学位論文要旨



No 115296
著者(漢字) 久米川,宣一
著者(英字)
著者(カナ) クメカワ,ノリカズ
標題(和) イネの新規gypsy型レトロトランスポゾンの同定と植物界における偏在性
標題(洋)
報告番号 115296
報告番号 甲15296
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2141号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 平野,博之
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 田中,寛
内容要旨

 植物のゲノムの大きさは、最も小さいゲノムを持つとされるシロイヌナズナが約145Mb、最も大きいとされるユリが約105Mbと種間で著しく異なる。植物ゲノム中に含まれる構造遺伝子の数の違いはほとんどないので、ゲノムの大きさは反復配列の量によって左右されると言われている。反復配列には多種多様のものがあるが、特にコピー数が多い散在性反復配列にレトロトランスポゾンがある。レトロトランスポゾンはレトロウイルスのプロウイルスに類似の構造をもち逆転写を経て転移する因子である。その構造は、両端にLTR(long terminal repeat)と呼ばれる配列が存在し、5’側及び3’側のLTRのすぐ内側には、逆転写の際に必要な配列であるPBS(primer binding site)及びPPT(poly purine truct)がそれぞれ存在する。LTRに挟まれた内部翻訳領域には、自身の転写後のcDNAの形成・組み込みに必要なタンパク質をコードするpol領域、及び自身のmRNAと逆転写酵素・組込み酵素などを包み込むウイルス様粒子を形成するのに必要なgag領域が存在する。動物及び植物より様々なレトロトランスポゾンが単離されているが、全てのレトロトランスポゾンはショウジョウバエのレトロトランスポゾンでpol領域内の逆転写酵素遺伝子(rt)と組込み酵素遺伝子(int)の位置が逆転しているcopia及びgypsyとの相同性及び構造的類似性から二つのタイプに分類される。植物においてはすでに多数のcopia型レトロトランスポゾンが単離されており、それらが植物界において普遍的に存在することが知られていたが、gypsy型レトロトランスポゾンは殆ど単離同定されていなかった。本研究は(1)まだ明らかにされていなかったイネのgypsy型レトロトランスポゾンを単離同定し、その構造的特徴を調べること、(2)植物界でのgypsy型レトロトランスポゾンの遍在性を解析するとともに、得られた多くのgypsy型レトロトランスポゾンの系統解析を行うこと、(3)Fluorescence in situ hybridization(FISH)及びYACクローンの同定とそのマッピングを行いgypsy型レトロトランスポゾンのイネゲノム内での局在性を調べること、を目的としたものである。

1.イネの新規4種gypsy型レトロトランスポゾン(RIRE2,RIRE3,RIRE7,RIRE8)の同定と構造解析(1)RIRE3とRIRE8

 栽培イネO.sativa L.cv.IR36DNAからショウジョウバエのレトロトランスポゾンgypsyの逆転写酵素遺伝子と相同性のあるDNA断片を持つクローンが他の植物遺伝子の解析中に得られた。これらは、イネのレトロトランスポゾン(RIRE:Rice retrotransposon)の一部配列と考えられたので、逆転写酵素遺伝子領域にハイブリダイズし外側にDNA合成が進行するようなプライマーを使用しPCR(one-primer PCR)を行うことよって隣接領域を含むDNAフラグメントを得た。その塩基配列を解析した結果、gypsy型レトロトランスポゾンと相同性のある逆転写酵素遺伝子のみならず、組込み酵素遺伝子が下流に存在しpol領域を形成していること、またその下流にPPTが見いだされた。さらに、それに続くLTRと思われる長い配列を二種(2316bp,2948bp)見い出したが、これらは塩基配列における相同性が見られなかったことから、RIRE3とRIRE8と名付けた(図1)。これらの全配列を較べると、PBSの配列は同じtRNAMetに相補的な配列であったが、Gagタンパク質をコードするgag領域に大きな塩基配列の違いがあった。また、RIRE8には同じLTRの配列を持つにもかかわらずgag領域の5’側の配列に違いをもつ二種のサブタイプのエレメント(RIRE8A,RIRE8B)が存在することが分かった。RIRE3、RIRE8共に、興味あることに、gag領域の上流には他のgypsy型レトロトランスポゾンには見られない特徴的なオープン・リーディングフレーム(orf0と命名)が存在した(図1)。

