学位論文要旨



No 115321
著者(漢字) 木村,博道
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ヒロミチ
標題(和) DNAメチル基転移酵素の機能制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 115321
報告番号 甲15321
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2166号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 田中,智
内容要旨 -はじめに-

 脊椎動物のゲノムDNAに存在するシトシン-グアニン(CpG)配列のシトシンはメチル化修飾mCpGを受ける(DNAメチル化)。DNAメチル化は遺伝子発現の抑制、ゲノミックインプリンティング、X-染色体の不活化、クロマチン構造の変化の中心的機構として注目されている。DNAメチル化の異常がガン化や発生異常といった個体生存の危機へと発展することも知られている。DNAメチル基転移酵素1(Dnmt1)は親鎖DNAと同等なゲノムDNAのメチル化パターンを娘鎖DNAに継承・維持するのに中心的役割を果たす分子である。細胞増殖が盛んな細胞では、Dnmt1は主に核内に存在し、G1後期から発現量が上昇をはじめ、S期に活性も上昇することから、DNA複製時にメチル基を転移すると考えられている。一方、中枢神経系をはじめとするDNA合成を行わない細胞にも存在することが知られている。本論文は、Dnmt1の機能を制御する分子機構について解析した、第一章 Dnmt1cDNAのクローニングと発現機構、第二章 Dnmt1の核移行および核局在ドメイン、第三章 Dnmt1とメチルシトシン結合タンパク(MeCP2)の結合、第四章 Dnmt1のリン酸化による機能制御、の4章からなる。

-第一章-Dnmt1cDNAのクローニングと発現機構

 ラット脳cDNAライブラリーからplaque hybridizationによってスクリーニングし、完全長のDnmt1 cDNAを単離した。ラットDnmt1は1,622アミノ酸よりなり、ヒト、マウスのDnmt1とそれぞれ、64.2%、および88.3%の相同性を示した。N末端より増殖細胞核抗原(PCNA)結合モチーフ、双極型核局在シグナル(NLS)、複製領域集積配列(RFTS)、Zn結合モチーフ、Polybromo-1 homologous domain(PBHD)、酵素触媒ドメインを有していた。Dnmt1の発現と細胞の増殖・分化の関係を、正常二倍体細胞(NRK細胞)と胎盤栄養膜巨細胞へと誘導可能な細胞株Rcho-1細胞を用いて調べた。Rcho-1細胞は分化開始後もDNA合成を継続し、最終分化したRcho-1細胞は正常細胞の約50倍以上のゲノムDNAを持つ。NRK細胞では血清除去により細胞増殖を停止させた場合、Dnmt1量は著しく低下し、転写活性が休止期に低下する先の報告と一致した結果を得た。ところが、Rcho-1細胞では、分化誘導開始4日目にもDnmt1は増殖時と変わらず豊富に存在していることが明らかになった。このとき、Dnmt1 mRNA量も分化誘導前と変わらず、Rcho-1細胞においても酵素量が転写により調整されていることが明らかになった。ところが、分化誘導開始後8日目には、Dnmt1 mRNA量が維持されているにもかかわらず、酵素タンパク量は大きく低下していることが判明し、転写後の調節機構が分化細胞で重要な調節点であることがわかった。したがって、細胞内のDnmt1量は、少なくとも転写段階と転写後の2段階の制御を受けていることになる。

-第二章-Dnmt1の核移行および核局在ドメイン

 維持DNAメチル基転移活性の発現のためには、Dnmt1はS期にDNA複製部位に存在しなけらばならない。Dnmt1には、上記のように典型的なNLSやRFTS配列が存在する。本章では様々なDnmt1欠損変異体を細胞内で一過的に発現させることで、Dnmt1の核局在を中心に解析した。C末端からの連続欠損変異体はRFTSを欠損すると核内に局在はするが複製部位への局在が見られなくなる。また、NLS欠損変異体では核への局在はなくなり、細胞全体に拡散した像が見られた。したがって、NLSやRFTSは配列から予想されるとおり機能していると考えてよい。しかし、N末端からの欠損変異体では、NLSを含む場合でも、170アミノ酸を欠くと細胞質に強く存在することが明らかになり、NLS以外に核移行に不可欠な領域がN末端側に存在することが明らかになった。興味深いことに、NLSのみ欠損した変異体では、核移行およびDNA複製部位への局在が認められた。Dnmt1のN末端(1-170アミノ酸)にはNLS以外に核移行の情報が備わっており、RFTSと共同してDNA複製部位に滞在することが可能になるのである。NLSを含まないDnmt1断片(80-158アミノ酸)-GFP融合蛋白質(GFP-Dnmt1)を用いた実験より、Dnmt1は分子内の80-158アミノ酸ドメイン(Nuclear Localization Domain,NLD)も使って核内局在を制御していることが明らかになった。

