神経細胞は脳を構成する神経回路網の単位となる細胞であり、刺激の伝達方向に沿って複雑に分岐した樹状突起、細胞体、一本の非常に長く細い突起である軸索、およびその先端のシナプスというきわめて極性のある形態を分化させている。この軸索とシナプスでは蛋白質合成が行われないため、シナプス領域や軸索内で必要な蛋白質は全て軸索輸送に頼っている。 近年、輸送される物質や、輸送される方向によって異なる多くの軸索輸送を担う物質輸送モーター蛋白質があることが明らかとなり、個々の輸送系の機能の解明も進みつつある。 この中で微小管結合性モーター蛋白質KIFs(Kinesin superfamily proteins)と呼ばれる一群の蛋白質が輸送の主役を演じていることが解明されてきた。我々はKIFsのファミリーをさらに詳細に検討する目的でこれまでに得られているKIFsの構造を基礎にプライマーを作成してRT-PCRを行い、新しいタイプのKIFsファミリーが複数存在することを確認し、そのうちマウスの脳と中枢及び末梢神経系に特異的に発現しているKIF13Bについて解析を行った。 KIF13Bは全長5478塩基、1826アミノ酸からなる蛋白質で、N-末端寄りにKIFsに特異的なモータードメインを持つ分子である。またKIF13BはKIFsの中では最も大きな分子種に属する蛋白質であることがわかった。モーター部分は既知のKIF1Aと類似性が高く、KIF13AとはC-末端より約500アミノ酸を除き高い類似性を示した。大腸菌とバキュロウイルスの系を用いて、該当蛋白質全分子の大量発現させて、ポリアクリルアミド電気泳動を行ったところ、予想される分子量に発現を認めた。また、KIF13Bの全分子及びモーター部分を含む部分蛋白を数種類、大腸菌とバキュウロウイルスで発現させた。これは、ATPase活性やモーター活性の測定のために用いる予定であったが、いずれの組み替え蛋白も緩和な条件で可溶化できなかったので、条件を変えて試行を重ねている。 得られたアミノ酸配列を元に2次構造予測を行った結果、4つのcoiled-coil構造の部分があり、このうち3つはモーター活性と関係しているものと推定された。一番C-末端寄りのcoiled-coilはKIF13BとKIF13Bの運搬物質(cargo)との結合に関わっているものと推測される。 マウスの臓器別northern blottingの結果KIF13BのmRNAは約10Kbの長さがあり、マウスの脳、心臓、筋肉で強い発現が認められ、脾臓で弱い発現が認められた。 次にKIF13Bの機能解析と局在を調べるためにKIF13B特異的抗体を作った。得られたアミノ酸配列情報を元に、親水的で、KIF13Aと類似性のないKIF13B特異的ペプチドを化学合成し、これを抗原とするペプチド抗体を4種類作った。また、大腸菌を用いてKIF13B全分子と、2つの部分分子組み替えタンパク質の大量発現を行い、精製標品を抗原としてポリクローナル抗体を作った。この結果、得られた抗体の大部分は免疫沈降に使用でき、その中の数種類が免疫ブロット法に使用可能であった。 この抗体を用いて、KIF13Bの細胞内局在性を調べた。マウスの脳をIM-Ac bufferでホモゲナイズし、1,000gで10分遠心分離し、上清をS1沈殿をP1とした。このS1を10,000gで10分遠心分離し、その上清をS2沈殿をP2とした。このS2を更に100,000gで1時間遠心分離し、その上清をS3沈殿をP3とした。 その結果、KIF13Bは大部分がP3画分に局在した。P3は主にmicrosomeを含む画分であり、このことからKIF13Bは小胞体に結合していると考えられる。また、超遠心分離による沈降速度から、その沈降係数は6〜8Sと推定された。また、bufferに塩(500mMKCl)を加えるとKIF13BはS3画分に移行することから、KIF13Bとその運搬物との結合は塩の存在によって解離することが分かる。なお、アルカリ性下(pH.11)、界面活性剤存在下(1% triton X-100)ではKIF13Bの局在性に変化は見られなかった。