学位論文要旨



No 115382
著者(漢字) 平野,雅之
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,マサユキ
標題(和) マウスブルトン型チロシンキナーゼ(Btk)のPH領域に会合する分子の解析
標題(洋)
報告番号 115382
報告番号 甲15382
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1568号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 助教授 高木,智
 東京大学 講師 瀧,伸介
 東京大学 講師 深見,希代子
内容要旨

 X染色体連鎖免疫不全(X-linked immunodeficiency:Xid)マウスは細胞内チロシンキナーゼであるブルトン型チロシンキナーゼ(Btk)のPH領域に1つのアミノ酸変異(Arg28からCys)を有し、B細胞分化異常に起因する広範なB細胞免疫不全を示す。共同研究者らは、Xidマウスの腹腔におけるインターロイキン5レセプター(IL-5R)陽性B細胞数はB-1細胞の欠損に一致して減少していること、IL-5R陽性B細胞も正常マウスのIL-5R陽性B細胞に比べてIL-5応答性が著しく低いこと、しかしながらXidマウスにおいては好酸球のIL-5に対する応答性はin vivo、in vitroともに正常マウスと変化がないことなどを報告した。XidマウスのB細胞はIL-5RのほかにB細胞抗原レセプター(B cell antigen receptor:BCR)、インターロイキン10レセプター(IL-10R)、高親和性Fcレセプター(FcRI)およびCD38からの刺激に対する応答性が低下していることが報告されている。このようにB細胞の増殖、分化においてBtkは主要な役割を果たすことが明らかとなってきた。

 B細胞の分化増殖に必須であるBtkが細胞内シグナル伝達経路にどのように関与しているか、またBtkはBtk/Tecファミリーを形成しているが、これらのキナーゼが同じような形で関与するような細胞内シグナル伝達経路のBtk/Tecファミリーに共通で特有なpathwayが存在するのかどうかを明らかにすることはきわめて重要である。これらの観点に立脚し、共同研究者らによるXidマウスB細胞のIL-5低応答性の解析結果を踏まえ、Xidマウスにおいて変異(Arg28からCys)の見られるBtkのPH領域に着目し、PH領域と相互作用する分子の同定を行った。

 IL-5刺激により増殖、Btk活性が亢進する早期B細胞株Y16由来のcDNAライブラリーを用いた発現クローニング法により3つのクローンを同定した。これらのうちの1つのクローンはチロシンキナーゼリン酸化モチーフを持つことが分かり、Btkの基質となることが期待された。そこでこのクローンの全長cDNAをプラークハイブリダイゼーションおよびRACE法により単離し、解析を行った。

 cDNAは約1,900bpよりなり、547アミノ酸をコードすることが予測された。cDNAを大腸菌で発現させたタンパク質の会合実験により、Btkと会合することが確認されたので、この分子をBAM11(Btk Associated Molecule-11)と呼ぶことにした。ノーザンブロッティングの結果、この遺伝子の転写物はマウスの多くの組織(脳・心臓・胸腺・脾臓・腎臓・肝臓・リンパ節・骨髄・小腸・筋肉・肺)に存在していることが分かった。遺伝子配列検索により、BAM11はヒト白血病細胞での11q23のMLL/ALL-1/HRXの転座における相手染色体遺伝子の1つとして発見されたLTG19/ENLとアミノ酸レベルで89%の相同性を持つことが明らかになった。

 まずBtkとBAM11とのin vivoでの会合を、BAM11を発現させたY16細胞での免疫沈降実験により確認した。このときBtkと同様Btk/Tecファミリーの1つであるTecとの会合を調べたところ会合が見られなかったことから、BAM11とBtkとの会合はある程度の特異性を持つことが分かった。BAM11のBtkとの会合部位を同定するためGST融合タンパク質として部分欠失BAM11を構築して会合を調べたところ、BAM11の240番目から256番目のアミノ酸がBtkとの会合に重要であることが明らかとなった。

 Btkと会合することが確認されたBAM11は、配列上3つの予想されるチロシンリン酸化モチーフを持つ。そこでIL-5刺激によるBtk活性の上昇とIL-5依存的増殖応答性を示すY16細胞を用いて、IL-5刺激によるBAM11のチロシンリン酸化について解析したところ、IL-5刺激後Btkのチロシンリン酸化は確認されたが、BAM11のチロシンリン酸化は観察されなかった。したがってBAM11はBtkの基質ではないと考えられた。

 早期B細胞株Y16はIL-5刺激依存的に増殖が誘導されるが、そのとき同時にBtkの活性が上昇することを共同研究者らは報告した。この系を用いてBtkを介するシグナル伝達系におけるBAM11の機能を明らかにするために、BAM11の全長および部分欠失BAM11をIL-5依存性細胞株Y16およびIL-2依存性細胞株CTLL-2に発現させて、それぞれIL-5、IL-2に対する増殖応答性を調べた。その結果240-368番目のアミノ酸(BAM11(aa240-368))を発現させたY16細胞株でIL-5依存性増殖の抑制が認められた。しかし同じ部分欠失BAM11を発現させたCTLL-2細胞株でのIL-2依存性増殖には影響が見られなかった。この結果はBAM11(aa240-368)が増殖の抑制に働くことと同時に、BAM11はIL-2RではなくIL-5Rを介したシグナル伝達に関与していることを示している。

 次にBtkと会合するBAM11が、Btk活性にどのように関与しているかを調べるために in vitroキナーゼ試験を行ったところ、IL-5依存性の増殖応答を抑制したBAM11(aa240-368)は濃度依存的にBtkのキナーゼ活性を抑制することが分かった。このことからBAM11(aa240-368)がBtkのキナーゼ活性を抑制し、その結果としてY16細胞のIL-5増殖応答性を低下させることが示唆された。

 Btkはおもに細胞質に存在することが知られている。一方BAM11と高い相同性を持つヒトLTG19/ENLは核移行シグナルを持ち、主として核に存在することが示唆されている。そこでBtkとBAM11の会合様式を検索するために細胞の分画とBtk-GFP融合タンパク質の遺伝子導入実験でBtkの細胞内での局在を調べたところ、Btkの一部が核に存在することが観察された。またBAM11もY16細胞にBAM11を過剰発現させた系で核、細胞質ともに存在することが分かった。次にBtkの核への局在とBtkの活性化の関係を調べるために、細胞にBtkとともに全長および部分欠失BAM11を導入し、Btkの局在を観察したところ、Btkのみを導入した場合と比較し変化は見られなかった。Btkの核への局在は、Btkのキナーゼ活性を抑制するBAM11(aa240-368)との共発現でも影響が見られなかったことから、キナーゼ活性を持たない変異Btk(K430R)を導入し局在を調べたところ、Btk(K430R)は野生型Btkと同様の核局在パターンを示した。以上の結果がら、Btkの核局在はBtkのキナーゼ活性に非依存的であることが示唆された。

審査要旨

 本研究はB細胞の増殖、分化において重要な役割を果たしているBtkが細胞内シグナル伝達経路にどのように関与しているかを明らかにするために、X染色体連鎖免疫不全(Xid)マウスにおいて変異(Arg28からCys)の見られるBtkのPH領域に着目し、PH領域と相互作用する分子の同定と機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 (1)IL-5刺激により増殖、Btk活性が亢進する早期B細胞株Y16由来のcDNAライブラリーを用いた発現クローニング法によりPH領域に会合する分子としてBAM11を同定した。この分子のcDNAは約1,900bpよりなり、547アミノ酸をコードすることが予測された。遺伝子配列検索によりBAM11はヒト白血病細胞での11q23のMLL/ALL-1/HRXの転座における相手染色体遺伝子の1つとして発見されたLTG19/ENLとアミノ酸レベルで89%の相同性を持つことが明らかになった。ノーザンブロッティングの結果、この遺伝子の転写物はマウスの多くの組織に存在していることが分かった。またBAM11のBtkとの結合には、BAM11の240-256番目のアミノ酸が重要であることを示した。

 (2)BAM11の全長および部分欠失BAM11をIL-5依存性細胞株Y16およびIL-2依存性細胞株CTLL-2に発現させて、それぞれIL-5、IL-2に対する増殖応答性を調べたところ、240-368番目のアミノ酸(BAM11(aa240-368))を発現させたY16細胞株でIL-5依存性増殖,の抑制が認められた。しかし同じ部分欠失BAM11を発現させたCTLL-2細胞株でのIL-2依存性増殖には影響が見られなかった。この結果からBAM11(aa240-368)が増殖の抑制に働くことと同時に、BAM11はIL-2RではなくIL-5Rを介したシグナル伝達に関与していることが明らかになった。さらにBAM11のBtk活性に及ぼす影響をBtkのin vitroキナーゼ試験で解析したところIL-5依存性の増殖応答を抑制したBAM11(aa240-368)は濃度依存的にBtkのキナーゼ活性を抑制することが分かった。このことからBAM11(aa240-368)がBtkのキナーゼ活性を抑制し、その結果としてY16細胞のIL-5増殖応答性を低下させることが示唆された。

 (3)Btkはおもに細胞質に存在することが知られている。一方BAM11と高い相同性を持つヒトLTG19/ENLは核移行シグナルを持ち、主として核に存在することが示唆されている。そこでBtkとBAM11の会合様式を検索するために細胞の分画とBtk-GFP融合タンパク質の遺伝子導入実験でのBtkの細胞内での局在を調べたところ、Btkの一部が核に存在することが観察された。またBAM11もY16細胞にBAM11を過剰発現させた系で核、細胞質ともに存在することが分かった。次にBtkの核への局在とBtkの活性化の関係を調べるために、細胞にBtkとともに全長および部分欠失BAM11を導入し、Btkの局在を観察したところ、Btkのみを導入した場合と比較し変化は見られなかった。Btkの核への局在は、Btkのキナーゼ活性を抑制するBAM11(aa240-368)との共発現でも影響が見られなかったことから、キナーゼ活性を持たない変異Btk(K430R)を導入し局在を調べたところ、Btk(K430R)は野生型Btkと同様の核局在パターンを示した。このことからBtkの核局在はBtkのキナーゼ活性に非依存的であることが示唆された。

 以上、本論文はBtkのPH領域に会合する分子としてBAM11を同定し、この分子がIL-5レセプターからのシグナルに関与することや、Btkのキナーゼ活性を抑制する領域を持つことを示し、またBtkは核にも存在することを明らかにした。本研究は、未だ明らかにされていないBtkを介したシグナル伝達系の解明に重要な貢献をもたらすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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