学位論文要旨



No 115294
著者(漢字) 内野,佳仁
著者(英字)
著者(カナ) ウチノ,ヨシヒト
標題(和) 海洋由来アグロバクテリウムの系統分類と光合成機能の分類学的考察
標題(洋)
報告番号 115294
報告番号 甲15294
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2139号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 石井,正治
 東京大学 助教授 木暮,一啓
内容要旨 はじめに

 光合成細菌は、かつて光合成を持たない非光合成細菌とは独立した一つの分類群と考えられ、光合成細菌の分類は、その分類群内のみにおける細菌間の性状を比較することで行われていた。16SrDNA塩基配列に基づく系統解析により、プロテオバクテリアに属する光合成細菌が、光合成能を有さない非光合成細菌と混在して存在していることが明らかになっている現在においても、分類指標としての光合成を重視する慣習は変わっておらず、系統解析の結果と矛盾しない形で、あくまで伝統的分類法に則って分類学的再編が行われてきており、そのおかげで光合成細菌の属は単系統性を保っているのが現状である。

 本研究は、グラム陰性細菌、海洋由来アグロバクテリウム属の7菌種に対して、16SrDNA塩基配列に基づく系統解析を中心に形態、生理・生化学的性状、化学分類学的性状などの解析を行い、分類学的位置を明らかにすることを目的として始められたが、その結果、海洋由来アグロバクテリウムの4つの系統グループのうちの3つのグループの分類を考える為には光合成細菌との関係を考えなければならないことが明らかとなった。また、この中の1グループにおいては、光合成能を持たない海洋由来アグロバクテリウムの菌種が系統的に光合成細菌の属としてまとまっている分類群の中に位置し、属の単系統性を崩す形で存在することから、伝統的な分類法では分類することが出来ないことが明らかとなった。

 我々は、光合成細菌と非光合成細菌の関係を検討し、プロテオバクテリア分類群において光合成能を分類指標として使用することの妥当性について考察した。

1.海洋由来アグロバクテリウムの分類:Stappia stellulata、Stappia aggregata、Ruegeria atlantica、Ruegeria gelatinovora、Ruegeria algicola、Ahrensia kielienseの提唱

 供試した海洋由来Agrobacterium属細菌は、RugerとHofle(1992)によって分類されたAgrobacterium atlanticum、A.ferrugineum、A.gelatinovorum、A.meteori、A.stellulatumの5菌種である。RugerとHofleは、土壌・植物由来で植物病原性を有するAgrobacterium rhizogenes、A.rubi、A.tumefaciens、A.vitisの4菌種をsubdivision1、海洋由来で星形の集合体を形成する5菌種をsubdivision2とすることを提案した。本研究では、アグロバクテリウム属の海洋由来サブグループとして分類されている5菌種および未承認の2菌種"A.agile"、"A.kieliense"の分類的位置を明らかにすることを目的として、生理・生化学的性状、化学分類学的性状、および16SrDNA塩基配列に基づく系統解析を行った。その結果、これらの菌種が系統学的に土壌・植物由来のアグロバクテリウム菌種とは異なり、プロテオバクテリアサブディビジョン内で大きく4つのグループに散在することを明らかにした。すなわち、

 (1)"A.kieliense"IAM12618Tは、Proteobacteria -2subgroupの中で単独のクラスターを形成する。

 (2)A.stellulatum IAM12621T,IAM12614は、Proteobacteria -2subgroupの中で独立してまとまる。

 (3)A.ferrugineum IAM12616TはProteobacteria-3subgroupの光合成細菌Rhodobacter属とクラスターを形成する。

 (4)A.atlanticum IAM14463T、A.meteori IAM14464T、A.gelatinovorum IAM12617TはProteobacteria -3subgroupの好気性光合成細菌Roseobacter属の光合成色素を有さない菌種Roseobacter algicolaとクラスターを形成する。

 これらの株はキノン組成として、すべてユビキノンQ-10を有していた。菌体脂肪酸組成として、A.atlanticum IAM14463T、A.meteori IAM14464Tが2-ヒドロキシ(2-OH)16:0、3-ヒドロキシ(3-OH)12:0,3-OH14:1、A.stellulatum IAM12621T,IAM12614が3-OH14:0を持つことでそれぞれまとまり、"A.agile"IAM12615が3-OH12:0,3-OH10:0、A.ferrugineum IAM12616Tが3-OH10:0,3-OH14:1、A.gelatinovorum IAM12617T、"A.kieliense"IAM12618Tが3-OH12:0であった.

