学位論文要旨



No 115338
著者(漢字) 鄭,光一
著者(英字) Jeong,Kwang-II
著者(カナ) ジョン,カンイル
標題(和) ラットの鼻粘膜附属リンパ組織におけるM細胞の形態的および機能的特徴
標題(洋) Studies on the morphological and functional characteristics of membranous(M)cells in the nasal-associated lymphoid tissues in rats
報告番号 115338
報告番号 甲15338
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2183号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨

 齧歯類の鼻腔には鼻における唯一の粘膜関連リンパ組織(mucosal-associated lymphoid tissue;MALT)としてヒトのWaldeyer’s ringに相当する鼻粘膜附属リンパ組織(nasal-associated lymphoid tissue;NALT)が存在する。NALTをはじめ、気管支(bronchus-associated lymphoid tissue;BALT)や消化管(gut-associated lymphoid tissue;GALT)などのMALTは、特殊な細胞、M(microfold or membranous)細胞を含むリンパ濾胞関連上皮(follicle-associated epithelium;FAE)で覆われている。M細胞は外部からの病原体を含む異物を能動的かつ選択的に取り込むことにより、粘膜免疫反応の引き金の役割をすると考えられている。また、最近の報告では、鼻経路でワクチンを接種すると呼吸器系だけではなく消化器系や生殖器系などの粘膜でも免疫応答能を亢進させることが示され、なかでもNALTが粘膜免疫の誘導に中心的な役割を担っているとされている。しかし、NALTのM細胞の形態および機能については未だ不明な点が多く、本研究はこの点を解明するために行った。

 第1章では抗原の取り込みや提示などを検討する上で必須のNALTにおけるM細胞のマーカーを見つけるため、Specific pathogen-free(SPF)ラットおよびconventional(CV)ラットを用いて、NALTのFAEについてレクチン組織化学的検索を行い、両系統間の、また、FAE中のM細胞とその近傍のciliated respiratory epithelium(CRE)細胞とのレクチン反応性について比較した。SPFラットでは、N-アセチルガラクトサミン特異的レクチンであるDolichos biflorus(DBA),Helix pomatia(HPA),Glycine max(SBA)およびVicia villosa(VVA),ならびに、-L-フコース特異的レクチンであるUlex europaeus(UEA-1)の結合が、M細胞の鼻腔側表面にみられた。一方、CVラットでは、DBAとUEA-1がM細胞の鼻腔側表面のみでなく先端および基底外側の細胞質にも結合した。HPA、SBAおよびVVAは、DBAおよびUEA-1と同じ結合パターンを示し、MおよびCRE細胞で陽性を示したが、M細胞でより強かった。レクチン結合の頻度および強さは、SPFおよびCVラットともに、CRE細胞に比べてM細胞で変化に富んでいた。

 本実験の結果から、NALTのM細胞のマーカーとしてDBAとUEA-1が有用で、さらに、SPFとCVラットの複合糖質の発現パターンから、M細胞のglycoconjugatesのうち固有なものは飼育環境によらず保持されるが、多くは飼育環境の変化に従い敏感に変化することが示された。

 第2章では、透過電子顕微鏡と走査電子顕微鏡を用いて、M細胞の超微細構造を調べた。本実験では、SPFラットと、飼育環境をSPFからCVへ移したラット(SPF-CV)のNALTを、10〜38週齢まで4週毎に採材し、FAEを電顕的に比較観察した。その結果、SPFでは、M細胞数の加齢に伴う増加によるFAEの軽度の表面積の拡大を除けば、M細胞の表面や割面の形態は年齢によらず類似していた。一方、SPF-CVでは、CVへ移行後経時的に、FAEの表面積が拡大し、細胞形態、微絨毛の長さおよび密度などに多様性が顕著となり、FAEの重層化、細胞間のinterfoliationの発達、および、細胞質内のサイトケラチン、分泌顆粒の出現がみられ、FAE表層の細胞では扁平化がみられた。このように、M細胞では、数の増加、構造の複雑化などが観察され、FAEに存在するCRE細胞の数は減少した。

 本実験の結果から、M細胞は外部環境により誘発されて数的な増加、構造の複雑化などを呈し、環境刺激に対する一連の反応性を有していることが示された。また、FAEにおけるM細胞の変化は、色々な病態下においてFAEの変化を解析する上で重要であると考えられた。これらの変化の誘発因子は未だに不明であるが、FAEへのリンパ球浸潤が間接的に関与していると推測される。

 M細胞を含むFAEは感染症の際に最初に影響を受ける部位で、その基底膜は上皮を支えるだけではなく、下部のリンパ組織からのリンパ球等の免疫関連細胞の出入りの通路になり、これらの細胞からのcytokine等の情報の通路でもあると考えられている。そこで、基底膜の構造を調べることは、粘膜免疫の仕組を研究する上で重要な情報を提供すると思われる。さらに、 FAEの発生とmigrationの動態を観察することにより、M細胞の増殖パターンと基底膜との関係を解明出来ると考えられる。

 そこで、第3章では、NALTとGALTについて、FAE構成細胞の増殖と基底膜との付着の状態について検索した。それぞれの組織を採材し、OsO4またはH3BO3で化学処理し、超音波で上皮(FAE)を落とした後、走査電子顕微鏡で基底膜の構造を観察した。さらに、BrdUを充填したosmotic pumpを腹腔内に2週間留置し、GALTとNALTのFAE構成細胞の増殖動態を組織化学的に検索した。

 OsO4により、双方のFAEで、濾胞のapexとenteric villiのtipの上皮が最初に脱落した。H3BO3の場合、NALTでは最初に濾胞のapexの上皮が脱落した。基底膜には小孔構造が、また、M細胞の細胞質内のpocketにはリンパ球が、それぞれしばしば観察された。とくに、GALTでは濾胞部のすべての上皮が剥離し、その直下の基底膜の小孔数は濾胞のapexより辺縁の方に向かって増加した。また、濾胞のapexの基底膜の表面は平滑なのに比べ、辺縁では上皮の残存や結合組織の付着がみられ,粗造な外観を呈していた。双方のFAEの基底膜の小孔にはしばしばリンパ球がtrapされていた。BrdUによる標識実験の結果、NALTでは基底膜付近の細胞から増殖が開始し、経時的に鼻腔側に移行した。GALTではBrdUの標識細胞はcryptから徐々にenteric villi tipとdome apexの双方に広がっていった。

 本実験の結果は、FAEの選択的な剥離には、基底膜の小孔の分布様式、リンパ球の上皮内への浸潤の程度、上皮の成熟の程度などの複雑な要因が関わっている事を示している。また、NALTおよびGALTでは、リンパ球への抗原の輸送は基底膜の小孔を通じてなされており、それが上皮と基底膜の相互作用によって制御されている可能性が示唆された。さらに、NALTとGALTでの小孔の分布と上皮細胞増殖パターンの違いが両者間でのM細胞の発生や増殖の違いを招来しているのであろう。

 第4章では、5種類の蛍光物質を鼻腔内に吸入させ、10、30、60および90分後にNALTを採材し、それらの蛍光物質のFAEに対する結合および輸送機構を、NALTの全組織または凍結切片上で共焦点レーザー顕微鏡を用いて検索した。さらに、horseradish peroxidase(HRP)をトレーサーとして用い、吸入異物の輸送機構を免疫電顕で確認した。その結果、polystyren latex bead(PLB)はすべての鼻粘膜上皮で結合が見られたが、FITC-labeled lipopolysaccharide(fLPS)、 FITC-labeled Cholera toxin B subtype(fCT-B)、FITC-labeled HRP(fHRP)およびFITC-labeled UEA-1(fUEA-1)は、NALTのFAE domeのnonciliated cells(電顕観察でM細胞と同定された)に特異的に結合していた。また、PLBおよびfUEA-1を除く3種類の蛍光物質については、FAEのM細胞を通してその直下のリンパ組織に輸送されていた。さらに、免疫電顕の結果、HRPの反応物質は最初FAE中のM細胞のapical cytoplasm内の大小の胞体に存在し、その後、リンパ球と接するbasolateral cytoplasmに移行することが解った。

 本実験の結果から、鼻腔内に吸入された物質は、FAE中のCRE細胞や杯細胞にはそのluminal surfaceに単純に結合するだけであり、これらがリンパ組織に輸送されるためにはM細胞に対する結合能および抗原性を有する必要があることが示された。

 本研究の結果、NALTのFAEに存在する細胞群のうちM細胞だけが、リンパ球および基底膜などとの相互作用により、鼻腔から下部のリンパ組織へ外来抗原を輸送する機能を有していることが明らかにされた。また、M細胞は、外部環境の変化に対応して、細胞表面や細胞質の糖蛋白などの性状および細胞表面微絨毛(microvilli on the luminal surface)や細胞質内小器官などの形態が変化し、粘膜免疫反応の誘導に関与していることが強く示唆された。

 本研究の成果は、将来、鼻経路によるワクチンの開発に大いに寄与するものと考えられる。

審査要旨

 齧歯類の鼻における唯一の粘膜関連リンパ組織(mucosal-associated lymphoid tissue;MALT)としてヒトのWaldeyer’s ringに相当する鼻粘膜附属リンパ組織(nasal-associated lymphoid tissue;NALT)が存在する。NALTをはじめ、bronchus-associated lymphoid tissue(BALT)やgut-associated lymphoid tissue(GALT)などのMALTは、特殊な細胞、membranous(M)細胞を含むfollicle-associated epithelium(FAE)で覆われている。M細胞は外来抗原の能動的取り込みにより、粘膜免疫の引き金の役割をする重要な細胞であると考えられているが、NALTのM細胞の形態および機能についてはまだ不明な点が多い。本研究はこの点を解明する目的で実施された。本論文は以下の4章から成る。

 第1章では抗原の取り込みや提示などを検討する上で必須のNALTにおけるM細胞のマーカーを見つけるため、SPFおよびconventionalラットを用いて、NALTのFAEについてレクチン組織化学的検索を行い、両系統間の、また、FAE中のM細胞とその近傍のciliated respiratory epitheliumとのレクチン反応性について比較した。その結果、NALTのM細胞のマーカーとしてDBAとUAE-1が有用であること、さらに、M細胞の糖蛋白のうち固有なものは飼育環境によらず保持されるが、多くは飼育環境の変化に従い敏感に変化することが示された。

 第2章では、SPFラットと、飼育環境をSPFからCVへ移したラットにおいて、NALTのM細胞の超微細構造を比較観察した。その結果、M細胞はCVへの移行により数的な増加、構造の多様・複雑化などを呈し、環境刺激に対する一連の反応性を有していることが示された。また、FAEにおけるM細胞の変化は、色々な病態下においてFAEの変化を解析する上で重要であると考えられた。

 第3章では、NALTとGALTについて、QsO4またはH3BO3で化学処理し、超音波で上皮を落とした後、走査電子顕微鏡で基底膜の構造を観察した。さらに、BrdUを充填したosmotic pumpを腹腔内に2週間留置し、GALTとNALTのFAE構成細胞の増殖動態を組織化学的に検索した。本実験の結果は、FAEの選択的な剥離には、基底膜の小孔の分布様式、リンパ球の上皮内への浸潤の程度、上皮の成熟の程度などの複雑な要因が関わっている事を示している。また、リンパ球への抗原の輸送は基底膜の小孔を通じてなされており、それが上皮と基底膜の相互作用によって制御されている可能性が示唆された。

 第4章では、5種類の蛍光標識物質を鼻腔内に吸入させ、それらのNALTのFAEに対する結合および輸送機構を、NALTの全組織または凍結切片上で共焦点レーザー顕微鏡を用いて検索した。さらに、horseradish peroxidase(HRP)をトレーサーとして用い、吸入異物の輸送機構を免疫電顕で確認した。その結果,lipopolysaccharide,cholera toxin B,HRPおよびUEA-1は、FAE domeのM細胞に特異的に結合していた。また、latex beadsおよびUEA-1以外はM細胞を通してその直下のリンパ組織に輸送されていた。さらに、免疫電顕の結果、HRPの反応物質は最初M細胞質の先端部位の大小の胞体に存在し、その後、リンパ球と接する細胞質の深部に移行することが解った。その結果、鼻腔内に吸入された物質は、リンパ組織に輸送されるためにはM細胞に対する結合能および抗原性を有する必要があることが示された。

 このように、本研究は、NALTのFAEに存在するM細胞はリンパ球および基底膜などとの相互作用により、鼻腔から下部のリンパ組織へ外来抗原を輸送する機能を有していること、また、M細胞は外部環境の変化に対応して細胞表面や細胞質の糖蛋白などの性状および細胞表面微絨毛や細胞質内小器官などの形態が変化し、粘膜免疫反応の誘導に関与していることを明らかにした。本研究の成果は、将来、鼻経路によるワクチンの開発にも大いに寄与するものと考えられた。従って、審査委員一同、博士(獣医学)の学位を授与するに相応しいものと判断した。

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