学位論文要旨



No 115339
著者(漢字) 南,基煥
著者(英字)
著者(カナ) ナン,キファン
標題(和) カニクイザルの末梢血CD4/CD8両陽性Tリンパ球に関する研究
標題(洋) Study on Peripheral Blood CD4/CD8 Double-positive T Lymphocytes in Cynomolgus Monkeys
報告番号 115339
報告番号 甲15339
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2184号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 河村,晴次
内容要旨

 サル類は系統発生学的にヒトときわめて近縁なため、ヒトの疾患モデル等として重要な実験であるが、その免疫学的特性に関しては未だに十分な解析がなされていない。

 T細胞は様々な抗原に対する免疫反応の制御に中心的な役割を果たしている。ヒトの末梢血T細胞はクラスIIの組織適合抗原(MHC)を認識するCD4抗原とMHCクラスIを認識するCD8抗原の発現によって大きく二つの主要サブセット(CD4+CD8-とCD4-CD8+)と二つのマイナーなサブセット(CD4-CD8-とCD4+CD8+)に分類できる。ヒトの末梢血T細胞のほとんどはCD4またはCD8いずれか一つ(単陽性(sp))の抗原を発現しており、両者を同時に発現している両陽性(DP)T細胞は正常人では3%以下とされている。

 筆者らは正常な成熟なカニクイザルの末梢血に、DP T細胞が比較的高率に出現することを見出した。これらカニクイザルの末梢DP T細胞の特徴は、

 1)末梢リンパ球中での割合は年齢に伴って増加する

 2)胸腺DPT細胞に特異的なCD1b抗原が陰性のT細胞である

 3)CD8分子は鎖のみで構成されている

 4)CD2hiCD3+CD28-CD29hiCD49dhiCD69-CD80loの特異的な表現型を示す

 これらDPT細胞の特徴は、カニクイザルの末梢血DPT細胞が胸腺DPT細胞とは由来を異にする休止期記憶細胞であることを強く示唆している。

 これらの予備調査の結果を基にして、本研究ではカニクイザルの末梢血DPT細胞の加齢に伴う変化とその免疫的意義を明らかにする事を目的として、以下の実験をおこなった。

 1)カニクイザルの成長・老化に伴う主要リンパ球サブセット(B細胞、NK細胞、CD4sp T細胞、CD8sp T細胞、DP T細胞)レベルの変化及び主要T細胞サブセットの表現型の変化に関する検索

 2)Single strand conformation polymorphism(SSCP)によるカニクイザルT細胞レセプターの解析法の確立と、カニクイザルのT細胞亜集団におけるT細胞クローンの発現およびDP T細胞の起原に関する解析

 3)末梢血中でDP T細胞が増加し始める時期、および加齢にともなう表現型の変化に関する検索

 4)DP T細胞機能の解明

 末梢DP T細胞はカニクイザルで特異的に出現する胸腺外分化T細胞である可能性が高いことから、本研究は、実験用霊長類として多用されているカニクイザルの免疫学的特性を明らかにするだけでなく、ヒトで推測されているが未だに確証の得られていない、胸腺外分化T細胞の由来、表現型および機能に関して有用な知見を提供するものと考えられる。

 本論文は、以下の2章(4節)より構成されている。

第1章:カニクイザルにおけるリンパ球サブセットに関する研究第1節:主要リンパ球サブセットの年齢に伴う変化

 カニクイザルの免疫系に関する基礎データとして、加齢に伴う主要リンパ球サブセットの変化及び主要T細胞サブセットの表現型の変化を検索した。CD20+ B細胞レベルは性成熟に達する2歳から4歳の間に有意に低下した。CD16+ NK細胞は生後持続して増加するが、性成熟が完了する5歳以後では有意な変化は見られなかった。一方、CD3+ T細胞は一生(0〜30歳)を通じて著明な変化は見られなかったが、T細胞亜集団のレベルは著しく変化した。すなわち、CD4sp T細胞は2歳から4歳の間に減少したが、CD8sp T細胞は5歳まで増加した。また、成熟記憶T細胞のマーカーとしてCD28とCD29の発現をCD4sp T細胞とCD8sp T細胞で調べたところ、CD4sp T細胞ではCD29loまたはCD28+細胞が加齢に伴って減少した。CD8sp T細胞ではCD29hiまたはCD28-細胞が年齢に伴って増加することが確認された。CD8sp T細胞では10歳以後はその約3/4がCD28-であったが、CD4sp T細胞ではいずれの年齢でも、90%以上の細胞がCD28+であった。この結果は、CD4sp T細胞がCD8sp T細胞より胸腺の影響を強く受けていること、またCD8sp T細胞に比べて、CD4sp T細胞の活性化にはCD28分子を介したシグナル伝達が必要であることを示唆している。

第2節:T細胞のクロナリティとDP T細胞の起原

 SSCPによるTCR鎖の分析方法をカニクイザルで確立し、T細胞のクロナリティ及びDP T細胞の起原を調べた。胎児の胸腺およびPBLまたは生後2日目の新生児のPBLでは特定のTCRを持つT細胞クローンの増殖が見られなかったが、生後一週目のカニクイザルではいくつかのT細胞クローンが検出された。5歳以上の成熟カニクイザルでのT細胞クローン数はヒトで報告されたものより多かった。成熟ザルで検出された大半のT細胞クローンは3ヶ月以上安定して発現していた。さらに、各種リンパ節のT細胞クローンを解析したところ、体表リンパ節ではT細胞クローンがほとんど検出できなかったが、腸管の深部リンパ節ではPBLまたは脾臓よりは少ないものの明らかにT細胞クローンが観察された。T細胞の亜集団について分析したところ、CD4spとCD8sp T細胞とで発現しているクローンが異なるが、クローン数はCD4sp T細胞よりもCD8sp T細胞の方が多かった。また、CD8sp T細胞をCD28、CD29及びFasの発現レベルによって分画し、クロナリティを分析したところ、CD28-、CD29hi及びFas+細胞にクロンーが集中して検出された。これらの細胞ではperforinおよびIFN-のmRNAが高レベルで検出された。

 DP T細胞の起原を調べる為にPBL、CD4sp、DP及びCD8sp T細胞を単離して分析したところ、DP T細胞とCD4sp T細胞の間で同一のクローン起源を示唆するバンドが検出された。しかし、DP T細胞とCD8sp T細胞との間には同一クローン起源を示唆するバンドは検出されなかった。そこで、DP T細胞とCD4sp T細胞ついて同一位置のバンドからDNAを抽出して遺伝子配列を解析した結果、CDR3領域を含むTCR 鎖の塩基配列が全く同じであることが確認され、DP T細胞とCD4sp T細胞とが同一の起源を有する可能性が強く示唆された。

第2章:カニクイザルにおける末梢血DP T細胞に関する研究第1節:加齢に伴うDP T細胞のリモデリング

 DP T細胞の出現時期と表現型の変化を調べた。加齢に伴うDP T細胞のレベルはカニクイザルで胸腺退縮が完了する10歳前後で4%以下から10%に急激に増加した。DP T細胞での表現型の変化は以下の4段階に大別された。即ち、1)0〜2歳:末梢血中のレベルは低く、CD29lo/CD28+表現型を示す幼若期(ステージI)、2)3〜6歳:CD29loからCD29hiに移行する移行期(ステージII)、3)6歳〜10歳;末梢血中のレベルでの増加とCD28+からCD28-に以降する移行期(ステージIII)、4)10歳以上:CD28-/CD29hiのDP T細胞が高いレベルで存在する成熟期(ステージIV)。

第2節:DP T細胞の機能解析

 DPT細胞の機能をCD4sp、CD8spの両T細胞と比較した。PHA、Con A、抗CD3抗体のそれぞれで誘導される幼若化反応ではCD4sp,CD8sp T細胞と有意な差はみられなかった。次に、大部分のDP T細胞がFas抗原を発現していることから、Fas ligandで誘導されるアポトーシス感受性を比較した結果、CD4sp,CD8sp T細胞と差は認められなかった。B細胞の免疫グロブリンの産生に対するヘルパー活性を比較したところ、DP T細胞にCD4sp T細胞より劣るが明らかなヘルパー活性が認められた。興味あることに、CD3抗体を介したP-815細胞を標的とする細胞傷害活性では、DP T細胞はCD8sp T細胞と同程度の細胞傷害能を示した。そこで、RT-PCRにより細胞傷害活性に関わるIFN-,PerforinとGranzyme BのmRNAを検出した結果、DP T細胞とCD8sp T細胞にのみ高レベルのPerforinとGranzyme Bのシグナルが検出できた。さらに、抗CD3抗体での刺激により、DP T細胞はCD8sp T細胞と同程度の高いIFN-産生能を示した。

 以上要約すると、カニクイザルの末梢DP T細胞は一定した表現型をもつことおよび胸腺退縮後に急激に増加することから、胸腺外で分化した成熟記憶T細胞である可能性が示唆された。また、DP T細胞にはCD4sp T細胞と同一配列のTCR 鎖を持つ細胞集団が存在することから、DP T細胞がCD4sp T細胞と起源を同じくすることが強く示唆された。この仮説はDP T細胞が成熟記憶T細胞の表現型を持つこと、胸腺退縮後の10歳以上のカニクイザルでCD4sp T細胞レベルの低下と反比例してDP T細胞のレベルが上昇する事実と一致する。一方、DP T細胞はアナージまたはアポトティックな細胞ではなくヘルパー機能と細胞傷害機能との両方を合わせ持つユニークなT細胞であることが判明した。

 これらの結果から、カニクイザルは老化に伴うT細胞の出現機構においてヒトとは異なるシステムを有していることが明らかになった。このヒトとの相違性を利用すれば、ヒトで未だ確証の得られていない「胸腺外T細胞分化機構」の実態を解明することが可能になるものと期待される。

審査要旨

 サル類は系統発生学的にヒトときわめて近縁なため、ヒトの疾患モデルとして重要な実験動物であるが、モデル動物としての有用性を確立するためにはヒトとの類似性だけでなく、相違性についても検証しておく必要がある。

 免疫機能の制御に重要な役割を果たしているT細胞は胸腺内で成熟分化することが知られているが、胸腺は比較的早期に退縮することから、胸腺退縮後のT細胞の起源についてはいまだに十分な解明がなされていない。ヒトの末梢血T細胞の大半はCD4またはCD8いずれか一つ(単陽性(sp))の抗原を発現しており、両者を同時に発現している両陽性(DP)T細胞はほとんど存在しない。一方、正常な成熟カニクイザルの末梢血には胸腺DP細胞とは表現型を異にするDP細胞が高率に出現することから、胸腺外分化T細胞の可能性が示唆されていた。

 本論文はカニクイザルの末梢血DPT細胞の加齢に伴う変化とその免疫的意義を明らかにすることを目的としたものである。

 本論文は、以下の2章(4節)より構成されている。

 第1章、第1節ではカニクイザルの免疫系に関する基礎データとして、加齢にともなう主要リンパ球サブセットレベルの変化を調査した。B細胞及びNK細胞は性成熟前後で一定となった。T細胞は一生を通じて著明な変化は見られなかったが、CD4sp T細胞は2歳から4歳の間に減少し、CD8sp T細胞は5歳まで増加した。T細胞の表現型の変化では、CD4sp T細胞では加齢にともなってCD29loまたはCD28+細胞が減少するが、CD8sp T細胞ではCD29hiまたはCD28-細胞が増加することが確認された。この結果は、CD4sp T細胞がCD8sp T細胞より胸腺の影響を強く受けていることことを示唆している。

 第1章、第2節ではSSCPによるカニクイザルTCR 鎖の分析方法を確立し、T細胞のクロナリティ及びDPT細胞の起原を調べた。胎児ではT細胞クローンはほとんど検出されなかったが、生後一週目では検出された。成熟ザルで検出されたT細胞クローンは3ヶ月以上安定していた。さらに、T細胞クローンはリンパ節には少なく脾臓で多く観察された。クローン数はCD4sp T細胞よりもCD8sp T細胞の方が多かった。また、CD8sp T細胞で検出されるクローンは、CD28-、CD29hi、Fas+の表現型で、PerforinおよびIFN-のmRNAを高発現している細胞であることを明らかにした。

 DPT細胞の起原をSSCPで得られたTCRの塩基配列を基に解析した結果、DPT細胞がCD4sp T細胞と同一の細胞系列に属することが確認された。

 第2章、第1節ではDPT細胞の出現時期と加齢にともなう表現型の変化を調べた。DPT細胞のレベルはカニクイザルで胸腺退縮が完了する10歳前後で急激に増加すること、レベルの変化に先立ってDPT細胞での表現型の変化が生じることを明らかにした。

 第2章、第2節ではDPT細胞の機能をCD4sp、CD8spの両T細胞と比較した。DPT細胞はmitogenや抗CD3抗体の刺激により誘導される幼若化反応や、Fas ligandで誘導されるアポトーシス感受性にはCD4spまたはCD8sp T細胞と差が無いことを明らかにした。次に、DPT細胞はCD4sp T細胞より劣るが明らかなヘルパー活性を示すと同時に、CD8sp T細胞と同程度の細胞傷害能を示すことから、dual functionを示すユニークなT細胞であることが判明した。さらに、DPT細胞の細胞障害活性はPerforinとGranzyme Bの経路により生じること、活性化DPT細胞は高レベルのIFN-産生能を示すことを明らかにした。

 以上要約すると、本研究では1)カニクイザルの末梢DPT細胞は胸腺DP細胞とは異なる表現型を示すこと、2)胸腺退縮後に急激に増加すること、3)CD4sp T細胞と同一配列のTCR 鎖を持つ細胞集団が存在することを明らかにし、DPT細胞がCD4sp T細胞と同じ起源をもつ胸腺外で分化した成熟記憶T細胞である可能性を明らかにした。さらに、4)DPT細胞はアナージまたはアポトティックな細胞ではなく5)ヘルパー機能と細胞傷害機能との両方を合わせ持つユニークなT細胞であることを実証している。

 本論文は実験用霊長類として多用されているカニクイザルの免疫学的特性を明らかにしただけでなく、加齢に伴うT細胞の出現機構においてカニクイザルがヒトとは異なるシステムを有していることを明らかにした。これによりカニクイザルの特性を利用して、ヒトで推測されているものの末だに確証の得られていない胸腺外分化T細胞の由来、表現型および機能に関して有用な知見を提供したと考えられる。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク