No | 115329 | |
著者(漢字) | 久末,正晴 | |
著者(英字) | Hisasue,Masaharu | |
著者(カナ) | ヒサスエ,マサハル | |
標題(和) | 猫における骨髄異形成症候群の病態に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the pathogenesis of myelodysplastic syndromes in the cat | |
報告番号 | 115329 | |
報告番号 | 甲15329 | |
学位授与日 | 2000.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2174号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndromes,MDS)は、末梢血で2系統以上の血球細胞の減少が認められ、末梢血および骨髄の造血細胞の2系統以上に異形成所見が認められる造血器疾患である。通常、骨髄は正形成または過形成を呈し、その血球減少症は造血細胞の減少によるものではなく、いわゆる無効造血によるものとされている。さらに、その経過中にしばしば急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia,AML)への移行が認められることから、AMLの前白血病段階とも考えられている。獣医学領域では、MDSは非再生性貧血の原因として高頻度に認められ、臨床上重要な造血器疾患の一つである。しかしながら、MDSは難治性で、その多くの症例が短期間のうちに死亡する。MDSに対して適切な治療を行うためには、その病態を把握することが必要不可欠であるものと考えられる。獣医学領域では、1991年、JainらによってMDSの疾患概念および分類が提唱されて以来、多くのMDSに関する報告がなされてきたが、その病態ならびに病理発生機序に関する報告はほとんどなく、現在まで不明のままである。またヒトでは、MDSの病態は、造血細胞の多段階発癌の一過程を示しているものと認識されており、造血細胞の腫瘍化を解析する上で非常に重要な疾患であると考えられている。そこで、本研究においては、猫におけるMDSの病態に関して一連の研究を行った。 本1章では16例の猫のMDS症例の血液異常ならびにその予後を詳細に検討した。末梢血の一般血液検査では、貧血が81.3%と最も多く認められ、また血小板減少症は62.5%、好中球減少症は25.0%の症例で認められた。MDSの病期判定および予後判定に有用であるとされているヒトのFAB細分類法にしたがって病型分類を行ったところ、これら16症例は、refractory anemia(RA)8例、RA with excess of blasts(RAEB)5例、RAEB in transformation(RAEB in T)1例、chronic myelomonocytic leukemia(CMMoL)2例に分類された。芽球増加を伴わない群(RA)と芽球増加を伴う群(RAEB,RAEB in T,CMMoL)の2群に分けてそれぞれの臨床経過を検討したところ、RAEB,RAEB in T,CMMoL群の方がRA群よりも生存期間が短く、AMLへ移行する傾向が強いことが明らかとなった。さらに人医学領域で用いられている予後判定Dusseldorf scoring systemにしたがって、貧血、血小板減少症、骨髄芽球比率の増加、および高LDH血症を危険因子として予後を検討したところ、危険因子が3ポイント以上の症例では、3ポイント未満の症例と比較して有意に生存期間が短いことが明らかとなった。また末梢血および骨髄の細胞診によって異形成所見の出現頻度を検討したところ、巨赤芽球様変化、好中球の低分葉化、輪状核好中球、微小巨核球といった異形成所見が高頻度に認められ、これら異形成所見が猫のMDSの診断上きわめて重要であることが明らかとなった。以上の研究は、猫のMDSにおける血液学的所見を明らかにし、またFAB細分類法ならびにDusseldorf scoring systemが猫のMDSの予後を推定する上で有用であることを示したものである。さらに、本研究においてはMDSの16症例中15例においてネコ白血病ウイルス(feline leukemia virus,FeLV)の感染が認められ、FeLVがMDSの病理発生に深く関与していることが示された。 MDSは、前白血病段階であると考えられているが、本疾患における造血細胞の分化・増殖が腫瘍性増殖でによるものかどうかは証明されていない。腫瘍細胞は多くの場合単一の細胞からクローン性に増殖した細胞集団であるものと考えられ、細胞のクローナリティ解析は腫瘍性疾患の病態解析、診断、および治療効果判定において有用と考えられている。FeLV感染細胞は、腫瘍化がみられない状態ではポリクローナルな細胞集団であるが、腫瘍化した場合にはクローナルな細胞集団になるものと考えられる。猫のMDSおよびその他の骨髄疾患では多くの場合FeLV感染が認められることから、宿主宿主ゲノムに組み込まれたFeLVプロウイルスゲノムを検出することによって、猫の骨髄疾患における造血細胞のクローナリティを解析した。FeLV抗原陽性のAML4例、MDS9例、赤芽球癆(pure red cell aplasia,PRCA)2例、健常キャリアー3例から骨髄を採取し、そのgenomic DNAを抽出し、外来性FeLVに特異的なプローブを用いたサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、PRCAの2例および健常キャリアーの3例においては明瞭なバンドが検出されなかったのに対し、AML4例中4例、およびMDS9例中6例のみで外来性FeLVのプローブとハイブリダイズするバンドが検出され、造血細胞のクローン性増殖が証明された。とくに骨髄芽球比率の低い段階や、明らかな異形成所見が認められなかった時期においてもクローン性細胞増殖が検出されたことから、MDSの病態の初期段階ですでに腫瘍性増殖が存在するものと考えられた。本研究によって、腫瘍細胞の明らかな増加や造血細胞の減少が認められないにも関わらず、末梢血において血球減少症が発生するというMDSの特異な病態は、造血細胞の異常クローンの増殖によるものであることが明らかとなった。 本章では、MDS症例に感染しているFeLVプロウイルスゲノムの構造解析を行った。FeLVはネコにさまざまな疾患を引き起こすことが知られているが、その病原性の強さや細胞特異性には、long terminal repeat(LTR)の構造変化が関与していることが知られている。そこで、MDSを発症した猫由来のFeLVプロウイルスLTRの構造を解析した。FeLV抗原陽性でFAB分類に基づいて、MDSと診断した13症例(RA 8例,RAEB 2例,RAEB in T 1例,CMMoL 2例)の骨髄または末梢血単核球から抽出したDNAを鋳型とし、LTRのU3領域の上流および下流域の塩基配列をもとに作成したプライマーを用いたpolymerase chain reaction(PCR)を行い、増幅されたDNAフラグメントの塩基配列を決定して解析を行った。LTR-U3領域の塩基配列解析の結果、MDSの13例中10例ではupstream region of enhancer(URE)において22塩基の欠失を認め、さらにそのうちの7例においてはURE領域において37〜70塩基から成る配列が2〜5回繰り返している構造が認められた。また、その13例中5例においてはLTR-enhancer領域に欠失または変異が認められた。以上の結果から、MDSを発症した猫におけるFeLV LTRの構造は以前に報告されているAML症例に認められるFeLV LTRの構造ときわめて類似していることが明らかとなった。本研究の結果は、FeLV感染症において、MDSとAMLが共通の特徴的な構造をもつFeLVによって発症している可能性を示すものであり、ウイルス学的にもMDSがAMLの前段階の疾患であることを示唆するものと考えられた。 本研究においては、猫のMDSの血液異常を詳細に検討し、その細分類法や予後判定スコアリングシステムの有用性を示すとともに、その特異な病態が前白血病段階であることを分子生物学的およびウイルス学的に証明し、さらに、MDS発症に関与すると考えられるFeLVの変異を見い出すことができた。これらの研究は、臨床面において、MDSの診断および治療にとって有用な知見を提供するばかりではなく、今後のMDSの発生機序ならびに病態生理解析を含む基礎的研究にも役立つものと考えられた。 また、本研究を通して、猫のMDSとヒトのMDSの間に、臨床経過、血液学的所見および病態の共通性が存在することが明らかとなり、猫のMDSがヒトのMDSの動物モデルとして利用できることが示された。前白血病段階というMDSの病態は、造血細胞の腫瘍化において重要な過程であり、今後その病態をさらに解析することは、MDSおよび白血病の発症機構の理解とこれら疾患の制圧のための治療法開発にとって有用な知見をもたらすものと考えられた。さらに、本研究において見い出されたMDS発症に関与すると考えられるFeLV変異株を用いた実験感染系によってMDSの病態を再現できる可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndromes,MDS)は、末梢血で2系統以上の血球細胞の減少が認められ、末梢血および骨髄の造血細胞の2系統以上に異形成所見が認められる造血器疾患である。通常、骨髄は正形成または過形成を呈し、さらにその経過中にしばしば急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia,AML)への移行が認められることから、AMLの前白血病段階とも考えられている。獣医学領域では、多くの猫のMDSに関する報告がなされてきたが、その病態および病理発生機序に関する報告はほとんどなく、現在まで不明のままである。またヒトでは、MDSの病態は、造血細胞の多段階発癌の一過程を示しているものと認識されており、造血細胞の腫瘍化を解析する上で重要な疾患であるものと考えられている。 第1章では猫のMDS症例の血液異常ならびにその予後を詳細に検討した。末梢血の一般血液検査では、貧血と血小板減少症が多く認められ、好中球減少症は比較的稀であった。ヒトのFAB細分類法にしたがって病型分類を行ったところ、これら16症例は、refractory anemia(RA)8例、RA with excess of blasts(RAEB)5例、RAEB in transformation(RAEB in T)1例、chronic myelomonocytic leukemia(CMMoL)2例に分類された。芽球増加を伴わない群(RA)と芽球増加を伴う群(RAEB,RAEB in T,CMMoL)の2群に分けてそれぞれの臨床経過を検討したところ、RAEB,RAEB in T,CMMoL群の方が、AMLへ移行する傾向が強いことが明らかとなり、猫のMDSの病期が、芽球比率の低いRAから芽球比率の高いRAEB,RAEB in T,CMMoLを経てAMLへ移行することが示唆された。さらにヒトのMDSの予後判定に用いられるDusseldorf scoring systemにしたがい、貧血、血小板減少症、骨髄芽球比率、および高LDH血症についてスコアを付け、各症例の予後を検討したところ、スコアの高い症例の方が予後が悪いことが明らかとなった。またこれら16症例のうち15症例において、血中ネコ白血病ウイルス(felime leukemia virus,FeLV)抗原が検出され、FeLVがMDSの発症と密接に関連していることが示唆された。 第2章では猫の各種造血器疾患における骨髄細胞のクローナリティ解析を行った。FeLV感染細胞は、腫瘍化がみられない状態ではポリクローナルな細胞集団であるが、腫瘍化した場合にはクローナルな細胞集団になるものと考えられる。そこで宿主ゲノムに組み込まれたFeLVプロウイルスゲノムを検出することによって、猫の骨髄疾患における造血細胞のクローナリティを解析した。FeLV抗原陽性のAML4例、MDS9例、赤芽球癆2例、健常キャリアー3例の骨髄細胞について、外来性FeLVに特異的なプローブを用いたサザンハイプリダイゼーションを行った。その結果、AMLの4症例と同様、MDSの9例中6例において造血細胞のクローン性増殖が証明され、MDSの特異な病態は、造血細胞の異常クローンの増殖によるものであることが示唆された。 第3章ではMDSを発症した猫におけるFeLVプロウイルスゲノムの構造解析を行った。FeLVの病原性の強さや細胞特異性には、long terminal repeat(LTR)の構造変化が関与していることが知られていることから、MDS症例におけるFeLVプロウイルスLTRの構造を解析した。MDSの13症例由来のFeLVプロウイルスのLTRの塩基配列を解析した結果、その13例中10例ではupstream region of enhancer(URE)において22塩基の欠失を認め、さらにそのうちの7例においては欠失部位を囲むURE領城において37〜70塩基から成る配列が2〜5回繰り返している構造が認められた。また、その13例中5例においてはLTR-enhancer領域に欠失または変異が認められた。以上の結果から、MDSを発症した猫におけるFeLV LTRの構造は、AML症例に認められるFeLV LTRの構造ときわめて類似していることが明らかとなった。したがって、MDSとAMLが共通の特徴的な構造をもつFeLVと関連していることが示され、ウイルス学的にもMDSがAMLの前段階の疾患であることが示唆された。 以上、本論文では、猫のMDSの病理発生には、特異的なFeLV変異株の関与が示唆され、さらにFeLVに感染した異常細胞クローンが存在し、芽球比率の増加とともにAMLへ移行することが明らかとなった。本研究の結果は、猫のMDSの病態は明らかに前白血病段階であることを分子生物学的、ウイルス学的に証明するものであり、猫のMDSとヒトのMDSとの間にいくつかの類似点を示しており、猫のMDSがヒトのMDSの疾患モデルとして利用できる可能性をも示した。これらの知見は、学術上、また今後の小動物臨床への応用上、多いに貢献するものである。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54750 |