 我々はRugerとHofleの生理・生化学的性状のデータとともに検討し、(3)以外の分類群については新属(1)Ahrensia、(2)Stappia、(4)Ruegeriaを提唱し、(1)Ahrensia kieliense、(2)Stappia stellulata、Stappia aggregata、(4)においては、Roseobacter algicolaとともにRuegeria属に移籍して、Ruegeria atlantica、Ruegeria gelatinovora、Ruegeria algicolaとして分類した。

2.海洋由来アグロバクテリウムの光合成遺伝子

 (3)のグループのA.ferrugineum IAM12616Tは、系統解析の結果ではRhodobacter属として分類すべきであると考えられるが、光合成による生育が認められず、光合成色素バクテリオクロロフィルaを生成せず、細胞内膜構造を有さず、従来のRhodobacter属の属の定義に当てはまらない菌種である。このように光合成細菌と非光合成細菌が系統的に混在する場合、光合成関連遺伝子の検出が分類学的な解決になりうるのか検討を試みた。まず、海洋由来アグロバクテリウム属7菌種に、光化学反応中心複合体を構成しているタンパク質をコードするpufオペロンのプライマーを用いたPCR法による探索を行った。その結果、A.ferrugineum IAM12616Tからはpuf遺伝子を検出できなかった。さらに本菌株はRhdobacter capsulatusのpuf遺伝子の配列をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションによるpuf遺伝子の探索においても遺伝子を検出できなかった。pufオペロンの下流に存在するpuf遺伝子の他に、オペロン上流に存在する光反応中心複合体のHサブユニットをコードする遺伝子puhA用の本研究で作成したプライマーを用いたPCR法による探索でも遺伝子が検出できないため、A.ferrugineum IAM12616Tは光合成遺伝子オペロン全体を欠失している可能性が高いと考えられる。また、光合成における炭酸固定でカルビンサイクルの中心的役割を担う酵素ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase(RubisCO)のform Iをコードする遺伝子cbbLについての本研究で作成したプライマーを用いての探索では、Rdodobacter属菌種すべてにそれ相当の増幅を確認したが、A.ferrugineum IAM12616Tには遺伝子の増幅を確認することができなかった。この結果から、本菌株は炭酸固定に関係するカルビンサイクルも欠失していることが示唆された。

 Proteobacteria-2subgroupの(2)Stappia stellulataについては、puf遺伝子の存在を確認し、pufB,A,L,Mの配列を決定した。S.stellulataに近縁なS.aggregataについてはpuf遺伝子は確認できなかった。S.stellulataのpufL+Mの配列を用いて他の光合成細菌のpuf遺伝子配列と比較し系統樹を作成したところ、S.stellulataは、他のProteobacteria -2subgroupの菌種よりもむしろProteobacteria subdivisionに属する菌種と近縁であることが明らかとなった。このことは、puf遺伝子がプロテオバクテリア分類群内で水平移動をしていることを示唆していると考えている。

3.Agrobacterium ferrugineumの分類

 16SrDNA塩基配列に基づく系統解析により、光合成細菌Rhodobacter属菌種とクラスターを形成するにも関わらず、光合成による生育、光合成色素、細胞内膜構造、光合成関連遺伝子が見られない菌種であるA.ferrugineum IAM12616Tは、その他にも16SrDNA塩基配列の中にRhodobacter属には見られないインサーションがあること、あるいはG+C含量がRhodobacter属が70%前後であるのに対し58%と低いという点においてRhodobacter属とは異なる性状を有している。また、逆に、海洋由来でありながら海水要求性がないこと、菌体脂肪酸の3-ヒドロキシ酸として3-OH10:0,3-OH14:1を持つという点においてRhodobacter属と同様の性状を有している。

 本研究では、Rhodobacter属に含まれる菌種全部を含めた23SrDNA塩基配列、ジャイレース遺伝子gyrBの塩基配列を決定し、これらの塩基配列あるいは、アミノ酸配列に基づく系統解析を行った。その結果、A.ferrugineum IAM12616Tは、いずれの場合でも16S rDNA塩基配列に基づく解析結果と同様Rhodobacter属とクラスターを形成し、A.ferrugineum IAM12616TとRhodobacter属菌種とがゲノムレベルで近縁であることが示唆された。

 本研究においては、(1)もし、A.ferrugineum IAM12616Tを分類指標としての光合成を重視してRhodobacter属とは異なる新属を提唱して分類するならば、属としての単系統性を保つために、幾つかの性状によりよくまとまっている属であるRhodobacter属を少なくとも2つの属に分割しなければならないこと。(2)プロテオバクテリアに属する光合成細菌は、好気、暗条件下での従属栄養的生育も可能なものが大半であるため光合成を失う変異が起こっても致死的なものにはなり得ないこと、(3)puf遺伝子の水平移動が示唆されていること、あるいは光反応中心複合体に関わる遺伝子の集合性が光合成能の欠失と水平移動に一役買っているとも考えられられることから、分類指標としての光合成は再検討するべき時期にきていると考える。

 本研究では、3種類の分子種に基づく系統解析の結果を重視し、A.ferrugineumをRhodobacter属として分類することとし、Rhodobacter ferrugineusを提唱した。

まとめ

 プロテオバクテリア分類群においては、これまで、光合成は系統的にまとまった分類群を定義づける指標として使用されてきたが、光合成の進化的性質を調べれば分類指標として適当でない場合があることが明らかとなった。今後、場合によっては、光合成細菌と非光合成細菌を同属とする分類学的決定も必然となると考えられる。

審査要旨

 Agrobacterium属細菌は土壌・植物由来で植物病原性を有するA.rhizogenes、A.rubi、A.tumefaciens、A.vitisの4菌種は本属のSubdivision 1、海洋由来で星形集合体を形成するA.atianticum、A.ferrugineum、A.geratinovorum、A.meteori、A.stellulatumの5菌種および未承認の2菌種"A.agile"、"A.kieliense"はSubdivision2として分類されている。本研究ではこの海洋由来サブグループとして分類されている5菌種および未承認の2菌種の分類的位置を明らかにすることを目的として、生理・生化学的性状、化学分類学的性状および16SrDNA塩基配列に基づく系統解析を行ったもので、6章より構成されている。

 第1章で、研究の背景と意義について概説した後、第2章では海洋由来Agrobacterium属の分類学的位置について検討し、新属Stappia、Ruegeria、Ahrensiaの提唱について述べている。これらの菌種が系統学的に土壌・植物由来のAgrobacterium属菌種とは異なり、-Proteobacteriaおよび-Proteobacteria内で5グループに散在することを明らかにした。すなわち、(1)"A.kieliense"はProteobacteria -2 subgroupの中で単独で、(2)A.stellulatum2株はproteobacteria -2 subgroupの中で独立して存在、(3)A.ferrugineumはProteobacteria -3 subgroupのRhodobacter属とクラスターを形成する、(4)A.atlanticum、A.meteori、A.geratinovorumはProteobacteria -3 subgroupのRoseobacter algicolaとクラスターを形成した。そこで、さらに生理・生化学的性状と会わせ、(1)はAhrensia、(2)はStappia、(4)はRuegeriaの各新属とし、(4)はRoseobacter algicolaと共に新属Ruegeria属に移籍した。

 第3章では海洋由来アグロバクテリウムの光合成遺伝子について述べた。A.ferrugineumは系統解析の結果、系統的にはRhodobacter属に含まれたが光合成による生育が認められず、Bacteriochlorophyll aを生成せず、細胞内膜構造を有さないことからRhodobacter属の定義に当てはまらない。このように光合成細菌と非光合成細菌が系統的に混在する場合、光合成関連遺伝子の検出が分類学的な解決になりうるのか検討を試みた。まず光化学反応中心複合体の構造遺伝子pufをPCR法で探索したがA.ferrugineumにはpuf遺伝子が検出できなかった。さらにpuf遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションでも同遺伝子は検出できなかった。puf遺伝子はpufオペロンの下流に存在する。さらに、光反応中心複合体をコードしpufオペロンの上流に存在するpuhA遺伝子をPCR法で探索したが同遺伝子は検出できなかった。これらのことから、A.ferrugineumは光合成遺伝子オペロン全体を欠失しているものと考えられた。また、カルビンサイクルの酵素Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase(RubisCO)をコードする遺伝子cbbLをPCR法で探索したが、同遺伝子は検出できなかったことから本菌株はカルビンサイクルも欠失していることが示唆された。一方、Stappia stellulataについては、puf遺伝子の存在が確認され、pufB,A,L,Mの配列を決定した。S.stellulataに近縁なS.aggergataにはpuf遺伝子は確認できなかった。S.stellulataのpufL+M配列を用いて他の光合成細菌のpuf遺伝子配列と比較し系統樹を作成したところ、S.stellulataは他Proteobacteria -2 subgroupの菌種よりも-subdivisionの菌種と近縁であった。このことはpuf遺伝子がプロテオバクテリア分類群内で水平移動したことを示唆している。

 第4章ではA.ferrugineumの分類学的位置について述べた。16SrDNA塩基配列に基づく系統解析で光合成細菌Rhodobacter属菌種とクラスターを形成したが、光合成能、光合成色素の生成、細胞内膜構造、光合成関連遺伝子等を持たないA.ferrugineumについてさらに23SrDNA塩基配列とジャイレース遺伝子gyrBの塩基配列を決定して系統解析を行った。その結果、A.ferrugineumはいずれの場合にもRhodobacter属とクラスターを形成し、A.ferrugineumとRhodobacter属菌種とが系統的に近縁であることが示唆された。以上の3種類の分子種に基づく系統解析の結果に基づき、A.ferrugineumをRhodobacter属に含めてRhodobacter ferrugineusとすることを提唱した。

 第5章ではプロテオバクテリア分類群内での光合成の進化について述べた。プロテオバクテリア分類群においては、これまで、光合成は系統的にまとまった分類群を定義づける指標として使用されてきたが、光合成の進化的性質を調べれば分類指標として適当でない場合があることを明らかにした。

 第6章はすべての章を踏まえて、総合考察、結論にあてられている。

 以上本論文は、海洋由来アグロバクテリウムの分類学的位置を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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