学位論文要旨



No 115357
著者(漢字) 柳,長柏
著者(英字) Changbai,Liu
著者(カナ) リュウ,チョウハク
標題(和) 血液系細胞の生存と増殖の制御におけるJAK2の役割
標題(洋) ROLE OF JAK2 IN SIGNAL TRANSDUCTION CONTROLLING HEMATOPOIETIC CELLS SURVIVAL AND PROL IFERATION
報告番号 115357
報告番号 甲15357
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1543号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 廣川,信隆
内容要旨 背景

 ヒト顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子(human granulocyte-macrophage colony-stimulating factor,hGM-CSF)は未分化な造血前駆細胞から、高度に分化した成熟血球細胞に至るまで種々の血球細胞に対して増殖、分化あるいは機能発現を誘導する多能性サイトカインであり、標的細胞の膜上に発現している特異的なレセプターと結合することより機能を発揮する。機能的なhGM-CSFレセプターは鎖と鎖より成り、このうち鎖は長い細胞内領域を持ち、シグナル伝達に中心的な役割を担っている。これまでの一連のhGM-CSFレセプター変異体の詳細な検討から、hGM-CSFレセプターの下流にはMAPキナーゼカスケード、JAK/STATなどの複数の独立したシグナル伝達経路が存在し、鎖の細胞内膜近傍にあるbox1というモチーフはこれらのシグナル伝達経路の活性化に必須である一方、細胞内領域遠位のチロシン残基を介してそれぞれ異なるシグナル伝達分子を活性化することが明らかになった。

 JAK2はJAKファミリーチロシンキナーゼの一つで、構造的には、ファミリーメンバーの間でJH(JAK homology domain)1からJH7まで7つのドメインがよく保存されている。C末端のJH1はキナーゼドメイン、これのN端側に隣接するJH2はキナーゼ様ドメインであり、他の細胞質内チロシンキナーゼと異なりSH2、あるいはSH3ドメインを持たないのが特徴である。JAKキナーゼはサイトカインの刺激依存的に二量体化され活性化される。ドミナントネガテイブJAK2およびJAK2ノックアウトマウスを用いた実験の結果からJAK2はGM-CSFの全ての活性に必要であることが明らかになった。JAK2はhGM-CSFの刺激によりレセプターの鎖のbox1モチーフとの相互作用によって活性化されると考えられている。活性化されたJAK2がhGM-CSFレセプターの細胞内領域のチロシン残基をリン酸化し、これらのリン酸化されたチロシン残基に種々の細胞内分子が結合してシグナルが伝達される。一方、レセプター細胞内のチロシン残基を必要とせず、JAK2から直接に伝達されるシグナル伝達経路もあることが示唆されている。しかしこの経路のシグナル伝達機構はまだ不明であった。そこで私はレセプターの細胞内領域の関与なしにJAK2の活性化を引き起こし、これによる効果のみを単独で解析できる系として、hGM-CSFレセプター鎖の細胞外と膜貫通領域にJAK2のほぼ全長を結合させたキメラ分子/JAK2(図1)を構築した。このキメラ分子をマウスインターロイキン-3(mIL-3)依存性細胞株BA/F3に導入し、/JAK2キメラ分子による細胞機能制御とシグナル伝達能を検討した。

図1、Schematic Diagram of chimeric /JAK2 used in this study.the N-terminus of most full length mJAK2 was linked with the extracellular and transmembrane domains of hGM-CSF receptor c.
結果と考察

 1)BA/F3細胞に/JAK2を単独で発現させた細胞株BA/F/JAK2,および/JAK2をhGM-CSFレセプター鎖と共に発現させた細胞株BA/F-/JAK2を樹立した。これらの細胞内での/JAK2の活性化状態をチロシンリン酸化を指標に解析したところ、いずれの細胞においても/JAK2はhGM-CSF、mIL-3刺激の有無にかかわらず、構成的にチロシンリン酸化されていた。これまでに鎖がhGM-CSFの非存在下でも二量体を形成しており、この構成的な鎖二量体の形成には鎖の細胞外、膜貫通領域で十分であることが明らかとなっていることから、/JAK2キメラ分子は鎖部分を介した二量体形成によりJAK2部分が活性化されていると予測された。このことはJAK2が二量体化により活性化されるというモデルともよく一致するものであった。

 2)BAF/JAK2およびBAF-/JAK2細胞株の増殖能について、トリパンプルー色素を用いた細胞数計測により検討したところ、両細胞株ともにmIL-3非依存性に生存し、かつ細胞数も長期的に増加した(図2)。また/JAK2キメラ分子はmIL-3枯渇条件下でのゲノムDNAの断片化を抑制し、一方3Hチミジンの取り込みを誘導した。以上の結果から、鎖細胞内ドメインの関与なしにJAK2の活性化のみでBA/F3細胞の生存、増殖誘導に十分であることが明らかになった。次に/JAK2の発現による細胞内の遺伝子転写誘導を調べたところ、c-myc遺伝子の転写の構成的な増強が観察された(図3)。これに対して、c-fos、bcl-XL、cisなどの遺伝子転写の活性化は認められなかった。このことからc-myc遺伝子の転写は細胞の増殖、生存に関与していることが強く示唆された。

図2、Stable expression of /JAK2 confers to BA/F3 cells long-term survival and proliferation.The cell survival and proliferation were analyzed by trypan blue dye exclusion assay.The BAFGMR,BAF/JAK2 and BAF-/JAK2 cells were cultured for indicated days in the presence of mIL-3(open rhomb)or hGM-CSF(open circle)or the absence of factors(open squares).図3、Gene transcription in BAF/JAK2,BAF-/JAK2,and parental BA/F3 cells.The cells were depleted for 6 hours and then stimulated for 3 hours by mIL-3 or hGM-CSF or left un-stimulation.After cells harvest,mRNAs were isolated for northern blot analysis.In contrast to cis,a target gene of STAT5,c-myc gene transcription is activated constitutively even in abcence of mIL-3 or hGM-CSF.Random culture indicates cells cultured continuously in mIL-3.

 3)シグナル伝達分子の活性化について検討したところ、STAT5、ShcおよびSHP-2のリン酸化は観察されず、これらの分子の下流で誘導される-casein、c-fosプロモーターの活性化も見られなかった。さらに、細胞の生存のシグナルへの関与が報告されているPI3キナーゼ、Aktの活性化も見い出されなかった。これらの結果から、/JAK2はSTAT5、RAS/RAF/MAPキナーゼあるいはPI3キナーゼ/Aktシグナルカスケードとは独立したシグナル経路を介して細胞の生存、増殖を誘導すると考えられた。

 4)さらに、サイトカイン非存在下で生存、増殖しているBAF/JAK2、BAF-/JAK2細胞に対する種々のキナーゼ阻害剤の効果を検討した。チロシンキナーゼの阻害剤であるGenisteinはこれらの細胞の生存、増殖を抑制したが、PI3キナーゼ阻害剤のWortmanninは細胞の生存、増殖に影響を及ぼさなかった。したがって、PI3キナーゼ経路に/JAK2からの細胞の生存と増殖のシグナルに必須ではないことがさらに確認できた。Genisteinはチロシンキナーゼ阻害剤であるが、JAK2の活性に対しては影響を及ぼさないことが知られており、したがって/JAK2の下流において他のチロシンキナーゼが関与していることが強く示唆された。

 5)これまでのところ、/JAK2の下流で/JAK2から誘導される生存、増殖シグナルに関与している分子、/JAK2と結合、相互作用する分子は同定できていない。これまでの研究から、JAK2と相互作用する分子として鎖、STAT5、JABなどが報告されている。これらのうち、鎖については、内在性のマウスの鎖は1JAK2の発現によりリン酸化されていないことを確認しており、まだSTAT5は先にも述べたように/JAK2の下流での細胞の生存、増殖のシグナル伝違には関与していないと考えられる。また、JABはJAK2の活性の負に調節する因子であり、やはり生存、増殖のシグナルを担うとは考えにくい。したがって、/JAK2の下流において他の分子が細胞の生存、増殖に関与していると考えられた。そこでJAK2の標的分子を同定し、/JAK2によるBA/F3細胞の生存と増殖シグナル伝達機構をさらに明らかにするために、JAK2部分の様々な領域を欠失させた/JAK2変異体を作成した。これらの変異体をBA/F3細胞に導入し、JAK2のどの領域が生存あるいは増殖の誘導に関与するのか、またそれらの領域がどのような分子との相互作用により機能するのかについて引き続き検討している。これまでに、キナーゼドメインに加えてキナーゼ様ドメインも細胞の生存、増殖に重要な役割を果たすことを示唆するデータを得ている

結論

 以上のことからhGM-CSFレセプターとの融合によるJAK2の構成的活性化はBA/F3細胞の生存、増殖の誘導、c-mycの活性化に十分であること、鎖細胞内領域やSTAT5、MAPKカスケードの活性化はこれらの活性には必要ではないことが明らかになった。これとは対照的に、JAK2をGyrase Bと融合させたキメラ分子(GyrB/JAK2)はCoumermycinの添加により二量体を形成し、活性化されるが、この場合にはSTAT5の活性化は誘導できるもののBA/F3細胞の生存および増殖は維持できないことが示されている。/JAK2が細胞膜にアンカーされているのに対してGryB/JAK2は細胞質に存在することから、JAK2の局在の違いがこのような表現型の違いをもたらしたと考えられ、JAK2の膜近傍への局在が細胞の生存、増殖のシグナル伝達に重要であることが示唆された。本研究により、/JAK2の系が細胞の生存、増殖に至る未知のシグナル伝達経路を探る格好の系であることが明らかになった。今後の解析によりシグナル伝達経路を解明し、また、このキメラ分子の遺伝子導入により血液細胞の運命を改変することが可能になれば、血液系疾患のメカニズムの解明や、治療法の開発へも応用できると期待される。

審査要旨

 本研究は血液系細胞の生存、増殖を制御するサイトカインシグナル伝達におけるJAK2の役割の解明を目的として、サイトカインレセプターの細胞内領域の関与なしにJAK2のみの活性を解析できる系、すなわちhGM-CSFレセプター鎖の細胞外と膜貫通領域にを結合させたキメラ分子/JAK2を構築して、細胞内で発現させ、このキメラ分子による細胞機能制御とシグナル伝達能を検討し、以下の結果を得ている。

 1)BA/F3細胞に/JAK2を単独で発現させた細胞株BA/F/JAK2,および/JAK2をhGM-CSFレセプター鎖と共に発現させた細胞株BA/F-/JAK2を樹立した。これらの細胞内での/JAK2の活性化状態をチロシンリン酸化を指標に解析したところ、いずれの細胞においても/JAK2はhGM-CSF、mIL-3刺激の有無にかかわらず、構成的にチロシンリン酸化されていた。これまでに鎖がhGM-CSFの非存在下でも二量体を形成しており、この構成的な鎖二量体の形成には鎖の細胞外、膜貫通領域で十分であることが明らかとなっていることから、/JAK2キメラ分子は鎖部分を介した二量体形成によりJAK2部分が活性化されていると予測された。このことはJAK2が二量体化により活性化されるというモデルともよく一致するものであった。

 2)BAF/JAK2およびBAF-/JAK2細胞株の増殖能について、トリパンブルー色素を用いた細胞数計測により検討したところ、両細胞株ともにmIL-3非依存性に生存し、かつ細胞数も長期的に増加した。また/JAK2キメラ分子はmIL-3枯渇条件下でのゲノムDNAの断片化を抑制し、一方3Hチミジンの取り込みを誘導した。以上の結果から、鎖細胞内ドメインの関与なしにJAK2の活性化のみでBA/F3細胞の生存、増殖誘導に十分であることが明らかになった。次に/JAK2の発現による細胞内の遺伝子転写誘導を調べたところ、c-myc遺伝子の転写の構成的な増強が観察された。これに対して、c-fos、bcl-XL、cisなどの遺伝子転写の活性化は認められなかった。このことからc-myc遺伝子の転写は細胞の増殖、生存に関与していることが強く示唆された。

 3)シグナル伝達分子の活性化について検討したところ、STAT5、Shc、SHP-2およびERK2のリン酸化は観察されず、これらの分子の下流で誘導される-casein、c-fosプロモーターの活性化も見られなかった。さらに、細胞の生存のシグナルへの関与が報告されているPI3キナーゼ、Aktの活性化も見い出されなかった。これらの結果から、/JAK2はSTAT5、RAS/RAF/MAPキナーゼあるいはPI3キナーゼ/Aktシグナルカスケードとは独立したシグナル経路を介して細胞の生存、増殖を誘導すると考えられた。

 4)さらに、サイトカイン非存在下で生存、増殖しているBAF/JAK2、BAF-/JAK2細胞に対する種々のキナーゼ阻害剤の効果を検討した。チロシンキナーゼの阻害剤であるGenisteinはこれらの細胞の生存、増殖を抑制したが、PI3キナーゼ阻害剤のWortmanninは細胞の生存、増殖に影響を及ぼさなかった。したがって、PI3キナーゼ経路は/JAK2からの細胞の生存と増殖のシグナルに必須ではないことがさらに確認できた。Genisteinはチロシンキナーゼ阻害剤であるが、JAK2の活性に対しては影響を及ぼさないことが知られており、したがって/JAK2の下流において他のチロシンキナーゼが関与していることが強く示唆された。

 以上のことからhGM-CSFレセプターとの融合によるJAK2の構成的活性化はBA/F3細胞の生存、増殖の誘導、c-mycの活性化に十分であること、鎖細胞内領域やSTAT5、MAPKカスケードの活性化はこれらの活性には必要ではないことが明らかになった。本研究により、/JAK2の系が細胞の生存、増殖に至る未知のシグナル伝達経路を探る格好の系であることが明らかになり、今後の解析によりシグナル伝達経路の詳細が解明されると考えられる。また、このキメラ分子の遺伝子導入により血液細胞の運命を改変することが可能になれば、血液系疾患のメカニズムの解明や、治療法の開発へも応用できると期待される。従って本論文は学位の授与に値するものと判断できる。

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