学位論文要旨



No 115369
著者(漢字) 垣内,千尋
著者(英字)
著者(カナ) カキウチ,チヒロ
標題(和) 多巣性Castleman病及び関連腫瘍の病理学的検討
標題(洋)
報告番号 115369
報告番号 甲15369
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1555号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 渡邉,俊樹
 東京大学 助教授 小田,秀明
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨 1.はじめに

 多巣性Castleman病はHyaline Vascular type(HV type)、Plasma Cell type(PC type)及びその中間型と考えられるintermediate type(I type)の各亜型からなる記載的な、かつ幅広い組織像をとる疾患概念で、様々な腫瘍を合併することが知られている。

 多巣性Castleman病或いは限局性Castleman病の疾患病因として、IL-6、VEGFとなどのサイトカイン、濾胞樹状細胞の異常、Kaposi’s Sarcoma associated Herpesvirus(KSHV)、Epstain Barr virus(EBV)などのヘルペスウイルスが可能性としてあげられている。しかし多巣性Castleman病におけるKSHVの陽性率は一致しておらず、感染が原因かどうかには未だ疑問がもたれる。また限局性Castleman病においてEBVの関わりは否定的であるが、多巣性Castleman病で系統的研究はなされていない。形態形成機序について言及した論文は乏しく、限局性Castleman病において濾胞樹状細胞の形作る濾胞構築の異常について言及した報告がみられる程度である。またCastleman病様病変を合併する腫瘍についても単なる病変の記載にとどまっている。

 本研究では以下の2点から症例の解析を行い、多巣性Castleman病或いはCastleman病変と記載されている疾患の実態を明らかにすることを試みた。

第一点.多巣性Castleman病についての検討.

 1)多巣性Castleman病の組織所見を見直し、特にその形態形成における濾胞樹状細胞の異常に注目し、その形態形成因子としての役割について検討した。

 2)ヘルペスウイルスとの関係について、多巣性Castleman病とKSHV、EBVの紐織学的特徴を明らかにし、病因と結びついたsubgroupが存在する可能性について検討した。

第二点.Castleman病関連腫瘍の検討.

 1)Follicular Dendritic Cell Sarcoma(FDC sarcoma)、2)HV type Castleman病を合併するVascular Neoplasia(VN-HVCD)をとりあげ、両腫瘍の病理学的特徴を示し、多巣性或いは限局性Castleman病、ひいては類似の組織像を示す疾患との関わりについて検討を行った。特にVN-HVCDでは、多巣性Castleman病或いはCastleman病で関連しているとされるIL-6,VEGFに着目した。なおFDC sarcomaについては、研究の過程で精神分裂病との関係が想定されたためその検証を行った。

2.材料及び研究方法2.1.対象

 多巣性Castleman病検体は、東京大学医科学研究所病理学研究部において集められた61例である。これらのKSHV感染に関する結果はすでに確認されており、陽性例は3例でいずれもエイズ患者に合併したものであった。

 FDC sarcoma検体は、国内の精神科単科病院及び総合病院の病理部合計1800施設に調査用紙を郵送し問い合わせを行い集めた症例、及び都立松沢病院検査科の過去20年の生検、手術検体のうちFDC sarcomaが確認された計5例を用いた。

 VN-HVCD検体は原発巣の外科手術材料と再発部分の生検材料を用いた。VN-HVCDについては再発部分の生検材料からの初代培養細胞も使用した。

2.2.方法

 すべての対象についてヘマトキシリンエオジン染色、免疫染色、EBER in situ hybridizationを行った。免疫染色はストレプトアビジンビオチンコンプレックス法にて行った。使用した抗体はFactor VIII、CD34、S-100、Vimentin、Desmin、Muscle Actin、Smooth Muscle Actin、CD68、p53、bcl-2、bcl-6、CD21、CD35、NGFR、LCA、CD20、CD45RO、EMA、Cytokeratin7、Cytokeratin8、Cytokeratin10、Cytokeratin17、Cytokeratin19、KSHV ORF59、KSHV ORF73、IL-6、VEGF、LMP-1である。EBER in situ hybridizationはantisence EBER-1オリゴヌクレオチドプローブを用いた。多巣性Castleman病では形態学的検討を、Castleman病で観察される所見9項目で行った。さらにCD21免疫染色標本で濾胞樹状細胞の形態を3種類に分類し、他の所見項目との比較を行った。また形態の検討結果をもとにKSHV陽性と陰性例間の比較を行った。VN-HVCDについては、再発部分において、超微形態の検討、初代培養細胞の染色体分析、X染色体のFluorescence in situ hybridization(FISH)をパラフィン切片上で行った。培養細胞上清のInterleukin-6(IL-6)及びVascular Endothelial Growth Factor(VEGF)測定をELISA法で行った。

 なお形態の統計学的検討はFisher exact testとMann Whitney U-test、精神分裂病合併についての検討は母比率の検定を行った。

3.結果及び考察3.1多巣性Castleman病について

 亜型分類の結果、PC type48例、I type8例、HV type5例であった。濾胞樹状細胞の形作る濾胞構築が異常な群は正常群に比べ、濾胞内血管侵入、暗殻の層状構造の程度が強く、また形質細胞のシート状の増生が弱い傾向がみられた。

 組織像においてPC type及びHV typeを両極とすると、濾胞樹状細胞の異常が病変をHV typeに移行させると考えられた。

 KSHV陽性3例はいずれもI type、HV typeであった。KSHV陽性例に、特異的に、やや大型の異型細胞が濾胞暗殻にみられた。またKSHV陽性例は濾胞内侵入血管の程度が強い傾向がみられ、濾胞樹状細胞に異常を認めた。KSHV感染細胞によって濾胞内侵入血管、濾胞樹状細胞構築の異常が引き起こされ、全体としてCastleman病の組織像を形成している可能性が考えられた。

 EBER ISHの結果、57例中11例に陽性像が得られた。そのうち1例は多数の細胞に陽性像がみられ、EBV感染も多巣性Castleman病の原因の1つの候補となりうると考えられた。

3.2Castleman病関連腫瘍について3.2.1FDC sarcomaについて

 全国調査で国内には9例のFDC sarcomaが見出され、うち精神分裂病合併例は2例であった。精神分裂病の有病率と比較した結果、統計学的に有意に合併率が高かった。組織像では精神分裂病合併例、非合併例の間に、既存のリンパ構造の有無、腫瘍細胞が形作る構造、腫瘍細胞が紡錘形か上皮様か、という点で違いがあった。精神分裂病そのもの、或いは治療薬剤等が関係している可能性が考えられた。

 Castleman病合併例は1例のみで、その関係の検討は行えなかった。免疫染色では1例に少数ではあるが、p53蛋白の過剰発現を認めた。KSHVの抗原は同定されず、EBER ISHは陰性であった。

3.2.2.VN-HVCDについて

 原発巣はhypervascular follicular hyperplasia(HFH)の部分、肉腫様の部分、angiolipomatous hamartoma部分から構成されていた。再発部分は肉腫様部分のみからなっていた。HFHの濾胞はHV type Castleman病の特徴を示していた。原発巣の肉腫様部分は異型の乏しい紡錘形細胞が大半であったが、一部で強い異型を示す部分があり、この組織像は再発部分の組織像と類似していた。再発部分の電子顕微鏡所見では特異的な所見はなかった。免疫染色では、肉腫様部分に一部でcytokeratin 8が染色性を示し、また前述の肉腫様の異型の強い部分、再発部分でp53蛋白の過剰発現を認めた。血管への分化を示す細胞マーカーの陽性像はなかった。これらの結果から、血管由来である証拠はなく、Vascular Neoplasiaという名称には疑問がもたれた。肉腫様の部分におけるp53蛋白の過剰発現が腫瘍の悪性化、転移に関与している可能性が考えられた。

 KSHVの抗原は同定されず、EBER ISHは陰性であった。

 染色体分析では47,XXYを中心として様々な異常を示した。患者が男性でかつ臨床症状からクラインフェルター症候群が考えにくく、染色体分析の結果は、腫瘍細胞由来の可能性が高いが、正常組織のX染色体のFISHでは肯定的な結果は得られなかった。

 培養細胞上清のIL-6は16800pg/ml、VEGFは69800pg/mlとコントロール群に比べ著しい高値を示した。IL-6、VEGFは多巣性Castleman病で関連の深いサイトカインである。Castleman病様病変は肉腫が産生したサイトカインにより形成された可能性が考えられた。

3.3.総合的考察

 今回の研究結果に基づいて次のようなモデルが考えられた。KSHV、Vascular Neoplasia、EBVなど多数の原因が存在し、腫瘍細胞或いはウイルス感染細胞によって局所にIL-6、VEGFなどのサイトカインに富む環境が形成され、Castleman病病変を形成する。濾胞樹状細胞の異常が加わると、病変はHV typeに移行するというものである。

 多巣性Castleman病或いはCastleman病は多数の原因に対する共通の特徴的な組織反応形態であると考えられ、常に原因、病因を探ることが必要と考えられた。

審査要旨

 本研究は,記載的で幅広い疾患概念を持ち,様々な腫瘍を合併することが知られている多巣性Castleman病,或いはCastleman病変について,多巣性Castleman病及びCastleman病関連腫瘍の症例の解析を通じ,実態を明らかにすることを試みたものである.具体的には,多巣性Castleman病における濾胞樹状細胞の形態異常の関連,ヘルペスウイルスとの関連について検討した.またCastleman病を合併する腫瘍としてFollicular dendritic cell sarcoma(FDC sarcoma),Vascular Neoplasia complicating with hyaline vascular Castleman’s disease(VN-HVCD)の2腫瘍について,病理学的特徴を示し,さらにCastleman病変への関与を特にサイトカイン(IL-6,VEGF)に着目し検討した.なおFDC sarcomaについては研究の課程で精神分裂病との関係が想定されたためその検証も同時に行った.これらについて下記の結果を得ている.

1.多巣性Castleman病について

 A.濾胞樹状細胞の形態を正常群(type1),異常群(type2,3)に分類し,多巣性Castleman病で観察される所見(8項目)との比較を行った結果,異常群は正常群に比べ,濾胞内への血管侵入及び暗殻の層状構造形成の程度が強く,濾胞間の形質細胞のシート状の増生が弱い傾向がみられた.組織像においてplasma cell type及びhyaline vascular typeを両極として,濾胞樹状細胞の異常が病変をhyaline vascular typeへ移行させる可能性が考えられた.

 B.ヘルペスウイルスとの関連を検討した.KSHV陽性例は3例で,光顕上特異的に,やや大型の異型細胞が濾胞暗殻にみられた.これらの細胞はKSHVの免疫組織化学による陽性細胞の分布からKSHV感染細胞と考えられた.所見との比較からは濾胞内侵への血管侵入の程度が強い傾向がみられ,また濾胞樹状細胞の形態は異常(type2,3)であった.これらからKSHV感染細胞が濾胞内への血管侵入,濾胞樹状細胞の異常を引き起こし,結果としてCastleman病変を引き起こしている可能性が考えられた.一方EBV陽性例は11例で,1例では多数の細胞に陽性像を認めた.全体として関連は乏しいが,EBVも多巣性Castleman病の原因の1つである可能性が示唆された.

2.Castleman病関連腫瘍について

 A.全国調査を行った結果,国内には9例のFDC sarcomaがみいだされた.Castleman病合併例は1例のみでその関係の検討は行えなかった.精神分裂病合併例は2例で,精神分裂病有病率と比較した結果,合併率は有意に高かった.合併例と非合併例の組織像を比較した結果,既存のリンパ濾胞の有無,腫瘍細胞の形態において違いがみられ,何らかの関係が疑われた.ただ,全体で9例と数は乏しく,それらの解明には今後の症例の集積を待つ必要があると考えられた.

 B.典型的なhyaline vascular typeのCastleman病変を伴うVN-HVCDについて病理学的検討を行った結果,肉腫様部分の免疫組織化学で上皮系マーカーであるCytokeratin8の陽性像が得られた.また特に異型の強い部分において,原発巣,転移巣ともにp53蛋白の過剰発現がみられ,腫瘍の悪性化,転移に関与している可能性が示唆された.染色体分析からは47,XXYを中心とする様々な異常がみられた.多巣性Castleman病或いはCastleman病と関連するとされているIL-6,VEGFは腫瘍の初代培養細胞上清において著しい高値を示し,さらに免疫組織化学では腫瘍細胞に陽性像を認めた.このことからCastleman病変は肉腫が産生したサイトカインにより形成されている可能性が示唆された.

 以上,本論文は,症例の解析から,多巣性Castleman病の幅広い組織形態に関与する因子,また疾患原因が複数にわたっている可能性,さらにCastleman病変の一部が腫瘍の続発病変である可能性を示した.本研究は,原因不明の単一疾患と考えられてきた多巣性Castleman病或いはCastleman病が,多くの疾患原因と,それらが作るサイトカイン環境から生じる共通の組織反応形態である可能性を示し,疾患の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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