学位論文要旨



No 115301
著者(漢字) 高橋,展弘
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ノブヒロ
標題(和) CTGリピート伸長と遺伝子発現に関する研究
標題(洋)
報告番号 115301
報告番号 甲15301
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2146号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 前田,達哉
内容要旨 はじめに

 本研究で私が取り上げる筋強直性ジストロフィ-(DM)はトリプレットリピート病の一つであり、DMPK遺伝子の3’非翻訳領域に存在するCTGリピートの異常伸長により発病する。責任遺伝子の同定から7年余りが経過した現在、DMの発症機構が通常の遺伝病とは全く異なる、極めて複雑なものであることが認識されつつある。3’非翻訳領域にあるCTGリピートの異常伸長が、どのようにして発症につながって行くのかを明らかにすることがDM発症機構研究の課題である。DM患者ではDMPK mRNA自身や他のCUGリピートを持つmRNAの代謝異常が報告されている。一方で、CUGリピートに結合するRNA結合タンパク質(CUG-BP)が同定されて、DH発症への関与が示唆されている。以上を踏まえ私は、CTGリピート伸長がどのようにしてDMPK自身や他の遺伝子の発現に影響を及ぼし、DM発症へ繋がっていくのかを明らかにするために、DMPK mRNA中のCUGリピートとCUG-BPとの相互作用、CUG-BPの生理機能、の二点に注目して、研究を行った。まず、研究の実験材料を得るために、発症段階にある長いCTGリピートを持つDMPK cDNAをクローニングする方法を開発した。次にDMPK cDNAとCUG-BPをCOS-7細胞に共発現させることによりCUG-BPのDMPKの発現に対する影響を調べた。さらに、CUG-BPの生理機能を明らかにするため、CUG-BPと様々なRNA配列との相互作用を調べた。

1.リピート伸長系の確立およびリピートが増大したDMPK cDNAの取得

 筋強直性ジストロフィーの発症機構としては、はじめに書いたようにDMPK mRNA自身や他のCUGリピートを持つmRNAの代謝異常が報告されており、CTGリピートあるいはCUGリピートそれ自体が生理作用を持つということが考えられる。そのようなリピート自体の生理作用追求の実験には、長いリピートを持つDMPKクローンの取得が有功であることは言うまでもない。しかし、リピートである上にGC含量が高いので、PCR法を用いて患者サンプルからリピート部分、あるいはリピートを含むDMPK cDNAをクローニングすることは、リピート数が100を超える場合には極めて困難でありほとんど成功した例がない。DMPKトランスジェニックマウスが作成されたが、CTGリピート数は55リピートと不十分であり、何の症状も示さないことが報告されている。実際、(CTG)55リピートというのは、ヒトにおいても前発症段階と発症段階との境界にある。このような事から、私は発症の領域に入っている100個以上のリピートを保持するクローン取得の必要性を強く感じた。

 そこで私はPCR酵素とサーマルサイクラーを利用して全く新しい手法を独自に開発し、(CTG)130、(CTG)150、(CTG)170、(CTG)190という極めて長いリピートDNAを人工的に合成した。私はこれらのリピートDNAをDMPK cDNAの3’非翻訳領域に組み込むことにも成功した。このような長いリピートを持つDMPKクローンは他に例を見ない。

 また、今回、(CTG)5、(CTG)46、(CTG)130、(CTG)190リピートを持つDMPK cDNAを用いたin vitroにおけるmRNAの発現実験では、CTGリピート伸長はmRNAの転写効率に影響を及ぼさないとの結果を得た。この事はDM患者で見られるDMPKタンパク量の低下がmRNAの転写効率の低下によらず、mRNA代謝の異常を原因とする翻訳効率の低下によるという考えを支持する。

2.CUG-BPの発現の解析

 まず私はヒト骨格筋とヒト脳のcDNAライブラリーからCUG-BPをクローニングした。骨格筋のライブラリーからは以前に報告されているクローンに加えて12塩基4アミノ酸(LYLQ)分の挿入のあるクローンが見つかった。脳のライブラリーからは3塩基1アミノ酸(A)分の挿入のあるクローンのみが見つかった。挿入配列以外は報告されているクローンと全く同じ配列であった。

 次に、マウス組織から抽出した全RNA及び全タンパク質を用いてノーザン解析とウェスタン解析を行った。用いた組織は脳、心臓、骨格筋、肝臓、腎臓、肺、脾臓、目、および精巣である。ノーザン解析の結果、用いた全ての組織でCUG-BP mRNAの比較的弱い発現が確認された。一方、ウェスタン解析の結果、CUG-BPタンパク質は組織特異的な発現をしていることが明らかになった。肺と脾臓で中程度の発現が見られ、脳、目、精巣で弱い発現が見られた。心臓、骨格筋、肝臓、及び腎臓では発現が見られなかった。

