学位論文要旨



No 115348
著者(漢字) 辻,正弘
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,マサヒロ
標題(和) 分裂酵母のMCMタンパク質Cdc21のCdc2キナーゼによるリン酸化による制御
標題(洋) Regulation of Cdc21(fission yeast MCM protein)through phosphorylation by Cdc2 kinase
報告番号 115348
報告番号 甲15348
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1534号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 正井,久雄
 東京大学 助教授 増田,道明
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
内容要旨

 DNAの複製開始機構は酵母からヒトまで驚くほど保存されている。酵母はヒトと同じ真核細胞生物のうち最も単純な生物であり、分裂酵母は出芽酵母に較べてイントロンを持つなどよりヒトに近いと考えられているため、私の研究室では細胞周期の研究に分裂酵母(S.pombe)を用いている。細胞周期には大きく分けてDNA合成のS期、核分裂のM期があり、その間の間期としてG1期、G2期がある。細胞周期の研究では細胞周期変異株(cdc変異株:cell division cycle mutant)から多くの重要な遺伝子および酵素が発見されてきた。このうち細胞周期制御における最も重要な酵素としてCdc2キナーゼがある。このCdc2キナーゼは細胞周期エンジンとでも言うべきもので、アフリカツメガエルの卵母細胞の成熟を誘導するMPF(maturation promoting factor)や動物細胞のcdkキナーゼと同じものであり、キナーゼ本体のCdc2とその活性制御サブユニットとしてのサイクリンからなる複合体を形成し、各細胞周期において異なるサイクリンにより制御されている。分裂酵母の主なサイクリンにはCig1,Cig2,Cdc13などがあり、そのうちCig1,Cig2は主にG1/S期に、Cdc13は主にG2/M期に働くサイクリンである。

 主に出芽酵母を用いた研究からS期の調節に複製開始点で形成される ORC(origin recognition complex),MCM(minichromosome maintenance protein)を中心とする複合体が重要な役割を果たすことが明らかにされつつある。ORCは6量体を形成し細胞周期を通じてDNAに結合している。MCMも同じく6量体を形成するが細胞周期を通じてDNAに結合しているわけではなく、出芽酵母の場合は核と細胞質の間を移行し一回の細胞周期に一度しかDNA合成が行われないこと(licensing)を保証していると考えられている。分裂酵母では細胞周期を通じて核内にあることが知られているが、licensingの分子レベルでの解明は一部しか進んでいない。

 私は分裂酵母を用いてlicensing factor として Cdc21 タンパク質(MCM4 ホモローグ)が関与している可能性を解析した。cdc21+遺伝子破壊株はS期の進行が開始できず致死となるため、cdc21+遺伝子はDNA複製に必須であると考えられている。研究に用いたcdc21-M68株はcdc変異株の一つで、cdc21+遺伝子の温度感受性変異株であり、その増殖の過程でプラスミドの保持が困難であるというMCM変異株としての性質をもつ。低温では正常な機能を持ち正常に増殖するが、高温(制限温度)ではcdc変異を示し通常の2倍のDNA含量をもって細胞周期が停止し死滅する。このcdc21-M68株をホストとし分裂酵母のgenomic DNA libraryを用いて機能相補によるスクリーニングを行った。温度感受性変異を相補して制限温度下で形成されたコロニーよりプラスミドを回収し、その活性部位を調べたところrum1+遺伝子であった。このRum1(rum1+遺伝子産物)はCdc2・サイクリン複合体に直接結合することによりCdc2キナーゼ活性を抑制することが知られている。このためrum1+遺伝子によるcdc21-M68株の温度感受性変異の抑制は、Cdc2キナーゼ活性の抑制を介したものである可能性が考えられた。もしそうであるなら、Rum1以外のCdc2キナーゼ活性を抑制するタンパク質でもRum1と同じようにcdc21-M68株の温度感受性変異を抑制するだろうと考えられた。Srw1(srw1+遺伝子産物)はCdc13サイクリンの分解を促進することによりCdc2キナーゼ活性を抑制する事が知られている。そこでsrw1+遺伝子もrum1+遺伝子と同じく温度感受性変異を抑制するはずであると考え、srw1+遺伝子を過剰発現させたところ、相補活性は弱いが同じように温度感受性変異を抑制した。もしrum1+遺伝子やsrw1+遺伝子による抑制がCdc2キナーゼを介したものであるならば、サイクリン破壊株を作ることによりCdc2キナーゼ活性を抑制しても、同じようにより高温での生育が可能となるはずである。このことを確かめるために、G1サイクリンのcig1+,cig2+遺伝子の破壊株を作成したところ(G2サイクリンのcdc13+遺伝子破壊株は致死であるため作成できない)、cig1+遺伝子破壊株では生育の制限温度の上昇は認められなかったが、cig2+遺伝子を破壊したcdc21-M68(cig2 cdc21-M68)株では生育の制限温度の上昇が認められた。以上の結果よりCdc2キナーゼの活性の抑制がCdc21タンパク質の活性化に関与している可能性が強くなった。そこでCdc2キナーゼとCdc21タンパク質の関連を調べるためにCdc21タンパク質を調べてみると、そこには二カ所のCdc2キナーゼによるコンセンサス・リン酸化配列(TPXK/R)があり、Cdc2キナーゼはそのスレオニンをリン酸化することによりCdc21タンパク質を不活性化している可能性が考えられた。そこでコンセンサス配列内の15番目と112番目のスレオニンを、Cdc2キナーゼでリン酸化を受けないアミノ酸であるアラニンに置換したミュータント遺伝子を作りcdc21-M68株に過剰発現させたところ、その遺伝子ではワイルドタイプの遺伝子よりも二倍の相補活性を示した。またcdc21-M68遺伝子の15番目と112番目の両方のスレオニンをアラニンに置換した遺伝子はcdc21-M68株の制限温度を34.5℃まで上昇させたが、アラニンに置換しないcdc21-M68遺伝子は制限温度を上昇させることなく、33℃で殆どコロニーを形成せず、33.5℃およびそれ以上の温度では全くコロニーを形成しなかった。この研究ではタンパク質レベルでの実験は行っていないが、Cdc21は細胞周期の進行においてそのタンパク量が変化しないこと、またクロマチン画分のCdc21はS期進行とともに高度にリン酸化されることが知られている。以上の事実よりCdc21はCdc2キナーゼによるリン酸化により不活性化され、一回の細胞周期に一度しかDNA合成が行われないというlicensingの機能を果たしていると考えられる。

審査要旨

 本研究はヒトの発癌における基礎理論としての細胞周期制御機構の解明の一環として、一回の細胞周期において一度しかDNAが複製されないというlicensingの機構の一端を、分裂酵母の温度感受性変異株であるcdc21一M68株を用いて解明したものである。

 1.低温では正常に生育するが高温では生育できないcdc21-M68株を用いて、分裂酵母のゲノムのライブラリーを用いてスクリーニングを行ったところ、高温で機能を相補する遺伝子としてrum1+遺伝子を得た。ちなみに、rum1+遺伝子産物であるRum1はCdc2キナーゼ・インヒビターとして知られている。

 2.同じくCdc2キナーゼ・インヒビターとして知られているsrw1+遺伝子の過剰発現でもcdc21-M68株の温度感受性変異を抑制した。

 3.分裂酵母のG1サイクリンとして知られているcig2+遺伝子を破壊することによりCdc2キナーゼの活性を抑制すると温度感受性変異が抑制された。すなわち、cig2cdc21-M68株では制限温度の上昇が認められた。

 4.以上のように相異なる三つの方法でCdc2キナーゼの活性を抑制すると、いずれの場合にもcdc21-M68株の温度感受性変異は抑制された。そこでCdt21タンパク質がCdc2キナーゼによってその活性が負に制御されているという仮説をたて、それを検証した。

 5.Cdc21タンパク質を調べてみると、二カ所にCdc2キナーゼによってリン酸化を受ける可能性のある配列(TPXK/R)が同定されたので、そのリン酸化を受けると考えられるスレオニンをリン酸化を受けないアラニンに置換したミュータントcdc21遺伝子を作り温度感受性変異抑制活性(相補活性)を調べた。二カ所ともにアラニンに置換した遺伝子は、二カ所ともスレオニンのままのワイルドタイプの遺伝子に較べて二倍の相補活性を示した。

 6.cdc21-M68株のcdc21遺伝子の713番目の塩基にpoint mutationがあり、シトシンがチミンに置換されていることを示し、さらに温度感受性cdc21-M68遺伝子の15番目、112番目の両方のスレオニンをアラニンに置換した遺伝子を作りその相補活性を調べた。アラニンに置換しない遺伝子ではせいぜい30℃までしか相補しないのに、両方ともアラニンに置換した遺伝子では34.5℃まで相補した。

 以上、本論文は分裂酵母のMCMタンパク質Cdc21の変異株cdc21-M68株を用いて、細胞周期の進行を司ると考えられていたCdc2キナーゼによって、MCMタンパク質の一員であるCdc21タンパク質がリン酸化されることにより、Cdc21タンパク質の活性が負に制御され、一回の細胞周期において一度しかDNAが複製されない機構の一端を担っていることを示したものであり、細胞周期制御機構の研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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