○序論 前立腺癌は近い将来、西欧諸国同様に死亡原因の高位に位置することが危惧されている。その意味で前立腺癌の予防および適切な診断・治療の開発と普及は急務であり、こられを支える臨床的・基礎医学的研究のさらなる進展は時代の要請でもある。
腫瘍学研究の全般を見ると癌遺伝子・癌抑制遺伝子や細胞増殖・細胞周期に関する研究により、近年様々な知見が得られている。前立腺癌においてp53、cyclinに関し様々な報告が見られるが、未だ一定の見解は得られていない。またGleason分類とこれら蛋白との関連についての報告は比較的多く見られるが、分化度分類および癌の侵襲・浸潤・転移との関連については、未だ検討されていないものが多い。
本研究では以上のような研究の進展状況をふまえ、前立腺癌を(1)Gleason分類・分化度分類、(2)癌の侵襲・浸潤・転移、および(3)細胞周期に関わる蛋白の発現という3つ視点から病理組織学的および免疫組織化学的に解析することで、これらの因子の臨床病理学的意義および本疾患の生物学的動態を明らかにすることを目的とした。
○結果1.病理組織学的分類、癌の侵襲・浸潤・転移、免疫組織化学染色結果 本研究で用いた52例中、分化度分類では高分化癌14例、中分化癌22例、低分化癌16例、Gleason分類ではlow score(2-6)22例、high score(7-10)30例であった。またリンパ管侵襲が26例、血管侵襲が23例、神経線維周囲侵襲が34例、被膜浸潤が30例、精嚢浸潤が19例、尿道粘膜浸潤が8例、膀胱壁浸潤が2例、直腸壁浸潤が0例、リンパ節転移が7例に見られた。
p53は22例、cyclin D1は13例で陽性を示した。Ki-67、cyclin Aのlabelling indexは各7.0±8.8、1.4±2.3であった。
2.病理組織学的分類と年齢、癌の侵襲・浸潤・転移との関係 分化度分類では分化度が低いほど、Gleason分類ではhigh scoreで年齢が低い傾向が見られた。
神経線維周囲侵襲、被膜浸潤、精嚢浸潤、リンパ節転移において分化度分類、Gleason分類いずれとも有意な関係が見られた。尿道粘膜浸潤と分化度分類、リンパ管侵襲、血管侵襲とGleason分類の間にも有意な関係が見られた。その他の因子では、分化度が低いほどもしくはhigh scoreにおいて陽性像が多くなる傾向があった。
3.増殖制御因子の発現と病理組織学的分類との関係 分化度分類においてKi-67のlabelling indexは分化度が低下するほど大きくなる傾向にあったが、p53、cyclin D1、およびcyclin Aのlabelling indexとの間には関連は見られなかった。Gleason分類においてcyclin D1の染色結果およびKi-67のlabelling indexとの間に有意な関係が見られた。またhigh scoreにおいてp53は陽性例が多く、cyclin Aのlabelling indexは大きくなる傾向があった。
4.増殖制御因子の発現と年齢、癌の侵襲・浸潤・転移との関係 p53、cyclin D1、およびcyclin A、Ki-67のlabelling indexと年齢の間にはいずれも関連は見られなかった。
p53、cyclin D1と各侵襲・浸潤・転移との間にはいずれも関連を認めなかった。Ki-67、cyclin Aのlabelling indexは血管侵襲、神経線維周囲侵襲において有意な関係が、またKi-67は尿道粘膜浸潤において、cyclin Aはリンパ管侵襲において、陽性例で高値をとる傾向が見られた。
5.増殖制御因子相互の発現の関係 p53とKi-67、cyclin Aのlabelling indexとの間にはいずれも関連を認めなかった。Cyclin D1とKi-67、cyclin Aとの間にはcyclin D1陽性例で各labelling indexが高値になる傾向が見られた。p53とcyclin D1との間には関連を認めなかった。Ki-67とcyclin Aのlabelling index相互間には有意な相関関係が見られた。
○考察 分化度およびGleason’s score、癌の侵襲・浸潤・転移は前立腺癌において悪性度の有力な指標とされる。癌抑制遺伝子や増殖制御因子等の細胞周期に関わる蛋白も、悪性度との関係が様々な研究により示唆されている。
本研究において神経線維周囲侵襲、被膜、精嚢、尿道粘膜の各浸潤、リンパ節転移が分化度が低くなるほど有意に多くなり、リンパ管、血管、神経線維周囲侵襲、被膜、精嚢浸潤、リンパ節転移がGleason分類のhigh scoreで有意に多くなったことは、癌の悪性度を反映していると考えられる。またその他の因子では分化度が低下もしくはGleason分類のhigh scoreで侵襲、浸潤が増加する傾向が見られ、組織像と生物学的態度の関係を支持するもであると考えられる。リンパ管侵襲、血管侵襲、神経線維周囲侵襲は、本研究で初めて予後不良因子となる可能性が示唆された。
分化度分類・Gleason分類から見た場合と、癌の侵襲・浸潤・転移から見た場合の悪性度に相関傾向があることが改めて確認された。
p53の発現率は42.3%でGleason分類のhigh scoreに発現が多い傾向が見られた。癌の侵襲・浸潤・転移とは有意な関係は見られなかった。これらはp53が癌の進行よりも発癌に関係している可能性を示唆するものと考えられる。
Cyclin D1は癌の侵襲・浸潤・転移との関係では有意な関係は見られなかったものの、Gleason分類のhigh scoreに有意に発現しており、cyclin D1が悪性度を反映する指標である可能性を示唆する。一方でp53とcyclin D1の発現に関して有意な関係が見られず、p53を介した癌抑制機構との関連は薄いものと考えられる。しかし、cyclin D1は非癌部の細胞で陽性像を認めなかったことから、発癌に寄与する因子の一つである可能性が示唆され、さらに過剰発現は分化をより低下させる因子であると考えられる。
Cyclin Aのlabelling indexはGleason分類のhigh scoreで高値になる傾向が見られ、血管および神経線維周囲侵襲陽性例で有意に高く、リンパ管侵襲陽性例で高値になる傾向が見られた。
Ki-67のlabelling indexは分化度が低くなるほど高値になる傾向が見られ、Gleason分類のhigh scoreで有意に高値になった。血管および神経線維周囲侵襲陽性例で有意にlabelling indexが高く、尿道粘膜浸潤陽性例で高値になる傾向が見られた。
またcyclin AとKi-67のlabelling indexの間には相関関係が見られた。
以上からcyclin A、Ki-67の発現のいずれもが分化度の低下と、局所での細胞の増殖、侵襲能との関連性が示唆され、癌細胞の悪性度を反映しうるものと考えられる。
p53の発現とcyclin A、Ki-67のlabelling indexのいずれにも関連性が見られなかったのは、前述したp53が生物学的態度を反映しない考えをさらに推し進める。
これらのことからp53は発癌との関連はあるが、生物学的態度との関連は薄いということが示唆された。一方Cyclin D1の過剰発現が組織像と関連し、Ki-67、cyclin Aの高発現が組織像および生物学的態度と関連していることが示された。
また分化度分類に比べGleason分類の方がより多くの検索で有意な差が見られ、生物学的態度の違いを反映しやすい分類と考えられた。