更に、S2(10,000gの上清)を使って0〜60%の"Nycodenz"density gradientによる分画を行った結果、KIF13Bは膜タンパクであるsynaptotagmine(P65)やsynaptophysin(P38)と同じような挙動を示した。また、同じくS2画分を用いてsucrose velocity gradientによる分画を行った結果、KIF13BはKIF1Aと似通った画分に局在した。KIF13BはKIF1Aと分子量的にも沈降係数も近いことから、同じように単量体として働き、"Nycodenz"dencity gradientとsucrose velocity gradientによる分画の結果も併せて考えると、高濃度の塩存在下で解離する膜蛋白質の輸送に関わっていると推測される。 次に抗体を用いてマウスの臓器別のKIF13Bの分布を免疫ブロットで検討してみたところ、脳、心臓、肝臓、副腎に発現が認められた。さらに神経系について詳しく見ると、dorsal root ganglia[DRG]、astrocyteの初代培養細胞と座骨神経で発現が見られた。 脳を含め、中枢及び末梢神経系におけるKIF13Bの局在をさらに詳しく解析するため、脳、脊髄、座骨神経の切片を用いて蛍光抗体法による解析を行った。予め2%パラホルムアルデヒド、0.1%グルタールアルデヒドで還流固定したマウスから組織を切りだし、急速凍結の後、10〜20 mの切片とし、蛍光抗体法で抗KIF13B抗体を用いてKIF13Bの局在を観察した。その結果、脳では組織に全般的に広く染まり、局在ははっきりしなかった。グリア細胞のマーカーである抗S-100と抗KIF13B抗体との二重染色の結果、脊髄では白質のグリア細胞で両者の局在が一致した。DRGではニューロンを取り巻くミエリンが特徴的に染色された。同様の染色は座骨神経の切片でも見られ、ニューロンを取り巻くミエリンがよく染まり、シュワン細胞のマーカーである抗CNP-1抗体と、抗KIF13Bとで二重染色すると、両者はよく一致した。ただし、コントロールと比較するとニューロンも有意に染まっている事が確認された。心臓や肝臓の切片も実験に供したが、有意な染色像は得られなかった。 この結果を基に培養細胞を使った実験を行った。シュワン細胞のモデルとしてマウスschwannomaから樹立されたTR6Bを、またニューロンのモデルとしてNeuro2A、neuroblastomaとspinal cordの融合細胞であるNSC-34を使用した。免疫ブロットの法の結果、いずれの細胞にもKIF13Bが発現していた。蛍光抗体法による解析も行った。固定は2%パラホルムアルデヒド、0.1%グルタールアルデヒドで行い、1%Triton X-100でpermiabilizeした。その結果、Neuro2AとTR6Bでは核近傍と、細胞質全体に広く分布していることが解った。NSC-34でも同じ様な分布が見られたが発現は前者と比べると弱かった。ただし、これらの培養細胞におけるKIF13Bの発現はコントロールと比べると有意ではあるものの、比較的弱かったので、強制発現によるKIF13Bの細胞内局在性を検討した。TR6BとNeuro2Aでは理由は不明であるが、強制発現の実験は成功しなかったが、NSC-34とNIH3T3ではよく発現していることがわかった。NIH3T3はNothern blotの結果、embryoでのKIF13B発現が見られたので使用に供した。 その結果、KIF13Bは核近傍と、細胞内に放射状に発現していた。微小管を認識する抗-DM1AとKIF13Bとで2重染色すると両者の局在はほぼ一致することが確認された。このことはKIF13Bが微小管関連モーター蛋白である事を示唆している。核近傍に発現しているKIF13Bの役割は現在のところ不明である。 以上のことから、KIF13Bは単体で働くKIF1A類似の単頭球状の形状を持つ新しい微小管関連モータータンパクであり、膜関連蛋白を輸送していると考えられる。 |