本研究はMachado-Joseph病(MJD)について、遺伝性脊髄小脳失調症におけるMJDの頻度と分子遺伝学的特徴、日本人集団におけるMJD変異の起源と考えられるハプロタイプ、MJD遺伝子の構造を明らかにすることを目的として、分子遺伝学的手法を用いて行われたものでおり、以下の結果を得ている。 1.脊髄小脳変性症と臨床診断された日本人334家系395名を対象に、常染色体性優性遺伝形式をとる6疾患:MJD、脊髄小脳失調症1型(spinocerebellar ataxia type 1:SCA1、以下同様)、脊髄小脳失調症2型(SCA2)、脊髄小脳失調症6型(SCA6)、脊髄小脳失調症7型(SCA7)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubral pallidoluysian atrophy:DRPLA)の遺伝子座について遺伝子異常(CAGリピートの異常伸長)の検索が行われた。その結果、常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症203家系262名において、MJDが60家系(29.6%)と最も頻度が高く、次いでDRPLAが45家系(22.2%)、SCA6が25家系(12.3%)と多く、SCA2は8家系(3.9%)、SCA1は2家系(1.0%)と少数であることが示された。SCA7は解析した日本人家系内ではみられなかった。上記6疾患に該当しない常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症の家系が63家系(31.0%)存在した。 2.MJD遺伝子のCAGリピート数が60回のホモ接合体の症例が1例、多系統萎縮症患者で正常とMJDの中間サイズ(CAGリピート数48回)の対立遺伝子(intermediateallele)を持つ症例が1例呈示された。 3.自験例のMJD家系の解析から、CAGリピート数と発症年齢は負の相関関係(r=-0.84)を示し、病型によりCAGリピート数と発症年齢の分布は異なるという分子遺伝学的特徴が確認された。 4.MJD遺伝子内に新たに3箇所の一塩基置換多型(GT527/GT、669TG/TG、TA1118/TA)が同定された。これらの多型と既知の987GG/GG多型を用いたハプロタイプ解析の結果、日本人集団では(527T-669A)-987C-1118Aと(527C-669G)-987G-1118Cの2種類のハプロタイプのみであることが示された。日本人MJD疾患染色体は(527T-669A)-987C-1118Aのみであった。正常集団ではMJD疾患染色体と同じ(527T-669A)-987C-1118Aのハプロタイプは比較的CAGリピート数が大きく、このハプロタイプを持つ正常染色体が疾患染色体の起源になっていることが示唆された。 5.6個のコスミドクローン、8個のBACクローンからMJDを中心とする約300kbのコンティグが作製された。シークエンシング解析から175,330bpの塩基配列が決定され、MJDは約48kbの大きさで11のエクソンから構成されることが明らかにされた。 6.ノザンブロット解析の結果、約1.4,1.8,4.5,7.5kbの少なくとも4種類の転写産物が存在し、MJDは全身臓器にubiquitousに発現することが示された。cDNAクローニング、ゲノムシークエンシングの結果から、少なくとも約1.4,1.9,2,4.8,7kbの大きさの転写産物の存在が予測された。タンパクとしては選択的スプライシングおよび多型の相違によって少なくとも5種類存在することが示された。 以上、本論文は本邦のMJDについて、常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症の中で約3割を占める高頻度の疾患であることを示した。また本論文はMJD遺伝子内に新規の多型を3箇所同定し、これらの多型を用いたハプロタイプ解析の結果から、日本人集団においてMJDの起源と考えられるハプロタイプを同定した。さらに未だ同定されていなかったMJDのゲノム構造を決定するとともにMJDの転写産物が複数存在することを明らかにした。本研究は、まだ不明な点の多い、MJDの病態の解明、治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |