学位論文要旨



No 115350
著者(漢字) 増田,一之
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,カズユキ
標題(和) モルモットロイコトリエンB4受容体cDNAのクローニングおよび機能解析
標題(洋)
報告番号 115350
報告番号 甲15350
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1536号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 はじめに

 脂質メディエーターは生体膜のリン脂質やコレステロールから種々の酵素によって産生され、全身で多彩な薬埋・生理的作用をひき起こす生体物質である。脂質メディエーターであるトロンボキサン(TX)やプロスタグランジン(PG)、血小板活性化因子(PAF)などは細胞膜上で特異的に結合する受容体が単離されており、細胞および分子レベルでの受容体の機能解析が進められている。

 ロイコトリエン(LT)は5-リポキシゲナーゼ(5-LO)によってアラキドン酸から生成される脂質メディエーターの総称であり、合成経路や標的組織および生理活性の違いから、LTB4とグルタチオンの結合したペプチド性LT(LTC4、LTD4、LTE4)に大別される。LTB4は白血球に対して強力な走化因子として働くほか、脱顆粒、活性酸素の産生などを引き起こすことが明らかとなっている。また、気管支喘息や炎症性腸疾患、尋常性乾癬の羅患部位においてLTB4産生の増大が報告されており、炎症反応の亢進に深く関っていると考えられる。LTB4の代謝について、CYP4F2やCYP4F3等のチトクロームP450による20-hydroxy-LTB4、さらに20-carboxy-LTB4への酸化(酸化)、および、LTB4 12水酸基脱水粗酵素による12-keto-LTB4への酸化が報告されている。これらLTB4の20位および12位の酸化は、LTB4の不活性化経路であると考えられている。LTB4受容体(BLT)は、顆粒球やマクロファージに多く発現しているGタンパク質共役型受容体であり、LTB4の特異的結合により細胞内情報伝達が引き起こされる。ヒトBLT cDNAは1997年に当研究室で単離され、培養細胞を用いた解析が行われた。LTB4のin vivo の作用の多くはモルモットを用いて解析されているが、これまでモルモットBLTの一次構造は明らかでなかった。

 本研究では、モルモットBLTを介したLTB4の作用機序を明らかにする目的で、全長のタンパク質翻訳領域(ORF)を含むモルモットBLTのcDNAを単離した。さらに、LTB4およびLTB4代謝産物の生理活性の違いに注目し、本受容体cDNAを導入した培養細胞を用いて、リガンドによる細胞内情報伝達および走化作用について解析を行った。

方法1.モルモットBLT cDNAのクローニング

 Gタンパク質共役型受容体として既にクローニングされていたヒトBLT cDNAのORFをプローブにして、モルモット白血球cDNAライブラリーをプラークハイプリダイゼーション法によりスクリーニングし、全長のORFを含むcDNAを単離した。cDNAの塩基配列を決定し、モルモットBLT cDNAを同定した。

2.ノーザンブロット

 モルモットの各臓器から抽出したpoly(A)+RNAをホルムアルデヒドゲル電気泳動により泳動後、ナイロン膜に転写し、[32P]dCTPで標識したモルモットBLT cDNAプローブを用いてハイプリダイゼーションを行った。

3.哺乳動物細胞への遺伝子導入

 モルモットBLT cDNAのORFを発現ベクターpcDNA3に組み込み、リポフェクション法によりHEK293およびCos-7細胞に導入して一過性に発現させた。導入3日後に実験に使用した。また、N末端にFLAG抗原をコードするモルモットBLT cDNAを、polymerase chain reaction(PCR)によって合成し、pcDNA3に組み込んでCHO細胞に導入した。導入後、G418で選択し、安定形質発現株(CHO-GPF10細胞)を得た。

4.モルモットBLTに対するLTB4および各種エイコサノイドの結合

 モルモットBLTを一過性に発現させたHEK293細胞より細胞膜画分を精製し、[3H]標識LTB4との結合を測定した。また、各種エイコサノイドによる[3H]LTB4結合の阻害活性を測定した。

5.アフリカツメガエル卵母細胞における機能発現

 モルモットBLT cRNAをアフリカツメガエル卵母細胞に微量注入し、1-2日後にLTB4刺激による膜電位変化をボルテージクランプ法により測定した。

6.cAMP濃度測定

 CHO-GPF10細胞ををcAMPホスホジエステラーゼの阻害剤である0.5mM 3-isobutyl-1-methylxanthine(IBMX)で処理後、50Mフォルスコリン存在下でLTB4あるいは20-hydroxy-LTB4によって20分間刺激した。6%過塩素酸で反応停止後、反応液中のcAMP濃度をラジオイムノアッセイ法により測定した。

7.細胞内カルシウム測定

 CHO-GPF10細胞をカルシウム感受性蛍光色素Fura-2で標識し、340nmおよび380nmの波長光で励起して500nmの蛍光を測定した。蛍光強度の比から細胞内カルシウム濃度を算定した。

8.モルモットBLTを介する走化作用

 CHO-GPF10細胞のLTB4に対する化学走化作用を、ボイデンチャンバー法によって測定した。

実験結果1.モルモットBLTの構造

 ヒトBLTc DNAのORFをプローブにして、モルモット白血球cDNAライブラリーをスクリーニングし、全長のORFを含むモルモットBLT cDNAを単離した。モルモットBLTは、348アミノ酸残基からなり、7回膜貫通型受容体の構造をとると推定された。ヒトBLTとのアミノ酸同一性は、全体で73%であり、第2、第3、第7膜貫通ドメインおよび第2、第3細胞内ループでとくに高い相同性を示した。ヒトおよびモルモットBLTにはGタンパク質共役型受容体に共通した構造がよく保存されており、細胞外ループには、ジスルフィド結合を形成すると推定される2つのシステイン残基、およびN結台型糖鎖付加部位と推定される2つのアスパラギンが存在した。第2細胞内ループには、Gタンパク貿共役型受容体によく保存されている"DRY"モチーフが"DRS"として保存されていた。さらに,第3細胞内ループおよびC末端領域にはプロテインキナーゼCによるリン酸化のターゲットと推定されるセリンおよびスレオニン残基が存在し、受容体の脱感作に関る可能性が考えられる。

2.モルモットBLT mRNAの発現

 ノーザンブロッティングによる解析では、モルモットBLT mRNAの長さは1.5kbであった。モルモットBLTのmRNAは白血球で強い発現がみられ、肺や脾臓でも弱い発現が認められた。

3.アフリカツメガエル卵母細胞における機能発現

 モルモットBLT cRNAを微量注入した卵母細胞では、LTB4による刺激で膜電流の変化を観察することが出来た。水を微量注入したものでは膜電流の変化は観察されなかった。また、1M lysophosphatidic acid(LPA)刺激では、ともに内在性のLPA受容体を介した膜電流変化が観察できた。

4.モルモットBLTに対するLTB4および各種エイコサノイドの結合活性

 モルモットBLT cDNAを導入したHEK293細胞の膜画分は、LTB4に対して、解離定数0.27nMの特異的結合を示した。また、HEK293細胞の膜画分における[3H]LTB4結合は、LTB4および20-hydroxy-LTB4によって同程度に阻害され、さらに12-keto-LTB4、20-carboxy-LTB4、6-trans-LTB4、6-trans-12-epi-LTB4、12(R)-HETEの順に阻害された。また、LTD4や各種のPGは10Mの濃度で結合阻害を示さなかった。

5.モルモットBLTを介した細胞内情報伝達

 (1)アデニル酸シクラーゼの抑制効果

 モルモットBLTを定常発現させたCHO細胞において、LTB4はフォルスコリン刺激によって活性化されたアデニル酸シクラーゼ活性を濃度依存的に阻害した。また20-hydroxy-LTB4も同等の阻害効果を示した。

 (2)細胞内カルシウムの上昇作用

 モルモットBLTを定常発現させたCHO細胞では、LTB4の濃度依存的に細胞内カルシウム濃度が上昇した。20-hydroxy-LTB4刺激による細胞内カルシウム濃度変化はLTB4刺激時よりも弱い上昇を示した。

6.LTB4およびその代謝産物に対する遊走活性

 モルモットBLTを発現させたCHO細胞は、1から10nM濃度のLTB4に対して遊走活性が最大になり、さらに高濃度では遊走活性が抑制されるという、ベル型の反応曲線を示した。20-hydroxy-LTB4および20-cartboxy-LTB4に対する遊走はそれぞれ1から10nM、1Mで最大になるが、いずれもLTB4に対する遊走よりも低い活性を示した。

考察

 本研究にではモルモットBLT cDNAの単離および受容体の機能解析を行った。クローニングした受容体は7回膜貫通型と推定されるGタンパク質共役型受容体であり、ヒトおよびマウスBLTに対するアミノ酸同一性はそれぞれ73%および70%であった。BLTの一次構造はIL-8受容体やfMLP受容体の一次構造に最も似ているが、アミノ酸の同一性は30%ほどである。また、プロスタノイドの受容体やPAF受容体との同一性はさらに低く(<25%)、独立した受容体ファミリーを形成する可能性が考えられる。

 モルモットBLTのcDNAを導入したHEK293細胞の膜画分の場合では解離定数0.27nMの特異的結合が観察され、同様に導入したCos-7細胞の膜画分に対する実験でも同様の結果が得られた。さらに,モルモットBLT cRNAを微量注入したアフリカツメガエルの卵母細胞において、LTB4刺激による膜電流変化が観察されたことから、今回クローニングした遺伝子がLTB4の受容体であることが明らかとなった。興味深いことにLTB4の代謝産物である20-hydroxy-LTB4はLTB4と同様の結合阻害を示し、またモルモット白血球の膜画分でも同様の結果が得られた。この結果から、LTB4および20-hydroxy-LTB4はモルモットBLTに対して同等の結合活性を持つことが明かとなった。また、20-hydroxy-LTB4から20-carboxy-LTB4へと進む酸化反応の速度がLTB4の不活性化に重要であると推察できる。

 LTB4および20-hydroxy-LTB4によって引き起こされる細胞内情報伝達の差異をCHO-GPF10細胞を用いて解析した。フォルスコリンによって活性化されたアデニル酸シクラーゼ活性はLTB4および20-hydroxy-LTB4によって同程度に阻害された。この結果からLTB4および20-hydroxy-LTB4はモルモットBLTを介してGi様のGタンパク質を同程度活性化することが明らかとなった。一方、細胞内カルシウムの濃度上昇について、20-hydroxy-LTB4はLTB4よりも弱い活性を示した。さらに、遊走活性についてボイデンチャンバー法によって測定した結果、20-hydroxy-LTB4はLTB4よりも弱い活性を示した。これまでLTB4にょる細胞内カルシウムの濃度上昇はPTXにより部分的にしか阻害されないこと、LTB4によりを介したホスフォリパーゼCの活性化が行なわれることが報告されている。ヒトBLTを発現させたCHO細胞のLTB4に対する遊走活性は、PTXによってほぼ完全に阻害されることから、Gi様のGタンパク質が関与していると考えられている。LTB4に対する、BLTを介した細胞遊走のメカニズムは依然不明である。しかし今回の研究から、Gi様のGタンパク質以外の細胞内シグナル伝達分子がBLTの作用に関与すると推察され、LTB4および20-hydroxy-LTB4による細胞遊走活性の差異が生じるものと考えられる。

結論

 モルモットBLTのcDNAを単離し、培養細胞に導入して機能解析を行った。LTB4およびその代謝産物である20-hydroxy-LTB4は、モルモットBLTへの結合、およびモルモットBLTを介するcAMP産生阻害について同程度の活性を示した。一方、細胞内カルシウムの濃度上昇と遊走作用について、LTB4が20-hydroxy-LTB4よりも強い活性を示したことから、LTB4と20-hydroxy-LTB4は、モルモットBLTを介して異なる細胞内情報伝達を行うことが示唆された。LTB4によって誘導される遊走作用のメカニズムを明らかにする上で、細胞内シグナル伝達分子と相互作用するBLTの部位を明らかにするとともに、それら分子の同定およびシグナル伝達の経路について解析することが今後の課題である。

審査要旨

 本研究は、炎症反応の亢進に深く関っていると考えられる生理活性脂質のロイコトリエンB4(LTB4)の作用機序を知るために、LTB4感受性が高いモルモットのLTB4受容体(BLT)の構造と機能の解析を試みたものである。下記の結果を得ている。

 1.既に単離されているヒトBLT cDNAのORFをプローブにして、モルモット白血球cDNAライブラリーをスクリーニングし、全長のORFを含むモルモットBLT cDNAを単離した。モルモットBLTは、348アミノ酸残基からなり、7回膜貫通型受容体の構造をとると推定された。ヒトBLTとのアミノ酸同一性は、全体で73%であり、第2、第3、第7膜貫通ドメインおよび第2、第3細胞内ループでとくに高い相同性を示した。BLTの一次構造はIL-8受容体やfMLP受容体の一次構造に最も類似しているが、アミノ酸の同一性は30%ほどであり、独立した受容体ファミリーを形成する可能性が示唆された。

 2.モルモットBLTの臓器分布について、ノーザンブロッティングによる解析を行った結果、モルモットBLTのmRNAは白血球で強い発現が、肺や脾臓で弱い発現が認められた。今回の結果は、これまでLTB4結合能が報告されている組織と一致しており、LTB4の標的組織であると考えられた。

 3.モルモットBLTのcDNAを導入したHEK293細胞の膜画分に対して、[3H]LTB4結合は解離定数0.27nMを示した。さらに、モルモットBLT cRNAを微量注入したアフリカツメガエルの卵母細胞において、LTB4刺激による膜電流変化が観察されたことから、今回クローニングした遺伝子がLTB4に高親和性であり、LTB4刺激に対して機能する受容体であることが明かとなった。

 4.モルモットBLT cDNAを導入したHEK293細胞の膜画分における[3H]LTB4結合は、LTB4およびLTB4代謝産物である20-hydroxy-LTB4によって同程度に阻害され、さらに12-keto-LTB4、20-carboxy-LTB4、6-trans-LTB4、6-trans-12-epi-LTB4、12(R)-HETEの順に阻害された。また、モルモット白血球の膜画分、およびヒトBLTを一過性に発現させたHEK293細胞膜画分においても同様の結果が得られたことから、BLTに対するLTB4および20-hydroxy-LTB4の結合活性が同等であることが示唆されるとともに、LTB4の不活性化において20-hydroxy-LTB4から20-carboxy-LTB4へと進む酸化反応の速度が重要であると推察された。

 5.モルモットBLTを定常発現させたCHO細胞において、LTB4はフォルスコリン刺激によって活性化されたアデニル酸シクラーゼ活性を濃度依存的に阻害した。また20-hydroxy-LTB4も同等の阻害効果を示したことから、LTB4および20-hydroxy-LTB4はモルモットBLTを介してGi様のG蛋白質を同程度に活性化することが明かとなった。また、同細胞における細胞内カルシウムの上昇作用について解析した結果、20-hydroxy-LTB4刺激による細胞内カルシウム濃度変化はLTB4刺激時よりも弱い上昇を示した。細胞内カルシウムの濃度上昇はPTX処理によって部分的にしか抑制されないことから、BLTはGq様Gタンパク質の活性化にも働くと考えられた。また、20-hydroxy-LTB4はGq様Gタンパク質の活性化において部分活性を示すと考えられた。

 6.モルモットBLTを発現させたCHO細胞は、1から10nM濃度のLTB4に対して遊走活性が最大になり、さらに高濃度では遊走活性が抑制されるという、ベル型の反応曲線を示した。20-hydroxy-LTB4および20-carboxy-LTB4に対する遊走はそれぞれ1から10nM、1Mで最大になるが、いずれもLTB4に対する遊走よりも低い活性を示した。LTB4に対するBLTを介した細胞遊走は、Gi様Gタンパク質の活性化が必要であることが報告されている。しかし今回の結果から、Gi様のGタンパク質以外の細胞内シグナル伝達分子がBLTの作用に関与すると推察され、LTB4および20-hydroxy-LTB4による細胞遊走活性の差異が生じるものと考えられた。

 以上、本論文はモルモットBLTのcDNAの単離および機能解析により、モルモットBLTの一次構造を明らかにするとともに、LTB4およびその代謝産物である20-hydroxy-LTB4による受容体活性化における差異を明らかにした。本研究は、BLTを介するLTB4の作用機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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