学位論文要旨



No 115333
著者(漢字) 山口,浩史
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ヒロヒト
標題(和) ヒツジインターフェロンタウ発現を制御する5’上流域の解析に関する研究
標題(洋) Studies of 5’-upstream regions regulating the ovine interferon gene expression
報告番号 115333
報告番号 甲15333
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2178号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,仙吉
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 今川,和彦
 東京大学 助教授 田中,智
内容要旨

 インターフェロン・タウ(IFN)は反芻動物の胚の栄養膜細胞から分泌されるサイトカインであり、母体の黄体退行を抑制する作用を持つ、妊娠の成立に不可欠な因子である。IFNは胚盤胞が透明帯を脱出する時期から検出され始め、胚の伸長とともに発現量が増加する。そして胚が子宮上皮へ接着を開始する時期に最大となり、その後急激に減少し、胎盤形成が始まる時期には発現が停止する。一方、IFNは強い抗ウイルス活性を持つにもかかわらず、他のIFNの様にウイルスでは誘導されない。またその発現時間も他のIFNが数時間であるのに対して、その発現は一週間近く持続する。IFN遺伝子の発現制御機構はほとんど解明されていないが、その発現は胚の組織培養系においてGM-CSFやIL-3などのサイトカインやプロテインキナーゼC(PKC)の活性化因子であるphorbol 12-myristate 13-acetate(PMA)により増大することが示唆されている。またヒト絨毛性胎盤ガン細胞にIFNの5’上流域をレポーター遺伝子の上流に接続したプラスミドを導入した際にもPMAやGM-CSFにより転写活性が増大することが示唆されている。この遺伝子発現の機構を解析することにより時期・空間特異的な遺伝子発現制御機構だけでなく、着床期における転写因子、細胞内情報伝達分子の動態が明らかとなる。本研究では、これらの背景からIFN遺伝子発現を制御する5’上流域の解析を行った。

第一章:異なる細胞におけるPMAおよび転写因子のIFN遺伝子転写に対する効果について

 IFN遺伝子の転写制御領域をレポーター遺伝子に接続したプラスミドを作成し、JEG3、HeLa、293、Vero細胞に導入し、PMAで処理後、そのCAT活性を測定しIFN遺伝子の転写活性とした。その結果、JEG3および293細胞ではPMAにより転写活性は増大するが、HeLaやVeroでは転写活性は低いままであった。そこでPMAからのシグナル伝達にどのような転写因子が関与しているかどうかをしらべるために、転写活性の見られだ細胞(JEG3)とみられない細胞(HeLa)を用いて、転写因子の発現プラスミドと共に細胞に導入し転写活性を測定した。その結果、両細胞でc-Junの発現により転写活性は増大したが、IFNは他のIFNの遺伝子発現を制御しているInterferon regulatory factor(IRF)では制御されなかった。このことからIFNの転写はプロテインキナーゼCからAP-1を介したシグナル伝達系により制御される可能性が示唆された。また細胞間ではシグナル伝達系あるいは核タンパク質で異なる因子が存在し、これにより特異的な転写制御されている可能性も同時に示唆された。

第二章:JEG3細胞においてPMAに対する反応を介するIFN遺伝子のAP-1配列の同定

 最初に様々な長さのIFNの5’上流域をCAT遺伝子の上流に接続したプラスミドを作成しJEG3に導入した。そしてPMA投与群と非投与群でIFN遺伝子の転写活性を測定した。その結果、上流-654から-555baseまでの間に主要なエンハンサー領域が存在することが示唆された。次に上流-654から-555baseまでの領域がエンハンサーとして機能するかどうかを確認するためにIFNのエンハンサー領域をSV40のプロモーターの上流に接続したプラスミドを作成し、転写活性を測定した。その結果、-654から-555baseまでの配列がエンハンサーとして機能することが確認された。さらにここまでに同定したエンハンサー領域をさらに詳細に検討するために-654から-555baseまでの配列に10baseづつ変異を導入したプラスミドを作成し、転写活性を測定した。その結果エンハンサー配列は-616から-568baseに存在することが明らかとなった。そこで次にこの配列に結合する蛋白質が存在するかどうかを確認するために、この配列をカバーするように4種類のプローブを準備しゲルシフトアッセイを行った。その結果、数種類の核蛋白質がこの領域に結合することが示された。さらにこの配列には転写因子AP-1やGATAが結合しえる配列が存在することから、AP-1およびGATA様配列をもつプローブに対してそれぞれAP-1、GATAコンセンサス配列を持つ非標識プローブによりコンペティションアッセイを行ったところ、それぞれ特異的なバンドが消失した。このことからAP-1およびGATA配列を認識して結合する蛋白質が存在することが示唆された。さらにAP-1に対する抗体を用いたスーパーシフト法によりIFN遺伝子の上流域に存在するAP-1様配列に転写因子AP-1が結合することが明らかとなった。そこでGATA-1,2,3およびAP-1の発現ベクターを用いてco-transfection法によりこれらの転写因子のIFNの転写に対する影響を調べたところAP-1では転写活性が有意に増加したが、GATA-1,2,3では有意な増加はなかった。これらの結果から、AP-1はIFN遺伝子の上流域に結合することにより直接的にIFNの転写に関与している。GATA-1,2,3は単一ではIFN遺伝子の転写因子には成り得ず、他のファクターと協調するかGATA-1,2,3以外のGATA配列を認識する蛋白質により転写を実現していると考えられる。

第三章IFN遺伝子のサイレンサー領域の解析

 第二章においてIFN遺伝子-1000から-655baseと-543から-440baseの間に転写を抑制する領域(サイレンサー)が存在することが示唆された。そこでこの転写抑制領域としてはたらいている可能性のある領域を詳細に検討した。CATアッセイにより転写抑制領域の配列は-700から-654base、および-503から-453baseまでに存在することが示唆された。次にこの領域が核タンパク質の結合する配列であるかどうかを検討するために、HeLaおよびJEG3からの核抽出液を用いてゲルシフトアッセイを行った。その結果、この配列には両細胞の核タンパク質が結合し、さらにそのパターンには違いがみられなかった。さらに、妊娠14日およびIFN遺伝子発現が急激に減少する妊娠20日目のヒツジ胚から抽出した核蛋白質を用いてこの領域に結合する核蛋白質を解析したところ、両者で結合パターンに違いがみられた。以上の結果より、この領域は何らかの核タンパク質が結合して転写を抑制する領域である可能性が示唆された。このことからIFN遺伝子の時期特異的発現には転写抑制因子と活性化因子の両者により成り立っていると考えられる。

第四章IFN遺伝子の細胞特異的発現とPMAに対する反応を示すエンハンサーの解析

 第一章で示した細胞特異性を決定する転写制御領域を明らかにするために、JEG3とHeLaを用いて、転写制御領域の解析を行った。両細胞に様々な長さのIFN上流域をルシフェラーゼ遺伝子に接続したプラスミドを導入し、転写活性を測定したところ、第二章で同定したエンハンサーはJEG3では転写活性に必要であるが、HeLaでは機能していない可能性が示された。そこでエンハンサーをSV40プロモーターに接続したルシフェラーゼプラスミドを用いて転写活性を測定したところ、そのエンハンサー活性がHeLaではみられなかった。またIFNの-123baseまでのプロモーターを含む配列にSV40エンハンサーを接続したプラスミドを両細胞に導入した際には、JEG3、HeLaでSV40エンハンサーの機能が観察され、またこれまで報告されていた-72baseに存在するEts-2サイトを含む配列を用いてゲルシフトアッセイを行ったところ細胞間での違いはみられなかった。以上のことがらエンハンサー領域が細胞特異的な転写活性に重要な役割を果たしていることがわかった。次に第一章で決定したエンハンサー領域の活性の中心部に2ヵ所づつ塩基配列を置換したミューテーションを導入し、そのエンハンサー機能を詳細に検討したところ、エンハンサー領域は主に3ヵ所(2章で同定したAP-1サイトとGATA様配列、もう一ヶ所未知の配列)に分けられた。そこでこの部位に対するプローブを用いてそれぞれの細胞からの核タンパク質を用いてゲルシフトアッセイを行った。AP-1サイトと未知のサイトには両細胞間で結合パターンに違いはみられなかったのに対し、GATA様配列に結合するタンパク質の結合様式に関して、JEG3とHeLaで結合パターンが異なることがわかった。このことからエンハンサー領域に結合する因子のうち、GATA様配列に結合する因子がこの細胞間の転写活性の違いに関与している可能性が示唆された。また着床期のヒツジの胚の栄養膜細胞から抽出した核タンパク質を用いてゲルシフトアッセイを行ったところJEG3の場合と同様な結合パターンが確認された。このことからエンハンサー領域は実際に生体内においても機能している可能性が示唆された。

 本研究により、IFN遺伝子発現を制御する転写制御領域として新たな配列が同定された。今後はさらに時期・空間特異的な遺伝子発現を制御する機構を解明するためにこれらの領域に結合する因子の同定、及び生体内でのその動態を調べる必要があると考えられる。

審査要旨

 インターフェロン・タウ(IFN)は反芻動物の胚の栄養膜細胞から着床前後に特異的に分泌されるサイトカインであり、妊娠の成立に重要な役割を果たしている。この遺伝子発現の機構を解析することにより時期・空間特異的な遺伝子発現制御機構だけでなく、着床期における転写因子、細胞内情報伝達分子の動態が明らかとなる。本研究では、これらの背景からIFN遺伝子発現を制御する5’上流域の解析を行った。

 これまでの研究からIFN遺伝子の発現はGM-CSFやPMAにより増大することがわかっている。始めに、IFN遺伝子上流域をCAT遺伝子に接続したプラスミドを作成し、4種類の細胞に導入し、PMAで処理後に転写活性を測定した。その結果、JEG3と293ではPMAにより転写活性は増大するが、HeLaやVeroでは変化がみられなかった。そこでPMAからのシグナル伝達にどのような転写因子が関与しているかどうかをしらべるために、JEG3とHeLa用いて、数種の転写因子の発現プラスミドと共に細胞に導入し転写活性を測定した。その結果、両細胞でc-Junにより転写活性は増大したが、IFNは他のIFNの遺伝子発現を制御しているIRFでは制御されなかった。このことからIFNの転写はプロテインキナーゼCからAP-1を介したシグナル伝達系により制御される可能性が示唆された。

 次に、IFN遺伝子上流域のDeletionプラスミドを作成しJEG3に導入し、転写活性を測定した。その結果、上流-654から-555baseまでにエンハンサー領域が存在することが示唆された。次にそのエンハンサー配列に変異を導入し転写活性を測定して、エンハンサーの中心部が明らかとなった。そこでこの配列に対するプローブを準備しゲルシフトアッセイによりタンパク質の結合能を調べた。その結果、AP-1とGATA配列を認識して結合する蛋白質が存在することが示唆された。さらにスーパーシフト法によりエンハンサー領域にAP-1が結合することが明らかとなった。次にGATA-1,2,3のIFNの転写に対する影響を調べたところGATA-1,2,3では変化はなかった。これらの結果から、Ap-1はIFN遺伝子の上流域に結合することにより直接的にIFNの転写に関与していることがわかった。またGATA-1,2,3は単一ではIFN遺伝子の転写因子には成り得ず、他のファクターと協調するか、他のGATA配列を認識する蛋白質により転写を実現していると考えられる。

 次に、サイレンサーを詳細に検討した。CATアッセイにより転写抑制領域の配列がエンハンサーの上流と下流に存在することが示唆された。次にHeLaおよびJEG3からの核抽出液を用いてゲルシフトアッセイを行ったところ、この配列には両細胞の核タンパク質が結合する事が示された。さらに、IFN遺伝子発現が異なる時期のヒツジ胚から抽出した核タンパク質を用いたところ、両者で結合パターンに違いがみられた。以上の結果より、この領域は何らかの核タンパク質が結合して転写を抑制する領域である可能性が示唆された。このことがらIFN遺伝子の時期特異的発現には転写抑制因子と活性化因子の両者により成り立っていると考えられる。

 続いて細胞特異性な遺伝子発現を決定する転写制御領域を明らかにするために、JEG3とHeLaを用いて転写制御領域の解析を行った。ルシフェラーゼアッセイによりエンハンサー領域が細胞特異的な転写活性に重要な役割を果たしていることがわかった。次にエンハンサー領域の活性の中心部に詳細に変異を導入し、そのエンハンサー領域を検討したところ、エンハンサー領域は主に3ヵ所(AP-1サイトとGATA様配列、未知の配列)に分けられた。そこでこの部位に対するタンパク質の結合を調べたところ、AP-1サイトと未知のサイトにはJEG3とHeLaでタンパク質の結合に違いはみられなかったのに対し、GATA様配列に結合するタンパク質の結合様式に関して、両細胞間で違いがみられた。このことからエンハンサー領域に結合する因子のうち、GATA様配列に結合する因子がこの細胞間の転写活性の違いに関与している可能性が示唆された。また着床期のヒツジの胚の栄養膜細胞の核タンパク質でもJEG3の場合と同様なタンパク質の結合が確認されたことからエンハンサー領域は生体においても機能している可能性が示唆された。

 以上要約すると、本研究ではIFN遺伝子上流域の解析を行い、遺伝子発現を制御する領域を同定した。これは着床期に特異的に発現するIFN遺伝子の発現制御機構に新しい知見をもたらしたものであり、学術上重要な発見である。口頭試問も適切であり、よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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