学位論文要旨



No 115371
著者(漢字) 髙橋,芳久
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヨシヒサ
標題(和) 色素性乾皮症A群(XPA)遺伝子欠損マウスにおける肝腫瘍発生
標題(洋)
報告番号 115371
報告番号 甲15371
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1557号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 勝木,元也
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 助教授 田中,信之
内容要旨

 色素性乾皮症は、常染色体劣性遺伝の疾患であり、我が国では人口10万人につき1〜2.5人の患者が発生すると推定されている。色素性乾皮症の患者は、幼小児期より日光に照射された部が日焼けし易く、そばかす状の色素沈着と皮膚の乾燥が著明となる。そこに日光角化症が発生し、次いで基底細胞癌、有棘細胞癌、悪性黒色腫が発生してくる。

 色素性乾皮症においてはnucleotide excision repair(NER)の機構が欠損しており、その結果として、紫外線等によって生じたDNA損傷の修復が出来ない。色素性乾皮症は7つの相補性群(A群-G群)とvariantの8型に分けられているが、その中でもA群(XP-A)は我が国で最も頻度が高く、かつ最も臨床的に重篤なものである。その原因遺伝子産物であるXPA蛋白は、障害を受けたDNA領域に結合する事により種々のDNA障害を認識し、NERの最初の段階に働くと考えられている。

 1989年、Tanakaらはマウス胎児のゲノムDNAをXPA群細胞(XP2OSSV)にトランスフェクトし、XPA群だけに欠如するDNAをクローニングした。そして1995年、日本とオランダのグループが別々にgene targeting法によりXPA欠損マウスを作成した。XPA欠損マウスでの発癌研究は、当教室との共同研究として進められて、皮膚に紫外線(UVB)を継続的に照射したり9,10-dimethyl-1,2-benzanthracene(DMBA)をくりかえし塗布する事により、極めて早期にまた高頻度に皮膚腫瘍(扁平上皮癌及び乳頭腫)を生じ、ヒトの色素性乾皮症患者と類似した表現型を示すマウスである事が確認された。

 色素性乾皮症と皮膚腫瘍との関係は詳細に研究され、紫外線照射によって生じるcyclobutane pyrimidine dimerとpyrimidine(6-4)pyrimidoneが色素性乾皮症患者における皮膚腫瘍発生に大きな役割を果たす事が知られている。それに対し、色素性乾皮症と皮膚以外の内臓腫瘍発生との関係については現在も不明の点が多い。

 そこで今回我々は、XPA欠損マウスにおける肝腫瘍発生を解析する目的で、もともと交雑系として樹立されたXPA欠損マウスを、肝腫瘍好発系で一定の年齢になると自然発生肝腫瘍が生じ、また化学発癌物質により肝に発癌しやすいC3Hマウスと代々交配し近交系化した。その上で、XPA欠損マウスの自然発生肝腫瘍及びNERの機構によって修復されるDNA損傷をつくる肝発癌物質であるアフラトキシンB1(AFB1)誘発性の肝腫瘍の発生頻度を野生型やヘテロマウスと比較した。

 まず、交雑系として樹立されたXPA欠損マウスを代々、近交系C3H/HeNマウスともどし交配し近交系化を行った。そのN5及びN10の段階でヘテロマウス間の交配を行い、得られた雄の仔マウスを自然経過観察後、生後1年4ヶ月の時点で屠殺解剖した。ちなみに、雄のマウスのみを実験に用いたのは、近交系C3Hマウスでは、雄での肝腫瘍発生率が雌に比して著しく高い事が経験的に知られている為である。

 解剖時、N5では、肝腫瘍(良性、悪性とも含む)の発生率は+/+及び+/-マウスがそれぞれ47%(7/15)、53%(21/40)であるのに対し、-/-マウスでは92%(11/12)であり、-/-群は、+/+、+/-両群に対して有意に高い発生率を示した(カイ二乗検定、p<0.05)。また、肝細胞癌の発生率も、+/+及び+/-マウスがそれぞれ20%(3/15)、18%(7/40)であるのに対し、-/-マウスでは58%(7/12)と高い発生率を示した。マウス1匹あたりの腫瘍数は、+/+及び+/-マウスがそれぞれ0.9、0.9個であるのに対し、-/-マウスはその2倍以上(2.2個)であり、-/-群は+/+、+/-両群に対して有意に高い値を示した(t検定、p<0.05)。

 また、N10では、肝腫瘍(良性、悪性とも含む)の発生率は+/+及び+/-マウスがそれぞれ47%(8/17)、33%(6/18)であるのに対し、-/-マウスでは79%(11/14)と高い発生率を示した。また、肝細胞癌の発生率は、+/+及び+/-マウスがそれぞれ12%(2/17)、17%(3/18)であるのに対し、-/-マウスでは57%(8/14)であり、-/-群は、+/+、+/-両群に対して有意に高い発生率を示した(カイ二乗検定、p<0.05)。マウス1匹あたりの腫瘍数は、+/+及び+/-マウスがそれぞれ0.6、0.3個であるのに対し、-/-マウスはその約2〜4倍(1.3個)であり、-/-群は+/+、+/-両群に対して有意に高い値を示した(t検定、p<0.05)。

 次にアフラトキシンB1による肝臓発癌の実験であるが、XPA欠損マウスが、アフラトキシンB1の様にDNA塩基に直接共有結合して大きな付加体をつくりNERによって除去修復を受ける発癌物質に高い感受性を示すかを調べる為に、N10マウス間の交配で得られた雄の+/+、+/-、-/-マウスに、生後7日の時点で0.6mg/kg体重及び1.5mg/kg体重のアフラトキシンB1(AFB1)をDMSO(ジメチルスルホキシド)に溶解させて腹腔内投与し、経過観察後、生後11ヶ月の時点で屠殺解剖した。

 解剖時、肝腫瘍(良性、悪性とも含む)の発生率は、0.6mg/kg体重投与群では、+/+及び+/-マウスがそれぞれ55%(6/11)、50%(15/30)であるのに対し、-/-マウスでは83%(10/12)であり、また、1.5mg/kg体重投与群でも、+/+及び+/-マウスがそれぞれ75%(12/16)、68%(21/31)であるのに対し、-/-マウスは81%(13/16)と高い発生率を示した。肝細胞癌についての発生率は、0.6mg/kg体重投与群では、+/+及び+/-マウスがそれぞれ0%(0/11)、13%(4/30)であるのに対し、-/-マウスは50%(6/12)であり、また1.5mg/kg体重投与群でも、+/+及び+/-マウスがそれぞれ6%(1/16)、6%(2/31)であるのに対し、-/-マウスは38%(6/16)と高い発生率を示した。マウス1匹あたりの腫瘍数は、0.6mg/kg体重投与群では、-/-マウスは4.5個と、+/+(0.7個)及び+/-(1.2個)マウスの約4〜6倍であり、また1.5mg/kg体重投与群では、-/-マウスは4.3個と、+/+(1.5個)及び+/-(1.8個)マウスの約2〜3倍であって、いずれの用量でも、-/-群は+/+、+/-両群に対して有意に高い値を示した(t検定、p<0.05)。

 1997年に、オランダのde VriesらがXPA+/+及び+/-マウス(遺伝的背景は、50%がOla129、50%がC57BL/6)では自然発生肝腫瘍が全く見られないのに対し、XPA-/-マウスでは、生後1年3ヶ月から1年8ヶ月の間に24匹中4匹に肝細胞腺腫の自然発生が見られたと報告している。今回の遺伝的背景をC3Hに近交系化しての我々の実験では、XPA-/-マウスは+/+及び+/-マウスに比して肝細胞腺腫のみならず肝細胞癌の自然発生率も高く、また、1匹あたりの腫瘍数についても有意差をもって多い事が示された。

 今回の結果からXPA遺伝子が内臓腫瘍発生に防御的に働いている事が示され、またC3Hマウスにおける肝腫瘍発生にはNERの機構により修復される様なDNA損傷がそのイニシエーションに関与している可能性が示唆された。

 XPA欠損マウスが何故自然発生肝腫瘍を生じ易いかについては現在の所完全に答える事は難しい。今回、生後7日及び60日のマウスを用いて肝組織のBrdU免疫染色を行う事で、XPA欠損マウスと野生型マウスの間に肝細胞の細胞回転に明らかな差がない事が示された。従って、XPA欠損マウスで腫瘍発生が多い事を素直にとれば、NERのないことが腫瘍発生のイニシエーションと関わっている、即ちNERによって修復されるようなDNA損傷が自然発生肝腫瘍に関わっている事が考えられる。そのDNA損傷の原因としては、マウスの飼育されている環境中に存在する発癌物質も考えられるが、生体内の代謝過程で発生した活性酸素種の可能性も考えられる。実際、少なくとも数種類の酸化的ストレスによるDNA損傷の修復にNERが関与している事が知られている。しかし、XPA欠損マウスでの肝腫瘍発生に酸化的ストレスが実際に関与している事を証拠づける報告は今の所なく、この点の解明は今後の課題である。

 アフラトキシンB1(AFB1)は、Aspergillus flavusにより産生されるカビ毒であり、高温多湿であるアフリカ、東南アジア等での肝癌発生因子として重要である。生体内ではチトクロームp450等によりAFB1 exo-8,9-epoxideに活性化され、それがDNAと反応してグアニンのN7位に付加体を形成する。アフラトキシンーDNA付加体は正常の細胞ではNERによりすみやかに除去されるが、色素性乾皮症患者からとられた細胞ではアフラトキシンーDNA付加体がはるかに安定して残存している事が培養系の実験で確かめられている。今回の実験によって初めて、in vivoの系においても、XPA欠損マウスが野生型やヘテロマウスに比してAFB1の肝発癌性に対し高い感受性を示す事が示された。

 今回我々は、遺伝的背景が雑系であったXPA欠損マウスを近交系C3Hマウスとくりかえし交配し、近交系化したマウスを樹立した。それを用いて、自然発生肝腫瘍及びAFB1誘発性の肝腫瘍の発生状況を観察する実験を正確かつ細心に行う事により、XPA欠損マウスが、自然発生肝腫瘍、誘発腫瘍のいずれにおいても野生型やヘテロマウスに比して高い感受性を示す事を明らかにした。

審査要旨

 色素性乾皮症は常染色体劣性遺伝の疾患であり、ヌクレオチド除去修復の機序の欠損が見られる。色素性乾皮症患者は日光に過敏性を示し、早期に皮膚癌を生じる。色素性乾皮症患者に皮膚癌発生が多いという事実は広く知られているのに対し、色素性乾皮症と内臓腫瘍の関係については現在も不明の点が多い。そこで本研究では、肝腫瘍好発系である近交系C3Hマウスとのもどし交配を繰り返し行う事によって、色素性乾皮症A群(XPA)遺伝子が欠損しておりかつC3Hの遺伝的背景を有するcongenic mouseを樹立して、その自然発生肝腫瘍及びアフラトキシンB1誘発肝腫瘍の解析を行った。

 自然発生肝腫瘍は、N5及びN10マウスを用いて生後1年4カ月の時点で解析した。肝腫瘍の発生率及びマウス1匹あたりの腫瘍数はXPA-/-マウスがXPA+/+や+/-マウスよりも有意に高かった。

 アフラトキシンB1誘発肝腫瘍の実験は、N10マウスに生後7日の時点で0.6及び1.5mg/kg体重のアフラトキシンB1を腹腔内投与し、生後11カ月の時点で肝腫瘍の解析を行った。この実験でも、肝腫瘍の発生率及びマウス1匹あたりの腫瘍数はXPA-/-マウスがXPA+/+や+/-マウスよりも高かった。

 以上、本論文はこれまでほとんど知られていなかった色素性乾皮症と内臓腫瘍の関係についてin vivoの系でその関連性を示し、色素性乾皮症A群遺伝子が内臓腫瘍発生にも防御的に働く事を証明したものであって、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54751