-第三章-Dnmt1メチルシトシン結合タンパク(MeCP2)の結合

 Dnmt1がメチル化パターンを娘鎖DNAに伝えるためには、親鎖DNAのメチル基を認識する機構が存在するはずであるが、一次構造の中には、従来報告されているメチル化認識タンパクの有するモチーフは見られない。Dnmt1はメチル化認識タンパクとの結合を介して親鎖のメチル化DNAを認識している可能性が考えられる。メチル結合タンパク2(MeCP2)はmCpGに結合することができる代表的分子である。そこでMycタグ融合野生型およびC末端からの連続欠損変異体Dnmt1とFLAGタグ融合MeCP2を293T細胞で共発現させ、タグ抗体を用いた免疫沈降実験からin vivoで結合するか否かを調べた。その結果、野生型Dnmt1はMeCP2と共に沈殿されることがわかった。しかも、RFTSモチーフを含む欠損変異体Dnmt1とはMeCP2は結合するが、同モチーフを欠く変異体では全く結合しないことも明らかになった。さらに、Dnmt1のMeCP2との結合部位(MeCP2結合部位、MPBS)はRFTSのN末端側に存在することもわかった。その場合、RFTSのC末端側は別のDNA複製関連タンパクと反応していることになる。以上より、Dnmt1分子内にMeCP2結合部位が存在していることを証明した。複製領域近傍でMeCP2と結合することは、DNA複製時のDNAメチル化パターンを娘鎖DNAに継承・維持するための中心的機構であるに違いない。

-第四章-Dnmt1のリン酸化による機能制御

 多くの核タンパクで見られるように、Dnmt1もリン酸化による制御を受けている可能性は十分に考えられる。本章ではNRK細胞を用いてin vivo[32P]正リン酸で標識し、免疫沈降とリン酸化アミノ酸分析によって解析した。その結果、Dnmt1のSerがリン酸化されることを見いだした。連続欠損変異体Dnmt1を用いた実験で、C末端から1,421アミノ酸を除去しても強いリン酸化シグナルが見られ、逆に、N末端から153アミノ酸を除いた場合にはリン酸化シグナルは著しく低下した。すなわち、NLDを含む領域にリン酸化部位が存在することになる。そこで、NLD内で哺乳類で保存されているSerをAlaに置換した点変異体Dnmt1を293T細胞で発現させ、同様にリン酸標識実験で解析した結果、Ser125およびSer128のリン酸化が安定性に重要であることが明らかになった。さらに、in vitro Kinase AssayによってNLDはCdk2によってリン酸化されること、GST-NLD融合タンパクを使ったGST-Pull Down Kinase Assayによって未知のkinaseが結合することも明らかになった。したがって、これらのSerのリン酸化はDnmt1の細胞内での細胞周期依存的安定性に重要な機能を果たしていることがわかった。

-まとめ-

 細胞内におけるDnmt1の濃度変化は調節機構の第一段階として重要である。本論文では、まず、ラットよりDnmt1 cDNAを単離し一次構造の解析を通して機能ドメインを推定した。あわせてDNA合成とDnmt1転写の関係を明らかにし、従来知られていた転写段階の調節に加えて、転写後の調節機構が存在することも示した。Dnmt1の機能調節の第二段階として細胞内での局在の制御が考えられる。Dnmt1分子には、核内移行に必須のドメインとDNA複製部位に集積するドメインがそれぞれ存在することを明らかした。第三段階として、Dnmt1は親鎖DNAのメチル化を認識して娘鎖DNAに伝承しなければならない。Dnmt1がMeCP2と結合するこの発見は、この機構を見事に説明してくれる。すなわち、MeCP2はDNA複製時に親鎖DNAのメチル化部位にDnmt1をリクルートできることになる。これらのDnmt1機能の多段階制御はリン酸化により調節されている可能性が示された。Ser125およびSer128がリン酸化されることと、同領域のリン酸化がDnmt1の分解の制御に関与していることも明らかになった。

