生物には、概日リズムとよばれる行動や代謝活動を支配する約24時間周期の活動リズムが見い出される。このリズムは、生体内に存在する内因性の体内時計により自律的に制御されており、光刺激などの環境変化に対して同調をすることができる。 ショウジョウバエでは、period(per)およびtimeless(tim)遺伝子の転写と翻訳産物量の日周変動が概日リズム生成に必須であることが知られている。両遺伝子の転写はともに、bHLH(basic helix-1oop-helix)一PAS(PER-ARNT-SIM)ドメインを有するdCLOCK-dBMAL1二量体ががperとtimプロモーター上のE-boxに結合することで活性化され、核内に移行した自らの遺伝子産物PER-TIM複合体によって抑制されるというネガティブフィードバック制御を受けている。光はCry分子に受容される。そして、CRYがTIMと結合することで生じるPER-TIM形成阻害によりTIMはプロテアソーム分解経路に入る。光照射によって、暗期前半にTIMが分解すると抑制の開始が遅れることにより位相は後退し、暗期後半にTIMが分解すると抑制の終止が促進することで位相は前進する。 哺乳類では、脳視床下部に存在する視交叉上核(SCN)が主要な時計細胞として機能している。哺乳類perホモログであるマウスperiod1(mPer1)の転写産物量は、SCNにおいて、昼にあたるサーカディアンタイム(CT)4で高く、夜にあたるCT16で低い日周変動を示し、恒暗条件下においても自律的に日周振動をする。さらに、光刺激はmPer1の転写を速やがに誘導する。PerファミリーPer2、Per3の発現量も日周リズムを示し、Per2については光誘導も観察されている。哺乳類においてもPer遺伝子群の転写および翻訳産物量の変動はSCNで約4-6時間の位相差を示す。一方、マウスTimeless(mTim)はSCNにおいて強く発現しているが、顕著な転写日周リズムは観察されていない。Perに見られる特徴的な発現様式、Perの発現リズムは、哺乳類においても活動リズム形成に重要な役割を担っていると考えられる。本研究では、哺乳類の概日リズムの中枢を構成するPer1転写制御機構の解明を目的とした。 mPer1の転写は、mCLOCK-mBMAL1によって活性化され、mCRY1もしくはmCRY2によって抑制される。ショウジョウバエとは異なり、mPERやmTIMは転写抑制能を示さず、mCRYは光受容体というよりむしろ抑制因子として機能することが明らかとなっている。このように、両生物種間でPer遺伝子の発現リズム発振を司どる誘導機構は同一であるが、抑制機構に大きな相違が見られた。 現在までに、Per1遺伝子を制御するトランス因子は見い出されているが、シスエレメントについてはCLOCK-BMAL1標的配列であるE-box以外ほとんど知られていない。そこで、遺伝子発現を制御するシスエレメントを見い出す有用な方法であるヒトおよびマウス両遺伝子の塩基配列比較を行い、Period1遺伝子のゲノム構造を解析することにした。 ヒトPERIOD1(hPER1)およびマウスPeriod1(mPer1)両遺伝子の塩基配列の決定により、hPER1およびmPer1はともに約16kbのゲノム領域を占め、23個のエクソンから構成されていること、両者のエクソンーイントロン構造は非常によく保存されていることが明らかとなった。また、プライマー伸長法と5’RACE法により転写開始点を定めたところ、翻訳開始および終止コドンはそれぞれエクソン2とエクソン23に存在しエクソン1は5’UTR(untranslaed region)に含まれることが判明した。さらに、翻訳開始コドン上流の配列比較により、ヒトとマウスで非常によく保存されている領域が転写開始点より上流に5つ、イントロン1内に1つ見い出された。hPER1およびmPer1の転写開始点近傍にTATA-boxは存在せず、かわりにSp1転写因子結合配列とエクソン1を含む約500bpの領域にCpG islandが見い出された。これはハウスキーピング遺伝子によく見られる特徴で、Per1が様々な組織で発現している事実とよく一致する。また、保存領域中には5つのCLOCK-BMAL1標的配列E-boxと4つのCRE(cAMP response element)が存在していた。CREに制御された転写は自律的に振動し光刺激に誘導されることから、見い出されたCREもPer1の日周リズム形成や光同調機構に関わる可能性がある。 次に、mPer1の翻訳開始コドン上流約6.7kbのヒトとマウスの保存領域をすべて含む配列にルシフェラーゼ遺伝子を連結し、転写および翻訳ともにmPer1に依存するmPer1-luc(luciferase)融合遺伝子を作製した。mPer1-lucトランスジェニックマウスのSCNにおけるリポーター遺伝子の発現量は約23.5時間周期の自律的な振動を刻んでいだ。ゆえに、この約6.7kbの上流領域にmPer1発現日周リズム形成に必要十分な配列が存在していることが判明した。そこで、この領域に存在するPer1転写制御領域を同定するために、mPer1プロモーターに欠失、点変異を導入させた変異体融合遺伝子を作製し、マウス繊維芽細胞NIH3T3を用いてトランスフェクションアッセイを行った。 mPer1プロモーターの欠失変異体の転写活性を比較した結果、エクソン1の上流約5kbを欠失させた約1.7kbの欠失変異体においても強い基本転写活性が認められた。このコンストラクトからエクソン1周辺のCpG island領域とイントロン1内に存在する保存領域の二つの領域を同時に欠失させると転写活性が全く見られなくなったことから、CLOCK-BMAL1に依存しないPer1遺伝子の基本転写活性はこの二つの領域に依存していることが判明した。 Per1転写誘導におけるE-boxの機能を解析するためCLOCKとBMAL1を共発現させたトランスフェクションアッセイを行った。E-boxを一つずつ連続的に欠失させた変異体を用いたところ、5つのE-boxすべて欠失させたコンストラクトは誘導が見られなかったが、それ以外ではE-boxの数と転写誘導量に正の相関を示した。さらに、5つそれぞれのE-boxに点変異を導入した変異体を用いた実験では、それぞれのE-boxが転写誘導に寄与しており、いずれのE-boxもCLOCK-BMAL1による転写活性に必要であることが判明した。また、2つもしくは3つのE-boxに点変異を入れると転写誘導はさらに減少するが失われることはなかった。それに対し、5つのE-boxすべてに点変異を導入するとその転写はほとんど誘導されなくなった。以上の結果から、Per1のCLOCK-BMAL1による完全な転写誘導にはエンハンサーである5つのE-boxが必要不可欠であり、見い出された5つのE-boxは相加的に機能していることが明らかとなった。また、ゲルシフトアッセイによりmCLOCK-mBMAL1複合体は確かにE-boxに結合することを実証した。 CLOCK-BMAL1により誘導されたPer1の転写はCRY1もしくはCRY2によって完全に抑制されることが確認された。また、Cryはもともと光回復酵素の相同遺伝子として単離されてきたものでDNA結合能を有することが知られている。今までのところ、CLOCK-BMAL1に依存した転写活性のCRYによる抑制機構としては、DNA結合を介する抑制機構もしくはCLOCK-BMAL1形成阻害による抑制機構の二つが考えられている。しかし、CRY1もしくはCRY2はE-boxに結合能を示さなかった。また、今回作製した様々なプロモーター欠失変異体の誘導活性も野生型と同様にCRY1およびCRY2により抑制された。一方、CLOCK-BMAL1の相互作用はCRY1もしくはCRY2存在下で阻害されることが哺乳類ツーハイブリッド法により示された。この結果から、CLOCK-BMAL1に依存したPer1の転写はCRY1もしくはCRY2がCLOCK-BMAL1複合体の形成を阻害して抑制すると考えられる。また、CRYの蛋白レベルは日周振動を示しPERと同じCT12で最大となることが報告されている。以上の結果から、Per1の発現日周振動は、Per1の転写がE-boxを介しCLOCK-BMNAL1によって活性化されること、また、遅れて発現したCRYがCLOCK-BMAL1形成を阻害することによる正と負の転写制御により形成されることが示された。 本研究は、ヒトおよびマウス時計遺伝子Period1の構造の決定と比較、Per1の基本転写調節領域の同定、CLOCK-BMAL1転写誘導におけるE-boxの機能解析およびCRY転写抑制機構の解析を行うことで、Per1の正負の転写制御機構を明らかにし、哺乳類概日リズム発振機構に新たな知見を呈した。 |