DNAのメチル化は、遺伝子発現の抑制、ゲノミックインプリンティング、X染色体の不活化、およびクロマチン構造の変化、等の制御に中心的役割を果たすものとして注目されている。本研究は、ゲノムDNAメチル化パターンの継承・維持に重要な、DNAメチル基転移酵素1(Dnmt1)の機能を制御する分子機構について解析したものである。本論文は、4章から構成され、要約すると以下のようになる。 第一章では、ラットDnmt1 cDNAのクローニングとその発現機構の解析が行われた。ヒト、マウスDnmt1に保存されている配列を基に、ラット脳(および胎盤)cDNAライブラリーから完全長のラットDnmt1 cDNAを単離した。ラットDnmt1は1,622アミノ酸よりなり、ヒト、マウスのDnmt1とそれぞれ、64.2%、および88.3%の相同性を示した。得られたcDNAクローンと、それをもとに作成した特異抗体を用い、ラット繊維芽細胞(NRK細胞)と、ラット胎盤繊毛ガン細胞由来のRcho-1細胞におけるDnmt1の発現を解析した。Rcho-1細胞は、培養条件の変化により分化を誘導することが出来る。血清飢餓により増殖を停止させたNRK細胞では、Dnmt1 mRNAおよびタンパク共に発現量の著しい低下が見られたのに対し、分化を誘導したRcho-1細胞では、mRNA量に変化が無いにも拘わらずタンパク量の減少が起こることが判明した.この結果は、Dnmt1の発現は、転写レベルでの制御以外に、転写後の制御も受けていることを明らかにした。 第二章では、培養細胞での一過的発現系を用いて、Dnmt1の細胞内局在制御機構の解析が行われた。維持DNAメチル基転移酵素活性の発現のためには、Dnmt1はS期の核のDNA複製部位に存在する必要があると考えられる。Dnmt1には、典型的な双極型核局在シグナル(NLS)や複製領域集積配列(RFTS)が存在する。種々のDnmt1欠損変異体の細胞内局在の解析により、NLSやRFTS以外にも、80-158アミノ酸ドメインが核内局在を制御している新規ドメインであることを発見し、このドメインをNuclear Localization Domain(NLD)と名付けた。 第三章では、Dnmt1とメチルシトシン結合タンパク(MeCP2)の結合の可能性を検討した。Dnmt1がメチル化パターンを娘鎖DNAに伝えるためには、親鎖DNAのメチル基を認識する機構が存在するはずである。しかし、その一次構造の中には、従来報告されているようなメチル化認識モチーフは見られず、メチル化認識タンパクとの結合を介して親鎖のメチル化DNAを認識している可能性が考えられた。Mycタグ融合Dnmt1とFLAGタグ融合MeCP2を293T細胞で共発現させ、それぞれのタグに対する抗体を用いた免疫沈降実験を行ったところ、Dnmt1はMeCP2と共に沈殿されることがわかった。さらに、欠損変異体Dnmt1を用いることで、Dnmt1のMeCP2との結合部位はRFTSのN末端側に存在することが判明した。これらの結果から、複製領域近傍でDnmt1とMeCP2を含む複合体が、DNA複製時のDNAメチル化パターンを娘鎖DNAに継承・維持するための中心的分子として機能している可能性が示唆された。 第四章では、リン酸化によるDnmt1の機能制御の可能性が検討された。NRK細胞を[32P]正リン酸で標識し、免疫沈降とリン酸化アミノ酸分析によって解析した結果、第二章で発見されたNLDを含む領域にあるセリン(Ser)がリン酸化されることを見いだした。さらに、NLD領域内にあり、かつ、ラット、マウス、およびヒトDnmt1に保存されているSerをAlaに置換した点変異体Dnmt1を用い、同様にリン酸標識実験で解析した結果、Ser125およびSer128のリン酸化がタンパクの安定性に重要であることが判明した。NLDがCdk2によってリン酸化されること、また、未知のkinaseがNLDに結合することも明らかにし、Dnmt1のリン酸化が、細胞内での細胞周期依存的安定性に重要な機能を果たしている可能性を示した。 以上、本論文では、Dnmt1の機能発現制御に転写後の制御機構が存在することを明らかにした。また、Dnmt1に新規の核局在制御ドメイン(NLD)およびMeCP2結合部位が存在することを証明した。さらに、NLD内のリン酸化がDnmt1タンパクの安定性を細胞周期依存的に制御する可能性を示唆した。これらの発見は、獣医学におけるゲノム研究領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |