腸管に分布する神経異常に基づく閉塞性の腸疾患は、人のみならず、動物においても臨床的に重要な疾患の一つととらえられている。その中で、腸管神経節細胞の欠損を原因とし巨大結腸症および腸閉塞を呈する人のヒルシュスプルング病は、5000人に1人という高率で新生児に発生する遺伝性疾患で、小児科領域の中で最重要の疾患とされている。この様な遺伝的巨大結腸症は、猫や馬などの家畜にも日常的にみられる病態で、またラットやマウスなどの実験動物にも認められる、種を越えた遺伝性疾患としても注目されている。 ヒルシュスプルング病は放置すれば死に至る重篤な疾患であり、通常は無神経節部分の腸管を切除する手術が行われる。しかし、手術後も症状が残り、生涯にわたって消化管の病態管理が必要とされている。したがって、ヒルシュスプルング病、あるいは閉塞性腸疾患全般の消化管病態の管理を適切に行うには、これらの疾患における正確な病態生理の把握が必須のものと考えられる。 本研究では、ヒルシュスプリング病のモデル動物とされるエンドセリンB受容体欠損ラット(ETB(-/-)ラットと略す)を用い、その腸管の運動性変化に着目して研究を行った。特に、「腸管運動と免疫系の連関」という新しい観点からの研究も行った。 第1章ETB(-/-)ラットの生物学的性状 ETB(-/-)ラット外貌は、頭部に局限したまだら模様の薄い黒被毛または全身の白被毛を呈していた。同腹正常仔と比べ発育の遅延が認められた。ETB(-/-)ラットの平均生存日数は18.1日であった。ETB(-/-)ラットを開腹し剖検すると大部分の例で、直腸から回腸下部に及ぶ腸管に狭窄が認められ、これより上部の腸管に糞の貯溜がみられ、著しく巨大化していた。 第2章ETB(-/-)ラット腸管の形態的および機能的な検討 ETB(-/-)ラットの狭窄部位での神経叢は欠損し、外来性の神経繊維の走行のみが見られた。また、平滑筋層の組織像では、ETB(-/-)ラットが対照と比べ狭窄部および膨大部の縦走筋層と輪層筋層で平滑筋層の細胞数が増加し、両筋層の厚さが増加していることが観察された。一方、25日齢のETB(-/-)ラットの回腸の膨大部で粘膜と絨毛の消失が見られた。 ETB(-/-)ラット回腸輸走筋においては、ETB受容体特異的アゴニストであるサラホトキシンS6Cでは全く収縮が見られなかったが、ETB受容体阻害剤であるRES701-1存在下でエンドセリン1(ET-1)は濃度依存的な収縮を発生した。従って、ETB(-/-)ラットにおいてETB受容体は確かに存在せず、エンドセリンA(ETA)受容体のみが機能していることが確認された。 一方、いずれの消化管に於いても自動性収縮が観察されたが、ETB(-/-)ラットの神経叢欠損部位(狭窄部位)およびそれより上部の巨大化した腸管部位の自動性収縮は対照と比べ有意に低下していた。さらに、高濃度KCl、カルバコール、ET-1などのアゴニストによる収縮性は、ETB(-/-)ラットの狭窄部位において対照と比べ有意に増加していた。 第3章腸内フローラと免疫系 対照ラットの小腸は乳酸桿菌lactobaciliを主体としていたが、ETB(-/-)ラットの膨大部では、総菌数ならびに嫌気性菌数が正常の盲腸レベルにまで増加しており、腸内フローラの正常なコントロールが行われていないことが示唆された。一方、筋層間(アウエルバッハの神経叢)に分布する常在型マクロファージの変化について検索したところ、ETB(-/-)ラットの筋層間に分布する常在型マクロファージの数は、対照ラットと比べ著しく増加していることが観察された。さらに、マクロファージを活性化の指標となるサイトカイン、インターロイキン1を組織抗体法で検討したところ、対照ラットの腸管ではインターロイキン1の発現はみられなかったが、ETB(-/-)ラットにおいてはその発現が増加していることが示唆された。 以上の成績を要約すると、本研究は、ヒルシュスプルング病モデル動物であるETB(-/-)ラットの腸管の病態生理学的特徴を詳細に検討し明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |