococcalesも多系統であることを明らかにした。その他のNostocales、Stigonematalesについては従来の解析結果と同様単系統であることを確認した。このように多くのシアノバクテリアが多系統性を示すことから、分類体系に問題があることが明らかとなり、今後分類体系を再編する必要があることを指摘した。

 第4章ではシアノバクテリアの系統関係についてより信頼度を高めるために、16S rRNA遺伝子以外の遺伝子としてgroELに基づく系統解析を行った。groELはタンパク質のフォールディングに関与する遺伝子であり、シヤペロニンの一つであるGroEを構成するサブユニットの一つGroELをコードしている。シアノバクテリア30株のgroEL相同塩基配列を決定し、系統解析を行った。その結果、Chroococcales、Pleurocapsales、Oscillatoialesの3目はそれぞれ多系統を示し、特にPleurocapsalesについては同様に3つの系統群に分かれ、Nostocales、Stigonematalesの異質細胞を有する2目については単系統を示すなど、おおよそ16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく解析結果と一致した。16S rRNA遺伝子とgroEL遺伝子では、系統樹上での分岐の順序は異なっていたが、それぞれの系統群内の菌株についてはほぼ一致していた。

 第5章では光学顕微鏡、電子顕微鏡による形態観察を行い、系統解析の結果と形態観察の結果を比較した。Pleurocapsalesについては異なる系統群に位置した菌株間に形態の違いは認められなかった。一方Oscillatorialesについては系統群ごとに細胞形態、細胞間の連接部の構造について違いが認められた。Oscillatorialesの菌種は細胞が連なり糸状の形態をしているが、走査型電子頭微鏡により細胞形態の観察を行った結果、本目の各系統群は、細胞間の連接部のくびれの有無、細胞形態、細胞のサイズなどでグルーピングできることを明らかにした。

 第6章はすべての章を踏まえて、総合考察、結論にあてられている。

 以上本論文は、遺伝子の塩基配列および形態観察に基づいてシアノバクテリア全体の系統関係を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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