本研究は、NMDA受容体 2サブユニットの成体における生理機能を明らかにするために、 2サブユニットヘテロ欠損マウスを用いて種々の行動解析を試みたものである。行動解析の結果、下記の結果を得ている。 1.光学顕微鏡レベルでの組織学的解析の結果、 2(+/-)マウスで形態学的異常は認められなかった。また、 2ホモ欠損マウスで明らかとなった髭に対応した樽状神経パターン(バレレッテ構造)の異常は 2(+/-)マウスでは見られなかった。 2.B6系統と繰り返し、戻し交配を行うことにより、遺伝的背景の99.9%がB6系統由来である 2サブユニット欠損マウスラインの確立を行った。バッククロスを行い高い遺伝的背景の均一性を有する 2欠損マウスラインを確立したことにより、 2遺伝子欠損による生理機能への影響をより明確に解析することが可能となった。 3.文脈依存学習テスト(文脈呈示時間3分)をおこなった結果、 2(+/-)マウスは 2(+/+)マウスと比較してトレーニング直後及び24時間後テストどちらにおいても有意に高いフリージングの割合を示した。しかしながらこのフリージング反応の亢進は必ずしも文脈学習能力の亢進ではないことがコントロール実験より示唆された。電気ショックの閾値を測定した結果、 2(+/-)マウスでは閾値が若干低下しているので、このようなフリージングの亢進の部分的な原因として痛覚閾値の低下が考えられた。 4. 2ヘテロ欠損マウスの情動性を検討するため恐怖条件付けによりその反応性が亢進することが知られている音による驚愕反射を測定した。120dBの音を60回聞かせたときの 2(+/-)マウスの驚愕反射は 2(+/+)マウスと比較して約2倍亢進していた。また、 1、3、4ヘテロ欠損マウスでは異常が観察されなかったことより、驚愕反射の亢進は 2(+/-)マウスに特異的に見られる現象であることが明らかとなった。更に70〜120dBの間の9種類の音刺激による驚愕反射を測定した結果、 2(+/-)マウスは、 2(+/+)マウスが驚愕反射をほとんど起こさない90dB付近でも驚愕反射が生じていることが明らかとなった。即ち、驚愕反射の閾値が低下していることが示された。またPrepulse Inhibitionに関しても 2(+/-)マウスで亢進していることが示された。 5. 2(+/-)マウスの情動行動について更に検討するため、明暗箱テストを行った。 2(+/-)マウスは 2(+/+)マウスと比較して明るい部屋での滞在時間が短いことが明らかとなった。即ち、野生型と比較して不安が亢進していることが示唆された。 以上、本論文はNMDA受容体 2サブユニットヘテロ欠損マウスの行動解析よりNMDA受容体 2サブユニットは情動行動において重要な役割を果たしていることが示唆された。本研究では、これまで不明であった、 2サブユニットの成体における生理機能を明らかにし、更に情動の分子メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |