学位論文要旨



No 115349
著者(漢字) 中谷,紀章
著者(英字)
著者(カナ) ナカタニ,ノリアキ
標題(和) 培養マスト細胞における細胞質型ホスホリパーセA2の機能
標題(洋) A functional role of cytosolic phospholipase A2in cultured mast cells
報告番号 115349
報告番号 甲15349
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1535号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
内容要旨

 ホスホリパーゼA2(PLA2)と呼ばれる酵素群には、膵臓や肺に発現しているI型PLA2、炎症細胞から細胞外へ放出される誘導型のIIA型およびV型PLA2、またほとんどの細胞で恒常的に発現し、細胞質に存在しているcPLA2(あるいはIV型PLA2)などを含めて、現在までに10種類以上が報告されている。PLA2は生体膜を構成するグリセロリン脂質のsn-2位にエステル結合している脂肪酸を特異的に加水分解し、遊離された脂肪酸はシクロオキシゲナーゼ(COX)やりポキシゲナーゼ(LOX)の働きでそれぞれプロスタグランジンやロイコトリエンへと代謝される。また、PLA2は血小板活性化因子(PAF)産主の鍵を握る酵素でもあるとも考えられている。アラキドン酸由来のプロスタグランジンやロイコトリエンは炎症や免疫反応をはじめ、種々の生理作用、病因との関与が強く示唆されており、そのアラキドン酸を特異的に加水分解するcPLA2はPLA2の中でも重要であると考えられている。しかし、従来おこなわれている阻害剤、抗体あるいはアンチセンスを用いた実験系では観察される現象がどのPLA2によるものなのか解釈することが困難であった。本研究室で樹立されたノックアウトマウスはジーンターゲッティング法を用いており、cPLA2の機能を解析する有力なツールである。これまで我々は即時型アレルギーであるアナフィラキシー反応においてcPLA2が重要な役割を担っていることを報告した(Uozumi at al.,Naure 1997,618-622)。アナフィラキシー反応はマスト細胞上の高親和性IgEレセプター(FcRI)が架橋され、脱顆粒を起こすことにより惹起される。本研究ではアナフィラキシー反応の原因細胞として考えられてきたそのマスト細胞に注目し、cPLA2欠損マウスの骨髄由来マスト細胞(BMMC)を用いてマスト細胞の脱顆粒におけるcPLA2の役割について解析を行った。

方法1.BMMCの培養

 6〜7週齢の舒生型およびcPLA2欠損マウスより骨髄細胞を採取し、50%WEHI-3cell-conditioned mediumと50%RPMI(10%FCS、0.1mM非必須アミノ酸、100IU/mlペニシリンおよび100g/mlストレプトマイシン含有)で4〜8週間培養した。

2.BMMCの形態の観察

 培養したマスト細胞をサイトスピンによりスライドガラスに付着後、サフラニン/アルシアンブルーで染色し、光学顕微鏡により細胞内顆粒を観察した。また細胞の形態を電子顕微鏡により観察した。

3.FcRIおよびc-Kitの発現

 FITCラベルしたIgE抗体およびAPCラベルした抗c-Kit抗体を用い、FACSによりBMMC上のFcRIおよびc-KITの発現数を解析した。

4.生理活性脂質産生量の測定

 BMMCを抗ジニトロフェニル(DNP)IgE抗体で感作後、DNP-HSAを添加することで抗原刺激を行った。システイニルロイコトリエン(cys-LT)は10分、プロスタグランジンD2(PGD2)は30分、血小板活性化因子(PAF)は2分間刺激後の細胞上清をそれぞれ回収し定量した。cys-LTはエンザイムイムノアッセイにより、またPGD2はラジオイムノアッセイにより測定した。PAFはラジオレセプター結合法により測定した。また細胞を[3H]標識したアラキドン酸でラベルし、50ng/ml DNP-HSA-で刺激後、細胞上清を回収し遊離されたアラキドン酸をシンチレーションカウンターにより測定した。

5.ヒスタミン放出量の測定

 BMMCを抗DNP IgE抗体で感作後、DNP-HSAを添加した。一定時間の後、細胞上清を回収し、ヒスタミン放出量をELISA法により定量した。

6.ヒスチジンデカルボキシラーゼのmRNAおよびタンパク質発現量の解析

 BMMCより抽出したトータルRNAを用い、ヒスチジンデカルボキシラーゼ(HDC-)のmRNA発現量をノーザンブロット法により解析した。またHDCのタンパク質発現量を検討するため、BMMCを[35S]標識ヒスチジンでラベルし、タンパク質を可溶化後、抗HDC抗体で免疫沈降した。沈降したタンパク質を電気泳動した後、放射線活性をイメージングアナライザーにより解析した。

7.ベーターヘキソサミニダーゼ放出量の測定

 BMMCを抗DNP IgE抗体で感作後、DNP-HSAを添加し細胞上清を回収した。細胞上清および細胞ペレット中のベーターヘキソサミニダーゼ(-HEX)活性をそれぞれにp-ニトロフェニル-N-アセチル--D-グルコサミニドを基質として加え、37℃で1-時間反応させ、吸光度を測定することにより定量した。

 -HEXの放出量は、細胞上清および細胞ペレット中の-HEX活性をそれぞれSおよびPとして、以下の式により求めた;S/(S+P)×100。

8.細胞内カルシウム濃度の測定

 抗DNP IgE抗体で感作したBMMCにカルシウム感受性蛍光色素であるFura-2をロードし、DNP-HSA添加時の500nmの蛍光を340および380nmの波長で励起し測定した。

結果と考察1.BMMCの培養

 骨髄採取後、5週間培養した細胞をサフラニン/アルシアンブルーにより染色し、光学顕微鏡により観察したところ野生型およびcPLA2欠損マウス由来細胞ともアルシアンブルーでのみ染まり、コンドロイチン硫酸を多く含有するマスト細胞様の特徴を示した。また電子顕微鏡によりcPLA2欠損マウス由来BMMCは形態学的に野生型と差がないことが観察された。

 FACSによるBMMC表面に発現しているレセプター数の解析では、FcRIおよびcKITの発現は野生型およびcPLA2欠損マウス由来BMMCの両者に差はみられなかった。

 このことから培養した細胞はBMMCへと正常に分化しており、cPLA2がマスト細胞の分化には必須ではないことが示唆された。

2.生理活性脂質産生量の比較

 アラキドン酸の遊離量、PGD2およびcys-LT産生量はcPLA2欠損マウス由来BMMC-において検出限界レベルにまで減少していた。PAF産生では有意な低下は見られなかったものの、cPLA2欠損マウス由来BMMCにおいて減少する傾向にあり、cPLA2がPAF産土に部分的に関与していることが示唆された。以上のことから、マスト細胞の活性化の即時相では、cPLA2が生理活性脂質産土において主要な働きをしていることがわかった。

3.ヒスタミン放出の比較

 ヒスタミン放出量は野生型およびcPLA2欠損マウス由来BMMCともDNP刺激後約2-分で最大値に達したが、cPLA2欠損マウス由来BMMCでは野生型に比べ有意に低下していた。しかし、細胞内のヒスタミン含量を測定したところ、cPLA2欠損マウス由来BMMCで1513±60.32ng/106 cellsと野生型2602±189.2ng/106 cellsに比べ約40%の減少がみられた。その結果、正味のヒスタミン放出の割合は野生型に対しcPLA2.欠損マウス由来BMMCで有意に上昇した。

 cPLA2欠損マウス由来BMMCでのヒスタミン含量低下の原因を明らかにするため、ヒスタミン合成酵素であるHDCのmRNAの発現をノーザンブロッティングにより解析したところ、野生型およびcPLA2欠損マウス由来BMMCの両者に差は見られなかった。しかし、抗HDC抗体を用いた免疫沈降法によりcPLA2欠損マウス由来BMMCではHDCタンパク質の発現がほとんど見られず、タンパク質の安定性もしくは転写の段階において何らかの問題があると考えられた。またこのことはcPLA2欠損マウス由来BMMCにおいてヒスタミン含有量が低下している結果と一致した。

4.-HEXの放出量の比較

 脱顆粒反応の指標として用いられている-HEXの抗原刺激後の放出割合を測定したところ、HDCの場合と同じくcPLA2欠損マウス由来BMMCにおいて野生型に比べ抗原濃度依存的また時間依存的に有意に亢進していた。

5.細胞内カルシウム濃度の上昇

 抗原刺激による細胞内カルシウム濃度の上昇はcPLA2欠損マウス由来BMMCで野生型に比べ有意に上昇していた。また、ピークに達する時間はcPLA2欠損マウス由来BMMCでは野生型より長かった。

 脱顆粒にはカルシウムの濃度上昇が必須とされているので、おそらくcPLA2欠損マウス由来BMMCではカルシウム濃度の上昇が野生型よりも高いため、脱顆粒が亢進しているものと思われる。

結語

 cPLA2欠損マウス由来BMMCは野生型に比べ抗原刺激によるアラキドン酸放出、エイコサノイドおよびPAFの産生が有意に低下していた。また、cPLA2欠損マウス由来BMMCではヒスタミン含有量および抗原刺激によるヒスタミン放出量が有意に低下していた。このことから、cPLA2欠損マウスのアナフィラキシー反応の減弱はマスト細胞におけるこれら炎症性メディエーターの低下によるともと考えられる。

 しかし、予想に反しBMMCの脱顆粒反応はcPLA2欠損マウスにおいて野生型に比べ亢進しており、アラキドン酸およびアラキドン酸代謝物、もしくはcPLA2それ自体が脱顆粒反応を調節している可能性があり、今後このメカニズムの解明が期待される。

審査要旨

 本研究はcPLA2欠損マウスの骨髄由来マスト細胞(BMMC)を用いてマスト細胞の脱顆粒におけるcPLA2の役割について解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.野生型およびcPLA2欠損マウス由来細胞を染色し、光学顕微鏡により観察したところコンドロイチン硫酸を多く含有するマスト細胞様の特徴を示した。また電子顕微鏡によりcPLA2欠損マウス由来細胞は形態学的に野生型と差がないことが観察された。BMMC表面に発現しているレセプター数をFACSを用いて解析したところ、Fc-RIおよびc-KITの発現は野生型およびcPLA2欠損マウス由来細胞の両者で差はみられなかった。以上の結果は培養した細胞はBMMCへと正常に分化しており、cPLA2がマスト細胞の分化には必須ではないことを示唆していると考えられる。

 2.cPLA2欠損マウス由来BMMCにおいてアラキドン酸の遊離量、PGD2およびcys-LT産生量はいずれも検出限界レベルにまで減少していた。PAF産生では有意な低下は見られなかったものの、cPLA2欠損マウス由来BMMCにおいて減少する傾向にあり、cPLA2がPAF産生に部分的に関与していることが示唆された。以上のことから、抗原刺激後の即時相では、cPLA2が生理活性脂質産生において主要な働きをしていることがわかった。

 3.ヒスタミン放出量は野生型およびcPLA2欠損マウス由来BMMCとも抗原刺激後約2分で最大値に達したが、cPLA2欠損マウス由来BMMCでは野生型に比べ有意に低下していた。また細胞内のヒスタミン含量はcPLA2欠損マウス由来BMMCでは1513±60.32ng/106 cellsと野生型2602±189.2ng/106 cellsに比べ約40%の減少がみられた。その結果、正味のヒスタミン放出の割合は野生型に対しcPLA2欠損マウス由来BMMCで有意に上昇していた。

 ヒスタミン合成酵素であるヒスチジンデかルボキシラーゼ(HDC)のmRNAのノーザンブロッティングにより、野生型およびcPLA2欠損マウス由来BMMCの両者に差は見られないことがわかった。しかし、抗HDC抗体を用いた免疫沈降法によりcPLA2欠損マウス由来BMMCのHDCタンパク質はほとんど発現しておらず、cPLA2欠損マウス由来BMMCにおいてはHDCタンパク質の安定性もしくは転写の段階において何らかの問題が生じていると考えられた。またこのことはcPLA2欠損マウス由来BMMCにおいてヒスタミン含有量が低下している結果と一致した。

 4.脱顆粒反応の指標として用いられている-ヘキソサミニダーゼ(-HEX)の抗原刺激後の放出割合を測定したところ、HDCの場合と同じくcPLA2欠損マウス由来BMMCにおいて野生型に比べ抗原濃度依存的また時間依存的に有意に亢進していた。

 5.抗原刺激による細胞内カルシウム濃度の上昇はcPLA2欠損マウス由来BMMCで野生型に比べ有意に上昇しており、また細胞内カルシウム濃度がピークに達する時間はcPLA2欠損マウス由來BMMCでは野生型より長かった。脱顆粒にはカルシウムの濃度上昇が必須とされていることから、おそらくcPLA2欠損マウス由来BMMCではカルシウム濃度の上昇が野生型よりも高いため、脱顆粒が亢進しているものと思われる。

 以上、本論文はcPLA2欠損マウス由来BMMCを用いた解析からcPLA2欠損マウスのアナフィラキシー反応の減弱はマスト細胞における炎症性メディエーターの低下によることを明らかにした。また予想に反し、BMMCの脱顆粒反応はcPLA2欠損マウスにおいて野生型に比べ亢進していることから、アラキドン酸およびアラキドン酸代謝物、もしくはcPLA2それ自体が脱顆粒反応を調節している可能性を示唆すると考えられる。本研究はこれまで別々に考えられていた、抗原刺激後のマスト細胞の生理活性脂質産生と脱顆粒反応がなんらかの相互作用をしており、cPLA2阻害薬を開発する際の副作用を考える上で有益な情報をもたらし、IgEレセプーター以降のシグナル伝達の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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