本研究は生体内に埋入された医用生体材料の破損の重要な原因の一つと考えられている石灰沈着の機序を明らかにするため、長期間生体内に埋入された人工心臓ポンプに生じた石灰沈着物の構造解析を行い、石灰沈着を速やかに行うために新しく開発された方法を用いて、人工心臓弁に使用されているポリウレタン(PU)上に石灰沈着物を形成し新しいモデルの構築を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.長期間(414日間)人工心臓弁としてヤギに装着したPU薄膜上に生じた石灰沈着物の性質を、高分解能透過型電子顕微鏡及び制限視野電子線回折で解析した結果、リン酸カルシウムで、その中には微量で結晶性が低いもののハイドロキシアパタイト(HAp)が含まれていることが判明した。これは、従来生体弁や心循環系埋入物し生じた石灰沈着物の結晶構造と一致した。さらに、石灰沈着物のPU薄膜上での沈着部位は引っ張り力のかかる部分であることが示唆された。 2.石灰沈着の形成系として工業的視野から新しく開発された交互浸漬法を用いて、シリコンの含有の異なるPU上に石灰沈着物を形成し、PUの化学的性質がこの方法で反映しうるかを検討したところ、シリコンを多く含んだPU薄膜上では含まないPU薄膜よりも有意に多いリン酸カルシウム沈着物の形成をみた。 3.血漿タンパクが石灰沈着に及ぼす影響を交互浸漬法で反映されうるかをみるために、PU上にalbumin、 -globulin、fibrinogenを吸着させた後にこの方法を用いて石灰沈着物の形成を行ったところ、タンパクを吸着させたPU上にはタンパクを吸着させていないものより有意に多いリン酸カルシウム沈着物が形成された。fibrinogenを吸着させたPU上には、リン酸カルシウムの形成が多い傾向にあった。200回交互浸漬を行ったシリコンを多く含むPU上に形成されたリン酸カルシウムは、薄膜X線回折解析により、HApであることが判明した。さらに、走査型電子顕微鏡による観察で、タンパクの種類やPUの材質によりリン酸カルシウム沈着物の形態が異なることが見いだされた。 以上、本論文は長期間人工心臓として使用されたPU上に生じた石灰沈着物にHApが含まれていることを明らかにした。これは、414日間にわたる人工心臓駆動後のPU上に生じる石灰沈着物の解析として貴重であると考えられる。さらに、新しく開発された交互浸漬法を初めてPU薄膜の石灰沈着の加速系として用いリン酸カルシウムの沈着を確認し基礎データを採取した。本研究は、物理化学的見地からの医用生体材料の評価、新しい材料開発への応用、石灰沈着機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |