学位論文要旨



No 115334
著者(漢字) アルマンド マリオ ダミアニ
著者(英字) Armando Mario Damiani
著者(カナ) アルマンド マリオ ダミアニ
標題(和) ウマヘルペスウイルス4型糖蛋白IおよびE遺伝子に関する研究
標題(洋) Studies on the Equine Herpesvirus Type 4 Glycoprotein I and E Genes
報告番号 115334
報告番号 甲15334
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2179号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨

 ウマヘルペスウイルス4型(EHV-4)は、ウマヘルペスウイルス1型(EHV-1)と同じアルファウイルス亜科に属し、子馬および育成馬に流行性の呼吸器病を引き起こし、軽種馬の生産育成上問題となっているウイルスである。EHV-4は主として鼻肺炎を起こし、時に流産を起こすこともある。一方、EHV-1は流産の原因ウイルスとして知られ、時に呼吸器病を引き起こす。EHV-4による急性感染では発熱、鼻汁排泄を呈し、しばしば細菌の二次感染をもたらす。本病に対する予防として不活化ワクチンが応用されているが、その有効性に限界があるとされている。そのため、EHV-4のより効果的な弱毒ワクチンの開発が望まれている。

 近年ヘルペスウイルスワクチンの開発において、遺伝子工学技術を用いた新型ワクチンの開発が試みられている。多くのアルファヘルペスウイルスにおいて膜糖蛋白gIおよび膜糖蛋白gEは、ウイルスの侵入および増殖に必須ではないがウイルスの病原性に強く関与していることが報告されている。このことから弱毒生ワクチンの開発においてgIおよびgEの欠損株の作出が試みられている。例えば豚のオーエスキー病や牛伝染性鼻気管炎では、gE遺伝子欠損株がワクチン株として開発され、防疫計画に応用されている。

 本研究はEHV-4に対する弱毒生ワクチンの開発とウイルスベクターとしての有用性を明らかにすることを目的に、gIおよびgE遺伝子を、EHV-4弱毒化のための標的遺伝子に設定し、その機能を解明した。本論文は以下の4章より構成されている。

 第1章では、これまで一部しか明らかにされていなかったEHV-4のgI・gE遺伝子の塩基配列を決定した。

 EHV-4のgI遺伝子は420アミノ酸をコードする1.263塩基であると予測された。EHV-4のgE遺伝子は548アミノ酸をコードする1.647塩基であると予測された。またEHV-4のgIおよびgEの遺伝子はアミノ酸配列において、EHV-1のgIおよびgEの遺伝子とそれそれ74%および85%の相同性を有していた。さらに、gE遺伝子の3’末端と一部重複する、EHV-1のgene75に相同なオープンリーディングフレームも見つかった。

 第2章では、EHV-4のgI・gE遺伝子の転写様式を明らかにするために、gI・gE遺伝子領域転写産物の解析を行った。

 gD遺伝子内のプローグIは、3.0キロ塩素対(kb)のRNAのみと反応した。gI遺伝子内のプローブIIは3.0と1.6kbのRNAと反応した。gE遺伝子のN末端に位置するプローブVIは3.5と2,4kbのRNAとgE遺伝子の中央部に位置するプローブIIIとORF75遺伝子内のプローブIVは3.5、2.4および1.0kbのRNAと反応した。しかしながら、ORF75番遺伝子の下流のORF76遺伝子内のプローブVは、2.4と1.0kbのRNAとは反応せず3.5kbのRNAおよび1.1kbの新たなRNAと反応した。以上の結果からgD遺伝子は3.0kbのmRNAに、gI遺伝子は1.6kbのmRNAに翻訳されており、両mRNAはgI遺伝子下流の共通のボリAシグナルを利用していた。またgE遺伝子3.5kbと2.4kbのmRNAにORF75遺伝子は1.0kbのmRNAに翻訳されており、2.4kbのmRNAと1.0kbのORF75遺伝子のmRNAはORF75遺伝子下流の共通のボリAシグナルを利用していること、さらにORF76遺伝子は1.1kbのmRNAに翻訳されており、3.5kbのgEのmRNAと1.1kbのORF76遺伝子のmRNAはORF76遺伝子下流の共通のボリAシグナルを利用していることが示唆された。またEHV-4のgI・gE遺伝子領域の転写様式は、単純ヘルペスウイルス1型およびネコヘルペスウイルス1型のそれとほぼ一致していた。

 第3章では、EHV-4のgI・gE蛋白の性状を解析するために、gIおよびgEを発現する組換えワクシニアウイルスを作製した。

 PCR増幅したgIあるいはgE遺伝子断片を制限酵素SnaBIとSacI消化により両端を加工して、ワクシニアウイルス組換え用ベクターであるプラスミドpSFB5に組み込み、gIおよびgE遺伝子挿入変異誘起用プラスミドを構築した。作製した変異誘起用プラスミドDNAとワクシニアウイルスDNAをCV-1細胞(アフリカミドリザル腎株化)に、エレクトロボレーション法により導入後、細胞を4日間培養し、CPEの発現後感染細胞浮遊液を回収した。挿入遺伝子はワクシニアウイルスのHA(血球凝集素)遺伝子内に挿入されるため、変異ワクシニアウイルスはニワトリの赤血球を凝集しないことを指標に、回収したウイルス液中の変異ウイルスを選別することにより、gIおよびgE発現組換えワクシニアウイルスを得た。組換えワクシニアウイルスは分子量75kDaのEHV-4gIおよび分子量80kDaのgEを発現した。さらにこの組換えウイルスで作製した抗体によりEHV-4感染細胞中に75kDaのgIおよび95kDaのgEが産生されていることを確認した。

 第4章では、EHV-4のgIおよびgE遺伝子の機能を解析するために、解析に必要となるgI・gE遺伝子欠損変異株とその変異株にEHV-4のgI・gE遺伝子を戻した復帰株を作製した。

 遺伝子欠損株によって形成されるプラックサイズは親株および復帰株に比べて著しく小さいことから、gIおよびgEは、ウイルスの細胞内伝播に重要な役割を果たしていることが示唆された。次に変異ウイルスの病原性とワクチン株としての有用性を解析する目的で初乳未摂取の子馬を用いて接種試験を行った。変異株と復帰株を子馬に経鼻感染させたところ、復帰株接種群は野外強毒株を接種した時と同様の臨床症状を示したのに対し、変異株接種群は鼻汁排泄等の臨床症状を示さなかった。また変異株で接種した子馬の鼻腔内に2日目から6日目までウイルスが検出されたが、対照群と比較してウイルス量が有意に低く、変異株の生体内における増殖能が低下していることが示唆された。

 次に変異株接種後4週目に復帰株を用いて攻撃試験を行ったところ、変異株接種群はいずれも臨床症状を示さなかった。このことからgI・gE欠損株は鼻腔内接種により強毒株の感染を防御することが確認された。一方攻撃後のウイルス排出は、1頭は対照群と同様のウイルス量を排出したが、他の2頭は有意に低いウイルス量を排出した。これらの結果からEHV-4のgI・gE欠損株はEHV-4感染症に対するワクチン株として有用であることが示唆された。

 以上本研究は、EHV-4の膜蛋白gIおよびgEの全塩基配列を決定し、それらの機能を明らかにするとともに、gI・gE欠損株が弱毒生ワクチン候補株になりうることを明らかにしたもので、EHV-4による馬の呼吸器感染症予防対策のためのワクチン開発への基礎的な知見を提供した。

審査要旨

 ウマヘルペスウイルス4型(EHV-4)は、ウマヘルペスウイルス1型(EHV-1)と同じアルファウイルス亜科に属し、子馬および育成馬に流行性の呼吸器病を引き起こし、軽種馬の生産育成上問題となっているウイルスである。本病に対する予防として不活化ワクチンが応用されているが、その有効性に限界があるとされている。そのため、EHV-4のより効果的な弱毒ワクチンの開発が望まれている。

 本研究はEHV-4に対する弱寄生ワクチンの開発とウイルスベクターとしての有用性を明らかにすることを目的に、膜糖蛋白gIおよびgE遺伝子を、EHV-4弱毒化のための標的遺伝子に設定し、その機能を解明したもので、論文の内容は以下の4章より構成されている。

 第1章では、これまで一部しか明らかにされていなかったEHV-4のgI・gE遺伝子の塩基配列を決定した。EHV-4のgI遺伝子は420アミノ酸をコードする1.263塩基であると予測された。EHV-4のgE遺伝子は548アミノ酸をコードする1.647塩基であると予測された。またEHV-4のgIおよびgEの遺伝子はアミノ酸配列において、EHV-1のgIおよびgEの遺伝子とそれぞれ74%および85%の相同性を有していた。

 第2章では、EHV-4のgI・gE遺伝子の転写様式を明らかにするために、gI・gE遺伝子領域転写産物の解析を行った。gD遺伝子は3.0kbのmRNAに、gI遺伝子は1.6kbのmRNAに翻訳されており、両mRNAはgI遺伝子下流の共通のポリAシグナルを利用していた。またgE遺伝子は3.5kbと2.4kbのmRNAに、ORF75遺伝子は1.0kbのmRNAに翻訳されており、2.4kbのmRNAと1.0kbのORF75遺伝子のmRNAはORF75遺伝子下流の共通のポリAシグナルを利用していること、さらにORF76遺伝子は1.1kbのmRNAに翻訳されており、3.5kbのgEのmRNAと1.1kbのORF76遺伝子のmRNAはORF76遺伝子下流の共通のポリAシグナルを利用していることが示唆された。

 第3章では、EHV-4のgI・gE蛋白の性状を解析するために、gIおよびgEを発現する組換えワクシニアウイルスを作製した。PCR増幅したgIあるいはgE遺伝子断片を制限酵素SnaBIとSacI消化により両端を加工して、ワクシニアウイルス組換え用ベクターであるプラスミドpSFB5に組み込み、gIおよびgE遺伝子挿入変異誘起用プラスミドを構築した。作製した変異誘起用プラスミドDNAとワクシニアウイルスDNAをCV-1細胞(アフリカミドリザル腎株化)に、エレクトロポレーション法により導入後、細胞を4日間培養し、CPEの発現後感染細胞浮遊液を回収した。挿入遺伝子はワクシニアウイルスのHA(血球凝集素)遺伝子内に挿入されるため、変異ワクシニアウイルスはニワトリの赤血球を凝集しないことを指標に、回収したウイルス液中の変異ウイルスを選別することにより、gIおよびgE発現組換えワクシニアウイルスを得た。この組換えウイルスで作製した抗体によりEHV-4感染細胞中に75kDaのgIおよび95kDaのgEが産生されていることを確認した。

 第4章では、EHv-4のgIおよびgE遺伝子の機能を解析するために、解析に必要となるgI・gE遺伝子欠損変異株とその変異株にEHV-4のgI・gE遺伝子を戻した復帰株を作製した。遺伝子欠損株によって形成されるプラックサイズは親株および復帰株に比べて著しく小さいことから、gIおよびgEは、ウイルスの細胞内伝播に重要な役割を果たしていることが示唆された。次に変異株と復帰株を子馬に経鼻感染させたところ、復帰株接種群は野外強毒株を接種した時と同様の臨床症状を示したのに対し、変異株接種群は鼻汁排泄等の臨床症状を示さなかった。

 次に変異株接種後4週目に復帰株を用いて攻撃試験を行ったところ、変異株接種群はいずれも臨床症状を示さなかった。このことからgI・gE欠損株は鼻腔内接種により強毒株の感染を防御することが確認された。これらの結果からEHV-4のgI・gE欠損株はEHV-4感染症に対するワクチン株として有用であることが示唆された。

 以上本論文は、EHV-4の膜蛋白gIおよびgEの全塩基配列を決定し、それらの機能を明らかにするとともに、gI・gE欠損株が弱毒生ワクチン候補株になりうることを明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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