植物のゲノムの大きさは種間で著しく異なるが、その違いは反復配列の量によって左右されると言われている。反復配列の中で特にコピー数が多いものにレトロトランスポゾンがあるが、全てのレトロトランスポゾンは相同性及び構造的特性の遠いから二つのタイプ(copia型及びgypsy型)に分類される。植物ではすでに多数のcopia上型レトロトランスポゾンが単離されており、普遍的に存在することが知られていたがgypsy型レトロトランスポゾンは殆ど単離同定されていなかった。本論文は、まだ明らかにされていないイネの新規gypsy型レトロトランスポゾンを分離・同定し、植物界でのそれらの遍在性を調べると共に、イネ染色体上の存在部位を調べたもので、5章よりなる。 第1章で、研究の背景と意義について概説した後、第2章で、栽培イネ(Orya sativa L.)より4種の新規gypsy型レトロトランスポゾン(RIRE2、RIRE3、RIRE7、及びRIRE8と命名)の分離・同定の結果を述べている。RIRE3は、レトロトランスポゾンgypsyの逆転写酵素遺伝子と相同性のあるDNA断片を基にして分離し、全塩基配列を決定した結果、他には見られないオープン・リーディングフレームorf0を持つgypsy型レトロトランスポゾンであることが分かった。RIRE3の部分配列を持つクローンの中には、RIRE3に同種あるいは異種のレトロトランスポゾン(RIRE7とRIRE8)が挿入されたものが存在することが分かった。RIRE7の全塩基配列の決定をした結果、それがRIRE3のpol領域と一部しか相同性を持たず、短いLTRを持つような新規gypsy型レトロトランスポゾンであると判明した。一方RIRE8は、RIRE3と有意義な相同性のあるgypsy型レトロトランスポゾンであること、同じLTRの配列を持つがgag領域の配列に違いをもつような二種のサブタイプの因子(RIRE8A及びRIRE8B)が存在すること、が分かった。 さらに、イネのサブテロメアの縦列型反復配列TrsAに挿入している配列としてRIRE2が見いだされたが、その全塩基配列を決定した結果、そのLTRが他のものと比較して非常に短く、PBS配列も他のものとは異なり、さらに、gag-pol領域下流に約4kbの機能不明な領域を持つgypsy型レトロトランスポゾンであることが分かった。 第3章では、植物界におけるgypsy型レトロトランスポゾンの普遍的存在について述べている。同定したイネのgypsy型レトロトランスポゾンの逆転写酵素遺伝子における相同配列を基にdegenerate primerを作成し、PCRにより様々な植物種よりホモログを単離した。それらの配列を基に系統樹を作成した結果、植物のgypsy型レトロトランスポゾンは大きく二つのファミリー分けられ、それぞれにいくつかのサブファミリーが存在することが分かった。各ファミリーの一つのサブファミリーにおいて、単子葉類と双子葉類の双方から由来する因子が系統的に区別できたことから、植物のgypsy型レトロトランスポゾンが垂直に伝播したものと推測した。一つの植物種内で互いに異なるファミリーに属するレトロトランスポゾンが存在したが、このことは各ファミリーの因子がそれぞれ独立して進化することを示唆する。一方、一部の因子で垂直伝播では説明できない例外的なものが存在したことから、gypsy型レトロトランスポゾンが植物の進化の過程でまれに水平伝播されていると考えられた。 各サブファミリーのレトロトランスポゾンは、LTRの長さ、特定の遺伝子、或いは、傾域の有無などが互いに似ており、また、固有のLTR末端配列やPBS配列を持つことが分かった。 第4章では、RIRE7のイネ染色体上での局在性について述べている。RIRE7は様々な植物の動原体領域に局在する様々なDNA断片と高い相同性があり、イネの新規縦列型反復配列TrsDに挿入していることを見いだした。このTrsD及びRIRE7をプローブとしてFISHを行うと共に、イネYACクローンを同定することにより、TrsDがイネ染色体の動原体近傍のヘテロクロマチン領域に局在すること、RIRE7もいくつかの染色体の動原体付近に存在することを示した。これらの結果から、TrsD及びRIRE7が動原体近傍のヘテロクロマチン領域を構成する成分であると結論した。 第5章では総合的な考察が行われている。 以上要するに本論文は、イネの新規gypsy型レトロトランスポゾンを分離・同定し、植物界での分布を調べることによって、それらの植物界における遍在性を明らかにすると共に、一種のgypsy型レトロトランスポゾンが動原体近傍のヘテロクロマチン領域の構成成分であることを示したもので、学術上貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |