序論 免疫グロブリンM(IgM)のモノクローナルな増加をきたすIgMMタンパク血症では、しばしばニューロパチーを伴う。その約半数で、患者血清IgMMタンパクがmyelin-associated glycoprotein(MAG)を認識する。このMAGを認識する抗体は、複数の酸性糖脂質も認識する。この酸性糖脂質は、糖鎖構造に硫酸化グルクロン酸基を有する、主成分のsulfoglucuronosyl paragloboside(SGPG)および類似の構造をもつsulfoglucuronosyl lactosaminyl paragloboside(SGLPG)である。 ヒトナチュラルキラー細胞表面を認識するモノクローナル抗体HNK-1抗体は、MAGとSGPGに結合する。患者血清中のIgMMタンパクやHNK-1抗体が認識する部位として、MAGおよびSGPGの糖鎖末端に存在する硫酸化グルクロン酸基を含むエピトープ、いわゆるHNK-1エピトープが重要である。 MAGは末梢神経系(PNS)のみならず中枢神経系(CNS)にも豊富に存在する糖タンパクであるが、SGPGはPNSに特異的な酸性糖脂質である。MAG/SGPGを認識するIgMMタンパクは、同様にHNK-1エピトープを有するPNSの糖タンパクであるprotein 0(P0)やperiperal myelin protien(PMP)-22にも反応することが、報告されている。 抗MAG/SGPGIgMMタンパクを伴うニューロパチーは、数年の経過で左右対称性の四肢遠位部から始まる、感覚運動障害型脱髄性ニューロパチーをきたす。患者の末梢神経生検では、脱髄性変化を認め、電子顕微鏡ではミエリン鞘間の開離拡大を認め、蛍光抗体法ではミエリンにIgMの沈着が観察される。抗MAG/SGPGIgMMタンパクのニワトリへの全身投与により脱髄性病変をきたすことができることから、このタイプのIgMMタンパクは脱髄性ニューロパチーの病因であろうと考えられている。 IgMMタンパクを伴うニューロパチーは治療抵抗性であり、これまでに免疫抑制剤、プラズマフェレーシス、免疫グロブリン大量静注法やインターフェロンなどが行われているが、臨床症状が改善する例は2〜3割と報告されている。副腎皮質ステロイドの効果は少ないとされている。 目的 抗SGPG抗体陽性のIgMMタンパク血症を伴うニューロパチー患者の、血清抗体が認識する、複数の抗原の反応性を検討し、抗体の細かな反応性の特徴を解析した。そして、各症例の臨床症状を調べ、治療効果や予後判定のマーカーとして利用できないか検討した。 対象 1992年から1998年の間に、東京大学神経内科で検索したIgMMタンパクを伴うニューロパチーの中で、抗SGPG抗体陽性の13例を対象とした。 方法 患者臨床情報 対象となった13例の患者血清について、アンケート方式で臨床症状や電気生理検査についての結果を集めた。 免疫組織染色 剖検で得られた正常ヒト坐骨神経の神経線維横断面と長軸方向の凍結切片を用いて、患者血清IgMの末梢神経組織への反応性を検討した。切片を10%正常ヤギ血清を含むリン酸緩衝液(10%NGS-PBS)でブロッキングし、希釈した患者血清を4℃で一晩反応させた。その後ペルオキシダーゼ標織抗ヒトIgM抗体を作用させ、3,3-diaminobenzidine tetrahy drochroride(DAB)で発色させた。さらにメチルグリーンで反応させ、核染色を行った。 Western-Blot法 Nortonらのスクロース勾配法で、ヒトPNS(馬尾)およびCNS(大脳白質)から得たミエリンを用いたW/B法で、患者血清IgMの反応性を検討した。抗原となるミエリンタンパクを12.5%SDSゲル電気泳動した後、PVDF膜に転写した。10%NGSを含む0.05%Tweenトリス塩酸緩衝生理食塩水(10%NGS-TBST)でブロッキングし、希釈した患者血清を4℃で一晩反応させた。TBSTで洗浄後、ペルオキシダーゼ標織抗ヒトIgM抗体を作用させ、TBSTで十分に洗浄した。最後にenhanced chemilu minescense(ECL)溶液で化学発色させ、X線フィルムで感光記録した。 TLC免疫染色 Arigaらの方法でウシ馬尾から得た酸性糖脂質を、薄層クロマトグラフィ-(TLC)で展開し、免疫染色を行い、SGPGおよびSGLPGへの反応性を検討した。酸性糖脂質分画をTLCで展開し、1%ウシ血清アルブミンを含むPBS(1%BSA-PBS)でブロッキングした。希釈した患者血清を90分間反応させ、PBSで洗浄後、ペルオキシダーゼ標織抗ヒトIgM抗体を作用させ、DABで発色させた。 ELISA 各々の抗SGPG抗体活性を、同じ希釈倍率、同じプレート上でのELISA法での吸光度を測定することで比較した。標準SGPG抗原液は、R.K.Yu博士(バージニア州立大)より供与して頂いた。抗原をELISAプレートに固相化させ、1%BSA-PBSでブロッキングした。希釈した患者血清を90分間反応させた後、ペルオキシダーゼ標織抗ヒトIgM抗体を作用させ、オルトフェニレンジアミンで発色させ492nmにおける吸光度を測定した。SGPGを固相化したWellにおける値から固相化しないWellにおける値を引いて抗体活性とした。 抗体の精製 Octyl-SepharoscにSGPGを吸着させたアフィニティーカラムを用いて、患者血清からSGPGに結合する抗体を分離し、同様の反応が得られるか検討した。免疫固定法により、精製抗体と血清のタンパク成分を比較した。 結果 免疫組織染色 13例中4例で全てのミエリン外表面が染色され、ミエリン内部も弱く染色された(GroupA)。残り9例はミエリンの外周の一部が強く染色され、長軸方向では顆粒状に染色された部分の中に染色されないスポットを認めた。メチルグリーンで後染色すると、スポット部分が染まり、核であると判断した(GroupB)。すなわちGroupBはミエリンをとりまくシュワン細胞の細胞質が顆粒状に強く染色されていると考えられた。 W/B法 PNSミエリンを用いたW/B法では、GroupAの4例中2例で強く、2例で弱くMAGを認識し、4例ともP0とPMP-22を強く認識した。GroupBでは9例中2例でMAGを認識し、P0は2例で、PMP-22は1例で弱く認識したのみであった。CNSミエリンを用いたW/B法では、GroupA、Bとも全例MAGを認識した。 TLC免疫染色 対象13例いずれもSGPGとSGLPGを認識した。デンシトメトリーで、症例毎にSGPGとSGLPGの反応の強さの比を測定したが、GroupA、B間に有意差を認めなかった。 ELISA 対象13例での、抗SGPGIgM抗体活性を、GroupA、B間で比較したが、有意差は認めなかった。 精製抗体 患者血清から精製したSGPGに結合する抗体を用いて行った、免疫組織染色、W/B法はGroupA,Bとも同様の結果を得た。TLC免疫染色ではSGPG、SGLPGともに認識した。免疫固定法では、精製抗体は、血清のIgMMタンパクと同じ位置にピークを認めた。 患者臨床情報 対象13例(男性12例、女性1例、59歳〜83歳)中12例で詳細情報を得た。いずれも、四肢遠位から始まる異常感覚、深部感覚および表在感覚低下、筋力低下や筋萎縮を認めた。電気生理検査は13例とも脱髄性変化を示した。神経生検施行例は9例で、オニオンバルブ、ひ薄化したミエリンなどの脱髄性変化を認めた。治療法は、8例で免疫抑制剤、7例で副腎皮質ステロイド、1例でインターフェロンなどを投与され、5例でプラズマフェレーシスが選択され、複数を施行された症例が10例であった。1例は経過観察のみであった。しびれや歩行の改善を認めた例は3例で、免疫組織染色はGroupBの所見をとった。 考察 PNSでは、SGPGはミエリンと軸索周囲膜に存在するが、ミエリン内の局在は明らかではない。MAGはシュワン細胞の細胞質と軸索周囲膜に存在し、P0とPMP-22はシュワン細胞が軸索を層構造で取り巻いて細胞膜同士が緻密になったコンパクトミエリンに存在する。免疫組織染色で、ミエリン全体が染色されるGroupAでは、PNSミエリンを用いたW/B法で4例全てがP0とPMP-22と強く認識し、コンパクトミエリンの染色と考えられた。シュワン細胞の細胞質が強く染色されるGroupBでは、9例中2例がP0を弱く認識し、PMP-22の反応性を認めず、免疫組織染色の染色性とよく対応していた。 IgM Mタンパク血症を伴うニューロパチーは治療抵抗性であり、今回検討した13例中でも3例が軽度改善したのみであったが、その3例ともGroupBであった。すなわち、P0とPMP-22に強い反応性を示さない症例は、治療に反応する可能性が考えられた。 またSGPGに結合する抗体を精製して行った、免疫組織染色とW/B法でも同様の結果を得た。この精製抗体は免疫固定法でIgM Mタンパクと確認された。 結語 抗SGPG抗体陽性のIgM Mタンパク血症を伴うニューロパチーでのIgM Mタンパクの反応性は一様ではなく、MAG、P0やPMP-22などに対する反応性は症例毎に異なっている。特にコンパクトミエリンに存在するP0とPMP-22に強い反応性を示さない場合は、治療に反応する可能性があると考えられた。 |