学位論文要旨



No 115331
著者(漢字) 淵本,大一郎
著者(英字)
著者(カナ) フチモト,ダイイチロウ
標題(和) 受精前後のマウス卵におけるサイクリンAの発現調節と機能について
標題(洋)
報告番号 115331
報告番号 甲15331
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2176号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,仙吉
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 青木,不学
 静岡大学 教授 森,誠
内容要旨

 個体発生は受精によって始まる。受精を境にして、それまで分化した状態で減数分裂を行っていた配偶子から、全能性を持ち体細胞分裂を行う接合子に変わる。このような切替は、どの様な機構で調節されているのであろうか。この切替には細胞周期の制御機構の変化が大きく関わっているものと考えられる。減数分裂期には、第1分裂期(終期に第一極体放出)にS期を経てM期に入った後、引き続きS期を経ずに第2分裂期(第二極体放出)のM期に入る。この様にS期のない連続したM期がおこり、続いて、受精後に体細胞分裂期に入りS期が始まる。つまり、受精を境にした細胞分裂様式の切り替えの機構とは、連続するM期の後でのS期の開始の調節機構と言い換えることが出来る。そこで本研究では、この調節機構を明らかにすることを目的として、細胞分裂周期のS期とM期の両方に関与しているサイクリンAの受精前後での発現とその調節機構、および機能を調べることにした。

 本研究の開始時点ではマウスのサイクリンAの塩基配列は発表されていなかった。そこでサイクリンA mRNAの定量を行うため、まずその部分配列を決定した。部分配列の増幅に用いたプライマーはヒトサイクリンAの配列の内、もっとも保存性の高いと考えられるサイタリンボックスに対するものである。得られた配列はヒトサイクリンAと塩基配列で89.6%、アミノ酸配列で98.9%と高い相同性があり、サイクリンAのホモログであることを確認した。今回得られたマウスサイクリンAと、既にその配列が公表されている他種のサイタリンについてアミノ酸配列による比較を行った。サイクリンAは、M期サイクリンであるBとG1期サイタリンであるDの両方に対して相同性が高く、また、その配列中には、M期サイクリンに類似する部分、G1期サイクリンに類似する部分をそれぞれ持っており、サイクリンAがG1期サイタリン(サイクリンB)とM期サイクリン(サイクリンD)双方に類似の機能を持った中間型であることが示唆された。

 その後、新たなサイクリンA(サイクリンA1)が発見されたが、今回得られたサイクリンAは、その塩基配列の相同性から、サイクリンA2であることが分かった。現在ではサイクリンA1は両生類の卵における減数分裂期と初期発生時、および哺乳類の精子形成時の減数分裂期に発現し、サイクリンA2は体細胞で発現していることが報告されている。

 しかし、これらサイクリンA1、A2の2つのタイプについての報告はそれぞれ独立のものであり、両者の関連を示した報告はなく、また、初期胚における発現も調べられていない。よって、2つのタイプのサイクリンAの発現が減数分裂期、初期発生時にどのように変化するかを調べた。まず、mRNA量が大量に得られないマウス卵においてでも定量を可能にするため、RT-PCRを用いた方法を確立し、それを用いて半定量を行った。その結果、サイクリンA1のmRNAは、受精後に一時的に量が減り、2細胞期において再び増加し、その後、胚盤胞期まで次第に増加した。次にイムノブロッティングによりタンパク質を調べたとこる、減数分裂期、1細胞期においてのみ検出された。次にタンパク質の発現が確認された減数分裂期、1細胞期について詳細に調べた所、減数分裂再開以前のGV期から減数分裂期を通して、ほぼ一定の発現が見られた。しかし、第2減数分裂中期から受精後の1細胞期にかけて発現量は減少した。2細胞期以後、mRNAとタンパク質量の相関が見られないため、なんらかの転写後調節を受けていることが示唆された。一方、サイクリンA2のmRNAは、受精後に量が減り、その後は胚盤胞期まで、ほぼ一定量存在した。タンパク質は、減数分裂期では検出されず、1細胞期において検出され、2細胞期、4細胞期、桑実胚期、胚盤胞期の胚全てにおいて検出された。発現の変化が起きる減数分裂期、1細胞期において詳細に調べた所、受精後6時間以降に急激に増加することが認められた。この様な受精後の急激な増加は、受精後の体細胞分裂周期の開始機構にサイクリンA2が関与していることを示唆している。また、減数分裂期、1細胞期において、mRNA量とタンパク質量間に相関が見られないことから、転写後調節がなされていることが示唆された。しかし、この時期にはまだ、その増加が検出されるだけのmRNA合成が起きていないが、蓄積されたmRNAは合成に関与せず、新たに合成されたmRNAだけがタンパク合成に用いられている可能性がある。そこで、24g/mlの-アマニチン存在下で受精卵を培養して、サイクリンA2タンパク質の量を調べた。その結果、-アマニチンによりmRNA合成を止めた受精卵においてもサイクリンA2タンパク質の発現が認められたことから、その合成がmRNAの転写後調節によるものであることが確認できた。

 受精後のサイクリンAの転写後調節がどの様な機構によるものかを調べるため、poly(A)tailの長さの変化をともなった機構について調べた。この機構を調べるためにノザーンブロッティングを行うが、そのためには十分量のmRNAが必要となる。しかし、サイクリンA1は発現量が少なく十分な量が得られないため、サイクリンA2のみを調べることにした。サイクリンA2mRNAは、受精後8時間で伸長していた。この長さの変化は、poly(A)tailの伸長によるものであると結論できた。なぜなら、この時期にはmRNA合成が検出されておらず、受精後に既存のmRNAを置き換えるだけの新たなmRNAの合成が起こったとは考えにくい。さらには、poly(A)tailの伸長を阻害する3’-デオキシアデノシン(3’-dA)により、受精後8時間でのmRNAの伸長が阻害された。3’-dAはこの時、サイクリンA2タンパク質量の減少を引き起こした。これはサイクリンA2mRNAのpoly(A)tailの伸長が阻害されたために起きたものと考えられる。よって、受精後のサイクリンA2のタンパク質合成にはmRNAのpoly(A)tailの伸長が必要であると結論した。

 次にサイクリンA2の、受精後の細胞周期における役割を明らかにするため、3’-dAを培養液に加えてサイクリンA2のmRNAのpoly(A)tailの伸長を阻害し、そのDNA合成への影響を調べた。DNA合成の起きた胚の割合は、コントロールの培養液と溶媒として用いた0.4%DMSOを添加した培養液では100%であった。それに対し、3’-dAを添加した培養液では0.5mMで91.2%、2mMで63.8%、5mMで36.7%であり、DNA合成が阻害されていた。この時、コントロールとして用いた2mMの3’-デオキシグアノシンを添加した培養液では93.4%であった。このことから、3’-dAが特異的にDNA合成を阻害することが明らかとなった。

 以上のことから、マウス初期胚において受精後のサイクリンA2の合成およびその蓄積がDNA合成の開始に重要な働きをしていること、サイクリンA2の合成開始にはmRNAのpoly(A)tailの伸長を必要とする機構が関与していることが明らかとなった。したがって、個体発生の始まりとも言える1細胞期のDNA合成は、母性mRNAのpoly(A)tailの伸長がその引き金となっているということが明らかとなった。

審査要旨

 受精を境にして、それまで分化した状態で減数分裂を行っていた配偶子から、全能性を持ち体細胞分裂を行う接合子に変わる。この切替には細胞周期の制御機構の変化が大きく関わっているものと考えられる。受精を境にした細胞分裂様式の切替の機構とは、連続するM期の後でのS期の開始の調節機構である。そこで本研究では、この調節機構を明らかにすることを目的として、細胞分裂周期のS期とM期の両方に関与しているサイクリンAの受精前後での発現とその調節機構、および機能を調べることにした。

 本研究の開始時点ではマウスのサイクリンAの塩基配列は発表されていなかった。そこでサイクリンA mRNAの定量を行うため、まずその部分配列を決定した。得られたマウスサイクリンAと、既にその配列が公表されている他種のサイクリンについてアミノ酸配列による比較を行った。その結果サイクリンAはG1期サイクリンとM期サイクリン双方に類似の機能を持った中間型であることが示唆された。

 その後、新たなサイクリンA(サイクリンA1)が発見されたが、今回得られたサイクリンAは、その塩基配列の相同性から、サイクリンA2であることが分かった。現在ではサイクリンA1は減数分裂期に、サイクリンA2は体細胞分裂期に主に発現していることが報告されている。しかし、これらサイクリンA1、A2の2つのタイプについて両者の関連を示した報告はなく、また、哺乳類初期胚における発現も調べられていない。よって、2つのタイプのサイクリンAの発現が減数分裂期、初期発生時にどのように変化するかを調べた。サイクリンA1のmRNAは、受精後に一時的に量が減り、2細胞期において再び増加し、その後、胚盤胞期まで次第に増加した。次にイムノブロッティングによりタンパク質を調べたところ、減数分裂期、1細胞期においてのみ検出された。2細胞期以後、mRNAとタンパク質量の相関が見られないため、なんらかの転写後調節を受けていることが示唆された。一方、サイクリンA2のmRNAは、受精後に量が減り、その後は胚盤胞期まで、ほぼ一定量存在した。タンパク質は、減数分裂期では検出されず、1細胞期において検出され、以後2細胞期から胚盤胞期の胚全てにおいて検出された。また、受精後6時間以降に急激に増加することが認められた。この様な受精後の急激な増加は、受精後の体細胞分裂周期の開始機構にサイクリンA2が関与していることを示唆している。また、減数分裂期、1細胞期において、mRNA量とタンパク質量間に相関が見られないことから、転写後調節がなされていることが示唆された。このことは、さらにmRNA合成阻害剤存在下で受精卵を培養して、サイクリンA2タンパク質の量を調べ、サイクリンA2タンパク質の発現が減少しなかったことにより確かめられた。

 受精後のサイクリンAの転写後調節について調べるため,poly(A)tailの長さの変化をともなった機構について調べた。サイクリンA2mRNAのpoly(A)tailは、受精後8時間で伸長していた。この伸長はpoly(A)tailの伸長阻害剤3’-デオキシアデノシン(3’-dA)により阻害された。この時、サイクリンA2タンパク質量の減少を引き起こした。よって、受精後のサイクリンA2のタンパク質合成にはmRNAのpoly(A)tailの伸長が必要であると結論した。

 次にサイクリンA2の、受精後の細胞周期における役割を明らかにするため、3’-dAにより、poly(A)tailの伸長を阻害し、そのDNA合成への影響を調べた。DNA合成の起きた胚の割合は濃度依存的に減少しており、DNA合成が阻害されていた。

 以上のことから、マウス初期胚において受精後のサイクリンA2の合成およびその蓄積がDNA合成の開始に重要な働きをしていること、サイクリンA2の合成開始にはmRNAのpoly(A)tailの伸長を必要とする機構が関与していることが明らかとなった。したがって、個体発生の始まりとも言える1細胞期のDNA合成は、母性mRNAのpoly(A)tailの伸長がその引き金となっているということが明らかとなった。

 以上要するに、本論文は受精前後でのサイクリンAの発現と調節、機能について解析し考察したものである。審査委員一同は、哺乳類卵での受精前後のサイクリンAの発現調節について初めて解析し、さらにそれが受精後の細胞周期の切替に関与していることを明らかにした学術上価値の高い論文であり、博士(獣医学)の学位を授けるに値するものであると認めた。

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