学位論文要旨



No 115396
著者(漢字) 市川,弥生子
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,ヤエコ
標題(和) Machado-Joseph病の分子遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 115396
報告番号 甲15396
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1582号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 戸田,達史
 東京大学 助教授 中福,雅人
内容要旨

 Machado-Joseph病(MJD)は、常染色体性優性遺伝形式をとり、小脳失調を主徴とし、外眼筋麻痺、筋萎縮などの様々な所見が随伴する神経変性疾患である。1994年に染色体14q32.1に位置する原因遺伝子(MJD)が同定された。大きさ約1.8kbのcDNA(MJDla)が報告され、MJD患者では遺伝子内のCAGリピートが異常伸長していることが明らかにされた。本研究では、1)脊髄小脳変性症と臨床診断された日本人家系について遺伝子解析を行い、MJDの頻度や分子遺伝学的特徴について検討すること、2)遺伝子内多型を用いたハプロタイプ解析を行い、日本人におけるMJDの突然変異の起源について検討すること、3)MJD遺伝子のゲノム構造を決定するとともに、遺伝子の発現分布や転写産物についても明らかにすることを目的として研究を行った。

1.脊髄小脳変性症の遺伝子解析およびMJDの分子遺伝学的特徴

 対象は1999年8月までに東京大学医学部附属病院神経内科および国内の医療機関で脊髄小脳変性症と臨床診断された日本人患者334家系395名である。患者の末梢血からDNAを抽出し、遺伝子解析を行った。常染色体性優性遺伝形式をとる6疾患:MJD、脊髄小脳失調症1型(spinocerebellar ataxia type 1:SCA1、以下同様)、脊髄小脳失調症2型(SCA2)、脊髄小脳失調症6型(SCA6)、脊髄小脳失調症7型(SCA7)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubral pallidoluysian atrophy:DRPLA)の原因遺伝子を解析した。何れも患者では遺伝子内のCAGリピートが異常伸長していることが明らかとなっている。方法は、疾患遺伝子ごとに特異的な蛍光プライマーを作成し、遺伝子内のCAGリピート領域をPCR法により増幅後、蛍光自動シークエンサーを用い、GENESCAN(ABI)で解析した。結果は、常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症203家系262名のうち、MJDが60家系(29.6%)と最も頻度が高く、次いでDRPLAが45家系(22.2%)、SCA6が25家系(12.3%)と多く、SCA2は8家系(3.9%)、SCA1は2家系(1.0%)と少数であった。SCA7は、解析した日本人家系内ではみられなかった。上記6疾患に該当しない常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症の家系が63家系(31.0%)存在した。遺伝子解析の過程で、MJDのCAGリピート数が60回のホモ接合体を1例、多系統萎縮症患者で正常とMJDの中間サイズ(CAGリピート数48回)の対立遺伝子(intermediate allele)を持つ症例を1例経験した。

 自験例のMJD家系の解析からCAGリピート数と発症年齢は負の相関関係(r=-0.84)を示し、病型(Coutinho and Andrade,1978)によりCAGリピート数と発症年齢の分布は異なるという分子遺伝学的特徴を確認した。I型、II型、III型の順に発症年齢が低く、大きなCAGリピート数に分布しており、統計学的にも上記の病型群間で有意差を認めた(pく0.001)。

2.MJDの遺伝子内多型の解析

 MJDはポルトガル領アゾレス諸島から北米に移民した家系の報告から臨床的に疾患単位として認められた疾患である。その後、ポルトガル系以外の民族集団にもMJDが存在することが明らかとなった。本邦でも患者数は多く、上述のように日本人遺伝性脊髄小脳失調症の中では約3割を占めると推定される。MJDは様々な民族集団に認められるが、突然変異の起源を検討していく手がかりとして、遺伝子内多型のハプロタイプ解析を行った。MJD遺伝子内には、CAGリピート以外に、926塩基、987塩基における一塩基置換多型[CA926(Gln)/CA(Gln)、987GG(Arg)/GG(Gly)]が報告されている。遺伝子構造解析の過程で、新たに3箇所の多型:GT527(Val)/GT(Val)、669TG(Met)/TG(Val)、TA1118(Stop)/TA(Tyr)を同定した。TA1118/TA多型は一塩基置換により終止コドンがチロシンに変化し、open reading frameが16アミノ酸長くなるものであった。本研究では、日本人集団において、4箇所(527塩基、669塩基、987塩基、1118塩基)の一塩基置換多型とCAGリピート数との関係について検討した。対象は、正常対照者66名、MJD患者53家系64名、中間型1名である。527塩基、669塩基、1118塩基の多型ついては、SSCP法を用いて多型を検出した。987塩基と1118塩基の多型に関しては、アレル特異的なプライマーを作成し、CAGリピートを含むゲノムPCRを行い、蛍光自動シークエンサーにて解析した。4箇所の一塩基置換多型とCAGリピート数の間には強い連鎖不平衡が認められ(p<0.001)、日本人集団では(527T-669A)-987C-1118A、(527C-669G)-987G-1118Cの2種類のハプロタイプのみと推定された。遺伝子頻度は(527T-669A)-987C-1118Aは0.39、(527C-669G)-987G-1118Cは0.61であった。MJD患者の染色体は(527T-669A)-987C-1118Aのハプロタイプのみであった。このハプロタイプを持つ染色体は正常者においてもCAGリピート数の大きい領域に分布しており、CAGリピートが伸長した疾患染色体の起源となっているのではないかと推測される。

3.MJDの構造解析

 1994年に染色体14q32.1に位置する原因遺伝子MJDが報告され、発症機序について様々な知見が報告されているが、遺伝子の構造、発現調節機能については未だ明らかではない。最も基礎となる遺伝子構造を明らかにすることを目的として研究を行った。

 遺伝子の発現を調べるために既知の配列をもとにcDNAをクローニングし、それをプローブにしてノザンブロット解析を行った。その結果、約1.4、1.8、4.5、7.5kbの大きさの少なくとも4種類の転写産物が存在し、MJDのは脳だけでなく全身臓器にubiquitousに発現することを明らかにした。完全長のcDNAをクローニングする目的で、ヒト脳、基底核、網膜、精巣由来の4種のcDNAライブラリーを計約5x106pfuスクリーニングし、計27個のcDNAクローンを得た。このうち独立陽性クローンは21個であった。構造解析の結果、MJD1aと同じタイプのものを含め、cDNAクローンは後述の3つのタイプに分類された。

 MJDの発現調節領域を含むゲノム構造を解明するため、14番染色体のコスミドライブラリーから13個のクローンを、ヒトゲノムBACライブラリーから8個のクローンを得、FISH解析を行った。14q32.1に位置する6個のコスミドクローンおよび8個のBACクローンのfiber FISH、PCR法を用いた解析から、MJDを中心とする約300kbのコンティグを得た。また遺伝子上流域がセントロメア側であることを明らかにした。ほぼMJD全遺伝子をカバーしていると考えられる5個のコスミドおよびこれらを含み5’側約70kb上流までカバーするBACクローンB445M7についてネスティドデリーション法、ショットガン法による塩基配列の解析を行った。その結果MJDを含む14番染色体ゲノム塩基配列175,330bpを決定した。cDNAクローンとの比較、ESTデータベースの検索、RT-PCR解析から以下の点が明らかになった。(1)MJDは11のエクソンからなり約48kbの大きさの遺伝子である(図2)。(2)MJD1aはエクソン10を3’端とするmRNAのcDNAである。(3)エクソン11はエクソン10のエクンン内選択的スプライシングにより使用される。この転写産物に対応してMJD1aとは3’端の異なるcDNAが得られた。(4)選択的スプライシングにてエクソン2を含まない転写産物(翻訳フレームは維持)が存在する。これが第3のタイプのcDNAである。長さが短いなど上記に分類されないものを第4のタイプ(type4)とした。(5)エクソン11の3’非翻訳領域には7箇所のポリA付加シグナルが同定される。(6)cDNAクローニング、ゲノムシークエンシングの結果から、少なくとも約1.4,1.9,2,4.8,7kbの大きさの転写産物の存在が推測され、ノザンブロットの結果を説明しうる。(7)タンパクとしては2箇所の選択的スプライシングおよび3箇所の多型の相違により少なくとも5種類存在する。

図表図1:ハプロタイプ別CAGリピートの分布 図2:MJDのゲノム構造
4.まとめと考察

 本研究において、MJDは本邦の常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症の中では約3割を占める高頻度の疾患であることを示した。MJDと連鎖不平衡を呈する遺伝子内多型を新たに3箇所同定し、これらの多型を利用したハプロタイプ解析の結果、日本人集団ではハプロタイプは2種類であることを示した。日本人集団ではこの2種類のハプロタイプのうち、MJD染色体と同じハプロタイプ:(527T-669A)-987C-1118Aを持つ正常染色体が疾患染色体の起源となっているのではないかと考えた。

 MJDについては、大きさ1776bpのcDNA:MJD1aが同定され、4つのエクソンからなると報告されていたが、ゲノム構造解析を行った結果、MJDは11のエクソンから構成され、約48kbの大きさであることを明らかにした。またMJDはubiquitousに発現し、選択的スプライシングおよび選択的ポリA付加により、約1.4〜7kbの複数の転写産物が存在すると推定された。

 本研究によって明らかにしたMJDのゲノム構造、MJDの起源となるハプロタイプの同定は、治療法の開発を含めた今後のMJD研究の礎になるものと考えられる。

審査要旨

 本研究はMachado-Joseph病(MJD)について、遺伝性脊髄小脳失調症におけるMJDの頻度と分子遺伝学的特徴、日本人集団におけるMJD変異の起源と考えられるハプロタイプ、MJD遺伝子の構造を明らかにすることを目的として、分子遺伝学的手法を用いて行われたものでおり、以下の結果を得ている。

 1.脊髄小脳変性症と臨床診断された日本人334家系395名を対象に、常染色体性優性遺伝形式をとる6疾患:MJD、脊髄小脳失調症1型(spinocerebellar ataxia type 1:SCA1、以下同様)、脊髄小脳失調症2型(SCA2)、脊髄小脳失調症6型(SCA6)、脊髄小脳失調症7型(SCA7)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubral pallidoluysian atrophy:DRPLA)の遺伝子座について遺伝子異常(CAGリピートの異常伸長)の検索が行われた。その結果、常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症203家系262名において、MJDが60家系(29.6%)と最も頻度が高く、次いでDRPLAが45家系(22.2%)、SCA6が25家系(12.3%)と多く、SCA2は8家系(3.9%)、SCA1は2家系(1.0%)と少数であることが示された。SCA7は解析した日本人家系内ではみられなかった。上記6疾患に該当しない常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症の家系が63家系(31.0%)存在した。

 2.MJD遺伝子のCAGリピート数が60回のホモ接合体の症例が1例、多系統萎縮症患者で正常とMJDの中間サイズ(CAGリピート数48回)の対立遺伝子(intermediateallele)を持つ症例が1例呈示された。

 3.自験例のMJD家系の解析から、CAGリピート数と発症年齢は負の相関関係(r=-0.84)を示し、病型によりCAGリピート数と発症年齢の分布は異なるという分子遺伝学的特徴が確認された。

 4.MJD遺伝子内に新たに3箇所の一塩基置換多型(GT527/GT669TG/TG、TA1118/TA)が同定された。これらの多型と既知の987GG/GG多型を用いたハプロタイプ解析の結果、日本人集団では(527T-669A)-987C-1118Aと(527C-669G)-987G-1118Cの2種類のハプロタイプのみであることが示された。日本人MJD疾患染色体は(527T-669A)-987C-1118Aのみであった。正常集団ではMJD疾患染色体と同じ(527T-669A)-987C-1118Aのハプロタイプは比較的CAGリピート数が大きく、このハプロタイプを持つ正常染色体が疾患染色体の起源になっていることが示唆された。

 5.6個のコスミドクローン、8個のBACクローンからMJDを中心とする約300kbのコンティグが作製された。シークエンシング解析から175,330bpの塩基配列が決定され、MJDは約48kbの大きさで11のエクソンから構成されることが明らかにされた。

 6.ノザンブロット解析の結果、約1.4,1.8,4.5,7.5kbの少なくとも4種類の転写産物が存在し、MJDは全身臓器にubiquitousに発現することが示された。cDNAクローニング、ゲノムシークエンシングの結果から、少なくとも約1.4,1.9,2,4.8,7kbの大きさの転写産物の存在が予測された。タンパクとしては選択的スプライシングおよび多型の相違によって少なくとも5種類存在することが示された。

 以上、本論文は本邦のMJDについて、常染色体性優性遺伝性脊髄小脳失調症の中で約3割を占める高頻度の疾患であることを示した。また本論文はMJD遺伝子内に新規の多型を3箇所同定し、これらの多型を用いたハプロタイプ解析の結果から、日本人集団においてMJDの起源と考えられるハプロタイプを同定した。さらに未だ同定されていなかったMJDのゲノム構造を決定するとともにMJDの転写産物が複数存在することを明らかにした。本研究は、まだ不明な点の多い、MJDの病態の解明、治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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