本論文は、植物と微生物の相互作用におけるオーキシンの生理学的機能を解明する研究の一環として行ったもので、植物共生菌Azospirillum lipoferum FSおよびBradyrhizobium elkanii USDA94におけるインドール-3-酢酸(IAA)生合成酵素遺伝子のクローニングとその発現制御機構を明らかにすることを目的としたもので、4章よりなる。 第1章では、研究の背景を述べるとともに、微生物におけるオーキシン生合成に関する知見をまとめている。 第2章では、A.lipoferum FSにおけるIAA生合成の鍵酵素であると考えられるインドール-3-ピルビン酸デカルボキシラーゼ(IPDC)の遺伝子のクローニングと、その発現制御機構を解明することを目的とした研究について述べている。A.lipoferum FSにおいて、PCRにより既知のipdc遺伝子と高い相同性をもつ約200bpのDNA断片が得られた。このDNA断片をプローブとして用い、A.lipoferum FSのコスミドライブラリーから一株のポジティブクローンを得た。このクローンからサブクローンを作製し、塩基配列を決定したところ、このクローンはA.lipoferum FSのipdc遺伝子を含んでいることが示された。 次に、ipdc遺伝子の発現制御機構を解明するために、ipdc遺伝子のプロモーター領域を含む5’上流域の解析を行った。その結果、プロモーター領域に存在すると考えられる20bpのインパーティッド・リピート(IRS)を含む配列に結合することのできる2種のタンパク質が存在していることがわかった。2種のタンパク質のうち、一方のAタンパク質はIRSを構成する塩基配列のうち、片側の8塩基およびその周辺の塩基配列を認識しており、また、オーキシン処理によりDNA結合能を消失する、オーキシン依存性DNA結合タンパク質であることが示された。もう一方のBタンパク質は、IRSを構成する塩基配列の全てを認識し、オーキシン非依存性DNA結合タンパク質であることが示された。A.lipoferum FSのipdc遺伝子の転写はオーキシンによりupregulateされることが示唆されており、A、Bのタンパク質がオーキシンによるipdc遺伝子の転写制御に直接、間接に関わっているものと考えられる。従って本研究は、IAA生合成酵素遺伝子の発現を制御するタンパク質の存在を明らかにした初めての例だと言える。 また、植物においてIAA誘導性遺伝子の上流、もしくは下流に存在するauxin responsive elementと呼ばれる6塩基(TGTCNC)の配列と、本研究で明らかになったDNA結合タンパク質の結合領域の配列(TGTTTC)が類似していることから、オーキシンによる遺伝子発現において、植物・微生物で共通の制御メカニズムが機能している可能性がある。今後、A.lipoferum FSにおいてIAA生合成の制御に関係すると思われる2種のタンパク質について解析を進めることは、これまでほとんど未解明のオーキシン生合成の制御機構およびオーキシン誘導性遺伝子の発現制御機構の解明のために極めて重要な知見が得られるものと考えられる。 第3章では、根粒菌B.elkanii USDA94のIAA生合成に関わる遺伝子のクローニングを目的として、Tn5挿入によるIAA生産変異株の取得を試みた。その結果、約3,500株のTn5挿入変異株から、IAA発色試薬であるサルコフスキー試薬を用いたスクリーニングにより、IAAの生産量が野生株の2.2〜13.6%であるIAA低生産株を11株得ることができた。休止菌体反応による一連のインドール-3-ピルビン酸経路中間体のIAAへの変換実験から、得られたIAA低生産株は全てIPDCによって触媒される段階が阻害されていることが示され、IPDCがB.elkanii USDA94のIAA生合成における鍵酵素であることが示唆された。Tn5による変異遺伝子の中に、既知のipdc遺伝子と相同性を示すものは存在していなかったが、本研究で取得されたIAA低生産株は、根粒菌によって生産されるIAAが根粒形成にどのような役割を果たしているかを解明するための有用なtoolとなるものと期待される。 第4章では、本研究で得られた結果のまとめとその意義についての総括および今後の展望が述べられている。 以上、本論文は植物共生菌におけるIAA生合成の制御機構と植物・微生物相互作用におけるIAAの役割を解明するための足掛かりとなる重要な知見を提供するもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |