カゼイン遺伝子の発現調節には、カゼイン遺伝子の転写と転写後のカゼインmRNAの安定化という2つの機構が存在する。しかしカゼイン遺伝子の転写調節における知見に比べると、転写後の調節についての知見は少ない。遺伝子の発現量は転写と転写後の2つの調節によって決定される点からみても、転写後の調節について多くの知見を得ることは重要である。よって本研究では、カゼイン遺伝子発現の転写後の調節において、カゼインmRNAの安定性に関わっているmRNAの構造を探索し、その構造とmRNAの安定性との関係を明らかにすることを目的とした。 カゼインmRNAの安定性と構造の関係を調べるため、以下のことが報告されている強制離乳の系を使用した。泌乳中のマウスから子供を離す(離乳0時間)と、24時間の間に急激にカゼインmRNA量が減少する。また24時間離乳した後、子供を母親に戻す(再哺乳0時間)と、再哺乳12時間までに急激にカゼインmRNA量が増加する。この急激な変化に着目し、離乳した乳腺と再哺乳した乳腺のカゼインmRNAの長さを、ノーザンブロット分析を用いて比較した。その結果、離乳12時間から離乳0時間に比べて、短いカゼインmRNAが検出された。また、再哺乳6時間以降から長さの回復が起こった。この長さの違いがmRNAのどの領域に存在するのか調べた結果、poly(A)tailに違いがあった。そして-カゼインmRNAのpoly(A)tailの変化は、24時間の離乳により約90から30塩基まで減少し、12時間の再哺乳によって約150塩基まで回復した。-カゼインも同じような変化を示した。ハウスキーピング遺伝子のG3PDH mRNAのpoly(A)tailは常に一定の長さであった。poly(A)tailはmRNAの安定性に関係があるので、poly(A)tailの長さの違いがカゼインmRNAの安定性に与える影響を、半減期(t1/2)の点から比較した。t1/2を調べるため、無細胞系でmRNAの翻訳に使用されるウサギ網状赤血球のライセート(RRL)を用いた。-カゼインmRNAのt1/2は、24時間の離乳により約120分から70分まで減少し、12時間の再哺乳によって約140分まで増加した。-カゼインも同じような変化を示した。G3PDH mRNAのt1/2は変わらなかった。また、mRNAのキャップ構造を除去してもt1/2は変わらなかった。これらの結果から、poly(A)tailの長さの変化が安定性に関係していることが示された。さらにオートラジオグラフィーに分解産物が検出された。この分解産物は短いpoly(A)tailを持つカゼインmRNAに多く観察された。これは、長いpoly(A)tailがエンドヌクレアーゼによる分解からmRNAを効果的に守っている可能性を示している。 次に、泌乳時期の違いによるpoly(A)tailの長さと安定性、そして再哺乳の影響、さらに泌乳末期の乳腺とpoly(A)tailの関係を調べた。poly(A)tailの長さは妊娠後期から泌乳初期にかけて長くなり、泌乳末期に減少した。-、-カゼインのpoly(A)tailの長さは泌乳中有意に変化した。また、両方のカゼインとも再哺乳によるpoly(A)tailの回復は、離乳24時間と比較し有意に増加したが、泌乳が進行するにつれて回復力は弱くなった。泌乳末期にpoly(A)tailが短くなる原因を調べるため、3または8日齢の子供を泌乳18日のマウスに付け1週間泌乳を延長したが、poly(A)tailの長さは変化しなかった。この結果から、泌乳末期のpoly(A)の減少は吸乳刺激の減少ではなく乳腺の活性の減少が原因であることが示された。各時期のカゼインmRNAの安定性もRRLを使用して調べた結果、どちらのカゼインのt1/2も妊娠後期から泌乳初期にかけて有意に増加し、泌乳末期に減少した。さらに器官培養を用いてt1/2を調べた結果、泌乳18日のカゼインmRNAは泌乳8日のものに比べて有意に減少した。これらの結果から、poly(A)tailとt1/2は妊娠後期から泌乳末期まで同じような変化を示した。さらに泌乳末期でpoly(A)tailが短くなるのは、乳腺の活性の減少が影響していると思われる。 以上を要約すると、カゼインmRNAはpoly(A)tailの長さを利用して、自身の安定性を調節していることを発見した。そしてpoly(A)tailは泌乳曲線を決定する一つの因子であるという新しい知見をもたらした。またpoly(A)tailの長さをコントロール出来れば、泌乳量の増加が予想され、応用面でも期待できるものである。口頭試問も適切であり、よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |