サル類は系統発生学的にヒトときわめて近縁なため、ヒトの疾患モデルとして重要な実験動物であるが、モデル動物としての有用性を確立するためにはヒトとの類似性だけでなく、相違性についても検証しておく必要がある。 免疫機能の制御に重要な役割を果たしているT細胞は胸腺内で成熟分化することが知られているが、胸腺は比較的早期に退縮することから、胸腺退縮後のT細胞の起源についてはいまだに十分な解明がなされていない。ヒトの末梢血T細胞の大半はCD4またはCD8いずれか一つ(単陽性(sp))の抗原を発現しており、両者を同時に発現している両陽性(DP)T細胞はほとんど存在しない。一方、正常な成熟カニクイザルの末梢血には胸腺DP細胞とは表現型を異にするDP細胞が高率に出現することから、胸腺外分化T細胞の可能性が示唆されていた。 本論文はカニクイザルの末梢血DPT細胞の加齢に伴う変化とその免疫的意義を明らかにすることを目的としたものである。 本論文は、以下の2章(4節)より構成されている。 第1章、第1節ではカニクイザルの免疫系に関する基礎データとして、加齢にともなう主要リンパ球サブセットレベルの変化を調査した。B細胞及びNK細胞は性成熟前後で一定となった。T細胞は一生を通じて著明な変化は見られなかったが、CD4sp T細胞は2歳から4歳の間に減少し、CD8sp T細胞は5歳まで増加した。T細胞の表現型の変化では、CD4sp T細胞では加齢にともなってCD29loまたはCD28+細胞が減少するが、CD8sp T細胞ではCD29hiまたはCD28-細胞が増加することが確認された。この結果は、CD4sp T細胞がCD8sp T細胞より胸腺の影響を強く受けていることことを示唆している。 第1章、第2節ではSSCPによるカニクイザルTCR 鎖の分析方法を確立し、T細胞のクロナリティ及びDPT細胞の起原を調べた。胎児ではT細胞クローンはほとんど検出されなかったが、生後一週目では検出された。成熟ザルで検出されたT細胞クローンは3ヶ月以上安定していた。さらに、T細胞クローンはリンパ節には少なく脾臓で多く観察された。クローン数はCD4sp T細胞よりもCD8sp T細胞の方が多かった。また、CD8sp T細胞で検出されるクローンは、CD28-、CD29hi、Fas+の表現型で、PerforinおよびIFN-のmRNAを高発現している細胞であることを明らかにした。 DPT細胞の起原をSSCPで得られたTCRの塩基配列を基に解析した結果、DPT細胞がCD4sp T細胞と同一の細胞系列に属することが確認された。 第2章、第1節ではDPT細胞の出現時期と加齢にともなう表現型の変化を調べた。DPT細胞のレベルはカニクイザルで胸腺退縮が完了する10歳前後で急激に増加すること、レベルの変化に先立ってDPT細胞での表現型の変化が生じることを明らかにした。 第2章、第2節ではDPT細胞の機能をCD4sp、CD8spの両T細胞と比較した。DPT細胞はmitogenや抗CD3抗体の刺激により誘導される幼若化反応や、Fas ligandで誘導されるアポトーシス感受性にはCD4spまたはCD8sp T細胞と差が無いことを明らかにした。次に、DPT細胞はCD4sp T細胞より劣るが明らかなヘルパー活性を示すと同時に、CD8sp T細胞と同程度の細胞傷害能を示すことから、dual functionを示すユニークなT細胞であることが判明した。さらに、DPT細胞の細胞障害活性はPerforinとGranzyme Bの経路により生じること、活性化DPT細胞は高レベルのIFN-産生能を示すことを明らかにした。 以上要約すると、本研究では1)カニクイザルの末梢DPT細胞は胸腺DP細胞とは異なる表現型を示すこと、2)胸腺退縮後に急激に増加すること、3)CD4sp T細胞と同一配列のTCR 鎖を持つ細胞集団が存在することを明らかにし、DPT細胞がCD4sp T細胞と同じ起源をもつ胸腺外で分化した成熟記憶T細胞である可能性を明らかにした。さらに、4)DPT細胞はアナージまたはアポトティックな細胞ではなく5)ヘルパー機能と細胞傷害機能との両方を合わせ持つユニークなT細胞であることを実証している。 本論文は実験用霊長類として多用されているカニクイザルの免疫学的特性を明らかにしただけでなく、加齢に伴うT細胞の出現機構においてカニクイザルがヒトとは異なるシステムを有していることを明らかにした。これによりカニクイザルの特性を利用して、ヒトで推測されているものの末だに確証の得られていない胸腺外分化T細胞の由来、表現型および機能に関して有用な知見を提供したと考えられる。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |