学位論文要旨



No 115367
著者(漢字) 竹内,賢吾
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,ケンゴ
標題(和) Hodgkin病のウイルス学的および病理学的検討
標題(洋)
報告番号 115367
報告番号 甲15367
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1553号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 小田,秀明
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨

 Hodgkin病(HD)は1832年に報告された,多彩な全身症状と,局所的あるいは系統的リンパ節腫脹をきたす疾患である.HDの病理組織診断には特徴的なHodgkin細胞およびReed-Sternberg細胞(HRS細胞)が存在すること,および背景に存在する圧倒的多数の細胞が反応性炎症性細胞であることが必須である.

 1957年,MacMahonはHDの発症年齢分布が2峰性となることから,少なくとも2つの病因が存在し,そのうちのひとつがinfectionであろうことを示唆した.さらに疫学的には,伝染性単核症の既往を有する群はHDの発症率が有意に高いといった報告がされていた.これらの事柄からHDとEBVの関連には関心がもたれていたが,その直接的な証明は1987年,HDの組織中にEBV DNAが検出され,さらに1989年in situ hybridization法により組織標本中のHRS細胞にEBVの存在を証明することによりなされた.以来,同様の報告が相次いでおり,総括すれば,1.およそ50%ほどのHD症例において,2.HRS細胞に,3.monoclonalなEBV DNAが検出され,4.LMP1陽性EBNA2陰性というtype-II latencyの発現パターンを呈する.このようにEBVはHDの病因に深く関与していることが想定されているが,全ての症例においてEBVが陽性とならないことより,第一義的な病因とはいえないのが現状である.HDとEBVの関係が明らかにされて以降の最近10年間,この新しい知見を踏まえたHDの大規模かつ体系的な研究は本邦において報告されていない.また発症年齢,組織亜型頻度など,基礎データの報告にも乏しい.

 今回,都内4施設で1955-99年にHDと診断された174症例を病理形態学的・免疫組織化学的に再検討し現時点の基準でHDといえる106症例を抽出した.その上で組織亜型の頻度・年齢分布・性差・年次推移の検討を試みた.また,EBV陽性症例と陰性症例との差異の多角的な検討をすべく,EBV陽性率と臨床的事項・組織亜型・免疫組織化学的性状の関連を検討した.さらに,これらの過程で見出されたNSの疾患単位としての特殊性,モノクローナル抗体VS38cの陽性所見と組織亜型との関連,および細胞障害性分子陽性HD症例について若干の考察をした.

 各亜型の頻度は,nodular sclerosis(NS)50%,mixed cellularity(MC)38%,lympocyte depletion(LD)7%,lymphocyte predominance(LP)5%であった.発症のピークには2峰性が認められ20代と50代にある.前者は主にNSよりなり,後者は主にMC・LDよりなる.また亜型頻度の年次推移においてはNSの増加,LDの減少が示唆された.本邦のHDについては,亜型頻度や発症のピークについて,欧米諸国と異なるという報告とそうでないというものがあった.今回の検討ではこれらに加え,その年次推移も世界的な傾向とほぼ一致することが示唆された.

 EBVの感染率は,全HD(41%)および各亜型(NS19%,MC68%,LD86%,LP0%)ごとに諸家の報告とほぼ一致した.また,免疫組織化学的に検討した各マーカーとの関連も,全HDおよび各亜型ごとに検討したが,EBV陽性群と陰性群において有意な差は認めなかった.

 本邦のHDにおいて100例を超える症例をもちい,EBV感染の実態を調査した報告はない.また,その年次推移を検討した報告は世界的にも少ない.今回の検討では,40余年にわたって連続的に診断された症例を用いたため,本邦におけるEBV感染率を含めたHDの疾病構造の年次推移をも明らかにし得た.

 全HDのEBV感染率の年次推移は減少傾向にあった.またその原因が,EBV陰性のNSの頻度の増加にあることを明らかにした.EBV感染率は発展途上国で高く(70-100%)先進国では低い(30-40%)傾向がある.日本人の生活環境の変遷を踏まえると,今回得られたEBV感染率の年次変化は,一時点における地域差を時間的変化で再現したと思われた.さらに,遺伝的に比較的均一な集団と思われる日本国内において,このような変化が見られたことは,現在のHDにおけるEBV感染率の地域間の相違を考えるうえで,人種差的・遺伝的な相違よりもむしろ,EBV感染あるいはEBV発癌に影響する他の何らかの外的要因の変化を重視すべき根拠のひとつと考えられた.

 HDにおけるEBV感染率は,年齢別では小児で高く,若年成人で低く,中高齢者で再び高くなるという報告が多い.若年成人でEBV陽性率が低い要因として,この年代にNSが多発することが交互作用として働いていることは本研究の結果でも明らかである.しかし形態学的にNSの像を呈するにもかかわらず,10歳未満および50歳以上の症例においてはEBV感染率が比較的高いことが明らかとなった.

 NSは発症年齢,EBV陽性率,CD20陽性率,好酸球浸潤の程度でNS以外の亜型と異なることが示された.発症年齢,EBV陽性率については従来いわれていた所見であるが,組み合わせて考察することでさらに生物学的に均一な群を抽出する手がかりとなりうると思われた.前述の10歳未満および50歳以上の"形態学的"NS症例においては,EBV陽性率,CD20陽性率,好酸球浸潤の程度で,むしろNS以外の亜型に近いことが示唆された.すなわち,小児と高齢者のNS,特に男性例は,形態学的には現在のところ区別できないが,10-40代のNS(とくにEBV陰性で縦隔病変を有するもの)とは,生物学的・病因論的に異なる可能性があると考えられた.10-40代のNSには,生物学的に,ひいては臨床的にも極めて均一な集団が高い割合で含まれると考える.今後,分子生物学的に,この一群を特徴付ける内因および外因が同定されることが期待される.

 VS38cはLPの3/5に陽性で,それ以外に検討したHD94例は全例が陰性であった.VS38cは,粗面小胞体に存在する64kDの膜蛋白を認識し,その陽性所見は細胞の蛋白分泌能を反映すると考えられているモノクローナル抗体である.造血系の細胞では形質細胞特異的に反応する.LPはHDのうち早期から正常対応細胞がB細胞であることが指摘され,またその分化段階は胚中心B細胞に相当することが知られている.今回の所見は,その分化段階に関する議論に一石を投じるものと思われるが,症例が少なくその蓄積が必要と思われた,VS38cはdiffuse large B-cell lymphomaの1/3に陽性であることが知られている.また,近年の分子生物学的な検討でHDのほとんどがB細胞性であることが明らかとなっている.VS38cが,LP以外のHDには陰性であった事は,LP以外のHDの本態が,免疫グロブリン産生能を失ったB細胞性腫瘍であるという仮説の傍証となりうると思われた.

 CD20および細胞障害性因子TIA-1は,各々B細胞と細胞障害性リンパ球に特異性の高い分子である.HDはそのほとんどにおいてB細胞性であることが,近年の分子生物学的手法によりわかっているが,10%程度の症例に細胞障害性分子が陽性となる症例が認められる.これらの症例が他のほとんどのHD同様にB細胞性であるにもかかわらず,細胞障害性分子を発現しているのか,あるいは細胞障害性リンパ球としての性格を色濃く有し,生物学的・臨床的に独立させるべき疾患群であるのかは興味のもたれるところである.今回の検討では,細胞障害性分子と組織亜型・EBV感染との関連は明らかでなかった.しかし,一方で免疫組織科学的にCD20とTIA-1が同一細胞に証明されるといった,従来報告のない特異な症例が認められた.同時にB細胞特異的なCD79aの陽性所見も得ており,これらの症例はB細胞性であると思われた.したがってTIA-1を発現しうるB細胞性腫瘍が存在する可能性が示唆され,細胞障害性因子陽性HDの正常対応細胞の同定において,このことを考慮する必要があると考えられた.また,仮にこの発現が腫瘍であるがゆえのaberrantなものでないとすれば,細胞障害性分子陽性"B"細胞の存在が仮定され,その検索にも興味がもたれる.

 以上,本邦のHDにおいて100症例を超える大規模な検討を行い以下のことを示した.

 1.本邦の組織亜型の頻度が,いわゆる発展途上国と欧米諸国の"中間型"にあることを示した.亜型頻度の年次推移の検討もおこない,NSの増加傾向とその他の亜型頻度の減少傾向を示した.また本邦や発展途上国の亜型頻度も,いずれは欧米型に移行することが示唆された.

 2.EBV陽性症例と陰性症例との差異として従来の報告にもある年齢や性差などを示したが,これらは,結局のところEBV陰性例の多いNSの性質を反映したものであることを示した.

 3.EBV陽性率の年次推移の検討により,全HDにおけるEBV陽性率の但下を示したが,これはEBV陰性のNSの増加を反映したものであることを示した.なおnon-NS HDのEBV陽性率の変動は明らかでなかった.

 4.NSが他の亜型に比しCD20の陽性率が低く,好酸球浸潤の程度が強いことを示した.

 5.したがって,これらのことからNSの大部分を占める症例が,病因論的に他の亜型と異なる比較的均一な集団であることが示唆された.この集団を特徴づける特異的なマーカーの同定は用いた材料の性質上困難であったが,将来,この集団に対する特異的な病因の同定を検討すべき根拠と手がかりを示した.

 6.HDにおいてVS38cがnodular LPにのみ発現しうることを示した.

 7.TIA-1とB細胞性抗原を同一細胞内に共に有する腫瘍細胞を同定した.

審査要旨

 本研究は,欧米諸国に比し基礎データの確立が不十分である本邦のHodgkin’s disease(HD)において,100症例を超える大規模な検討・解析を試みたものであり,臨床的基礎データ,Epstein-Varr virus(EBV)感染の実態,および細胞障害性因子発現の有無などに関し以下のような結果を得ている.

 1.諸説ある本邦のHD発症年齢分布に関して,欧米諸国同様,若年成人と高齢者にピークを呈する,いわゆる2峰性のパターンであることを示した.

 2.本邦の組織亜型の頻度が,いわゆる発展途上国と欧米諸国の"中間型"にあることを示した.亜型頻度の年次推移の検討もおこない,nodular sclerosis(NS)の増加傾向とその他の亜型頻度の減少傾向を示した.また本邦や発展途上国の亜型頻度も,いずれは欧米型に移行することが示唆された.

 3.EBV陽性症例と陰性症例との差異として従来の報告にもある年齢や性差などを示したが,これらは,結局のところEBV陰性例の多いNSの性質を反映したものであることを示した.

 4.EBV陽性率の年次推移の検討により,全HDにおけるEBV陽性率の低下を示したが,これはEBV陰性のNSの増加を反映したものであることを示した.なおnon-NS HDのEBV陽性率の変動は明らかでなかった.

 5.NSが他の亜型に比しCD20の陽性率が低く,好酸球浸潤の程度が強いことを示した.

 6.したがって,これらのことからNSの大部分を占める症例が,病因論的に他の亜型と異なる比較的均一な集団であることが示唆された.この集団を特徴づける特異的なマーカーの同定は用いた材料の性質上困難であったが,将来,この集団に対する特異的な病因の同定を検討すべき根拠と手がかりを示した.

 7.HDにおいてVS38cがnodular LPにのみ発現しうることを示した.

 8.TIA-1とB細胞性抗原を同一細胞内に共に有する腫瘍細胞をはじめて同定した.

 以上,本論文は本邦のHodgkin’s disease(HD)において,詳細な組織亜型分類を行った上で,発症年齢・性別等の臨床的基礎データ,Epstein-Varr virus(EBV)感染の実態を明らかにし,本邦のHDに関する諸データの確立に貢献をなすものと考えられる.さらに細胞障害性因子とB細胞性マーカーを同一細胞内に共に有する腫瘍細胞をはじめて同定したことにより,細胞障害性分子陽性HDの正常対応細胞の解明において重要な貢献をなすものと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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