審査要旨

 DNAのメチル化は、遺伝子発現の抑制、ゲノミックインプリンティング、X染色体の不活化、およびクロマチン構造の変化、等の制御に中心的役割を果たすものとして注目されている。本研究は、ゲノムDNAメチル化パターンの継承・維持に重要な、DNAメチル基転移酵素1(Dnmt1)の機能を制御する分子機構について解析したものである。本論文は、4章から構成され、要約すると以下のようになる。

 第一章では、ラットDnmt1 cDNAのクローニングとその発現機構の解析が行われた。ヒト、マウスDnmt1に保存されている配列を基に、ラット脳(および胎盤)cDNAライブラリーから完全長のラットDnmt1 cDNAを単離した。ラットDnmt1は1,622アミノ酸よりなり、ヒト、マウスのDnmt1とそれぞれ、64.2%、および88.3%の相同性を示した。得られたcDNAクローンと、それをもとに作成した特異抗体を用い、ラット繊維芽細胞(NRK細胞)と、ラット胎盤繊毛ガン細胞由来のRcho-1細胞におけるDnmt1の発現を解析した。Rcho-1細胞は、培養条件の変化により分化を誘導することが出来る。血清飢餓により増殖を停止させたNRK細胞では、Dnmt1 mRNAおよびタンパク共に発現量の著しい低下が見られたのに対し、分化を誘導したRcho-1細胞では、mRNA量に変化が無いにも拘わらずタンパク量の減少が起こることが判明した.この結果は、Dnmt1の発現は、転写レベルでの制御以外に、転写後の制御も受けていることを明らかにした。

 第二章では、培養細胞での一過的発現系を用いて、Dnmt1の細胞内局在制御機構の解析が行われた。維持DNAメチル基転移酵素活性の発現のためには、Dnmt1はS期の核のDNA複製部位に存在する必要があると考えられる。Dnmt1には、典型的な双極型核局在シグナル(NLS)や複製領域集積配列(RFTS)が存在する。種々のDnmt1欠損変異体の細胞内局在の解析により、NLSやRFTS以外にも、80-158アミノ酸ドメインが核内局在を制御している新規ドメインであることを発見し、このドメインをNuclear Localization Domain(NLD)と名付けた。

 第三章では、Dnmt1とメチルシトシン結合タンパク(MeCP2)の結合の可能性を検討した。Dnmt1がメチル化パターンを娘鎖DNAに伝えるためには、親鎖DNAのメチル基を認識する機構が存在するはずである。しかし、その一次構造の中には、従来報告されているようなメチル化認識モチーフは見られず、メチル化認識タンパクとの結合を介して親鎖のメチル化DNAを認識している可能性が考えられた。Mycタグ融合Dnmt1とFLAGタグ融合MeCP2を293T細胞で共発現させ、それぞれのタグに対する抗体を用いた免疫沈降実験を行ったところ、Dnmt1はMeCP2と共に沈殿されることがわかった。さらに、欠損変異体Dnmt1を用いることで、Dnmt1のMeCP2との結合部位はRFTSのN末端側に存在することが判明した。これらの結果から、複製領域近傍でDnmt1とMeCP2を含む複合体が、DNA複製時のDNAメチル化パターンを娘鎖DNAに継承・維持するための中心的分子として機能している可能性が示唆された。

 第四章では、リン酸化によるDnmt1の機能制御の可能性が検討された。NRK細胞を[32P]正リン酸で標識し、免疫沈降とリン酸化アミノ酸分析によって解析した結果、第二章で発見されたNLDを含む領域にあるセリン(Ser)がリン酸化されることを見いだした。さらに、NLD領域内にあり、かつ、ラット、マウス、およびヒトDnmt1に保存されているSerをAlaに置換した点変異体Dnmt1を用い、同様にリン酸標識実験で解析した結果、Ser125およびSer128のリン酸化がタンパクの安定性に重要であることが判明した。NLDがCdk2によってリン酸化されること、また、未知のkinaseがNLDに結合することも明らかにし、Dnmt1のリン酸化が、細胞内での細胞周期依存的安定性に重要な機能を果たしている可能性を示した。

 以上、本論文では、Dnmt1の機能発現制御に転写後の制御機構が存在することを明らかにした。また、Dnmt1に新規の核局在制御ドメイン(NLD)およびMeCP2結合部位が存在することを証明した。さらに、NLD内のリン酸化がDnmt1タンパクの安定性を細胞周期依存的に制御する可能性を示唆した。これらの発見は、獣医学におけるゲノム研究領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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