本研究はヒトの発癌における基礎理論としての細胞周期制御機構の解明の一環として、一回の細胞周期において一度しかDNAが複製されないというlicensingの機構の一端を、分裂酵母の温度感受性変異株であるcdc21一M68株を用いて解明したものである。 1.低温では正常に生育するが高温では生育できないcdc21-M68株を用いて、分裂酵母のゲノムのライブラリーを用いてスクリーニングを行ったところ、高温で機能を相補する遺伝子としてrum1+遺伝子を得た。ちなみに、rum1+遺伝子産物であるRum1はCdc2キナーゼ・インヒビターとして知られている。 2.同じくCdc2キナーゼ・インヒビターとして知られているsrw1+遺伝子の過剰発現でもcdc21-M68株の温度感受性変異を抑制した。 3.分裂酵母のG1サイクリンとして知られているcig2+遺伝子を破壊することによりCdc2キナーゼの活性を抑制すると温度感受性変異が抑制された。すなわち、 cig2cdc21-M68株では制限温度の上昇が認められた。 4.以上のように相異なる三つの方法でCdc2キナーゼの活性を抑制すると、いずれの場合にもcdc21-M68株の温度感受性変異は抑制された。そこでCdt21タンパク質がCdc2キナーゼによってその活性が負に制御されているという仮説をたて、それを検証した。 5.Cdc21タンパク質を調べてみると、二カ所にCdc2キナーゼによってリン酸化を受ける可能性のある配列(TPXK/R)が同定されたので、そのリン酸化を受けると考えられるスレオニンをリン酸化を受けないアラニンに置換したミュータントcdc21遺伝子を作り温度感受性変異抑制活性(相補活性)を調べた。二カ所ともにアラニンに置換した遺伝子は、二カ所ともスレオニンのままのワイルドタイプの遺伝子に較べて二倍の相補活性を示した。 6.cdc21-M68株のcdc21遺伝子の713番目の塩基にpoint mutationがあり、シトシンがチミンに置換されていることを示し、さらに温度感受性cdc21-M68遺伝子の15番目、112番目の両方のスレオニンをアラニンに置換した遺伝子を作りその相補活性を調べた。アラニンに置換しない遺伝子ではせいぜい30℃までしか相補しないのに、両方ともアラニンに置換した遺伝子では34.5℃まで相補した。 以上、本論文は分裂酵母のMCMタンパク質Cdc21の変異株cdc21-M68株を用いて、細胞周期の進行を司ると考えられていたCdc2キナーゼによって、MCMタンパク質の一員であるCdc21タンパク質がリン酸化されることにより、Cdc21タンパク質の活性が負に制御され、一回の細胞周期において一度しかDNAが複製されない機構の一端を担っていることを示したものであり、細胞周期制御機構の研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 |