No | 115377 | |
著者(漢字) | 半田,直史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハンダ,ナオフミ | |
標題(和) | 大腸菌の相同組換え初期反応は、DNAの由来を認識して他種DNAを分解し、同種DNAは修復する「自己-非自己を識別する」反応である | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 115377 | |
報告番号 | 甲15377 | |
学位授与日 | 2000.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1563号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細菌の相同組換えの初期反応は、非常に奇妙である。その反応は、「DNA二本鎖切断によって開始され、そこから分解しながらDNA上を進行する酵素が、特別な配列に出会ったところで、分解をやめ組換えを促進する」というものである。相同組換えがDNAの修復のためにあるのなら、なぜこの反応にDNAの分解をともなうのであろうか?最近、多くの微生物(細菌)ゲノムの全塩基配列が続々と決定されている。その結果分かってきたことのひとつは、細菌のゲノムが非常に柔軟性をもっていて、同じ種であっても、調べる細菌ごとにそのサイズと構成が異なっているということである。細菌の種は何によって規定され、他種と区別されるのか?いくつかの細菌種から、「DNA分解酵素とそれを防ぐ配列」という組み合わせが報告され、そのDNA分解酵素の分解を防ぐ配列がそのゲノム中に高頻度に現れることが明らかにされた。それは大腸菌では組換えのホットスポットとして知られるカイ()配列であった。細菌の世界では、制限修飾系遺伝子対が、配列特異的なDNAのメチル化によって、そのDNAを切断するか否かを決める。すなわち「自己」と「非自己」の区別をしている。これによって制限修飾系の遺伝子対は、感染防御機能を宿主細菌細胞に与えるが、私たちの研究室では、この遺伝子対は細菌にその遺伝子対自身の維持を強制する、細菌ゲノムとは独立した遺伝単位であることを提唱している。この遺伝子対は、「それを失った細菌細胞の染色体を、残された遺伝子産物(=制限酵素)が切断して細胞死を起こす」ことで、生きている細胞の中で安定に維持されるように仕組む。 私は、大腸菌の相同組換え機構が、この制限修飾系遺伝子対によるDNA二本鎖切断を治し、また、他種DNAがこの細菌細胞に進入した際には、制限修飾系と協調してこれを排除(破壊)することを発見した。そのとき、大腸菌の染色体はカイ配列認識依存的に修復された。制限修飾系がなくても、大腸菌の染色体にはDNA二本鎖切断が自然に生じていることを示すことができた。これらのことから、そのDNA分解酵素とそれを阻害する配列の相互作用によって、自身の染色体を修復し、ゲノム中に入り込んだ非自己配列を除くことが可能であると考えられた。また私は、DNA二本鎖分解酵素の変異株の中には、別の配列を認識するものがあることを発見した。このことは、突然変異によって「DNA分解酵素とそれを防ぐ配列」という組み合わせが多様化することを示している。さらに染色体上にある制限修飾系遺伝子対を失わせようとすると、細菌ゲノムが相同組換えによって大きく再編され、生き残りをはかる様子(=ゲノム進化)が観察できた。 これらのことから、私は、細菌の相同組換えという機構が、その初期反応においてDNAの「自己」と「非自己」の区別をする機能をもち、細菌ゲノム中に入り込む利己的な遺伝子(侵入DNA配列)を排除することを示した。さらに相同組換え機構が、染色体切断によって自身の維持を図るような利己的な遺伝子に対しても、ゲノムを修復し、ときには多様化させて生き残る機能をもつことを示した。 大腸菌の配列は、これを認識するRecBCD素に対して、組換え反応の促進とDNA分解活性の抑制という2つの作用を及ぼす。私は、配列を認識できないRecBCD酵素の変異株の1つ(recC*)で認識される様の配列(*配列)を見出した。この配列は、変異酵素のDNA分解活性は抑制したものの、組換え反応の促進は観察されなかった。この成果は、RecBCD酵素と配列の2つの相互作用を分離したという意味で重要であった(Genes to Cells 2:525(1997))。この発見は、in vitroの実験によっても確認された(論文投稿中)。 私は、制限修飾系遺伝子の分離後の宿主細菌殺し過程での、個々の細胞の形態を観察した(Biochimie 81:931(1999))。制限修飾系遺伝子が失われ、残された制限酵素によって染色体が切断されると、細胞分裂が止まり細胞が伸長した。細胞分裂を止めて染色体を修復しようというSOS応答を逆手にとって、残された制限酵素がメチル化酵素に比べて安定で希釈されないために細胞死を引き起こすことが予想された。 細菌細胞に感染し自己の維持を、ゲノムDNA上の認識配列の切断と、そのメチル化による防御によって強制する制限修飾系は、互いにその認識配列を巡り排他的な競争があった。2つの異なる制限修飾系を1つの大腸菌細胞に入れたときに、その認識配列が同じ時には、宿主殺しによる制限修飾系の維持を強制できなくなった(PNAS 92:11095(1995))。これによって制限修飾系のシークエンス認識の個別的特異性と全体的多様性を説明することができた。 II型の制限酵素はヘミメチル化DNAも切断できないため、染色体を切断するには2回の複製フォークが通過する必要があると考えられる。複製フォークが進行した直後には細胞内に姉妹染色体が存在するので、切断の修復に相同組換えが関与することが予想された。私は、相同組換え遺伝子欠損株における、制限修飾系遺伝子の分離後の宿主細菌殺し過程での染色体の断片化、細菌細胞の形態変化の観察、SOS応答の誘導の解析から、大腸菌のRecABCD相同組換え(修復)機構が、この制限修飾系にプログラムされた死に抵抗していることを明らかにできた。そこで配列の認識が大腸菌ゲノムの修復に重要であるという結論を得た(J.Bacteriology印刷中)。 大腸菌にはRecBCD経路以外にもRecF経路と呼ばれる組換え経路がある。RecBC経路で中心的な役割を担う、recBあるいはrecC遺伝子に欠損があり、さらにこの経路を促進する抑制変異が生じた大腸菌で解析がなされている。私は、RecBC遺伝子産物の機能に部分的に欠損があるときに、このRecF相同組換え経路も制限修飾系による細胞死に抵抗していることを示した。 私は、ラムダ類縁ファージがコードする二本鎖切断修復型組換え機構が、III型の制限修飾系遺伝子対に対して抵抗し、その制限を抑制させる現象を発見した。この抑制は、single infectionの条件、すなわちラムダファージのプラーク形成アッセイで観察できた。このことは、寄生者と宿主、あるいは寄生者どうしの競争が微生物の世界で存在し、二本鎖切断にはじまる死と修復をめぐる競争故に、相同組換えという複雑な機構が維持、進化してきたことをうかがわせるものであった。 私は、組換え機能欠損株において、制限修飾系遺伝子がなくても、自然にその染色体が切断されている様子をパルスフィールドゲル電気泳動によって観察した(論文投稿中)。このことは、相同組換えが実際に染色体切断を修復することを証明したものである。単細胞微生物の世界では、染色体上の二本鎖切断はその個体の死にもつながるイベントであるので、この実験系からも相同組換えが染色体切断に対抗する手段であることが示された。 制限修飾系による分離後細胞死は、制限修飾系遺伝子が細菌染色体上にあるときに、それを相同なDNAによって置き換えようとしたときにも起きた。このとき、「染色体の制限修飾系遺伝子を含む領域が部分重複し、制限修飾系遺伝子のコピーのうち一つだけがドナーDNAで置き換えられた」産物もあった。その染色体をパルスフィールドゲル電気泳動で解析すると、大規模なリアレンジメントが起きていた。さらに詳細な解析によって、これが大腸菌ゲノム上の制限修飾系を挿入した部分の両側に存在する、順向き繰返し配列間での相同組換えによるものであることを証明した。細菌ゲノム中に入り込んだ制限修飾系による細胞死に対して、相同組換えによって遺伝子の重複を伴う染色体再編を引き起こしたものが、選択的に生き残ることを発見した。 私は、相同組換え酵素/DNA分解酵素が認識する配列が、突然変異によって変化することを発見した。これは「相同組換え酵素と相同組換えを促進する配列」の関係が変化したというよりも、「DNA分解酵素とその活性を抑制する配列」の関係が変化したものだった。このようなDNA分解酵素とそれが認識する分解を抑える配列という関係は、細菌の世界で保存されていて、また細菌の種ごとに多様化していた。自身のDNA分解酵素の分解を抑える配列はその細菌ゲノム中には高頻度に現れるので、自分がコードするDNA分解酵素によって自分の染色体は分解されにくく、またもし分解しているDNAが自分自身であっても相同組換えで修復することができるのである。 細菌の世界に広く存在する制限修飾系は、多様な認識配列に特異化している。制限修飾系をもち、そのメチル化酵素によって修飾された細菌ゲノムと、それに侵入するDNAとを修飾によって区別し、侵入DNAを制限酵素が切断することで「自己」と「非自己」の区別をする。制限修飾系が認識する配列の多様性が自己と非自己を区別する鍵となるが、その認識配列の多様性は、制限修飾系を失うと宿主細菌が細胞死を起こすことが選択圧であることを証明した。 前者の「DNA分解酵素とその活性を抑制する配列」と、後者の「制限酵素とそれが認識する配列」は、DNAを分解するのがエクソヌクレアーゼとエンドヌクレアーゼという違いはあるが、それが認識するDNA配列を巡って多様化しているという意味においてもよく似ていた。すなわち、細菌自身がコードする相同組換え初期反応機構は、「細菌の自己」を決定する機構であると考えられた。 細菌のゲノム構造は、水平伝播する遺伝子、あるいは、ゲノム中の繰り返し配列による不等交叉などによって柔軟に変化することが示唆されている。私は、この学位論文を通して、細菌の「自己」を相同組換え初期反応によって定義することを提唱する。またこれによって、相同組換え初期反応の奇妙さも説明できるのである。細菌ゲノムとは独立して存在するトランスポゾンの転移、あるいは制限修飾系遺伝子対を失ったときに起きる染色体切断に対して、細菌の相同組換え機構は、その染色体を大規模に再編して生き残りをはかることを発見した。染色体DNAを修復するばかりではなくて、このように、ゲノム構成を破壊してしまうことも、細菌の相同組換え機構の存在意義のひとつであった。 | |
審査要旨 | 本研究は制限修飾系が認識するDNA配列が、制限修飾系遺伝子が仕組む宿主細菌細胞殺しによる競争によって多様化すること、細菌種特異的であるDNA分解酵素が認識してその分解を抑えるDNA配列も、突然変異によって変化することから、細菌の種をDNA分解酵素とその働きの抑制DNA配列によって区別することを提唱するものである。制限修飾系遺伝子が宿主細菌細胞に対して「失った細胞を殺す」戦略によって維持されるという「利己的遺伝子仮説」を支持する、個々の細胞死の観察とそれに対する細胞機能の働き、とくに相同組換えの関与を明らかにしている。細菌染色体に自然に生じる二本鎖切断の解析からも、相同組換えの重要性を示唆している。また、制限修飾系遺伝子の振る舞いによて、細菌ゲノムが大規模に再編されることを発見し、報告している。 1.大腸菌の配列は、これを認識するRecBCD酵素に対して、組換え反応の促進とDNA分解活性の抑制という2つの作用を及ぼすが、配列を認識できないRecBCD酵素の変異株(recC*)で認識される様の配列(*配列)を見出した。この配列は、変異酵素のDNA分解活性は抑制したものの、組換え反応の促進は観察されなかった。 2.制限修飾系遺伝子の分離後の宿主細菌殺し過程での、個々の細胞の形態を観察した。制限修飾系遺伝子が失われ、残された制限酵素によって染色体が切断されると、細胞分裂が止まり細胞が伸長した。さらに時間が経過すると核が見えなくなることから、これによって細胞死が実際に起きていることを示した。 3.細菌ゲノム上の認識配列の切断と、そのメチル化による防御によって自己の維持を強制する制限修飾系は、互いにその認識配列を巡り排他的な競争があった。2つの異なる制限修飾系を1つの大腸菌細胞に入れたときに、その認識配列が同じ時には、宿主殺しによる制限修飾系の維持を強制できなくなったことから、制限修飾系のシークエンス認識の個別的特異性と全体的多様性を説明することができた。 4.複製フォークが進行した直後には細胞内に姉妹染色体が存在するので、II型の制限酵素による染色体切断の修復に相同組換えが関与することを予想し、相同組換え遺伝子欠損株における、制限修飾系遺伝子の分離後の宿主細菌殺し過程での染色体の断片化、細菌細胞の形態変化の観察、SOS応答の誘導の解析を行い、その結果から、大腸菌のRecABCD相同組換え(修復)機構が、この制限修飾系にプログラムされた死に抵抗していることを明らかにした。そこで配列の認識が大腸菌ゲノムの修復に重要であるという結果も得た。 大腸菌にはRecBCD経路以外にもRecF経路と呼ばれる組換え経路があるが、このRecF相同組換え経路の遺伝子に欠損がある場合にも制限修飾系による細胞死が顕著になったことから、この経路も制限修飾系による細胞死に抵抗していることを示した。 5.ラムダ類縁ファージがコードする二本鎖切断修復型組換え機構が、III型の制限修飾系遺伝子対に対して抵抗し、その制限を抑制させる現象を発見した。この抑制は、single infectionの条件、すなわちラムダファージのプラーク形成アッセイで観察できたことから、DNA複製の関与が示唆された。 6.パルスフィールドゲル電気泳動によって組換え機能が欠損しているときに、自然にその染色体が切断されている様子を観察した。このことは、相同組換えが実際に染色体切断を修復することを証明したものである。 7.制限修飾系による分離後細胞死は、制限修飾系遺伝子が細菌染色体上にあるときに、それを相同なDNAによって置き換えようとしたときにも起きた。このとき、「染色体の制限修飾系遺伝子を含む領域が部分重複し、制限修飾系遺伝子のコピーのうち一つだけがドナーDNAで置き換えられた」産物もあった。その染色体をパルスフィールドゲル電気泳動で解析すると、大規模なゲノムリアレンジメントが起きていた。さらに詳細な解析によって、これが大腸菌ゲノム上の制限修飾系を挿入した部分の両側に存在する、順向き繰返し配列(IS3)間での相同組換えによるものであることを証明した。細菌ゲノム中に入り込んだ制限修飾系による細胞死に対して、相同組換えによって遺伝子の重複を伴う染色体再編を引き起こしたものが、選択的に生き残ることを発見した。 以上、本論文は、細菌の世界で保存されているDNA分解酵素とそれが認識する分解を抑える配列という関係が、突然変異によって多様化すること、細菌の世界に広く存在する、多様な認識配列に特異化している制限修飾系が認識する配列の多様性が、「制限修飾系を失うと宿主細菌が細胞死を起こす」ことが選択圧であることを証明したことから、細菌自身がコードする相同組換え初期反応機構が「細菌の自己」を決走する機構であることを提唱した。また、細菌ゲノムが制限修飾系の振る舞いによって大規模な再編をすることを発見したことは、微生物ゲノムの全塩基配列が決定されてもゲノム構成だけでは、種を決定できないことを示唆していた。これらの成果は、分子寄生体と宿主、あるいは寄生者どうしの競争、二本鎖切断にはじまる死と修復をめぐる競争故に、相同組換えという複雑な機構が細菌、あるいはそれに感染するファージゲノムの中で維持、進化してきたことを示唆し、微生物の世界、あるいは細菌ゲノムという社会を理解するのに重要な貢献をすると思われる。よって学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54752 |