今回我々は、腎臓内で新たに発見されたキネシンスーパーファミリーの一つである、KIF12のクローニングと解析を行った。 腎臓の細胞を含む上皮細胞は、高度に極性を持った構造をしている。上皮細胞の細胞膜は二つの領域に分かれている。基底膜に接する膜と、管腔に接する膜である。この二領域はタイトジャンクションと呼ばれる構造により、物理的に分離されている。この二領域は生化学的、形態的、生理的に異なる特徴を持っている。この細胞の極性を保つためには、それぞれの領域に特異的なタンパク質が正確に運ばれる必要がある。 元来、細胞内の輸送は神経細胞を用いてよく研究されている。神経細胞内でのタンパク質の輸送は、微小管とその上にあるキネシンやダイニンなどのモーター分子によって行われている。細胞体内で生合成されたタンパク質は、順行性輸送によって前シナプス末端へ運ばれ、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた物質などは、逆行性輸送によって細胞体に運ばれる。同様に、上皮細胞内の管腔側への輸送と基底膜側への輸送も、どちらも微小管を介して行われている。 キネシンスーパーファミリー(KIF)は細胞内において、膜小器官やタンパク質複合体を輸送するという、重要な働きを担っている。この分子はATPase活性(モーター活性)を持ち、微小管をレールとして輸送を行っている。KIFは3種類のドメインから成り立っている。ATPase活性を持ち、微小管に結合する領域であるモータードメイン、輸送される物質と結合する領域であるテールドメイン、その二つの領域を結ぶロッドドメインである。モータードメインはモーター活性に必須の部分であり、どのKIFでもアミノ酸配列が高度に保存されている。テールドメインの配列は多様性に富んでおり、ここでそれぞれのKIFが違うカーゴ(運ばれるもの)と結合する部位と考えられる。1992年、キネシンのモータードメイン配列をブライマーに用いたPCR法により、マウスの脳から5種類のKIF(KIF1-KIF5)が単離された。また1997年、同様の手法を用いてマウスの脳以外の組織からも、新たに16種類のKIFが単離された。 今回の研究の対象であるKIF12は、腎臓のcDNAを用いたスクリーニングにより発見されたKIFである。この分子の機能が解明される事により、上皮細胞内での輸送機構がさらに明らかになると考え、この分子の解析を行った。 まずマウス腎臓のcDNAライブラリーを作製し、KIF12の全長cDNAのクローニングを行った。核酸配列を決定し解析を行った結果、KIF12は648アミノ酸(a.a.)からなり、アミノ酸配列から計算された分子量は71.2kDaであった。ノザンブロットにより、mRNAの長さは2.3kbであることが分かった。KIF12のモータードメインは1-379a.a.に位置しており、N末型モーターであることが示された。アミノ酸配列から二次構造予測を行った結果、ロッドドメイン、テールドメインはそれぞれ380-469a.a.,470-648a.aに位置することが示された。また既知のアミノ酸配列とホモロジー検索を行ったが、モータードメイン以外の部位では、相同性をもつアミノ酸配列は見出されなかった。 さらに解析を進めるために、KIF12に対するウサギのポリクローナル抗体を作製した。抗原には、Sf9-バキュロウィルス系で発現させたKIF12の全長タンパク質、3’末端側欠損タンパク質、5’末端側欠損タンパク質を用いた。また2種類の精製したポリペプチドも使用した。抗血清は全て、抗原に対してアフィニティ精製を行ってから、以下の実験に使用した。 まず様々な臓器のタンパク質を用いて、ウェスタンブロッティングを行った。KIF12は、調べた限りの臓器では、腎臓に特異的に発現していた。これはノザンブロッティングの結果と一致している。また72kDaのバンドが一本が検出されたが、これはアミノ酸配列から計算された分子量と、ほぼ一致していた。 またKIF12と結合しているオルガネラを生化学的な方法で同定するため、マウスの腎臓を用いて、subcellular fractionationを行った。その結果、KIF12は主にP1(1000g),P2(10000g)フラクションに回収された。P3(100Kg),S3には、ほとんどシグナルは認められなかった。また様々な界面活性剤を加えて同様の実験を行ったところ、1 %Triton X-100や1%CHAPSではKIF12を可溶化することは出来ず、1%DOCで少量のKIF12が可溶化される事が分かった。1MKClを加えて分画を行ったところ、ほとんどのKIF12がS3に回収されたため、KIF12は膜に組み込まれるタンパク質ではないことが示された。またKIF12とraftが関係しているかを調べるために、コレステロールを分解する薬剤であるmethl--cyclodextrinで処理した後、Triton-X 100処理を行ったが、KIF12は可溶化されなかった。 またNycodenzを用いた濃度勾配遠心法では、ミトコンドリアの指標酵素であるCOXと、ほぼ一致したフラクションにKIF12のピークが認められた。しかし、KIF12とミトコンドリアはおそらく結合しないと考えられる。なぜなら上記のsubcellular fractionationでは、ミトコンドリアの膜はTriton X-100処理によって可溶化され、S3に回収されるはずだからである。Nycodenz濃度勾配遠心法の結果から、KIF12は何らかの膜性分と結合しているようであるが、その膜成分は非イオン性界面活性剤で可溶化されず、raftでもないことが示された。 またマウス腎臓内におけるKIF12の局在を調べるため、蛍光抗体法を行った。その結果、皮質側には強いシグナルが見られたが、髄質側ではほとんどシグナルが検出されなかった。さらに高倍で観察を行ったところ、皮質の中でも特に近位尿細管の管腔側に強いシグナルが見られた。血管や糸球体には発現は認められなかった。 さらにKIF12の細胞生物学的な解析を行うため、細胞株であるMDCK(犬の腎臓遠位尿細管由来)やLLC-PK1(ブタの腎臓近位尿細管由来)の内因性のKIF12が、作製した抗体で検出できるか調べたが、いずれも検出できなかった。そこでLLC-PK1を用いてKIF12のトランスフェクタントを作成した。現在数ラインが得られ、KIF12の発現をウェスタンブロットと、蛍光抗体法で確認した。 KIF12は、腎臓を含むあらゆる臓器で発現しているコンベンショナルキネシン(KIF5B)と、違う特性を持っている。例えばKIF5Bの蛍光抗体では、様々な細胞において、シグナルが細胞内に拡散した形で検出される。ところがKIF12は、蛍光抗体法により、近位尿細管細胞内の管腔側のかなり限局した部位に局在が見られた。管腔側に存在する微絨毛は様々な研究から、ターンオーバーの速度が速いことが知られている。その為、微絨毛の構造を維持するには、大量の膜成分や脂質の輸送が必要である。KIF12は、これらの物質輸送に働くモーターなのかも知れない。またsubcellular fractionationでは、KIF5BはS3に多量に回収されるが、KIF12はほとんどがP2に回収された。またこのカーゴは、非イオン性界面活性剤処理では可溶化されず、raftでもない事が示された。このようなKIF12のカーゴの特性は、BB(brush-border)-ミオシン1に似ている。BB-ミオシン1も細胞分画ではP2に回収され、蛍光抗体法で腎臓の尿細管の管腔側に局在が認められる。 現在、KIF12の正確な局在を決めるため、免疫電子顕微鏡での解析を続けている。また、KIF12のトランスフェクタントを用いて、細胞生物学的な解析を行う予定である。 |