 PCRで得られたクローンの中には、RIRE3にRIRE3あるいはRIRE8が、さらには他のレトロトランスポゾン(RIRE6とRIRE7と命名)が挿入された入れ子構造をとったものが存在することが判明した。RIRE6はそのLTRと思われる配列の比較からRIRE8に類似のレトロトランスポゾンであり、RIRE7はLTR及びPBSと思われる配列が存在したことから新規のレトロトランスポゾンと考えられた。

(2)RIRE7

 RIRE7は、イネのgypsy型レトロトランスポゾンRIRE3の一つのメンバーに挿入されている配列として見いだされたが、PCRによりRIRE7全体をカバーするような断片を得、クローニングと塩基配列の解析をしたところ、それが他のものとは異なる新規のgypsy型レトロトランスポゾンであると判明した(図1)。RIRE7のPBSは、RIRE3及びRIRE8と同じtRNAMetであるがLTRの長さは858bpと短くまた塩基配列における相同性もなく、内部のpol領域の一部にのみ相同性があることが分がった。

(3)RIRE2

 栽培イネO.sativa L.cv.IR36からPCRによりサブテロメア領域に存在する縦列型反復配列TrsAに挿入している配列の一部を見いだした。PCRによりこの配列に続く多数の断片を得、それらの塩基配列を決定し解析を行った結果、この配列がgypsy型レトロトランスポゾン(RIRE2と命名)であることが分かった。RIRE2のLTRは他のイネのレトロトランスポゾンRIRE3、RIRE7、RIRE8と比較して441bpと最も短く、PBSはtRNAArgに相補的な配列であった。内部にはgag-pol領域が存在したが、その下流に約4kbの機能不明な領域が存在した。RIRE2は、このように構造的に大きく異なるイネのgypsy型レトロトランスポゾンであることが分かった(図1)。

図1.各gypsy型レトロトランスポゾンの構造の模式図
2.植物界におけるgypsy型レトロトランスポゾンの普遍的存在

 イネのgypsy型レトロトランスポゾンRIRE2、RIRE3、RIRE8の逆転写酵素遺伝子の塩基配列上に共通して保存されている配列を基にして、degenerate primerを作成し、被子植物(単子葉類・双子葉類)のみならず、裸子植物(針葉樹類・イチョウ類)・シダ類・コケ類・藻類において代表する植物種のゲノムDNAを鋳型としてPCRを行った。クローニング及び塩基配列決定の結果、生じたDNA断片が実際様々なgypsy型レトロトランスポゾンの逆転写酵素遺伝子の部分配列であることが分かった。それらの配列と既知のいくつかのレトロトランスポゾンの配列をもとに系統樹を作成した結果、植物のgypsy型レトロトランスポゾンは大きく二つのファミリーAとBに、さらに各ファミリーの中にサブファミリーが存在することを見いだした。これらの多くのサブファミリーにおいて、単子葉類、双子葉類、裸子植物、シダ類を含む各生物種から由来するレトロトランスポゾンがクラスターを形成していることが分かった。いくつかのサブファミリーに属するレトロトランスポゾンは、LTRの長短、特定のオープンリーディングフレームやpol遺伝子下流の領域の有無などそれぞれに特徴的な遺伝子構成を持つこと、PBS配列も各ファミリーに固有なtRNAに相補的な配列が使われていることが分かった。RIRE2及びRIRE3を代表とするAとBの中のそれぞれのサブファミリーに属するレトロトランスポゾンは、単子葉類由来の因子と双子葉類由来の因子の二つのクラスターに分けられた。これらの事実は、各ファミリーに属するレトロトランスポゾンが垂直に伝播することによって進化したことを示唆する。一つの植物種内で異なるファミリーに属するレトロトランスポゾンが存在する場合が多くあったが、このことは各ファミリーの因子は互いに異なる因子とは干渉しないで進化することを示唆する。一方、作成した系統樹の中に属する因子の中には、単子葉類由来のレトロトランスポゾンの中に例外的に双子葉類より単離したものが、双子葉類由来のレトロトランスポゾンの中に例外的に単子葉類より単離したものが存在する場合もあることが分がり、gypsy型レトロトランスポゾンが植物の進化の過程の中でまれに水平伝播を起こしていると考えられた。

3.gypsy型レトロトランスポゾンRIRE7と縦列型反復配列TrsDのイネ動原体への局在

 イネの他のgypsy型レトロトランスポゾンとは異なる構造を持つレトロトランスポゾンRIRE7の配列をもとに相同性検索を行ったところ、様々な植物の動原体領域に局在する様々なDNA断片と高い相同性を示した。また、RIRE7に続く染色体DNA領域を含むクローンを得、解析したところ、多くは155bpをユニットとするイネの新規縦列型反復配列(TrsDと命名)であることが分かった。

 次にTrsD及びRIRE7のLTRをプローブとしてイネの体細胞中期染色体を用いてFISHを行った。その結果、TrsDはすべての染色体の動原体領域に局在することが分かった。またRIRE7は全てではないがいくつかの染色体の動原体付近に存在することが分かった。さらに、イネ減数分裂細胞のパキテン期染色体の解析によりTrsDは全ての染色体において動原体を挟み込むように存在するヘテロクロマチン領域の一つに局在することが分かった。さらにTrsD及びRIRE7をプローブにしてイネYACクローンの同定とイネ染色体物理地図上でのマッピングを行ったところ、両配列はいくつかの染色体の動原体付近に局在することが確認できた。FISHやYACクローンの解析による結果が一致することは、RIRE7がイネの動原体領域を構成していることを示唆する。また、RIRE7がイネ及び他の植物の動原体配列として同定された様々な部分配列と様々な相同性を示すことから、RIRE7と高い相同性を示すレトロトランスポゾンが、多くの植物種の動原体領域に局在しその構成成分として機能している可能性を示唆する。

 以上、本研究において、イネゲノムより初めてRIRE2、RIRE3、RIRE7、RIRE8など多種多様なgypsy型レトロトランスポゾンを単離・同定した。また、それらの配列をもとに系統解析をすることにより、gypsy型レトロトランスポゾンが植物界において普遍的に存在することを明らかにした。これらの解析により、多様なレトロトランスポゾンが染色体上で多コピーの配列として存在していることが明らかになったが、このことはレトロトランスポゾンが植物ゲノムの多様化の一因となっていることを示している。さらにFISH及びYACクローンの同定により、RIRE7のファミリーに属するgypsy型レトロトランスポゾンは動原体領域に局在していることを明らかにした。このことからRIRE7とそれに類似のgypsy型レトロトランスポゾンがイネの動原体領域の構成成分として機能している可能性が示唆された。

審査要旨

 植物のゲノムの大きさは種間で著しく異なるが、その違いは反復配列の量によって左右されると言われている。反復配列の中で特にコピー数が多いものにレトロトランスポゾンがあるが、全てのレトロトランスポゾンは相同性及び構造的特性の遠いから二つのタイプ(copia型及びgypsy型)に分類される。植物ではすでに多数のcopia上型レトロトランスポゾンが単離されており、普遍的に存在することが知られていたがgypsy型レトロトランスポゾンは殆ど単離同定されていなかった。本論文は、まだ明らかにされていないイネの新規gypsy型レトロトランスポゾンを分離・同定し、植物界でのそれらの遍在性を調べると共に、イネ染色体上の存在部位を調べたもので、5章よりなる。

 第1章で、研究の背景と意義について概説した後、第2章で、栽培イネ(Orya sativa L.)より4種の新規gypsy型レトロトランスポゾン(RIRE2、RIRE3、RIRE7、及びRIRE8と命名)の分離・同定の結果を述べている。RIRE3は、レトロトランスポゾンgypsyの逆転写酵素遺伝子と相同性のあるDNA断片を基にして分離し、全塩基配列を決定した結果、他には見られないオープン・リーディングフレームorf0を持つgypsy型レトロトランスポゾンであることが分かった。RIRE3の部分配列を持つクローンの中には、RIRE3に同種あるいは異種のレトロトランスポゾン(RIRE7とRIRE8)が挿入されたものが存在することが分かった。RIRE7の全塩基配列の決定をした結果、それがRIRE3のpol領域と一部しか相同性を持たず、短いLTRを持つような新規gypsy型レトロトランスポゾンであると判明した。一方RIRE8は、RIRE3と有意義な相同性のあるgypsy型レトロトランスポゾンであること、同じLTRの配列を持つがgag領域の配列に違いをもつような二種のサブタイプの因子(RIRE8A及びRIRE8B)が存在すること、が分かった。

 さらに、イネのサブテロメアの縦列型反復配列TrsAに挿入している配列としてRIRE2が見いだされたが、その全塩基配列を決定した結果、そのLTRが他のものと比較して非常に短く、PBS配列も他のものとは異なり、さらに、gag-pol領域下流に約4kbの機能不明な領域を持つgypsy型レトロトランスポゾンであることが分かった。

 第3章では、植物界におけるgypsy型レトロトランスポゾンの普遍的存在について述べている。同定したイネのgypsy型レトロトランスポゾンの逆転写酵素遺伝子における相同配列を基にdegenerate primerを作成し、PCRにより様々な植物種よりホモログを単離した。それらの配列を基に系統樹を作成した結果、植物のgypsy型レトロトランスポゾンは大きく二つのファミリー分けられ、それぞれにいくつかのサブファミリーが存在することが分かった。各ファミリーの一つのサブファミリーにおいて、単子葉類と双子葉類の双方から由来する因子が系統的に区別できたことから、植物のgypsy型レトロトランスポゾンが垂直に伝播したものと推測した。一つの植物種内で互いに異なるファミリーに属するレトロトランスポゾンが存在したが、このことは各ファミリーの因子がそれぞれ独立して進化することを示唆する。一方、一部の因子で垂直伝播では説明できない例外的なものが存在したことから、gypsy型レトロトランスポゾンが植物の進化の過程でまれに水平伝播されていると考えられた。

 各サブファミリーのレトロトランスポゾンは、LTRの長さ、特定の遺伝子、或いは、傾域の有無などが互いに似ており、また、固有のLTR末端配列やPBS配列を持つことが分かった。

 第4章では、RIRE7のイネ染色体上での局在性について述べている。RIRE7は様々な植物の動原体領域に局在する様々なDNA断片と高い相同性があり、イネの新規縦列型反復配列TrsDに挿入していることを見いだした。このTrsD及びRIRE7をプローブとしてFISHを行うと共に、イネYACクローンを同定することにより、TrsDがイネ染色体の動原体近傍のヘテロクロマチン領域に局在すること、RIRE7もいくつかの染色体の動原体付近に存在することを示した。これらの結果から、TrsD及びRIRE7が動原体近傍のヘテロクロマチン領域を構成する成分であると結論した。

 第5章では総合的な考察が行われている。

 以上要するに本論文は、イネの新規gypsy型レトロトランスポゾンを分離・同定し、植物界での分布を調べることによって、それらの植物界における遍在性を明らかにすると共に、一種のgypsy型レトロトランスポゾンが動原体近傍のヘテロクロマチン領域の構成成分であることを示したもので、学術上貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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