3.培養細胞系を用いた、CUG-BPがDMPK mRNAの代謝に与える影響の解析

 COS-7細胞にDMPKとCUG-BPのcDNAを導入し、一過性に発現させた。トランスフェクションの60時間後に細胞を回収して全RNAを抽出し、DMPK及びCUG-BPの発現をノーザン解析により調べた。CUG-BPを共発現させるとDMPK mRNAの発現量は低下し、それはリピートが長い場合に、より顕著であった。

 ノーザン解析に用いたのと同じ細胞から全タンパク質を回収して、DMPKとCUG-BPについてウェスタン解析を行った。DMPKタンパク質の発現はCTGリピートが長い場合に有意に低下した。CUG-BPを発現させると、さらにDMPKタンパク質の発現が低下した。この場合もCTGリピート数が長い方が顕著に低下した。

 COS-7細胞共発現系で観察されたDMPKのタンパク質レベルでの発現低下が、ポリA長の短縮を介した翻訳効率の低下によるのかを明らかにするために、H-mapping法によりDMPK mRNAのポリA長を調べた。その結果、伸長したCTGリピートもCUG-BPもポリA長には影響を与えないことが明らかになった。

4.酵母three-hybrid系を用いたCUG-BPとRNAとの相互作用の解析

 CUG-BPと様々なRNAとの相互作用を検出するために、私は酵母two-hybrid系を改変した酵母three-hybrid系を用いた。これは2つの融合タンパク質の間を1つの融合RNAが橋渡しすることによりRNAとタンパク質の相互作用を検出できる系である。まず、私はCUGリピートとCUG-BPとの相互作用を検証した。その結果CUG-BPはin vivoにおいてもCUGリピートと特異的に相互作用することが明らかになった。CAGリピートや他の無関係なRNA配列とは相互作用しなかった。今回骨格筋から新たにクローニングした、CUG-BPの選択的スブライシング型であるCUG-BP+LYLQはCUGリピートとは相互作用せず、異なる特異性を持つことが明らかになった。

 私はこの酵母three-hybrid系を用いて、さらにCUG-BPのRNA認識配列特異性を調べた。CUG-BPのホモログとしてショウジョウバエのBrunoタンパク質とアフリカツメガエルのEDEN-BPタンパク質が知られている。Brunoタンパク質が結合するBruno response element(BRE)配列とEDEN-BPタンパク質が結合するembryo deadeny lation element(EDEN)配列は、どちらもUA及びUGの二塩基繰り返し配列に富む配列である。

 CUG-BPとEDEN-BPの高い相同性(88.4%)から、CUG-BPもUA及びUGの二塩基繰り返し配列に富む配列に結合するのではないかと考えた。酵母Three-hybridシステムを用いて相互作用を調べると、CUG-BPおよびCUG-BP+LYLQとUGリピートとの強い相互作用が検出された。CUG-BP+LYLQはUAリピートとの相互作用も検出され、ここでも選択的スプライス型ごとの特異性の違いが見られた。

 CUG-BPはembryonic lethal abnormal visual(ELAV)タイブのRNA結合タンパク質であり、3つの保存されたRNA-binding domain(RBD)を持つ。CUG-BPはN末側に2つC末側に1つRBDを持ち、その間にLinkerと呼ばれるドメインがある。RBD I、RBD II、Linker、およびRBD IIIを欠失させたコンストラクトを作製し、どのドメインがUGリピートとの相互作用に重要であるかを調べた。RBD IまたはRBD IIIを欠失させた場合には、UGリピートへの結合には全く影響が見られなかった。RBD IIを欠失させた場合には結合能が2分の1程度に低下した。意外なことにLinker部分を欠失させた場合に最も著しい結合能の低下が見られた。

まとめ

 CTGトリプレットリピートの異常伸長によって発症するDM発症機構の解析のためには、言うまでもなく長いCTGリピートDNAの獲得が有効である。私は新しく独自に方法を開発し、これまで困難だった100リピート以上の非常に長いCTGリピートDNAの獲得に成功した。このリピートDNAを3’非翻訳領域に組み込んだDMPK cDNAをCOS-7細胞でCUG-BPと共発現させることにより、CUG-BPがDMPKタンパク質の発現を低下させることが明らかになった。一方で、この発現低下はDMPK mRNAのポリA長の短縮を介した翻訳抑制によるものではなかった。さらに、本研究では酵母three-hybrid系を用いて、CUG-BPがin vivoにおいてもCUGリピートと相互作用することを明らかにした。また、CUG-BPがUG二塩基リピートとも相互作用し、その相互作用にはRNA-binding domain II(RBD II)とLinkerドメインが重要であることを明らかにした。

審査要旨

 本論文は、CTCトリプレットリピート伸長と遺伝子発現に関するもので5章よりなる。筋強直性ジストロフィ-(DM)はトリプレットリピート病の一つであり、DMPK遺伝子の3’非翻訳領域にあるCTGリピートの異常伸長により発病する。DM患者ではDMPK mRNA自身や他のCUGリピートを持つmRNAの代謝異常が報告されている。一方で、CUGリピートに結合するRNA結合タンパク質(CUG BP)が同定されて、DM発症への関与が示唆されている。著者はこの点に注目して、CTGリピート伸長と遺伝子発現に関して様々な検討を行った。

 第1章で研究の背景と意義について概説している。第2章では,CTGリピート数が100以上のDMPKクローンを、患者サンプルからクローニングすることが非常に困難であるという事を受けて、長いCTGリピートを人工的に作製するための、著者が新たに確立した方法(Synthesis of Long Iterative Polynucleotide(SLIP)法)について述べている。まず、Non-template PCR法を用いて、(CTG)130リピートを含むプラスミドを作製した。次に、このプラスミドをリピートの両脇の制限酵素サイトで独立に切断し、制限酵素を失活させた後に両者を混合する。熱変性させた後にアニールさせると、両者で相手を交換してアニールするものが現れ、その結果、リピート部分でずれてアニールすることが可能になる.ずれた部分の溝がポリメラーゼによって埋められると、リピートが伸長する。これを大腸菌に形質転換して、プラスミドを回収した結果(CTG)150リピートを含むプラスミドが得られた。得られたプラスミドにSLIP法の操作を繰り返すことにより、(CTG)170、(CTG)190という長いCTGリピートDNAを人工的に合成した。

 第3章では、CUG-BPによるDMPK mRNAの転写後発現制御の解析について述べている。まず,CUG-BPをヒト骨格筋とヒト脳のCDNAライブラリーからクローニングし、スプライシングアイソフォームである、CUG-BP+LYLQとCUC-BP+Aを新規にクローニングした。次に、マウスの脳、心臓骨格筋、肝臓、腎臓、肺、脾臓、目、および精巣の各組織を用いてノーザン解析とウェスタン解析を行い、CUG-BP mRNAが用いた全ての組織で弱く発現していて、CUG-BPタンパク質が肺、脾臓、脳、目、精巣において組織特異的に発現していることを明らかにした。著者はCUG-BPがDMPKの発現に影響を与える可能性を考え、CTGリピート数5の野性型DMPK、または、CTGリピート数130の変異型DMPKをCUG-BPとCOS-7胞で共発現させ、DMPKの発現を調べた。その結果、伸長したCTGリピートとCUC-BPはDMPKのmRNAレベルでの発現には影響を与えず、タンパク質レベルでの発現を減少させることを明らかにした。さらに、DMPKのタンパク質レベルでの発現の減少は、ポリAの長さの短縮による翻訳効率の低下が原因ではないことを明らかにした。

 第4章では、酵母three-hybrid系を用いたCUG-BPとRNAとの相互作用の解析について述べている。まず、酵母three-hybrid系においても、CUG-BPが比較的弱いながらCUGリピートと特異的に結合することを確認し、スプライシングアイソフォームであるCUG-BP+LYLQはCUGリピートと結合しないことを明らかにした。次に、CUG-BPが結合するCUGリピート以外のRNA配列の同定を目指して、様々な配列のRNAとの結合を調べた。その結果、CUG-BPとCUG-BP+LYLQの両方が、UG二塩基リピートに強く結合することを新規に見出した。さらに、CUG-BPの、種を超えて保存された3つのRNA結合ドメインとリンカードメインの、それぞれのドメインの欠失コンストラクトを作製して解析を行った。その結果、UG二塩基リピートとの結合には2番目のRNA結合ドメインとリンカードメインが重要であることを明らかにした。

 第5章では、本研究で得られた結論をもとに、筋強直性ジストロフィーの発症機構に関する総合的な考察が行われ、今後明らかにすべき問題点等が挙げられた。

 以上本論文は、筋強直性ジストロフィーのCTGリピート伸長と遺伝子発現に関して、それまで得ることが困難であった、実験材料を得るための方法を新たに開発し、筋強直性ジストロフィーの分子機構に関する諸問題を適切に解決したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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