本論文は、CTCトリプレットリピート伸長と遺伝子発現に関するもので5章よりなる。筋強直性ジストロフィ-(DM)はトリプレットリピート病の一つであり、DMPK遺伝子の3’非翻訳領域にあるCTGリピートの異常伸長により発病する。DM患者ではDMPK mRNA自身や他のCUGリピートを持つmRNAの代謝異常が報告されている。一方で、CUGリピートに結合するRNA結合タンパク質(CUG BP)が同定されて、DM発症への関与が示唆されている。著者はこの点に注目して、CTGリピート伸長と遺伝子発現に関して様々な検討を行った。 第1章で研究の背景と意義について概説している。第2章では,CTGリピート数が100以上のDMPKクローンを、患者サンプルからクローニングすることが非常に困難であるという事を受けて、長いCTGリピートを人工的に作製するための、著者が新たに確立した方法(Synthesis of Long Iterative Polynucleotide(SLIP)法)について述べている。まず、Non-template PCR法を用いて、(CTG)130リピートを含むプラスミドを作製した。次に、このプラスミドをリピートの両脇の制限酵素サイトで独立に切断し、制限酵素を失活させた後に両者を混合する。熱変性させた後にアニールさせると、両者で相手を交換してアニールするものが現れ、その結果、リピート部分でずれてアニールすることが可能になる.ずれた部分の溝がポリメラーゼによって埋められると、リピートが伸長する。これを大腸菌に形質転換して、プラスミドを回収した結果(CTG)150リピートを含むプラスミドが得られた。得られたプラスミドにSLIP法の操作を繰り返すことにより、(CTG)170、(CTG)190という長いCTGリピートDNAを人工的に合成した。 第3章では、CUG-BPによるDMPK mRNAの転写後発現制御の解析について述べている。まず,CUG-BPをヒト骨格筋とヒト脳のCDNAライブラリーからクローニングし、スプライシングアイソフォームである、CUG-BP+LYLQとCUC-BP+Aを新規にクローニングした。次に、マウスの脳、心臓骨格筋、肝臓、腎臓、肺、脾臓、目、および精巣の各組織を用いてノーザン解析とウェスタン解析を行い、CUG-BP mRNAが用いた全ての組織で弱く発現していて、CUG-BPタンパク質が肺、脾臓、脳、目、精巣において組織特異的に発現していることを明らかにした。著者はCUG-BPがDMPKの発現に影響を与える可能性を考え、CTGリピート数5の野性型DMPK、または、CTGリピート数130の変異型DMPKをCUG-BPとCOS-7胞で共発現させ、DMPKの発現を調べた。その結果、伸長したCTGリピートとCUC-BPはDMPKのmRNAレベルでの発現には影響を与えず、タンパク質レベルでの発現を減少させることを明らかにした。さらに、DMPKのタンパク質レベルでの発現の減少は、ポリAの長さの短縮による翻訳効率の低下が原因ではないことを明らかにした。 第4章では、酵母three-hybrid系を用いたCUG-BPとRNAとの相互作用の解析について述べている。まず、酵母three-hybrid系においても、CUG-BPが比較的弱いながらCUGリピートと特異的に結合することを確認し、スプライシングアイソフォームであるCUG-BP+LYLQはCUGリピートと結合しないことを明らかにした。次に、CUG-BPが結合するCUGリピート以外のRNA配列の同定を目指して、様々な配列のRNAとの結合を調べた。その結果、CUG-BPとCUG-BP+LYLQの両方が、UG二塩基リピートに強く結合することを新規に見出した。さらに、CUG-BPの、種を超えて保存された3つのRNA結合ドメインとリンカードメインの、それぞれのドメインの欠失コンストラクトを作製して解析を行った。その結果、UG二塩基リピートとの結合には2番目のRNA結合ドメインとリンカードメインが重要であることを明らかにした。 第5章では、本研究で得られた結論をもとに、筋強直性ジストロフィーの発症機構に関する総合的な考察が行われ、今後明らかにすべき問題点等が挙げられた。 以上本論文は、筋強直性ジストロフィーのCTGリピート伸長と遺伝子発現に関して、それまで得ることが困難であった、実験材料を得るための方法を新たに開発し、筋強直性ジストロフィーの分子機構に関する諸問題を適切に解決したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |