幼児の言語発達には生物学的基盤に立った生得的機構が存在しているとされ、多くの言語に共通する普遍的な特徴が獲得のある一時期に優先するとの議論がなされている。これに関しては、文法や構音動作についての研究は多いが、韻律的側面についての研究は少ない。本研究は、韻律的側面のひとつであるアクセントに着目して、幼児にとって「自然」で優先的に選好されるようなアクセントパタンがあるかどうか検討したものである。 日本語では、複合名詞や、よく知らない外来語や新規に作成した単語(ここでは新造語)のアクセントには、以下の要因が関与している。l.「penultimate foot」要因:語末から2番目のフット(リズムの単位で、日本語では2モーラ)にアクセントを置く。言語普遍的要因。2.「アクセント保存」要因:後部要素のアクセントを複合名詞のアクセントとして保存。3.「語境界ひとつ後ろ」要因:語境界のひとつ後ろのモーラにアクセントを置く。4.「平板アクセント」要因:語を平板アクセントにする。単純なアクセントパタンなので最近このパタンに変化する語が多い。 本研究は、3〜5歳児を対象に、人工的な複合名詞と新造語を、対応する絵を見せて発音させ、上記の要因がどのように獲得されていくか検討したもので以下の結果を得た。 (1)東京方言3+2モーラ複合名詞実験の結果、3歳児では、penultimate footアクセントが正答となる検査語では正答率が高かった。2+3モーラ複合名詞実験、3+3モーラ複合名詞実験でも、同様の傾向が観察された。これにより、獲得のある段階で「penultimate foot」要因が優勢になる時期があることが確認され、アクセントパタンの獲得過程においても、多くの言語に共通した言語普遍的要因が獲得のある一時期に優勢になることが新たに明らかとなった。 (2)「アクセント保存」要因は、発達に伴い確立していくことが確認された。この結果は、言語普遍的とは考えにくい要因は発達に伴い確立していくことを示している。 (3)平板アクセントは4モーラ複合名詞に限定的で、発達に伴い確立していくことが示された。平板アクセントは発音として単純で自然といわれている。しかし、言語学的に見て、アクセントは文の発話において必要な部分に音声的なプロミネンス(卓立)を与えるという、言語コミュニケーションの重要な役割を担っているので、上記結果が得られたものと考えられた。 (4)京都方言の実験では、東京方言同様、獲得のある段階で、「penultimate foot」要因が優勢になる時期があることが示された。但し、優勢になる時期が、東京方言より京都方言の方が遅かった。この理由としては、京都方言のアクセント規則の不明瞭さが考えられる。「penultimate foot」要因は言語普遍的特徴であると考えられているが、必ずしも生得的とはいえないことが示された。 以上、本論文では、幼児の言語発達において、自然で優先的に獲得されるアクセントパタンがあることが明らかとなった。本研究は、人間の言語の獲得機構の解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |