学位論文要旨



No 115399
著者(漢字) 宮崎,泰
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,タイ
標題(和) ギラン・バレー症候群における抗ガングリオシド抗体の反応性と臨床像に関する検討
標題(洋)
報告番号 115399
報告番号 甲15399
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1585号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 織田,弘美
 東京大学 助教授 天野,直二
内容要旨

 序論:ギラン・バレー症候群(Guillain-Barre syndrome,GBS)ではさまざまな分子種のガングリオシドに対する抗体の上昇が認められ,とくに抗体の反応性と臨床像との関連が明らかになってきている。たとえば抗GQ1b IgG抗体は外眼筋麻痺と関連することが知られている。また抗GM1 IgG抗体や抗GalNAcGD1a IgG抗体をもつGBSは運動障害型で脳神経障害や感覚障害を伴わないと報告されている。抗GD1b IgG抗体に関してはこれまで感覚障害や失調を伴うGBSの一例報告が散見されるのみで,多数例での検討はなされていない。抗GD1a IgG抗体は最近軸索型GBS(acute motor axonal neuropathy,AMAN)と関連していると報告されたが,抗GD1a IgG抗体をもつGBSの臨床像の十分な検討はなされていない。そこで本研究ではGD1b,およびGD1aを認識するIgG抗体をもつ症例を中心にGBS患者の急性期に得られた血清のガングリオシドに対する反応性とGBSの臨床像との関連を検討した。抗GD1b抗体のなかには,末端のGal-GalNAc-基を認識して,GM1にも交差反応するものがしばしばみられる。また抗GD1a抗体に2位のガラクトースに結合するシアル酸を認識してGM1にも反応するものがある。それらの抗体の場合,抗GM1抗体としての側面を有し,解析が複雑になる可能性が考えられたので,GM1に反応する抗体をもつ症例は今回の対象から除いた。

 対象・方法:1992年9月から1999年6月までに,全国の諸施設から東大病院神経内科に抗体測定の依頼があったGBS症例を対象とした。これらの患者の急性期に得られた血清でGM3,GM2,GM1,GD1a,GD1b,GD3,GT1b,GQ1b,GA1(asialoGM1),CMH(ceramide monohexoside,galactosylceramide,GalCer),GalNAc-GD1a,GM1bの12種類のガングリオシド・糖脂質に対する抗体の活性をELISA法を用いて測定した。臨床経過,臨床症状電気生理検査の結果などの臨床に関する情報は,依頼状の内容と病歴の写し,質問票による調査の結果,を用いた。抗体の検討を行ったGBS症例群から,系統的に抽出した症例52例をC群とし,それぞれ抗GD1a IgG抗体陽性,抗GM1 IgG抗体陰性症例(A群),抗GD1b IgG抗体陽性,抗GM1 IgG抗体陰性症例(B群),抗GD1b IgG抗体単独陽性症例(B1群)の臨床像を検討した。比較検討する際にはそれぞれの群に属する症例をC群から除いたコントロール群と比較した。重症度の分類にはHughesにより記載された基準(Hughes1978)を用いた。電気生理検査の結果の評価にはHoらの基準を修正したHadden(1998)らの基準を用いた。

 結果:24例の正常対照はすべて陰性であった。445例のGBS患者全体のうち241例(54.2%)で上記抗原のいずれかに反応する抗体活性を認めた。GBS全体のうち抗GD1a IgG抗体陽性例は26例あり,このうち抗GM1 IgG抗体陰性(A群)は19例であった。また抗GD1b IgG抗体陽性例は70例あり,このうち抗GM1 IgG抗体陰性(B群)は27例,抗GD1b IgG抗体単独陽性症例(B1群)は9例であった。コントロール群と比較してA群は,年齢の平均,Hughesの重症度のgrade(HG)について有意差を認めず,先行感染症状でも上気道感染症状,消化器感染症状で有意差を認めなかった。臨床症状は.感覚障害が有意に少なく(47%vs74%,p<0.05),脳神経症状では外眼筋麻痺,顔面筋力低下で有意な差は認めないものの,構音障害や嚥下障害が有意に多く認められた(68%vs37%,p<0.05)。電気生理検査では脱髄型が有意に少なく(29%vs67%,p<0.05),軸索型を有意に多く認めた(57%vs14%,p<0.005)。コントロール群と比較してB群は,年齢の平均,HGについて有意差を認めず,先行感染症状でも上気道感染症状,消化器感染症状で有意差を認めなかった。臨床症状では,有意差はないが感覚障害を呈したものが多く認められた(89%vs74%)。脳神経症状では外眼筋麻痺が有意に多く(37%vs8%,p<0.005),顔面筋力低下は有意に少なくなっていた(19%vs45%,p<0.05)。また構音障害や嚥下障害は10例(37.0%)であった。電気生理検査では脱髄型が15例(n=23,65.2%),軸索型が3例(13.0%)でこれはコントロールと同様に脱髄型に分類されるものが多くなっていた。B1群9例では8例で上気道感染症状が先行し,コントロール群と比較して有意に多かった(89%vs43%,p<0.05)。この9例は,有意差は認めないものの全例に異常感覚を含む感覚障害を認め,脳神経症状が少なく,電気生理検査では軸索型は認められなかった。A群,B群から,A群にもB群にも属する4例を除いたA’群,B’群の臨床像を比べると,A’群で感覚障害,電気生理検査で脱髄型の症例が有意に少なく,下位脳神経障害を呈したもの,軸索型の症例が有意に多く認められた。反対に,B’群では感覚障害,脱髄型の症例が有意に多く認められた。A群のなかで抗GM1b IgG抗体陽性のものを陰性のものと比較すると,陽性のものは有意差はないがピーク時のHGが低く(平均2.8vs3.6),脳神経障害とくに下位脳神経症状が少ない(40.0%vs78.6%)。電気生理検査では陽性のものに軸索型の割合が少なかった(40.0%vs66.7%)。検査データでは陽性のものは電位振幅の低下とともに相対的に遠位潜時の延長・伝導速度の低下を認めた。B群のなかで抗GQ1b IgG抗体陽性のものを陰性のものと比較すると,抗GQ1b IgG抗体陽性のものに外眼筋麻痺が有意に多く認められた(88%vs16%,p<0.001)。

 考察:本研究では,GD1bおよびGD1a,を特異的に認識するIgG抗体をもつGBSの臨床上の特徴を,抗体がGM1に反応しない症例を中心にまとめた。抗ガングリオシド抗体はGBS以外にもCIDPやIgM paraproteinemiaを伴うニューロパチーなどの自己免疫性ニューロパテーでしばしば上昇がみられるが,その他の神経疾患や自己免疫疾患で認められることはきわめてまれであり,自己免疫性ニューロパチーの診断・病態解明の手がかりとして注目されている。これまで抗GD1a抗体をもつGBSの臨床像に関して十分な検討はなされていない。GD1aを認識するIgG抗体をもつGBSでは電気生理検査で軸索型が有意に多い。これまで電気生理検査でAMANと分類される症例が抗GD1a IgG抗体と関連するとの報告がある。今回の結果はこれに合致した。また一方でGD1aを認識する抗体をもつGBSは感覚障害の割合が有意に少なく,嚥下障害や構音障害など下位脳神経障害を呈するものの割合が有意に多かった。感覚障害を伴わない純粋運動障害型のGBSは抗GM1 IgG抗体や抗GalNAcGD1a IgG抗体が知られている。また,下位脳神経障害が初発のGBSでは抗GT1a IgG抗体などが認められることがあるが,因果関係は証明されていない。今回の結果から抗GD1a IgG抗体が感覚障害を伴わないGBSや,下位脳神経障害の認められるGBSの病態に関係している可能性が考えられた。A群では末端のNeuAc-Gal-の epitopeを共有するGT1bやGM1bと交差反応する抗体をもつ症例が多い。A群内で比較すると,抗GM1b抗体陽性のものは陰性のものに比較してピーク時の重症度が低く,電気生理検査は軸索障害のほかに脱髄の要素が加わっていた。GD1bに対する抗体には,(1)GM1とも反応しGal-GalNAc残基を認識するもの,(2)GD3,GQ1b,GT1bにも反応しdisialosyl残基を認識するもの,(3)GD1bを特異的に認識するもの,の3種類の存在が考えられる。(2)のタイプは失調性感覚障害型ニューロパテーに特異的に関連することがしられているが,われわれが検討を加えたなかでGD1b,GD3,GQ1b,GT1bに反応し,他の抗原に反応しない抗体をもつGBS症例は認めなかった。今回の検討を加えたB群の27例は(3)に相当する抗体をもっていると考えられる。モノクローナル抗体を用いたヒト末梢神経内の局在性の検討では,GD1bは末梢神経の傍絞輪部および後根神経節一次感覚ニューロンにおける局在が確認されている。GD1bに特異的な抗体をもつGBSは上気道感染症状が多く,異常感覚を含めた感覚障害の出現頻度が高い。GD1bに特異的な抗体をもつGBSで感覚障害の出現頻度が高かったことは,ヒトの免疫組織化学染色で示されているように後根神経節の一次感覚ニューロンにGD1bが局在していることと関連していると考えられた。また,脱髄型が多く認められたことは,GD1bが末梢神経の傍絞輪部に局在することと関連していると考えられる。外眼筋麻痺が有意に多かったが,これは抗GQ1b IgG抗体が同時に出現することが多いためと考えられた。

 GD1aに対するIgG抗体をもつGBSは報告されているように軸索障害を呈するものが多かった。臨床症状では,感覚障害が少なく,下位脳神経障害を伴うことが多い。GD1bに対する特異的なIgG抗体をもつGBSは,上気道感染に続発し,感覚障害が多く,軸索障害を示すことが少ない。これはヒト末梢神経におけるGD1bの局在性と対応した所見である。

審査要旨

 ギラン・バレー症候群(GBS)ではさまざまな分子種のガングリオシドに対する抗体の反応性と臨床像との関連が明らかになってきている。本研究ではGM1に反応せずGD1b,およびGD1aを認識するIgG抗体をもつ症例を中心にGBS患者の急性期に得られた血清のガングリオシドに対する反応性とGBSの臨床像との関連を検討し,下記の結果を得ている。

 1.445例のGBS患者全体のうち241例(54.2%)で検討した抗原のいずれかに反応する抗体活性を認めた。

 2.抗GD1a IgG抗体陽性,抗GM1 IgG抗体陰性のGBS症例19例(A群)の臨床症状においては,感覚障害が有意に少なく(47%vs74%,p<0.05),構音障害や嚥下障害が有意に多く認められた(68%vs37%,p<0.05)。電気生理検査では脱髄型が有意に少なく(29%vs67%,p<0.05),軸索型を有意に多く認めた(57%vs14%,p<0.005)。

 3.抗GD1b IgG抗体陽性,抗GM1 IgG抗体陰性のGBS症例27例(B群)の臨床症状においては,有意差はないが感覚障害を呈したものが多かった(89%vs74%)。脳神経症状では外眼筋麻痺が有意に多く(37%vs8%,p<0.005),顔面筋力低下は有意に少なかった(19%vs45%,p<0.05)。電気生理検査ではコントロールと同様に脱髄型に分類されるものが多かった。

 4.抗GD1b IgG抗体単独陽性症例9例では8例で上気道感染症状が有意に多かった(89%vs43%,p<0.05)。この9例は,全例に異常感覚を含む感覚障害を認め,脳神経症状が少なく,電気生理検査では軸索型を認めなかった。

 5.A群,B群から,A群にもB群にも属する4例を除いたA’群,B’群の臨床像を比べると,A’群で感覚障害,電気生理検査で脱髄型の症例が有意に少なく,下位脳神経障害を呈したもの,軸索型の症例が有意に多く認められた。反対に,B’群では感覚障害,脱髄型の症例が有意に多かった。

 6.B群のなかで抗GQ1b IgG抗体陽性のものを陰性のものと比較すると,抗GQ1b IgG抗体陽性のものに外眼筋麻痺が有意に多く認められた(88%vs16%,p<0.001)。

 抗GD1b IgG抗体に関してはこれまで感覚障害や失調を伴うGBSの一例報告が散見されるのみで,多数例での検討はなされていなかった。また抗GD1a IgG抗体に関してもGBSの臨床像の十分な検討はなされていなかった。今回の結果は抗GD1a IgG抗体が軸索型で,感覚障害を伴わないGBSや下位脳神経障害の認められるGBSの病態に関係している可能性を示唆するものである。またGD1bに特異的な抗体をもつGBSは上気道感染症状が多く,異常感覚を含めた感覚障害の出現頻度が高い。これはヒト末梢神経におけるGD1bの局在性と対応した所見であった。これらの結果はGBS発症のメカニズムにおける抗ガングリオシド抗体の役割を解明する上で意義あるものと考えられ,学位授与に値するものと考えられる。

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