悪性リンパ腫の亜型の中で最も頻度の高いびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma,DLBL)においては25-40%に3q27転座があることが知られており、この領域に同定されたBCL6がこの亜型のリンパ腫発症の主たる原因遺伝子ではないかと考えられている。 BCL6は、ヒト染色体3q27上に存在し、10個のエキソンからなる。mRNAのサイズは3.8kbで、第3エクソンにある翻訳開始コドンより706アミノ酸、約95kDのBCL6蛋白質が翻訳される。この蛋白質は、転写因子として機能すると考えられている。また、BCL6の発現は分化段階特異的で、B細胞においてはリンパ節の胚中心(germinal center,GC)レベルに分化したB細胞において高発現すること等も示されてきた。また、BCL6の第1エクソンからイントロンにかけて、点突然変異だけでなく欠失や重複が高頻度に起こっていることが正常なGCB細胞においても示され、現在、BCL6には体細胞突然変異(somatic hypermutation)が生じるとされている。さらに、この転座におけるBCL6の切断点は第1イントロンに集中しているが、BCL6の翻訳開始コドンは第3エクソンに存在するため、転座により生じる融合転写産物から翻訳されるBCL6蛋白質の構造に変化は起こらないと考えられる。つまり、BCL6転座によって生じる異常は、転座のパートナー遺伝子のプロモーター領域がBCL6のそれと置き換えられ、BCL6遺伝子の発現を制御する(promoter substitution)ため、リンパ節のGC特異的なBCL6遺伝子の発現がshut offされずに蛋白質が作り続けられることが問題であり、これがリンパ腫発症の要因であると推測されてきた。 これまでにDLBLの核型分析により、BCL6は1q21、5q31、12q24等多くの染色体と転座していることが報告されており、パートナー遺伝子は多彩であると言える。しかしながら実際にBCL6と融合しているパートナー遺伝子についての記載は、免疫グロブリン(2p11,14q32,22q11)、H4ヒストン(6p21.3)、BOB1/OBF1(11q23.1)およびTTF(4p11)に限られている。BCL6転座のパートナー遺伝子が多彩であることの意義を明らかにするには、パートナーとなっている遺伝子群を網羅的に解析し、その特徴を明らかにすることが必要であると考えられる。 また、転座が生じる機序の説明として、濾胞性リンパ腫(follicular lymphoma,FL)のBCL2転座、mantle cell lymphoma(MCL)のBCL1転座、バーキットリンパ腫(Burkitt’s lymphoma,BL)のc-myc転座のようなパートナー遺伝子が免疫グロブリンに限られた転座では、B細胞が分化段階特異的に起こす免疫グロブリンのVDJ組換えやクラススイッチ、体細胞突然変異の過程でのエラーにより転座が生じると説明されてきた。前2者の根拠としては、ゲノムの切断点近傍の塩基配列に特有のシグナル配列の存在することがあげられてきた。すなわち、VDJ組換えが関わるとされる転座(FL、MCL)においては、リコンビナーゼの認識配列であるとされるヘプタマー・ノナマー様シグナル配列や、カイ様配列、Nヌクレオチドの挿入が認められる。また、クラススイッチが関わるとされる転座(sporadic BL)においては、免疫グロブリンのスイッチ領域でゲノムが切断していることが示されている。さらに、体細胞突然変異が関わるとされる転座(endemic BL)においては、切断点が体細胞突然変異が起こるとされる領域に一致していること、切断点近傍に特定のシグナル配列がないこと、転座しているアリルにおいてVDJ結合が完成しており、可変(variable)領域に突然変異を持つB細胞(post GCB-cell)に由来する細胞であることが示されている。一方、BCL6転座においては、免疫グロブリン以外の遺伝子とも高頻度に転座を起こすことについて、そこにどのような機序が働いているかを明らかにすることは興味のあることである。これを明らかにするには、ゲノムの切断点近傍の塩基配列を解析する必要がある。 一方、BCL6のかかわる転座のリンパ腫発症との関係については、BCL6遺伝子の発現調節異常の観点から種々の解析が行われてきた。転座パートナー遺伝子側の発現ではなく、BCL6側の発現が主に研究されてきた理由は、BCL6がこの転座をきっかけに発見された転写因子であること、従ってこれまでに5’-partner gene/BCL6-3’融合転写産物の発現のみが報告されてきたこと、さらにはパートナー遺伝子が多彩で統一性がないことなどによると考えられる。しかし、我々の解析の結果、BCL6蛋白質の発現レベルが低く、免疫組織化学の検出限界以下の例があること、またこれまでに報告されたものも含め、同定された多くの例で、転座のパートナー遺伝子が細胞の増殖や分化に関与するものであることなどが明らかとなった。これらの知見は、パートナー遺伝子の発現あるいは構造異常がリンパ腫の発症に関与している可能性を示唆するものであるとも考えられた。この可能性の当否を明らかにするためには、reciprocalな転写産物である5’-BCL6/partner gene-3’融合転写産物の発現の有無を確認する必要がある。 以上のような従来の知見と考え方のもとに、臨床より得られた非ホジキンリンパ腫(non-Hodgkin’s lymphoma,NHL)検体98例について、分子生物学的手法(5’RACE,LA-PCR,RT-PCR等)によってBCL6転座のパートナー遺伝子を網羅的に解析し、かつゲノム切断点の同定と構造解析、および融合転写産物の解析を行い、上記の問題について回答を得ることを目指したところ、我々はBCL6転座について以下の3項目の新知見を得た。すなわち1)BCL6転座のパートナー遺伝子として新たに5つの遺伝子を同定したこと;2)切断点近傍の塩基配列を検討し、切断点が体細胞突然変異が起こるとされている領域に一致すること、特定の認識配列がないことから、BCL6転座が体細胞突然変異の過程で生じた可能性を推測したこと;3)reciprocalな融合転写産物(5’-BCL6/partner gene-3’融合転写産物)の存在を示し、この転座を介した新たなリンパ腫発症機構の可能性を推定したこと;である。 まず、BCL6転座に関わるパートナー遺伝子を同定するため、BCL6再構成を示した18例について5’RACEを行なったところ、転座のパートナー遺伝子を新たに5つ同定することができた。すなわちMHC class II transactivator(CIITA)、eukaryotic initiation factor 4AII(eif4AII)、ikaros、pim-1およびtransferrin receptor(TFRR)である。転座のパートナーとなった遺伝子の共通点としては、(1)細胞の増殖や分化に関与する遺伝子であること、(2)B細胞において高い発現を示すこと、(3)転座によって生じる融合転写産物は、これらの遺伝子とプロモーター領域を置換した構造であることがあげられる。 また、ゲノムの切断点近傍の塩基配列の解析から、BCL6転座が起こるメカニズムを推測する目的でLA-PCRを行ったところ、11検体においてBCL6のゲノムの切断点を含むDNA断片を増幅できた。4例については相互転座を示す結果を得ることができた。シーケンス解析の結果得られた切断点近傍の塩基配列を、由来となった各遺伝子の塩基配列と比較することにより、以下のことがらが明らかになった。(1)BCL6の切断点が体細胞突然変異が起こるとされている領域にほぼ一致すること、(2)切断点近傍にVDJ組換えのシグナル配列であるヘプタマー・ノナマー様シグナル配列やカイ様配列がないこと、(3)IgH以外の遺伝子と転座している検体についてはパートナー遺伝子のゲノムの切断点近傍の塩基配列にスイッチ領域とのホモロジーが見られないこと、(4)相互転座が検出できた検体に関して、転座により新しく生じた融合遺伝子には、体細胞突然変異時にもおこると報告された塩基配列の欠失や重複があること、(5)新たな転座の機構を示唆するような認識配列は確認できなかったこと。以上のことから、これらの転座は、BCL6の体細胞突然変異の過程でのエラーによって生じた可能性が推測された。 さらに、RT-PCRによる検出を試みた14検体のうち半数にあたる7例において、reciprocalな5’-BCL6/partner gene-3’融合転写産物の存在を示すデータが得られた。パートナーとして検出された遺伝子は、細胞の増殖や分化、さらには癌化に関わるとされる遺伝子であったことから、これらの発現が、以下の機構によりリンパ腫の発症に関与する可能性も考えられる。すなわち(1)BCL6のプロモーター領域との置換によりパートナー遺伝子の発現が脱制御されること、(2)mRNAの5’非翻訳領域(5’UTR)は、転写後調節に関わるとされることから、この領域を失うことにより翻訳効率の変化が起こること、(3)CIITAおよびpim-1がそれぞれパートナーとなる融合転写産物においては、これらの遺伝子の第1の翻訳開始コドンが失われており、翻訳される蛋白質が欠損型になること、である。以上のことから、BCL6転座を有する悪性リンパ腫の発生には、従来の5’-partner gene/BCL6-3’融合転写産物発現によるBCL6の脱制御という図式のみではなく、5’-BCL6/partner gene-3’融合転写産物の発現によるパートナー遺伝子の脱制御機構の関与も考える必要がある。BCL6転座を介したリンパ腫発症機構を解明するためには、今後これらの融合転写産物についての生物学的な機能解析が必要であると思われる。 |