学位論文要旨



No 115313
著者(漢字) 齋藤,紀子
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ノリコ
標題(和) マウスにおける自己免疫性糖尿病関連分子IA-2の発現および局在
標題(洋) Expression and localization of IA-2 associated with autoimmune diabetes in mice
報告番号 115313
報告番号 甲15313
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2158号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨

 IA-2は膵島に存在する自己抗原として、1994年分離された蛋白である。979アミノ酸からなり、細胞内にプロテインチロシンフォスファターゼ様ドメインを有する、膜貫通型蛋白である。ヒトインスリン依存型糖尿病(IDDM)において、主要な自己抗原として、発症前よりそれに対する抗体が患者血清の50%以上に見い出され、その存在は糖尿病発症の予知マーカーとなっている。ヒトとマウスでIA-2の細胞内領域のアミノ酸配列は97.1%、細胞外領域では80.6%一致している。ヒトの糖尿病疾患モデル(NOD)マウスにおいて、糖尿病発症に伴いIA-2に対する抗体の存在が報告され、IA-2はマウスにおいても自己抗原の一つと考えられる。しかし、生理的機能等いまだ不明の点が多い。よって、本研究では、正常マウス膵臓においてIA-2 mRNAの発現とその局在および蛋白の局在を明らかにし、またNODマウスにおいて、IA-2 mRNAの発現分布の変化を単核球浸潤による影響として捉え、さらに、マクロファージ活性化物質として、細菌構成成分投与により、IA-2 mRNAの発現量を検討する目的で以下の研究を行なった。

 第一章 正常マウスにおける膵臓でのIA-2 mRNAの発現および局在を明らかにするため、下記の検討を行なった。1、4、8週齢オスBALB/cマウスの膵臓を用い、RT-PCRにより細胞外領域をコードする特異的プライマーを用い、467塩基からなるDNAを増幅し、半定量解析を行なった。その結果、1、4、8週齢と週齢が増すにつれ、IA-2 mRNAの発現が高まることがわかった。よって、8週齢オスBALB/cマウスを用い、in situ hybridization(ISH)による局在解析を行なった。PCRにより増幅した467塩基からなるDNAから、digoxygenin標識sense鎖およびantisense鎖RNAを作製し、これをprobeとした。その結果、8週令マウスの検索した全てのマウスにおいて膵臓外分泌部に散在して存在する内分泌部すなわち膵島にIA-2 mRNAの発現が認められた。この細胞を同定するため、第一にIA-2 mRNA検索のためのISHと抗インスリン抗体を用いた免疫細胞化学を同一切片上で施行した。この結果、膵島内のほとんどの細胞がISHと免疫細胞化学により二重に反応する細胞であった。このことからIA-2 mRNA発現が認められた細胞はB細胞を含む細胞群であることが分かった。しかし一部ISHのみ反応する細胞もみられた。この細胞を同定するため、抗グルカゴン、および抗ソマトスタチン抗体使用の免疫細胞化学のみを施行した。この結果、これら抗体に反応する細胞は、ISHのみ反応する細胞と、ほぼ同一部位の細胞であった。このことから、IA-2 mRNA発現細胞はA細胞、D細胞も含むことが分かった。IA-2分子もほぼ同様な局在を示した。以上の結果より正常なオスBALB/cマウス膵臓において、IA-2 mRNA発現は少なくとも8週齢までは週齢とともにその発現が高まり恒常的に発現していることが分かった。また局在解析からIA-2は膵島内の細胞に共通な働きを有する可能性が示唆された。

 第二章 IDDMにおいては、単核球浸潤による膵島炎の発症は必須と言われている。この炎症部位で、まず、IA-2の恒常的発現が失われていることが予想される。またこの引き金になる要因に、IA-2が過剰発現し、自己抗原として標的になっていることが疑われる。よって、ヒトのIDDMモデルであるNODマウスのメスを用い、IA-2 mRNAの発現を検討した。対照には、NODと遺伝的背景を同じくする、ICRマウスを用いた。NODマウスのメス4週齢ではヘマトキシリンおよびエオシン(HE)染色による組織像では明らかな単核球浸潤は見い出していなかった。4週齢NODマウスメスにてIA-2 mRNAの発現量を、半定量RT-PCRにより検討した。この結果、4週齢NODマウスメスにおけるIA-2 mRNAの発現は同週齢ICRメスに比し、高いものであった。このことは、自己抗原としてより標的となる可能性が考えられる。局在解析では、4週齢NODマウスメスのIA-2 mRNAは膵島細胞に発現していた。6週齢NODマウスのメスにおいて、単核球浸潤の程度は高いものではなかったが、ほとんどの膵島は単核球浸潤を示していた。6週齢NODマウスのIA-2 mRNAは膵島細胞に発現していたが、膵島細胞のIA-2 mRNAの発現の高さは同一膵島内で差があり単核球浸潤を示した膵島部分ではその発現の高さは低いものであった。8週齢マウスにおいて、HE染色像により、単核球浸潤の程度は高く、その多くが膵島のほぼ半分に達する領域に単核球浸潤を示した。この膵島では、IA-2 mRNAの発現は膵島の辺縁細胞のみ発現していた。14週齢マウスにおいて、さらに単核球浸潤の程度が進み、膵島が破壊され、残された細胞に、一様に分布するIA-2 mRNAの発現を見い出した。免疫細胞化学の結果、これら細胞は抗ソマトスタチン抗体に反応するD細胞であった。以上のことから、単核球浸潤の早期よりIA-2 mRNAの発現は影響を受け、単核球浸潤の程度によって分布および発現量が大きく影響されることがわかった。また、NODマウス14週齢膵島では、残されたのはD細胞であり、しかもIA-2 mRNAは発現していたことから、IA-2が他の膵島内自己抗原に優る標的となって細胞が破壊されているというよりは、むしろ、B細胞あるいはA細胞に特徴的な他の自己抗原が優位な標的となって破壊されるかあるいはこれら細胞の障害感受性の高さの違いによって破壊されやすさが異なっている可能性が考えられる。すなわち、NODマウスにおいてIA-2は膵島内細胞において、優位に標的となる自己抗原ではないことが示唆された。

 第三章 NODマウスにおいて、膵島炎発症部位に単球、マクロファージおよびリンパ球の浸潤が証明されているが、第二章の結果から、マクロファージおよびリンパ球の浸潤の早期に膵島のIA-2 mRNAの発現は変化を受けていたことから、単球、マクロファージの浸潤の影響により、IA-2 mRNA発現が変化することが予想される。そこで本章では、単球、マクロファージ活性化物質である、lipopolysaccharide(LPS)を用い、IA-2 mRNA発現への影響を検討し、また同時に免疫調整薬として報告のある、胸腺ホルモン合成物質のsynthetic serum thymic factor(FTS)を使用し、この効果を検討した。BALB/cオスマウス10週齢にLPS10g/頭を投与し(LPS投与群)、IA-2 mRNA発現への影響をみた。また同時にFTSをLPS投与24時間前および直前に50g/頭投与(LPS+FTS投与群)し、IA-2 mRNA発現へ及ぼす作用を検討した。対照は生理食塩水投与マウスを用いた。この結果、RT-PCRによるIA-2 mRNA発現は、LPS投与後3時間において、LPS投与群、LPS+FTS投与群とも対照群に比し、やや低いものであった。一方、LPS投与後12時間におけるIA-2 mRNA発現は、対照群に比し、LPS投与群では顕著に発現が低かった。LPS+FTS投与群では対照群とほぼ同様な発現を示した。LPS投与後3時間においてはIA-2 mRNA発現への影響は少なく、LPS投与後12時間において、LPS投与群では顕著に発現が低くなっていることがら、LPS投与によりなんらかの因子の産生が生じ、IA-2 mRNA発現に影響を及ぼしていると考えられた。よって、脾臓において、LPS投与3時間の半定量RT-PCRによるサイトカインのmRNAの発現量を、それぞれの群で比較検討した。この結果、LPS投与群、LPS+FTS投与群ともにTNF、IFN、IL-1のmRNA発現が見られた。IL-6 mRNAにおいてはLPS投与群では低い発現量を示し、LPS+FTS投与群ではLPS投与群に比し、明らかに高い発現量を示した。IL-6の機能の一つに、アポトーシス抑制をもたらすとの報告がある。膵臓におけるBcl-2 mRNAの発現をRT-PCRにより検討した。この結果、LPS投与群では、Bcl-2 mRNAの発現はみられなかったが、一方、LPS+FTS投与群ではBcl-2 mRNAの発現が認められた。TNF、IFN、IL-1産生によるなんらかの機序によりIA-2 mRNA発現の低下がもたらされ、FTSの作用は一部、IL-6産生の増強によりIA-2 mRNA発現の回復あるいは、発現を維持していることが示唆され、さらにBcl-2の作用により膵島のアポトーシス抑制にも関与している可能性が示唆された。

 本研究ではマウス膵臓におけるIA-2 mRNAの局在を明らかにした。さらにヒトの糖尿病モデルマウスであるNODマウスでの単核球浸潤に伴い膵島内細胞のIA-2 mRNA発現の分布の変化を明らかにし、NODマウスにおいてIA-2は優位に標的となる自己抗原ではないことの示唆を得た。また、LPS投与の実験から、細菌感染により容易にIA-2 mRNAの発現抑制が生じることを明らかにし、これは単球、マクロファージから産生されるサイトカインの影響によることが示唆された。さらにLPSによるIA-2 mRNAの発現抑制はFTS前投与により阻止されることを明らかにした。これはIL-6を通してIA-2 mRNAの発現抑制を阻止する可能性が考えられた。

 本研究の成果はIA-2の生理機能解明の礎となるばかりでなく、IDDMの病態解明に役立つと思われる。

審査要旨

 IA-2はヒトインスリン依存型糖尿病(IDDM)において、主要な自己抗原として認識されている。ヒトの糖尿病疾患モデル(NOD)マウスにおいても抗体の存在が報告され、マウスにおいても自己抗原の一つと考えられる。ヒトおよびマウスにおけるノザンブロット解析で、脳、膵臓に発現が認められている。しかし、生理的機能等いまだ不明の点が多い。よって、本研究では、正常マウス膵臓においてIA-2 mRNAの発現とその局在および蛋白の局在を明らかにし、またNODマウスにおいて、IA-2は自己抗原としてより標的となるかIA-2 mRNAの発現にて検討し、さらに、マクロファージ活性化物質のlipopolysaccharide(LPS)を投与することより、IA-2 mRNA発現への影響を検討するため以下の研究を行なった。

 第一章 IA-2 mRNAの膵臓での発現および局在を明らかにするため、雄BALB/cマウスにて検討した。その結果、1、4、8週齢と週齢が増すにつれ、IA-2 mRNAの発現が高まることがわかった。Digoxigenin標識RNAprobeを用いたin situ hybridization(ISH)による局在解析から、8週齢マウスの検索した全てのマウスにおいて膵臓外分泌部に散在して存在する内分泌部すなわち膵島にIA-2 mRNAの発現が認められた。これら細胞は免疫組織化学にて、細胞と同定された。IA-2分子もほぼ同様な局在を示した。以上の結果より正常なオスBALB/cマウス膵臓において、IA-2 mRNA発現は少なくとも8週齢までは週齢とともにその発現が高まり、IA-2は膵島細胞に恒常的に発現していることが明らかとなった。

 第二章 NODマウスの雌を用い、IA-2が自己抗原としてより標的となる可能性を、IA-2 mRNAの発現量および分布にて検討した。対照には、ICRマウス雌を用いた。組織像から明らかな単核球浸潤を示していない4週齢NODマウスにてIA-2 mRNAの発現量を、RT-PCRにより検討した。この結果、NODマウスにおけるIA-2 mRNAの発現は同週齢ICRに比し、高いものであった。局在解析では、4週齢NODマウスのIA-2 mRNAは膵島細胞に均一に発現していた。6週齢では、ほとんどの膵島は単核球浸潤を示しており、これら膵島では、IA-2 mRNA発現の高さは同一膵島内で差があり単核球浸潤を示した膵島部分ではその発現の高さは低いものであった。8週齢マウスにおいて、その多くが膵島のほぼ半分に達する領域に単核球浸潤を示した。この膵島では、IA-2 mRNAの発現は膵島の辺縁細胞のみ発現していた。14週齢マウスにおいて、さらに単核球浸潤の程度が進み、膵島が破壊され、残された細胞に、一様に分布するIA-2 mRNAの発現を見い出した。免疫組織化学の結果、これら細胞は細胞と確認した。以上のことから、NODマウスにおいて、単核球浸潤の早期よりIA-2 mRNAの発現は影響を受け、単核球浸潤の程度によって分布および発現量が大きく影響された。また、NODマウス14週齢膵島では、残されたのは細胞であり、しかもIA-2 mRNAは発現していたことから、4週齢でのIA-2 mRNA発現の結果からより自己抗原として標的となる可能性が考えられたものの、IA-2が他の膵島内自己抗原に優る標的となる自己抗原ではないことが示唆された。

 第三章 LPS投与にてIA-2 mRNA発現を検討し、また同時に免疫調整薬である、胸腺ホルモン合成物質のsynthetic serum thymic factor(FTS)を使用し、この効果を検討した。BALB/c雄マウス10週齢にLPS10g/頭を投与(LPS群)、FTSをLPS投与24時間前および直前に50g/頭投与(LPS+FTS群)の両群にて、IA-2 mRNA発現を検討した。対照は生理食塩水投与マウスを用いた。この結果、RT-PCRによる膵臓でのIA-2 mRNA発現は、LPS投与後12時間にて、LPS群では顕著に低いものであった。LPS+FTS群では対照群とほぼ同様な発現を示した。これは、脾臓において、LPS投与3時間のRT-PCR解析で、LPS投与群、LPS+FTS群ともにTNF、IFN、IL-1のmRNA発現が見られたこと、IL-6 mRNA発現がLPS+FTS群のみにて認められたことから、TNF、IFN、IL-1が膵島細胞に作用することによりIA-2 mRNA発現の低下をもたらし、IL-6がその回復あるいは、発現の維持に寄与していると考えられた。

 本研究の成果はIA-2の生理機能解明の礎となるばかりでなく、IDDMの病態解明に役立つと思われ、従って審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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